第20回「介護現場の声を聴く!」 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

第20回「介護現場の声を聴く!」

August 24, 2011

第20回目のインタビューでは、小規模デイサービスなどを展開する「株式会社日本介護福祉グループ」品質管理者を務める木村一久さん、「HUNT&COMPANY社会保険労務士事務所」代表の野崎大輔さんに対し、介護職の離職率の高さや職員の意欲を継続させる「従業員満足度」の必要性などを聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>
<画面左から>
木村一久さん=「株式会社日本介護福祉グループ」品質管理者
野崎大輔さん=「HUNT&COMPANY社会保険労務士事務所」代表

<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)

※このインタビューは2011年7月25日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf

要 旨

「28歳までダメ社員で…」

第20回目のインタビューでは、野崎さんの執筆した著作が話題となった。

タイトルは『黒い社労士と白い心理士が教える 問題社員50の対処術』。

介護事業所のみならず、主に中小企業の人事担当者を想定し、「ウツで休職中の社員がハワイで豪遊していました」「レジから金を盗む横領店長。どんな処分をするべきか?」「遅刻常習犯の新人をクビにできるか」といった形で、メンタルヘルス対策やパワーハラスメント対策に具体的な事例を50項目挙げつつ、イラスト付きで分かりやすく解説しており、書店売り上げの上位にランクインされている。

野崎さんは約3年前に独立する直前、一般企業でメンタルヘルス対策に当たっていたらしいが、「うつ病は判断が難しい。病院で診断書を出して貰えると、会社から金を貰えながら休める」「『気晴らしになるからいい』と医者から言われた(らハワイ旅行も正当化される)。(上司は)内心怒っているが、診断書を出されると何も言えない」「パワーハラスメントは受け手の問題。人の心理面の問題」などと指摘した。

こうした事象が増えているため、本屋ではメンタルヘルスなど人事管理のノウハウ本が数多く並んでいるが、野崎さんによると「法律家が読むような難しい内容」とのこと。しかし、実際に困っているのは法律を知らない中小企業の経営者。一般職員も対処法を知って入ればリスクが小さくなるため、イラスト付きで事例を多く上げて分かりやすく解説する本を執筆したという。

続いて介護職の楽しさに話題が移った。今インタビューシリーズでは介護職を続けている動機として、「最初は手に職を付けたかったことが理由だが、入った後は余りの楽しさに病み付きになった」との声が出ている。

野崎さんはクライアントである動物病院を引き合いに出しつつ、こうした動機に理解を示した野崎さんは「獣医師は独立する目があるからキツくても頑張れるが、看護師はペットを抱えて腰痛になる人がいる。しかし、続けていると仕事が段々と楽しくなって来る」と述べ、介護職との共通点を挙げた。

さらに、野崎さん自身も社労士の資格を取るまで紆余曲折があり、最初は「手に職を付けたくて…」という動機と似ていたという。

野崎さんは大学を辞めた後、暫らく無職。当初は公務員を目指していたが、不況と重なって志望者が多く倍率が高かったため、こちらも間もなく断念した。その時、偶然にも大学の生協を通った時に資格紹介のパンフレットが目に入り、社労士を目指すことにしたようだ。

その際も「崇高の理念があった訳ではない。『マークシートだから塗れば受かる』『年収1000万円以上書いてあった』という理由だった」という。

しかし、受験に際しては独学で毎日10時間以上勉強。最後は「俺が落ちたら問題が悪い」と思う域まで達し、1回目は2点足らずに再チャレンジとなったが、2回目の試験で資格が取れたという。

とはいえ、ここからも波瀾万丈。会社を3つも渡り歩き、資格を取っていたとはいえ、28歳の時点でキャリアが何もない状態だった。野崎さんは当時のことを「社労士の資格を取って会社に入ったが、『こんな雑用をやるために会社に入った訳じゃない』と思って辞めた」と振り返った。

その後も転職を続けたが、ある時に自分自身の問題点に気付いたという。つまり、「それまでは『会社が悪い』『上司が悪い』『給料が安い』などと他人に原因を求めていたが、良く考えると全部同じ理由。何処に行っても変わらなかったので、自分に原因があるんじゃないか?」「3社を1年以内で辞めているのは自分が悪い」と考えるようになったとのこと。

そこで、4社目では「どうやったら仕事を楽しめるか?」という形に考え方を転換。入社当初はキャリアを持っていない野崎さんには雑用が中心だったが、やがて重要な仕事を任されるようになり、そのうちに仕事が面白くなって来たという。

