タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/6/19

「対外援助協力 」という視点 (1)~積極的平和主義と対外援助協力~


東京財団上席研究員 福島安紀子
東京財団研究員    西田一平太



安倍政権において打ち出された「積極的平和主義」という外交の旗印は、国家安全保障戦略という上位政策文書で示された全政府的な対外指針として意義を見いだせる。国際安全保障環境の改善に関しては援助と安全保障は不可分であり、これらを包括的にとらえた「対外援助協力1」という視点・アプローチが重視されている。

1.「積極的平和主義」とは何か



国家安全保障戦略の中核概念として


日本政府は2013年12月に発表した国家安全保障戦略において「国際協調に基づく積極的平和主義」という基本理念を打ち出した2。「積極的平和主義」という言葉自体は同年9月頃から安倍首相が使いはじめていたが、以降、日本政府はこの理念を意欲的に対外発信に用いている。諸外国との首脳会談でも歓迎・支持が相次いで表明され、成果文書にも「積極的平和主義(proactive contribution to peace)」が言及されていることが多い。一方で「積極的平和主義」は、時に「proactive pacifism」と訳されるなど、国内外において本来の意図が必ずしも理解されているものではない。また、実質的な効力に欠けた「単なる(安倍政権の)バンパー・スティッカーではないか」という疑念の声もあれば、憲法第9条の解釈改憲の議論などと関連づけ「日本が軍国主義に走る隠れ蓑だ」という批判的な見解まである。

それでは「積極的平和主義」とは一体何を意味するのだろうか。日本は第二次世界大戦後、日米安全保障体制のもと経済成長を政策の中心に据えてきた。外交・安全保障においては、軽武装国家として自衛のための最低限の実力を保持するとし、国際の平和と安定については自ら積極的に関与することを避ける道を選択した。極言すれば、こと国際安全保障については、何もしないことが平和国家たる日本の証とさえされてきたのである。仮にこの姿勢を「消極的平和主義」と称するとすれば、「積極的平和主義」はこれと対比する概念として構想されるものと言えよう。このような考え方は、冷戦終結後の世界において新たに求められる日本の役割を模索する試みとして既に2001年には提示され(筆者のひとりは提言の取りまとめを行った)3、その後も同様の議論が官民においてされてきた。つまり、変わりつつある世界における日本の役割という古くて新しい課題なのだ。「積極的平和主義」は、世界がいまも勢いよく変容し続けるなかで、国家安全保障戦略という上位の政策文書でようやく示された政策概念として意義を見出すことができる。


国際的な責任を果たすための全政府的取組み


むろん、この概念的・理念的な思考の形成は、日本が目覚ましい経済成長をとげ国際社会の中での存在感を増すようになるにつれて、国際平和のために何もしないという姿勢では通用しなくなってきたという現実に即したものである。1980年代には、経済力を高めている以上、日本も応分の負担をすべきであるという議論が国外で活発に展開された4。そして1990年8月に勃発した湾岸危機とそれに続く湾岸戦争への日本の対応に対する諸外国の不満は、日本の対外政策に変化を促した。

当時イラクに侵攻されたクウェートを支援する多国籍軍に対し、日本は法制度上自衛隊を派遣することはできなかった。政府は、国連平和協力法案を通して自衛隊を派遣する道も模索したが、危機が発生してから急きょ立法措置をとることには無理があり廃案となる。一方で、日本は多国籍軍等への支援に臨時増税をしてまで130億ドルを拠出するなど資金面において大きく貢献した。しかし、中東からのエネルギー供給確保という重大国益を抱えながら、人的貢献を行わない日本の姿勢は関係国から強く非難されたものであった5。湾岸戦争後に日本は機雷掃海艇を派遣し、その成果は専門家の間では高く評価されたものの、湾岸戦争への対応は「金は出すが人は出さない」日本というイメージを国際社会に印象付けた。

戦後日本は、対外的な軍事活動を自ら抑制すること、つまり国際平和の手段として軍事力を用いないことで国際の平和を希求するという姿勢を打出してきた。近隣国をはじめ、それに対しては一定の理解があったと見てよいだろう。それが湾岸戦争を境に、日本は危機が発生し国際社会からの強い要請があってはじめて行動をおこす消極的(passive)で対処主義(reactive)な国として認識されるようになったのである。これは特に同盟国のアメリカをはじめとする先進国グループにおいて顕著であったが、途上国からも経済大国日本に対する期待が寄せられた。2000年代初頭の議論は、このような国際社会からの批判に応えようというものでもあった。

湾岸戦争の後、日本は国際平和協力法(PKO法)を1992年に成立させ、人的貢献への道を拓いた。その後も9.11米国同時多発テロ後にはテロ特措法(2001年)・イラク特措法(2003年)・補給支援特措法(2008年)といった時限立法を通じて協力を実施してきた。更に2009年には海賊対処法を新たに制定するなど、PKO法で規定されない活動領域において国際の平和と安定に対する自衛隊の派遣を実施してきている。近年ではさらに、国際緊急援助法(JDR法、1992年改正)に基づいた、海外での大規模自然災害への対応に自衛隊が積極的に出動している。これらの法律に基づいた自衛隊ならびに文民の活動は、各種の制限を伴いながらも、国際の平和と安定に対する重要な貢献として認知されてきている。その一方、これらの個別法は自衛隊の海外活動の法的な根拠を示すものに留まる。また、数次に亘り改定されてきた防衛大綱は、国際安全保障に対して日本が能動的に関与する重要性を認めつつも、専ら防衛省・自衛隊に対する政策指針を与えるものに限られていた。新たに国家安全保障戦略で示されている積極的平和主義は、日本の国益を守り「国際社会において我が国に見合った責任を果たすため」の政策手段を整備し活用するという全政府的な指針でもある。包括的で省庁横断的な指針を提供するものとして従来とは異なる。


「積極的平和主義」実現のための個別戦略が不可欠


これまで見てきたように、積極的平和主義には日本政府全体の対外政策のあり方を示す国家安全保障戦略における政策概念として、一定の意義を見出すことができる。国家安全保障戦略には「国民の生命を守りつつ、世界の平和と安定の為に積極的に取り組む、その際に諸外国と協力して行う」ことも打ち出されているが、この姿勢については各国から一定の評価を得ている。一方で、日本が「国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に(筆者傍線)積極的に寄与」するとは具体的にはどのようなことを意味するのか、世界の耳目が集まっている。

その最たるものは自衛隊の海外展開をより柔軟に行いうることにもつながる集団的自衛権の解釈変更だ。日米同盟における相互補完性を高めるためにも、第二次安倍政権はこれに強い意向を示している6。また、同戦略の中にうたわれている武器輸出三原則については既に見直しが行われ、2014年4月には新たに防衛装備移転三原則が閣議決定された7。これにより、国連PKOや国連安保理決議に基づく多国籍軍に対する防衛装備品の移転等が可能になった。2014年末には新たなODA大綱の策定が予定されており、このための有識者懇談会が発足している8。ここでは国際安全保障におけるODAの活用、特に国連PKO等に参加する自衛隊の活動との連携強化などが見込まれる。このように、積極的平和主義の下、一定の取組みがなされてきており、単なるバンパー・スティッカーではないことは示されている。

国家安全保障戦略で示された「戦略的アプローチ」の要素について、その具体的内容が「原則」や「大綱」といった形で明示的に示されることは日本の安全保障政策の実効性を高めるうえで極めて重要である。また、内外に対して政策の一貫性と透明性、そして場合によっては政策的連携の可能性を示すことにも繋がる。このことは、国家安全保障戦略が提示する海洋安全保障やサイバーなど、すべての要素について言えることであろう。第3稿で述べるように、国連PKOをはじめとした国際平和協力や国際協力・政府開発援助(ODA)といった対外政策手段を連携させる「オール・ジャパン」アプローチについても同様で、基本計画が求められる。

本稿においては、検討の対象をさらに範囲を広げた「対外援助協力/ Foreign Aid 」を通して日本が国際社会の平和と安定にいかに積極的な役割を果たし得るかを考察する。後に述べるとおり、支援にあたって開発援助のみに焦点をあてるのではなく、安全保障面での資金協力や枠組み作り、防衛省・自衛隊による他国軍の能力構築支援などを含む対外援助手段を総合的に幅広く捉えることが重要である。そして第2・第3稿では、欧州、米国、日本のそれぞれの対外援助に対する取組みを概観し、今後の日本の対外援助協力の道筋を考えたい。


2.「対外援助協力」とは何か



「対外援助協力」と「開発援助」、どこが違うのか?


