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第21回「介護現場の声を聴く!」

September 1, 2011

第21回目のインタビューでは、「社団法人日本介護協会」理事長を務める左敬真さんに対し、介護職員がケアの技能などを競うことで、介護職の魅力や面白さを幅広くPRする「介護甲子園」(11月27日開催、同協会主催)を開くに至った狙いとともに、今後の展望などを聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>
左敬真さん=「社団法人日本介護協会」理事長

<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)

※このインタビューは2011年8月29日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/flash/viewer.swf

要 旨

居酒屋甲子園から発想

「介護から日本を元気にしたい」「介護業界で働く人が最高に輝ける場。それが介護甲子園!」―。第21回目のインタビューでは、こんな目標を掲げるイベント「介護甲子園」が主な話題として上がった。

甲子園と言えば、春と夏に全国大会が開催される高校球児のメッカ。一方、介護甲子園は介護職員のスキルを競うコンテストとして、11月27日に日比谷公会堂で今年初めて開催され、介護協会の理事長を務める左さんが推進役の一人だ。

(→「介護甲子園」のウエブサイトはこちら)

イベントは「第1次予選→第2次予選→決勝大会」という流れになる。具体的には、参加を希望する事業所から、取り組みなどを紹介するエントリーシートを提出して貰い、第3者がシートの中身を審査する第1次予選を実施した。

その後、第2次予選ではケアの様子を撮影したビデオ映像をネット上に公開し、これに対する一般参加者を含めたネット投票を行い、最終的に5つの事業所まで絞り込む。さらに、決勝大会では5つの事業所が自らの取り組みをプレゼンテーションし、優勝者を決めるとともに、残る4事業所にも賞を与える流れだ。

左さんによると、昨年6月頃から準備し、年明けからエントリーを呼び掛けた所、第1回戦には134事業所のエントリーがあった。左さんは「『(良い)やり方が分からないならば真似て行こう。共に学び、ともに成長し、ともに勝とう』ということで、第1回戦をイメージした」と話す。

具体的には、エントリーシートに自分達の考え方を書き込むことを通じて、「何故この業界に入ったのか?」「何故この会社に入ったのか?」「どういうサービスをしたいのか?」という点を再度確認できるため、介護甲子園のエントリーを通じて、左さん曰く「事業所内の摩擦」、つまり事業所内の議論の活性化に期待したという。

実際、左さんの経営するデイサービス事業所など在宅系だけでなく、特別養護老人ホームなど施設系からも広く応募が来たらしく、「若いメンバーが集まるのかと思いきや、社会福祉法人など昔ながらの事業所や『1カ月ほどしかオープンしていない』という人もいた。実際に取り組みが斬新だったり、最先端を行ったりしている所もあった。『第1回なのでジャブ程度に来るのか…』と思いきや、『実は優勝を狙っています』という方も多くいた」といい、予想外の好反応だったようだ。

現在はビデオ映像を基にネット投票を受け付ける第2回戦の段階。1次予選で絞り込まれた30事業所による1分間のビデオ映像とエントリーシートに関して、9月20日まで一般を含めて広く投票を受け付けている。

では、何故こうしたイベントを発案したのか。

まず、介護業界の活性化や業界の横の繋がりの強化が目的の一つとして挙げられており、イベントのインスピレーションは「居酒屋甲子園」から得たという。

居酒屋甲子園とは外食業界の活性化に向けて、居酒屋の従業員が1年に1回、ステージで自店の想いや取り組みを発表するイベント。左さんは「(居酒屋は)アルバイトも多く、ルーティンワークになって、(店員は)『ビールジョッキを運ぶことが意味があるのか』と自問自答になる」と述べつつ、おむつ交換などルーティンワークの多い介護職との共通点があると指摘。その上で、「『おむつ交換に夢があるのか?』と言われると、経営者としてもスタッフとしても表現しづらい。しかし、介護甲子園を通じて、同じような境遇・考え方を持っている人が(同じような職種で)光り輝いている人に共鳴して欲しい」と語った。

つまり、おむつ交換などのルーティンワークをこなすだけでなく、その先にある仕事の楽しさや面白さを実感して欲しいという目的だ。

左さんは「自転車に乗りたいから自転車に乗るのではなく、『友達とサイクリングに行く』『遠くに行って色んな風景を見たい』というのと一緒」と形容して介護甲子園の意義を強調。その上で、「全国で僕達みたいな取り組みをやっている事業所はいっぱいあるが、周りの方が何をやっているのか分からない。それぞれが考え方を持ってサービスしているが、(職員の取り組みが)フォーカスされていない。介護甲子園で一緒に全国発信して行こう」と呼び掛けた。

同時に、介護職の楽しさを広く対外的にアピールするのも狙いの一つ。

介護業界は飲食業など他の業種と比べても一般の目に触れる機会が少なく、取り組み発表会や事例検討会などのイベントが散発的に開かれている程度。このため、対外的にPRする場が存在せず、世間では「介護職はきつい」「介護職は特殊」といったイメージが定着している。