転職を繰り返していた当時について、野崎さんは「自分も問題社員だったが、最後の会社でやり切ったので、仕事が楽しくなった」「28歳までダメ社員だった」「心配を掛けるので親には言えなかった」と振り返りつつ、離職率の高さが指摘される介護職を含めて、「仕事が面白くない」と言って辞める若い人の傾向について、「ある程度は続けないと仕事の楽しさが分からない」と注文を付けた。

さらに、野崎さんは「崇高な理念で入ると、理想と現実のギャップに苦しむ。最初は俗的な欲求で入ったらどうか。仕事すると(自分の見方が)変わって来る。若い時には(仕事の実情は)分からない」と話した。

その上で、野崎さんは一般企業で研修を任される時の経験として、「キツいから辞めたい」という人に対し、「実体験を持って『(自分も)ダメ社員だったけど、(自身の経験を基に)こういう風にやると良くなるよ』と言うので(聴衆も)腹に落ちる」と話した。野崎さんによると、社労士の業界では会社の就業規則作成、社会保険手続きといった従来の業務だけでなく、メンタルヘルス対策や所謂「問題社員」への対応などのコンサルティング業務を強化する人も増えているため、今後は介護業界の社員研修に力点を置いて行く予定という。

一方、介護業界に身を置く木村さんも「離職率が高い。短い間で(転職を)繰り返す」との体験談を披露した。確かに「財団法人介護労働安定センター」が今年8月に公表した調査を見ると、2009年10月~2010年9月までに離職した介護職員は17・8%に上り、その割合は前年同期比よりも0・8ポイント悪化した。中でも、離職者のうち、1年未満の職員は43%に及び、短期間で就職と転職を繰り返している様子が伺える。

こうした状況に関連し、木村さんは介護業界に入って来る人の傾向として、「崇高な理念を持っている人は元々、少ないかもしれない。現状で言えばドロップアウトの人が多い」と指摘した上で、「一線を超えるまでのスパン(が重要)」と述べた。


従業員満足度の重要性

従業員満足度を如何に向上させる―。インタビューでは介護業界に止まらず、こんな話題が出た。

野崎さんによると、「(トラブルを起こす)問題社員に対応したとしてもモグラ叩き」。メンタルヘルス対策や処遇改善など対処療法では限界があるという。このため、野崎さんは「給料を上げれば良いという訳ではなく、(職員に)仕事の遣り甲斐や成長を実感させることが大事。それをやっている会社は離職率が低く、業績もいい」と話した。

その一例で挙げたのが、東京ディズニーランドを運営する「オリエンタルランド」や、「リッツカルトンホテル」。野崎さんは「(社員が)遣り甲斐を持って仕事している。気持ち良く働いていると、空気感が違う」「ディズニーランドのゴミを拾う仕事が一番人気。職員は『夢を拾っている』と思っている」と指摘。その上で、従業員満足の向上には時間を要するとしつつも、「カネで価値観を図っている人は『あっちの方が給料が高い』と思ってしまう。多くの経営者は金の動機付けしようとするが、それではダメ」と語り、従業員のヤル気を引き出す取り組みが重要と訴えた。

これに対し、木村さんは介護業界の特質として、キャリアアップの階段が存在しない点を挙げた。今インタビューでも「一般企業と違って介護職はキャリアアップや昇進の過程が見えないので、離職率の高さに繋がっている」との声が出ており、木村さんも「オリエンタルランドも初めの方は人気がなかったが、ある時期からプロフェッショナル意識が芽生えて来た。(同じ状況は)介護でも言える(かもしれないが)、現状は(従業員満足度の高い会社への就職とは)動機が違う」と述べた。

その一方で、木村さんは介護職に対する世間の認識について、違和感を覚えているという。介護職と言えば、メディアでは「介護地獄」といった大仰な見出しが躍る反面、「世話の大変な認知症の高齢者をボランティア精神で相手している」などと美化されがち。実際、木村さんも周囲から「介護職なんて偉いね」といった声を掛けられるという。

しかし、木村さんは「自分は普通にやっているのに、(世間は)『お金は気にせず、慈愛と奉仕の気持ち』というイメージ」と指摘。しかし、今後の展望については、「ビジネスじゃないと、顧客満足度(CS)も上がらない。自分が年を取った時に、そうした所を徹底しないと。可愛い職員を守るためには赤字だと厳しい」と語った。

さらに、木村さんは「(介護職は)資格がなくても働けるので(就職の)ハードルが低い」と語りつつも、今後に関しては「専門知識の教育をやるべき。医療の知識を含めて勉強する機会があっても良い」と力説していた。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
    • 元東京財団研究員
    • 三原 岳
    • 三原 岳

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム