タイプ
論考
日付
2014/7/17

ウクライナ危機後の米露関係と日本の対露外交への示唆


東京財団研究員
畔蒜泰助



2014年秋に予定されている露プーチン大統領の訪日準備が停滞している。2014年4月末の岸田外相の訪露が延期されたままだからだ。名目上、“日程上の理由”とされたが、ウクライナ東部を巡るウクライナ政府といわゆる親ロシア派勢力の武力衝突が続き、安定化の目途が立っていないことが本当の理由であることは周知の事実である。特に、ロシアに対する経済制裁の議論をリードする米国のオバマ大統領の訪日がその直前に予定されていたことが、安倍政権による岸田外相の訪露延期の決定に大きな影響を与えたであろうことは想像に難くない。そこで本稿では、ウクライナ東部情勢の安定化を廻る米欧露のアプローチの違いの分析や2014年5月に筆者がワシントンDC訪問した際に現地の識者との意見交換を踏まえ、米露関係の現状を考察すると共に、それが今後の安倍政権の対ロシア外交に有しうるインプリケーションについて述べる。

ウクライナ危機の連鎖


ウクライナ危機には3つのフェーズがある。まず、2013年11月末、従来、親ロシア派とみなされてきたヤヌコビッチ政権(当時)が、共に統一経済圏の創設に繋がるEUとの連合協定とロシアとのユーラシア同盟を天秤に掛け、当初、EUとの連合協定への調印に前向きな動きをしたにもかかわらず、その土壇場でロシアの側に寝返り、連合協定への調印を拒否した。この決定に怒った欧州志向が強いウクライナ西部の市民を中心に首都・キエフで大規模な反政府デモを繰り広げた所謂ユーロマイダン危機(第1フェーズ)。これは最終的に2014年2月22日のヤヌコビッチ政権の崩壊と2月27日の暫定政権の誕生という形で終結した。

すると同じ2月27日、ロシア軍の特殊部隊がクリミア自治共和国の空港など主要施設を相次いで占拠し、また、同自治共和国議会が自治権拡大に関する住民投票を実施すると発表する。その後、紆余曲折の末、3月16日、クリミア自治共和国政府は「自治権の拡大」ではなく、「(その後のロシア編入を前提とした)ウクライナからの独立」を実施し、圧倒的多数の賛成票を得た。これを受けて、3月18日、クリミア自治共和国はロシア連邦に編入される。これがいわゆるクリミア危機(第2フェーズ)である。

更に、4月6日以降、ウクライナ東部のハリコフ、ドネツク、ルガンスクの3主要都市で親露派勢力による政府施設の占拠や「独立宣言」が相次いで発生。これに対して、ウクライナ暫定政府は武力で彼らを制圧すべく、「対テロ作戦」実施を宣言し、ここに今日まで続くウクライナ東部危機(第3フェーズ)が勃発する。

さて、ここで重要なのは、この3つの危機が連鎖する形で発生したとの理解であろう。まず、ユーロマイダン危機の過程で、過激なウクライナ・ナショナリズムを掲げる右派セクターやスバボーダのような極右勢力がウクライナ政治の表舞台に登場し、事実上、クーデターの形でヤヌコビッチ政権が打倒され、彼等のような過激なナショナリストを含むウクライナ暫定政権が誕生してしまった1。このような形でのヤヌコビッチ政権の打倒と暫定政権の誕生がなければ、ロシアによるクリミア編入という事態には発展しなかったというのが筆者の見方である。また、ウクライナ暫定政府と親露派勢力が武力衝突を繰り広げるウクライナ東部危機も同様である。ただ、ウクライナ東部危機をより一層複雑化させているのは、クリミア危機の過程でロシア・ナショナリズムにも点火してしまったことである。これについては、更なる説明が必要であろう。

