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財政再建と成長戦略:為政者が身を切る真の一体改革が必要

December 22, 2011

東京財団上席研究員
小林 慶一郎

1. 必要な増税幅は20%以上

消費税を5%から10%に引き上げるのに政治は非常に難渋している。ほんの数年前までは、関係者の間では消費税率をせいぜい15%にすれば財政再建できるというのが常識だった。しかし、加速度のついた高齢化とリーマン・ショック後の世界経済危機で、状況は一変した。

いまでは、消費税率を30%以上にしなければ財政再建はできない、という経済学者やシンクタンクの研究が散見されるようになった。ただし、大幅に社会保障費を削減するなら消費税率25%でも財政再建が達成できる。念のために言うと、この数字は日本政府の借金をすべて返済するために必要な数字ではなく、日本経済の国内総生産(GDP)に対する政府の借金の比率を一定に抑え込むのに必要な税率である。政府の借金が増え続けることを許容しても消費税率25%程度は必要だ、ということなのである。

しかも状況は猛スピードで変化している。伊藤隆俊・東大教授と星岳雄・カリフォルニア大学サンディエゴ校教授の研究によると、今すぐ増税を始めれば財政再建ができるが、同じ増税策を三年後から開始すると、政府債務は発散し、財政再建は不可能になる。つまり、3年の先送りが財政破綻という決定的な結果をもたらしかねないほど、「時間」が重要な要素になってきているのである。

景気が回復すれば増税や歳出削減なしでも財政再建できるという意見があるが、小黒一正・一橋大学准教授の計算では、一人当たりの経済成長率が3.7%という非現実的な高成長になるか、インフレ率が年14%にならないと自然増収で財政再建はできない(小黒一正・小林慶一郎 『日本破綻を防ぐ 2つのプラン』 )。14%という高インフレは国民生活の破綻と同義だ。

財政再建ができないと、国債を大量保有する銀行などが破綻して、ひどい不況が起きる。日本で財政破綻が起きた場合の被害の大きさを予想する研究は存在しないが、ギリシャやイタリアの状況をみれば、財政への信認が失われた国で何が起こるか、はっきりとわかる。金利が上昇し、企業は倒産し、大量の失業者があふれることになる。高齢化が進む中で、インフレで資産価値が目減りし、貧困状態に落ち込む高齢者が激増することになるだろう。

もしいまの政権で財政改革への着手が実現できなければ、衆議院選挙をはさんで政治が落ち着くまで、最低でも3年か4年は時間が空費されることになる。国内の家計貯蓄で国債を買い支えられる限界はあと7、8年程度ともいわれる。財政改革が今後数年進まなければ、国債暴落という事態も現実問題になってくる。

そもそも、経済学者にとって最大の謎は、「なぜいますぐに国債暴落が起きないのか」ということである。何かのきっかけで、今すぐ国債市場でパニックが起きてもおかしくはない。逆に、現在パニックが起きていないということを合理的に説明できる理由が見つからず苦労しているわけである。

2. 為政者が身を切る一体改革の工程表で合意すべき

しかし、野田政権が進める改革への政治的な支持が盛り上がらない。

社会保障と税の一体改革は、歳出(社会保障)と歳入(税)は不可分という経済的次元での一体性の理屈は通っているが、「政治的な一体性」を計算に入れていなかったことが間違いなのだ。国民に大きな痛みのともなう改革を受け入れてもらうには、為政者も身を切って国民と一体となることを示さなければならない。「社会保障と税の一体改革」の枠を広げて、為政者も身を切る「真の一体改革」に仕立て直すべきである。

改革に入れるべきポイントは三つ。(1)為政者が身を切る改革メニューが入っていること、(2)社会保障と税の改革について長期的な姿を示すこと、(3)この二つの改革を同時並行に進める工程表を提示すること、である。

第一の為政者自身が身を切る改革としては、政治家、国家公務員、地方公務員、日本銀行や種々の独立行政法人の職員、国立大学教職員など、公的セクター全般が痛みをともなう改革を進めて国民の信認を得るべきだ。たとえば議員定数の削減、議員歳費の削減など国会の改革。公務員制度改革を進め、国家公務員だけでなく地方公務員も含めた公務員給与を削減する。こうした国会や公務員の改革は、政府債務の大きさに比べれば微々たる金額をセーブするに過ぎない。しかし、為政者が身を切るといいう政治的なメッセージとして大きな意味がある。朝霞や方南町の公務員宿舎の建設問題も、もっと先手を打って判断しておけば国民の支持を上げる材料になったはずだが、コストの問題などの経済合理性に固執して世論の反発を招いた。最終的に建設中止になったが、為政者が身を切らないことに対する国民の不満を理解していればこういうドタバタにはならなかっただろう。

