タイプ
論考
日付
2011/3/4

エジプトにおける「ICT革命」のメカニズムとその含意

名古屋商科大学コミュニケーション学部専任講師
山本達也


30年にわたってエジプトを統治してきたムバラクは、誰もが予想しなかった意外な形で退陣を余儀なくされた。インターネットを通じた呼びかけによって突如出現した「反政府デモ」に屈したのである。ごく普通の「一般市民」たちが、「絶対的」と思われてきた支配構造を覆すだけのパワーを持っていることを世界に証明した瞬間だった。

今回の「革命」の主役は、「情報智民」(netizen)と呼ばれる「ネットを身体化した市民」たちであった。アラブ諸国では、2000年頃から、携帯電話やインターネットといった新しい情報通信技術(ICT)が、広く普及しはじめた。今では、エジプトでも都市部を中心に、人口の半数以上を占める若者層にとって、インターネットはごく当たり前の日常的なメディアとなっている。「アラブ人情報智民」の出現である。

背景には、政府による熱心な情報化政策がある。ここ十数年間、アラブ諸国は、グローバル化による経済的果実を得ようと、情報化に熱心に取り組んできた。特に、これまでアラブ世界の中心地を自負してきたエジプトは、インターネットの時代においても引き続き地域の中心地であり続けようと積極的に情報化を推し進めてきた。

とはいえ、これまでテレビ・ラジオ・新聞など既存メディアをコントロールしてきたアラブ諸国である。インターネットという新しいメディアが現体制の基盤を揺るがす可能性について無頓着でいたわけがない。

この点、アラブ諸国は自国のインターネットに「コントロールの網」をかけ、インターネットのコントロールを試みてきた。エジプトの場合、他のアラブ諸国ほど「強いコントロール」を可能とする仕組みを組み込んだわけではないが、それでも秘密警察の内部に「インターネット監視」を行う専門の部署を設け、市民のインターネット利用の動向に目を光らせてきた。また、必要があればいつでも「強いコントロール」を導入したり、インターネットそのものを遮断することが容易であるようなインフラの構造を維持し続けてきた。

インターネットの導入当初は、こうした政府によるインターネット・コントロールは有効に機能しているように見えた。もちろん、様々な手段を用いて政府によるコントロールを迂回しようとする市民は後を絶たなかったが、政府と市民とのインターネット上の攻防は圧倒的に政府側に有利な構造を有していた。

状況に変化が訪れるのは、「フェースブック」(Facebook)に代表される「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」(SNS)と呼ばれるサービスが、インターネット上で人気を博するようになってきたあたりからである。もちろん、「アラブ人情報智民」たちもこの新しいサービスに飛びついた。

SNSを利用すると、「友達」や「友達の友達」と簡単につながり合うことができる。「弱いつながり」ではあるものの、人的ネットワークが自己増殖的に形成されていくという特徴がある。

「アラブ人情報智民」の中には、このツールを「反体制運動」に活用しようと考える者が現れた。サイバー空間内の「弱いつながり」で結びつけられた無数の人的ネットワークを利用すれば、リアル世界での「反政府デモ」に転嫁できるのではないかと考えたのである。

この試みは、食料価格の高騰などで民衆の不満が高まっていたエジプトにおいて、2008年に現実のものとなった。「フェースブック」を通したデモの呼びかけに対して、多くの若者が呼応し、大規模な「反政府デモ」が発生した。明確なリーダーが不在の中、デモの集会場所に示し合わせたかのように人々が集結していったのである。

こうした集団は、「スマートモブ」(smart mob)として知られている。為政者にとって「スマートモブ」が頭の痛い存在となるのは、これがしばしば「創発」(emergence)と呼ばれる現象と結びつきやすいという点である。創発が起こると、「ある一部の局所的な行動や出来事が予期しないくらい大きな運動や秩序形成をもたらす」ことになる。

今回、チュニジアとエジプトでわれわれが目撃したのは、まさに「スマートモブ」が「創発」現象と結びつくことによって生じた「民衆のパワー」である。皮肉にも、政府が熱心に進めてきた情報化は、目に見えないところで着実にICTを利用した「民衆革命」の素地を形成していたのである。

こうした動きを阻止するにあたっては、これまで政府が構築してきたインターネット・コントロールの仕組みは効果を発揮しにくい。とり得る数少ない手段の一つは、SNSサイトそのものをブロックすることである。実際に、チュニジア、アラブ首長国連邦、シリアなどでは、「フェースブック」をブロックする措置をとった時期もあったが、国民からの反発もあり、後にこの措置を撤回している。その結果が、チュニジアとエジプトでの政変であった。

そして、他のアラブ諸国にも同じ状況がある。今やどの国にも「アラブ人情報智民」が誕生しており、「スマートモブ」の発生も、それが「創発」現象を誘発するだけの素地も整っている。

「人々の弱いつながり」だけでは、政変を引き起こすには不十分である。しかし、「弱いつながり」が民衆の不満のうねりと同調し、「強い情熱」や「強い共感」(たとえば、チュニジアでの青年の焼身自殺の動画など)と結びつくと、「閾値(いきち)」を超え一気に創発現象へとつながる可能性がある。

その意味では、今回のチュニジアやエジプトでの「ICT革命」は、「はじまり」に過ぎないと理解するべきである。民衆の不満を生み出す構造も、「ICT革命」を誘発するメカニズムも、根本的な解決がなされぬまま温存されているのだから。




【著者略歴】

山本達也(やまもと・たつや)

1975年生まれ。名古屋商科大学コミュニケーション学部専任講師。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。シリア国立アレッポ大学学術交流日本センター主幹・客員研究員などを経て現職。専攻は、国際関係論、情報社会論、公共政策論。主著に『アラブ諸国の情報統制:インターネット・コントロールの政治学』(慶應義塾大学出版会、2008年)、『ネットの高い壁:新たな文化衝突と国境紛争』(共著、NTT出版、2009年)、『政治の見方』(共編著、八千代出版、2010年)など。

2001年度に慶應大学SFCでSylff奨学金受給。シリア・アレッポ大学にて在外研究中、2003年9月にカイロ・アメリカン大学(American University in Cairo)で開催された Sylff アフリカ・ヨーロッパ地域フォーラム(Sylff Africa/Europe Regional Forum)に参加。2007年、日本財団主催のアジア地域若手リーダーのリトリートBuilding A Better Asia (BABA): Future Leaders’ Dialogue(於北京大学)に Sylff フェローとして参加。