まず対外援助協力という耳慣れない言葉の意味をここで整理しておきたい。これは欧米で一般に「foreign assistance」もしくは「foreign aid」と呼ばれているものだ。例として米国政府の文書をみると、以下のように定義されている。

「対外援助には5分類ある。すなわち二国間開発援助、米国の政治的・安全保障上の目標を支援する経済支援、人道援助、多国間経済支援、軍事的援助である」 9

すなわち、政府開発援助(ODA)に限らず、その他の経済支援や人道援助に加え、軍事的な支援までを含めた広範囲の概念とされており、政治・安全保障上の目標に資するものと位置づけられている。日本国内の議論では、ともすると「援助」と「ODA」が同義であるように語られることもあるが、この認識は誤りである。政府開発援助(ODA)は、途上国の社会・経済開発を支援するために先進国の政府が合意した経済協力の枠組みとしてOECD-DACに規定された援助の形態だ。つまり、政府を通じた国際協力の実施手段のひとつに過ぎない。

国際安全保障の文脈においては、ODAは平和構築など地域の平和と安定を確保するための支援手段として重視される。しかし、OECD-DACの規定にあるようにODAでは軍事支援あるいは軍事組織に対する支援は行わない。前述の米国による対外援助の分類においても軍事的援助は別項目として扱われているように、このことを正しく理解しておかなければ「ODAの軍事利用」という誤った理解を招く。ここで提言する対外援助協力とは、国際安全保障環境を改善するための協力とODAを組み合わせた包括的な支援を想定している。その実践においては、欧米等の先進国をはじめとする他国との連携も対象に含まれる。

 

対外援助協力と安全保障の関係


そもそも何故、対外援助協力を行う必要があるのか。現在世界では15億人の人々が紛争地や脆弱国家に住んでいると言われている。そして脆弱国家の約70%が1989年以来紛争の勃発に遭遇しているという。人道的見地に立って、これを他人事として放置してよいのだろうか。敢えて人類愛というような言葉を持ち出さずとも、答えは否であろう。援助の本来的価値、すなわち何の役に立つのかを問うと、第一義的には相手国や地域の人々の役に立つことであろう。日本のような先進国はそれが出来る国として、支援する国際的な責務がある。このことに対する異論は少ないだろう。

しかしながら、自国の財政事情が厳しいなか、国民の税金を使って外国の人々をどこまで援助するのか。既に十分やってきたではないか、自国内の貧困層への支援を優先すべきではないかという反論もあろう。「援助疲れ(aid fatigue)」と呼ばれるこの類の議論は、日本だけでなく先進国のどの国も経験してきている。

一方で援助には政治・安全保障上の役割がある。一国が単独で平和を維持し、繁栄を享受することが出来ないグローバル化の時代において、脆弱な国々や貧困にあえぐ国々の平和、安定と繁栄を支援するのは決して慈善事業ではない。例えばこれらの国々において、貧困が削減されず不満が募れば、国内の不安定化や地域紛争の原因にもなりかねない。現地の統治機構が弱体ないし破綻した状況が長期間続くと、このような地域がテロリストの温床や犯罪集団の拠点化するリスクがある。武器や麻薬の不法取引の経路となることも少なくない。また、その様な社会状況に強い不満を持ち、これを解消する手だてがない人々が、過激思想を持つグループや組織犯罪等に取込まれる恐れもある。

このような状況は現在、日本から遠く離れたところで発生している。しかし、このグローバル化が進展している時代において日本も無関係ではいられない。世界各地でテロ事件が発生し、テロリストの目標と全く無関係の人々が無差別に犠牲になっている。この現状を見るに付けても、日本がそのようなテロ攻撃を受ける蓋然性は低いとは言い切れない。またそのような地域や周辺で働く邦人の身に危険が及ぶこともある。例えば、日本人が10人も犠牲となった2013年1月のアルジェリアでのプラント襲撃事件は記憶に新しいところである。グローバル化の時代にあって平和、安全保障は地理的に不可分になっているのである。

それでは開発援助と安全保障を結びつけて考えることは国際の平和と安全の維持という視点から見た時に誤りなのだろうか。まずこの疑問から解き明かしてみたい。

 

理論的にみた援助と安全保障の関係は如何10


まず、援助と安全保障をリンクして考えることの是非を理論的な視座から考えてみたい。
個別の援助がただちに日本国民の利益として直接的に還元しないことは多かろう。しかし長い目で見れば役立つことも少なくない。いわゆる長期的間接的自己利益とも言うべきもので、ジョン・ラギーの多国間協力における理論から援用すれば長期多角的相互関係(defused reciprocity)が成立する場合である11。長期的には援助のドナーはどこかの段階で見返りの利得をえるという論理である。この場合の長期的な利得とは、例えば安全保障面では、対外援助協力を実施することによる受入国の安定と発展が、安定した地域の発展に寄与し、これはひいては日本の安全に繋がる。経済面では援助する事により相手国との関係が良くなり、当該国への資源アクセスが確保でき、また受入国の生活水準があがることにより日本企業にとっての輸出市場が拡大することが期待される。外交面では被援助国に日本に対する友好的人的ネットワークが拡大する。2011年の東日本大震災後、日本からの長年の技術協力に感謝して様々な支援の手が海外から差し伸べられたことは記憶に新しいところである。例えばASEAN加盟国の若者達が当時のスリン・ピツワンASEAN事務総長のイニシャティブでチームをつくり、避難所のまわりの瓦礫の撤去や炊き出しをしてくれたことも関係者の心を温めたエピソードであった。

一方、対外援助協力には意図せざる長期的なリスクも発生する場合がある。長期的間接的リスクとしては、安全保障面では当該国を援助することにより、その国が成長し大国化する、あるいは日本からの援助を経済発展に充て、自らの予算は軍備に投入して軍事力も伸ばす事により、究極的にはその国が日本にとって脅威になる場合もありうる。メアリー・カルドーが指摘する様に援助をすることで当該国が軍備を増強するとむしろ紛争の蓋然性が高まるという論理も成り立つ12。 経済面では受入国の企業が成長して、日本企業・産業の競争相手となることにつながりうる。外交面では援助したことによりかえって反日感情の醸成に繋がる場合も否定しきれないであろう。

他方、短期的にはどうなのだろうか。短期直接的自己利益としてやはりラギーを援用すれば短期的相互関係(specific reciprocity)が生ずる13。すなわち、目にみえる形で短期的に互恵が成立する場合がある。安全保障面では脆弱国家を援助することがテロ対処につながり、日本の安全保障へ直接的にプラスに作用することがありうる。つまり、日本人が犠牲になるかもしれないテロの防止につながることが考えられる。一般的に、テロや組織的犯罪、さらには紛争は未然に防止する方が、発生後に対処するよりも対費用効果が高い。援助によりテロ防止対策に直接的に寄与することができ、ひいては第三国で協力することで同盟国との協力関係を深め、お互いの負担を軽減することができる。また、経済面では資源確保や市場アクセスにおいて、受入国の規制などのガバナンス体制が改善されるまで援助契約にサインしないという立場をとることにより、現地の投資環境を短期間で向上させることもできる。外交面では直近の外交課題の解決や日本支持の獲得に役立つ。例えば国連非常任理事国選挙やオリンピック招致などにおいて日本に投票してもらうという面で役立つこともあろう。

一方、短期直接的リスクの可能性としては、安全保障面では蓋然性は高くはないが、援助を行うことにより日本人が現地に赴く以上、対日・対日本人テロが発生することはありうる。経済面では日本の援助について重商主義批判を受けたり、経済的対抗措置がとられることもありうる。外交面では国際的な問題が発生した場合に当該国への日本の援助をめぐって外交課題が紛糾したり、援助競争を助長し、日本批判がでることもありうる。

このようにみると安全保障と援助は短期的にも長期的にも関連しており、利益とリスクの両面があると言える。援助と安全保障を連携して考えるのであれば定量的に実証すべしという意見もあろうが、この関係についてはそれぞれの事例において複雑な要素がからみ、一般論として定量化してその因果関係、さらには利益とリスクのどちらがより大きいかを数字で立証する事は不可能である。それに代えて援助と安全保障の関係について欧米でどのようにみられているかを調査した中間的な結果を以下に述べてみたい。