左さんは「自分達で自分達のやっていることを表にアピールできていなかった。僕達自身が自慢して行かないと、誰も発信できない。居酒屋と違って口コミで広がる訳じゃなく、おじいちゃん、おばあちゃんが口コミで広げて行くのは難しい」「自分達が産業を作るんだという志。最終事業所に残るのも目的かもしれないが、個々でやってても産業が活性化しないし、注目されないと外側が意識しない」と力を込めた。

例えば、高齢者のケアに際しては、職員同士の連携や意思疎通が不可欠となる。左さんは「夜遅くまで仕事してミーティングして職員同士で楽しくやったり、ケンカしたりしながらも、おじいちゃん、おばあちゃん達を元気にする感動ストーリーが(現場に)必ずあるはず」と指摘。その上で、「自らのアピールとして、年に1回でも大きな花火を打ち上げ続ければ、介護業界の外側から見ている人達に『介護は何をやっているのか?』(という点)が少しでも見えれば(いい)。働いている人間が自分達で自慢して発信して行かないと」と意気込んだ。

さらに、左さんは介護職員や一般の人にとっても、介護は無関心ではいられない点を強調する。

「介護サービスのお客さんとは誰なのか?」―。左さんはインタビューで質問を投げ掛けたが、左さん流の答えは「働いている職員もお客さん」。

と言うのも、サービスを受ける高齢者だけでなく、いずれ働いている職員も高齢者になる。このため、左さんは「『(自分が介護を受ける側だったらどうしたいのか?』を考えながら、今の高齢者(に対するサービス)を自分のことのように提供できるかが重要」と話した。

さらに、一般の人にとっても無縁ではない。左さんは「介護(業界だけ)で終わらせるのではなく、(介護職員は)日本全体で関わる話をインフラとしてやっている。いつかは通る道。皆さんが関わることを意識して欲しい。一般の方々に少しでも介護業界に関心を持って貰えれば」と期待を込めた。


新卒学生へのPRも

決勝大会を11月に開催するのは就職活動を始める新卒学生へのPRを兼ねているという。

左さんによると、新卒学生に内定を出したとしても辞退されるケースは少なくないとのこと。これまでも内定を出した後、父親や母親から「介護業界だったらちょっと…」「介護職は止めなさい」と言われて内定を辞退した学生も散見されたほか、周囲から新卒学生が「大学まで行かせて何で介護業界に行かなきゃいけないの?」「何で介護業界なの?自分達の学科は違うのだから、もっと違う所を選べば」と言われることも少なくないという。

周囲が介護職を薦めない理由として、「介護職はハードな勤務」「離職率が高い職種」というイメージが強いためと思われる。左さんは「(介護職のイメージは)給料も上がらず、辛い、きつい。(そのうちに)退職することが目に見えていることを勝手にイメージしている。親は介護職を良く見ていない」と指摘。このため、周囲の意見に流されて内定を辞退するらしく、左さんは「僕達にとってもショック(な出来事)」と話した。

さらに、左さんは会社説明会に親と一緒に来る人や、エントリーシートを親が出したケースを引き合いに出しつつ、「親が子供に対して真剣かもしれないけど、自分達の進路を20歳を超えて左右されるのは、自分自身の意見は何処にあるのか。介護業界に限らず、何処でもそういう話を聞く」と苦言を呈した。その反面、左さんは「(内定辞退は)僕達もショックな出来事」と語り、介護業界のPR不足に言及しつつ、「新卒で介護業界を志す人に対しても、会場に来て貰いたい」と促した。

同時に、左さんは「(学校を)卒業して会社を立ち上げて10年目。ノウハウと組織ができて介護甲子園に時間を費やせるようになった」「20代で介護業界に入って来て、ずっと修業を積みながら考え方を持って30代を迎え、そこから10年の節目を迎えた時に自分達の意見を表に出している」と語り、左さんにとっても節目のイベントになっていることを披露してくれた。

決勝大会の収容人数は約2000人。左さんは「2000人がエントリーを見て感動して貰う。介護甲子園を使って、それぞれがアピールしながら、求職者が魅力を感じる業界にするし、これから介護を受ける客さんも『介護ってどういうものなのかな』ということを見て貰いたい」などと意義を何度も強調したが、既に来年の第2回の準備に入っているとのこと。

来年の第2回について、左さんは「(エントリーの)事業所は倍以上」「(参加者は)5000人」と夢を膨らませており、施設系と在宅系など部門を細分化することも検討中。「将来は全国ブロックごとに立ち上がって、優勝候補が集まって来る。規模が大きくなれば、働いている人や(業界に)入って来る人の星になるのでは」「2000人に感動や笑い、涙を与えたことによって、少なくとも2~3人に『良かったよ』と(言って貰う)。これが第2弾に続いた時、草の根で介護業界に関わる人が意識してくれるのではないか」「(エントリーを通じて)初心を再起動させて貰って『順位を上げて行こう』『優勝して行こう』という短期の目標が出来る。次の介護甲子園をどうして行くか考えて貰いたい」と、早くも来年に向けた展望を口にしていた。