歴史的経緯からロシア系住民が6割以上を占め、ロシア黒海艦隊の寄港地であるセヴァストーポリを有するクリミアが、ロシアにとって歴史的にも戦略的にも特別な場所であることは理解できる。それでも、ロシアの利害を保障する上で、クリミアをロシア連邦に編入して自らの領土を拡大する以外にも、ウクライナ内での自治権を更に拡大していくか、グルジアのアブハジアや南オセチアのように、クリミアが独立宣言した上で、これをロシアが承認するという選択肢があったはずだ。それでもプーチン大統領がクリミア編入に踏み切った背景には、対外的な戦略的判断に加え、ロシア国内でのナショナリズムの高まりが後押しをした可能性が高い。それが証左に、クリミア編入を受けて、プーチン大統領の支持率は80%を超える数字にまで跳ね上がっている。問題は、クリミア危機の過程で高まりを見せたロシア・ナショナリズムが、ウクライナ東部危機が勃発する中で、そちらにも波及し、ロシア政府の意向とは関係なく、クリミア危機の際も登場した多くのロシア人がウクライナ東部での戦闘に参加し始めた。その結果、ウクライナ東部がウクライナ・ナショナリズムとロシア・ナショナリズムが衝突しあう極めて危機的な状況に陥ってしまったのである。

独仏の仲介によるウクライナ東部情勢の安定化の試み


プーチン大統領には、クリミアとは違い、ウクライナ東部に軍事介入するつもりはない。そうすることのコストが余りにも大きいからである。ただし、ロシア・ナショナリズムの高まりの中で、ウクライナ東部の戦闘に関与するロシア人を含む親露派勢力の取り扱いも非常に難しい。それゆえ、ウクライナ暫定政府や米オバマ政権がロシアに求めているような、ロシアからウクライナ東部への人や物の流れをロシアが一方的に止めることは国内政治的に困難である。一歩間違えると、クリミア編入で得た高い支持率を一挙に失いかねないからである。ウクライナ暫定政府側も所謂“対テロ戦争”を停止して、停戦状態を作り、暫定政権側とウクライナ東部の親露派勢力の双方が参加する政治対話を始めることが、プーチン大統領を関与に踏み切らせる必要条件といえよう。

そんなプーチン大統領に対して助け舟を出したのはドイツを中心とした欧州諸国であった。2014年5月7日、欧州安保協力機構(OSCE)のブルカルテル議長(スイス大統領)が モスクワでプーチン大統領と会談した。この際、同議長は「停戦」、「武装解除」、「全ての利害関係者が参加する円卓会議の創設」、「大統領選の実施」の4つを核とした調停案の準備を約束した。すると、プーチン大統領は、ウクライナ暫定政権とウクライナ東部の親露派勢力の直接対話の環境作りのために、ウクライナ国境に 配置されているロシア軍の撤収を命ずると共に、ドネツクとルガンスクの親露派勢力が5月11日に実施予定の地域独立の是非を取る住民投票の延期を要請2し、また、5月25日に予定されていたウクライナ大統領選挙の実施を「正しい方向への第一歩」と評するなど、プーチン大統領自身がウクライナ東部情勢の安定化に向け、積極的に動き出した。このOSCE議長とプーチン大統領の会談を裏でアレンジしたのが、ドイツのメルケル首相だった3

5月14日、17日とOSCEが主催する円卓会議が実施されたが、そこにはウクライナ東部の親露派勢力は招待されないまま、5月25日のウクライナ大統領選挙が実施され、ペトル・ポロシェンコ候補が50%以上の得票を得て、第一回投票で当選を決めた。

ドイツの仲介努力は続く。6月6日、フランスのオーランド大統領のイニシアティブで、ノルマンディーで開催されるノルマンディー上陸作戦70周年記念式典にポロシェンコ大統領候補とプーチン大統領が共に招待された機会を捉え、メルケル首相が両者の直接対話をアレンジすると、これを受けて、二日後の6月8日に行われたポロシェンコ大統領の就任式に、ロシア政府がウクライナ大使を派遣し、また、同時にウクライナ東部情勢の安定化に向けたウクライナ、ロシア、OSCEの各代表で構成される連絡グループの立ち上げが発表された4

そして、6月18日、ポロシェンコ大統領がプーチン大統領との電話会談で6月20日から27日までの一時停戦を含む和平案を伝え、実際、6月20日に停戦に突入。6月23日、ウクライナ東部の親露派勢力も停戦に同意し、これと相前後して、ウクライナ政府、ウクライナ東部の親露派勢力、ロシア政府、OSCEの各代表者が参加した始めての4者対話が開催された。ところが、この停戦合意は6月30日まで3日間だけ延長されたものの、プーチン大統領は勿論、独仏の大統領の要請にもかかわらず、ポロシェンコ大統領は7月1日深夜をもって所謂 “対テロ戦争”を再開した。それは、プーチン大統領が停戦の継続を条件に、ウクライナ政府がかねてより批判しているロシアからウクライナへの違法な武器の流入などがないように、ロシア-ウクライナ国境のロシア側でのモニタリングを目的にOSCEとウクライナ政府の代表の常駐を許可するとの提案を行い、独仏両政府から支持を受け、これを文書で発表する直後のことであった。ウクライナ政府のその直前までこれを支持していたにもかかわらず、これを土壇場で拒否したという。ロシア外務省は「EUの主要国の停戦継続支持の立場にもかかわらず、ウクライナ政府が停戦の不延長を宣言するなど、その立場を土壇場で変更するなどということは、外部からの影響力が行使されなければあり得ない」との見方を示している5

それにもかかわらず、7月2日、ドイツのシュタインマイヤー外相の呼び掛けで、ウクライナ、ロシア、ドイツ、フランスの各外相がベルリンで会談し、停戦継続を含むウクライナ東部の安定化に向けた共同宣言が発表された。その中で、上記のロシア提案を歓迎すると共に、7月5日までにウクライナ(政府並びにウクライナ東部の親露派勢力)、ロシア、OSCEの各代表からなる連絡グループ会合の開催で合意したと明記されたが、これらは実現していない。

ウクライナ東部での“対テロ戦争”継続を指示する米オバマ政権


ここで注目すべきは、独仏を中心とした欧州諸国による一連のウクライナ東部の安定化に向けたロシアとウクライナの積極仲介の動きに対して、米オバマ政権がどのような態度を取っていたかという点である。停戦期限の6月30日、国務省のプサキ報道官は定例記者会見の中で次のように述べている。


(記者)1時間以内に停戦期限が来ます。私が知る所では、プーチン大統領、メルケル首相、オーランド大統領、ポロシェンコ大統領の間で再度電話会談が行われています。おそらく、ポロシェンコ大統領以外は、停戦延長で合意しているようです。貴方は停戦の延長を支持しますか?また、ロシアはEUが金曜日までにロシアに述べた取るべき措置の規準をクリアしたと考えますか?

(プサキ補佐官)停戦を延長するか否かはウクライナだけが下せる決断であり、我々はどのような決断であれ、それを支持する。二つ目の質問に答えれば、ロシア並びにロシアに支持された分離主義者の兵士たちはウクライナ政府の立場を攻撃し続けている。国境には依然として軍隊が配備されている。また、ウクライナには同国の市民に脅威を与える武装した兵士たちが依然としている。よって、我々が長い間、ロシアに要求し、また、ポロシェンコ大統領もロシアに要求していながら、ロシア側がまだ行っていない措置がある。ここに来て、幾つかの事態を好転させうる措置が取られているが、事態の安定化に向けて彼等がやらなければならないことはもっと沢山ある6



この記者とのやり取りを読む限り、ウクライナ東部情勢の安定化に向け、独仏を中心とした欧州諸国によるウクライナ政府とロシア政府の積極仲介の動きを、米オバマ政権が強く支持しているとは思えない。筆者は2014年5月末、米ワシントンDCを訪問し、米国の複数のロシア専門家と面談し、オバマ政権の対ロシア・対ウクライナ政策のあり方について意見交換してきた。彼らの大部分は、オバマ政権の対ロシア・対ウクライナ政策について極めて批判的だった。ロシアをちゃんと分かっている人間が、オバマ政権の対ロシア・対ウクライナ政策を主導していないので、事態の安定化に全く寄与していないというのがその理由だった。

また、仮にウクライナ東部情勢が安定化に向ったとしても、クリミアの問題が残るので、米露関係が元の状態に戻るのは、少なくともプーチン大統領が政権の座についている限り、考えられないというのが、今のワシントンDCの外交・安全保障サークルに支配的な雰囲気であるとの指摘もあった。

日露関係へのインプリケーション


安倍首相は2012年末の政権発足以来、北方領土問題の打開や、尖閣諸島を巡る緊張などの中国ファクター、エネルギーを含めた極東・東シベリア開発での協力などを念頭に、プーチン大統領と5回も首脳会談を行うなど、首脳同士の個人的信頼関係を築いてきた。

それゆえ、ウクライナ危機を巡り、米露関係が劇的に悪化する中、先進7カ国(G7)の枠内で一定の対ロシア制裁措置には参加するものの、その内容は、米国は勿論、欧州と比べても相当緩やかなものに留めるなど、米露という大国の狭間で微妙な外交の舵取りを余儀なくされている。

今後、我が国の対ロシア政策には二つの選択肢があるだろう。まず、日米同盟を重視する立場から、米露関係の行方を見据えつつ、当面、日露関係強化の流れを凍結する。もう一つは、米露関係の悪化にも関わらず、日露関係強化の流れを継続する。もし、こちらを選択するのであれば、それにもかかわらず、日米関係を悪化させない仕掛けが不可欠である。

実は、ウクライナ危機後の米露関係の悪化を受けて、露中関係が急接近する可能性に懸念を示す声が ワシントンでも高まりつつある。だとすると、この懸念の声を我が国の対ロシア外交に積極的に活用するのは一案であろう。もし、オバマ政権そのものに理解は得られなくとも、ワシントンの外交・安全保障サークルの中で「過度の露中接近を阻止する為の日露関係の強化」というロジックの理解者を出来るだけ増やし、日米関係への悪影響を最小限にとどめる。安倍政権が引き続き日露関係の強化の流れを推し進めるのであれば、今すぐ、そんなワシントンでの仕掛けに着手すべきであろう。



1. 2014年2月21日、ヤヌコビッチ政権と野党3党は、独仏ポーランドの各外相並びに露大統領先見代表の仲介で、「大統領権限を大きく制限した2004年憲法への復帰、2014年9月までの大統領、政府、議会の間の権力はイブのバランスを取った憲法改正の実施、統一暫定政権の樹立、2014年12月末までの大統領選挙の実施」などを含む合意文書(「2・21合意」)に署名したが、翌2月22日、これに従わない「右派セクター」を中心とする過激派武装グループが大統領府を選挙し、ヤヌコビッチ大統領も逃亡したことで、事実上のクーデターが完了し、2月27日、ウクライナ暫定政府が誕生した。

2. 2014年5月11日、プーチン大統領の要請を無視して、“ドネツク人民共和国”と“ルガンスク人民共和国”は住民投票を実施。翌12日、圧倒的多数の賛成票を得て、ウクライナからの 独立を宣言する共に、ロシアへの編入を要請した。これに対して、翌5月12日、露大統領府は「ドネツク州とルガンスク州の人民の意思表明を尊重する」との声明を発表した。

3. “Mistrust Persists in Ukraine Meetings”, 2014年6月7日付け米WSJ紙。

4. 同上記事によると、6月6日の会談に先立つ数週間に亘って、クレムリンはウクライナ東部の親露派勢力とは一線を画しており、事態の安定化に向けた努力を支援する用意があるとのメッセージが、非公式チャンネルを通じてプーチン大統領から独仏などに送られていた。

5. Президент Украины взял перемирие назад. 2014年7月2日付け露コメルサント紙。

6. 米国務省ウェブサイ( http://www.state.gov/r/pa/prs/dpb/2014/06/228570.htm