「アフリカの角」地域調査の視座からみた援助と安全保障の関係


2013年7月、東京財団の研究チームは東アフリカ、地図に示す「アフリカの角」と呼ばれる地域を調査し、現地で開発と安全保障の関係について関係者の考え方を調査した14


「アフリカの角」地域




ソマリア地域をはじめ、スーダン、南スーダン等紛争が続くアフリカの角地域では開発と安全保障の相関関係が強いことが口々に強調された。これは紛争が繰り返される中で、単なる治安の確保のみでは平和が根付かず、開発を進めて平和が実感される様な環境を作らなければ持続的な安定は確保できないという厳しい現実からの叫びでもあった。一方、援助関係者は、開発を支援しても紛争が再燃すればそれまでの成果が水泡に帰することを強調した。

ちなみにアフリカ連合(AU)のズマ委員長は2012年10月12日の委員長就任演説において「平和と安定が社会経済開発の前提条件である」とこの両者の関係について述べている。この演説からは紛争を解決し、持続的な平和の定着を図らなければアフリカの経済成長は資源輸出にのみ依存した一時的なものに留まり、本格的なアフリカの経済発展にはつながらないという問題意識も読み取れる。

アフリカ各地には準地域機構が設立されている。その中のひとつであるアフリカの角地域の政府間開発機構(IGAD)のマーリム事務局長は、「安全保障、平和と開発は横断的に取り組まねばならず、それぞれの要素に単独でアプローチしても意味はない」と断言した。その一例として同氏が挙げたのが井戸掘削事業である。水供給プロジェクトでは、井戸を掘れば人間が飲み水として利用するのみならず、家畜も水を求めて集まり、井戸の周りには植生も生まれる。これが家畜の餌にもなる。そうなるとこの井戸の利用を巡って現地の人々の間に争いがおき、折角人々の生活向上のために掘った井戸が紛争の種になりかねない。従って、水の供給だけを考えて井戸掘削プロジェクトを立案すると当該地域の安定を損なうリスクもあるという指摘である。「井戸と放牧地、現地の人々の関係、さらには家畜販売の市場開拓までを繋げた地域総合開発プロジェクトの視点が重要である」との見解であった。

また、独立後2年を経た南スーダンでは2013年12月にも暴力的内紛が発生し、まだ散発的な戦闘が継続している。その上にスーダンとの関係も国境画定、オイルパイプラインの使用等の懸案事項を抱えている。2014年6月現在日本の自衛隊も派遣されている国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)のヒルデ・ジョンソン国連事務総長特別代表(元ノルウェー開発大臣)は、2013年7月の面談時に「南スーダンほど安全保障と開発の結節点が明白なところはない」と両面からの支援の重要性を力説した。同特別代表は、「スーダン、南スーダンは長年内戦を経験してきたために18歳以下の子供は戦争しか知らずに成長し、教育を受けることもままならなかった。よって戦争以外の暮らしがあることを知らない。この若者達は現在高失業率のために就職先がないままに、若いエネルギーを持て余している。この人々が再び武器を手にとるのではなく、戦争以外の生活があること、すなわち代替生計手段があることを教えることが平和の定着の第一歩である」と強調していた。

これは同地域を支援すべくアフリカに駐在する欧米の関係者からも同様の指摘を受けた。様々な意見を集約すると、「開発と安全保障には因果関係があり、不安定は開発を損ない、逆に開発が遅れると安定が損なわれ、紛争再発の悪循環になりかねない。この循環を断ち切る為にも開発と治安や秩序の維持の両面に並行して取り組む必要性がある」との見解である。

このようにアフリカの角地域の現地調査では、紛争が再発するという地域の事情を背景として開発と安全保障の強い相関関係が異口同音に強調された。そこに疑念を持つ余地はなく、むしろ両者をリンクして考えなければ紛争地の恒久的な問題解決には繋がらないという視点が例外なく提供された。