デイサービスの差別化も

インタビューでは業界の将来像も話題となった。

左さんは「日本経済が沈む中で『若手が足りない』と言われていて、『僕達の介護は誰がするのか?』」と問題提起しつつ、「(若い人達にとって)魅力ある産業にしないと、僕らの介護はない。新卒の子達に『僕達の業界は将来未来があって、僕達がやればやるほど生産性が上げられるんだよ』と言っている」と述べた。

さらに、2000年4月の介護保険創設後の変化として、「お客さん様視点か、介護を提供する側の視点かで大きく変わって来る。(制度創設で)民間に開放された瞬間、民間はお客さん視点(になった)。昔からあったと思うが、明らかに意識している」と総括。その上で、将来のサービス内容に関しても、「当たり前のものを当たり前のように提供していたら、サービス業としてはまだまだ」と指摘しつつ、「(サービスの大枠は)介護保険で決まっているが、その中でも切り口を変えて行くべき」と語った。

同時に、団塊世代(1945~1947年生まれ)が65歳以上の第1号被保険者になる点を念頭に、「団塊世代は物を言う(=自己主張する)お客さんと思っているので、彼らの厳しいや指摘を改善できるかに掛かって来る、団塊世代が今の介護サービス、今のデイサービスに魅力を感じているかと言うと、まだまだ遠い。それを(顧客目線に)近付けて行くのが役目」と強調した。

話題はデイサービスの差別化に及んだ。

デイサービスは4~6時間か、6~8時間が標準だが、左さんがデイサービスを体験した時、「6時間って長い」と思ったという。実際、左さんは「65歳と90歳のおじいちゃんは(親子の差ぐらい)年齢が違う。同じデイに滞在していることもあるが、会話や考え方、介護のステージは違うのに、同じようにサービスを受けると、『同じ時間を共有しろ』と言うのはミスマッチが起きる」と指摘した。

さらに、男女によっても求めるサービスが異なり、左さんによると高齢者であっても興味のある異性が事業所にいると、男性は正装、女性は化粧する傾向があるとのこと。さらに、レクリエーションでネイルサロンやメイクの方が来ると女性陣が喜ぶため、左さんは「年齢を重ねても男女の意識はある」と話した。

このほか、介護職の楽しみにも話が及んだ。左さんの事業所には太平洋戦争末期の特別攻撃隊(特攻隊)の生き残りやシベリア抑留者が通っていたらしく、「タダで昔の話が聞ける。テレビじゃ流せないリアルな歴史や面白い話が聞ける」と語った。

デイサービスで高齢者を受け入れる際の苦労も論じられた。

デイサービスは8時半から就業し、10時頃に高齢者を送迎で受け入れて、昼食と機能訓練、入浴、レクリエーションを実施。その後、16時か、16時半に自宅に帰って貰うのが通常パターンだ。左さんによると、通って来る高齢者と家庭には「時間を欲しいから休憩のために預かる」という家族のニーズ、「一人じゃ外に出るきっかけがないから」「生活環境が乱れているので、食事や入浴をしっかりとしたい」という独居高齢者のニーズなどがあり、独居高齢者の場合はケアマネージャーや行政が関与することが多い。

しかし、頑として参加したがらない高齢者に出くわした場合、促し方に苦労しているという。この場合、何度も高齢者に会ってコミニケーションを取って信頼関係を作ったり、事前に電話したりして、アプローチに手を尽くすとのこと。

それでも困難な場合、「サービスとして魅力がないのかどうか」という点を再考するようだ。具体的には、左さんによると「滞在時間が長ければ短い時間でサービスを提供し、風呂に入って機能訓練を受けて帰るという(個別ケアの)アプローチに切り替えて、3時間で風呂専門のデイサービス。夜10時ぐらいまで預かるサービスのメニューを作ることも考える」とのこと。実際、近年は入浴・食事専門のサービス預かる時間帯などで工夫する事業所も多い。

こうした点を引き合いに、左さんは「(保育に比べると)子ども達はサービスに文句は言わない。(高齢者の方が)求める要求が高いかもしれない」と感想を吐露した。

その一方で、年上なので接し方に配慮していることを明かしてくれた。例えば、サービスの回数が増えて高齢者と職員の間の信頼関係が深まると、喋り方に度が行き過ぎる時があるようだ。

しかし、これも程々にしないと、トラブルの原因となる。左さんは「(喋り方が)段々とフランクになり、友達感覚の喋り方となり、そこを通り過ぎると利用者や家族からクレーム(が来る)。言葉遣いはコミュニケーションの一環かもしれないが、線引きが大事」と強調した。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
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