第二の社会保障と税の改革については、単に消費税を10%にする手順と時期を示すだけでは不十分である。消費税率を25%程度にする必要があるという研究が増えているのだから、最終的なゴールと道筋を大まかであってもよいから示すべきである。社会保障制度の改革についても、年金・医療・介護など高齢者関連経費の総体としての削減額を、マクロの目標としてまず提示すべきである。

第三の工程表では、「国民の痛み」を求める代償として「為政者の痛み」が不可欠であるという政治的な次元での一体性の論理を示す必要がある。為政者の改革(国会や公務員の改革など)と国民に痛みを与える改革(社会保障と税)を、片方ずつではなく、同時並行で実施する工程表を用意し、与野党での合意を目指する。増税だけが先行し、公務員給与の削減などが進まないと国民の反発は抑えられない。一方、「ムダの削減が先だ」と議論ばかりしていると、社会保障や税の改革はいっこうに進まない。時間が重要なので、両方を同時並行で進めることが肝心である。

3. グローバルな拡大均衡で経済を成長させる

官も民も身を切る改革だけでは日本は縮小均衡に陥る。もっと経済を拡大させる前向きのビジョンすなわち経済成長戦略を、財政再建と併せて明らかにすることが必要だ。

第一は、高度成長が見込まれる新興国などのグローバルな需要を取り込んで投資大国として日本経済を拡大させることである。欧州の銀行がアジアからビジネスを撤退させる動きが強まっている。ここで日本の金融機関がアジアの新興国の資金ニーズにこたえることにより、かれらの高成長を助け、日本も共に成長するチャンスが大きく広がっている。

また、超円高のいまは製造業などの日本企業が海外に進出する大きなチャンスである。日本企業が海外に投資し現地生産を始めると、日本からの輸出が増え、また、海外からの投資収益を日本にもたらすので、結果的に日本経済を成長させ、雇用も増やす。国内雇用の空洞化は、医療や介護の規制緩和でそれらの産業の雇用を増やすことで対応できる。

第二に、欧州の債務危機を救済する資金を戦略的に提供することを考えるべきだ。単に欧米から言われるがままに、お付き合い程度の少額を拠出するのは単に日本に資産リスクをもたらすだけで、日本にとって何のメリットもない。EUによる債務保証を100%つけることを条件に、30兆円~50兆円の資金を提供する準備がある、と表明すれば、日本の国際政治における地位も上がることになろう。実際に資金を拠出する場合には、日本政府が大量のユーロ建て債券(EFSF債またはEU共同債)を購入することになるので、円売りユーロ買いの為替介入と同じ効果がもたらされ、円高が過度に進むことは抑制される。つまり欧州危機への救済資金の提供は自動的に円高対策にもなるわけである。こうした政策が日本の景気拡大に有効であることはほぼ間違いない。

さらに、日本の公的資金で海外への投資を拡大する政策を行うと、10年単位の長期で考えれば日本の財政を将来的に安定させることにもなる。小黒一正・小林慶一郎著『日本破綻を防ぐ 2つのプラン』(日経プレミアシリーズ)でも述べたが、簡単にいうと、次のようになる。将来、財政破綻によって日本の国債価格が暴落すれば為替は円安に大きく振れる。破綻前の現時点において、日本の政府部門が円建て債務を大量に増発して同額の対外資産(外貨建て資産)を購入すれば、現在の円高と将来の円安をともに緩和する政策効果が見込まれる。この政策はバランスシート上、「円売り外貨買い」の為替介入と同等なので現在の円高を是正する方向にはたらく。また現時点で政府部門の対外資産を増やしておくと、将来、円安傾向になったときに対外資産の価値が円建てで上昇するので、政府は為替差益を得て財政が改善する。このことが将来の国債暴落のリスクを緩和するのである。

4. 危機に備える責任

最後に、本当に国債価格が暴落するような事態が起きた場合にダメージを最小にするためのプラン、すなわち、コンティンジェンシープランを考えておく必要がある。破綻が起きないように政策を運営するのが政府の責任だが、「財政破綻は起きてはならないことだから、財政破綻を想定するべきではない。だから財政破綻を前提にした政策を考えることはできない」という思考に陥るのは危険である。これは「原発事故は起きてはならないことだから、原発事故が起きた場合の対応策は考えるべきではない」として、過酷事故対応の計画を事前に考えなかった原発政策とまったく同じ思考法である。その結果、現在どれほどの混乱と被害拡大が生み出されていることか。

このことを教訓に、不運にも財政破綻に至った場合に実施するべきコンティンジェンシープラン(危機発生後に、国民生活の犠牲を最小にしつつ市場の信認を取り戻せるような最適な増税メニューや社会保障費の削減メニューなど)を政府あるいは政治の責任として考えておかなければならない。

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