本稿においては、ここまで積極的平和主義の意義、そして援助と安全保障を横断的に捉えた対外援助協力の可能性について考察した。また、アフリカの角地域に限らず世界的にも、脆弱国家や紛争地への支援にあたっては貧困からガバナンスまで幅広い支援が必要であることが近年ますます認識されている。例えば、現在ポスト2015のミレニアム開発目標(MDG)が国連において議論されているが、その脈絡においても同様の認識が示されている。2012年7月に潘基文国連事務総長が設立したポスト2015開発アジェンダに関するハイレベル・パネルが、2013年5月に「新たなグローバル・パートナーシップ:持続可能な開発を通じた貧困解決と経済の転換」と題した報告を発表した。その中でも「貧困撲滅のみを単独で取り組むのではなく相互に関連するガバナンスや平和の構築、気候変動への対応などを総合的に取り組む必要がある」ことが提言されている15

同ハイレベル・パネルの委員であるエミリア・ピレス東ティモール財務大臣は、開発と安全保障をリンクして取り組まなければ効果があがらないことを力説し、同氏が参加する「脆弱国家へのニューディール(A New Deal for engagement in fragile states)」という提言ではこの点を強調し、全委員を説得したと語った。同じく委員のキャメロン英首相は「開発の黄金の糸(Golden Thread of Development)」という概念で、長期的な開発の為に安定した政府、汚職追放、人権、法の支配、透明な情報などの開発の黄金の糸が編み出されていなければならないという視点を提唱している16。このような流れにおいて、日本にはどのような姿勢が求められるのであろうか。

続く第2稿では「アフリカの角」地域を事例として欧米による対外援助協力の取り組みについて報告し、第3稿では日本の政策議論の変遷と、現場における「オール・ジャパン」アプローチの取組み・課題について検討する。




1. 本プロジェクトでは、「対外援助協力」を欧米が行うForeign AidまたはForeign Assistance(直訳すれば「海外援助」ないし「海外支援」)と類似した用語として用いており、政府開発援助(ODA)に止まらない幅広い援助形態を念頭に置いている(本稿2.「対外援助協力とは何か」を参照)。また、被援助国以外の国との連携協力を重視することからあえて「対外援助協力」という用語をあてている。今後の研究の中でさらに適切な表現を検討したい。

2. 内閣官房「国家安全保障戦略について」2013年12月
http://www.cas.go.jp/jp/siryou/131217anzenhoshou.html


3. 総合研究開発機構(NIRA)研究報告書「積極的平和主義を目指して」2001 年3月
http://www.nira.or.jp/past/pubj/output/dat/3502.html#you


4. Edward Lincoln, Japan’s New Global Role, The Brookings Institution, 1993

5. 読売新聞(東京朝刊)「米上下両院で対日法案34本 湾岸貢献批判が経済に」1991年3月19日

6. 本稿執筆時点(2014年6月12日)においては、「国連PKOを含む国際協力」などの個別事例について、連立相手の公明党と与党協議が続けられている。

7. 首相官邸 「防衛装備移転三原則」2014年4月1日閣議決定
http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2014/__icsFiles/afieldfile/2014/04/01/20140401-1.pdf


8. 外務省「政府開発援助(ODA)大綱の見直しについて」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/about/kaikaku/taikou_minaoshi/index.html


9. Curt Tarnoff, Marian Leonardo Lawson, “Foreign Aid: An Introduction to U.S. Programs and Policy,” Congressional Research Service, April 9, 2009, p.1.

10. 対外援助協力プロジェクト第4回研究会(2013年8月19日)における田中明彦JICA理事長の講演を参考とした。

11. John Gerald Ruggie, ‘Multilateralism: The Anatomy of an Institution’, in John Gerard Ruggie ed., Multilateralism Matters, Columbia University Press, 1993, pp.3-47.

12. Mary Kaldor, Ultimate Weapon is No Weapon, 2010.

13. ibid.

14. 2013年7月4 日~19日までエチオピア、ジブチ、南スーダン、ケニア、ウガンダにおいての現地調査(聞き取り)の結果による。なお、訪問時の所感はオンライン媒体の日経BPオンラインに「アフリカ角紀行」と題して2013年11月から12月まで連載したので参照されたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20131122/256192/?rt=nocnt


15. The report of the High-Level Panel of Eminent Persons on the Post-2015 Development Agenda, “A New Global Partnership: Eradicate Poverty and Transform Economies through the Sustainable Development,” 2013
http://www.post2015hlp.org/wp-content/uploads/2013/05/UN-Report.pdf


16. David Cameron’s speech to the UN, 15 May 2013, UN New York.