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第34回「介護現場の声を聴く!」

December 1, 2011

第34回目のインタビューでは、「社会福祉法人秋川あすなろ会」あすなろみんなの家施設長の今裕司さんに対し、介護・保育が連携する場合の効果や意味合い、予防介護事業の概要などを聴いた。

インタビューの概要

<インタビュイー>
今裕司さん=「社会福祉法人秋川あすなろ会」あすなろみんなの家施設長
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2011年11月21日に収録されたものです。
http://www.ustream.tv/embed/recorded/18659502

要 旨


保育・介護融合のメリット

第34回のインタビューでは、今さんが所属する社会福祉法人の概略から始まった。

今さんの勤務する社会福祉法人は元々、母親が保育所を運営するため、今から33年前に設立した。その後、1991年から東京都の在宅サービスセンターとして介護事業に参入し、今さんは介護保険制度がスタートした2000年4月から施設長として運営に関わっている。

現在は通所介護事業(デイサービス)、居宅介護支援事業、重度心身障害者入浴事業に加えて、自主事業としての配食事業を展開中。さらに、保育所も市内に2カ所あり、合計で280人程度の園児、世帯数にすると220程度が在園しているという。

元々、デイサービス事業所と保育所は1998年度まで1キロぐらい離れていた。今さんは当時の状況について、「当時のデイサービスは一般家屋を使っており、民家活用型。今は流行って来ているが、当時としては画期的」としつつも、当時は園児達が月に何回か遊びに行ったり、高齢者が車に乗って遊びに行ったりする程度で、日常的に交流していなかったとのこと。

その後、1999年4月からデイサービス事業所を保育園の隣に移転し、2005年には両施設の間で渡り廊下を設置した。今さんは「以前は外で靴を履いて園庭を通らないと行き来できなかった。しかも、保育園は東に向いており、デイサービスは西に建設。雨の日は移動できなかった」と語った。

しかし、両施設を繋ぐ渡り廊下を設置した後については、「日常的に行き来できる環境。お互いに交流しやすくなった。園庭も共有で、晴れている日は高齢者さえ(外に)出さえすれば、触れ合いもできるし、外に出向かなくて目を向ければ見える。耳を傾ければ声も聞こえる。互いにインフルエンザなどはやっていなければ、殆ど毎日少なからず接点を持つ。濃淡はあるにしても、1日1~2回のタイミングは必ず来る。そのための隣に移したと言っても過言ではない」と現状を説明してくれた。

では、保育所としてスタートした社会福祉法人が何故、高齢者の仕事を始めたのか。

今さんによると、子育て中にやりくりしながら働き続けて来た女性達、具体的に言えば卒園時の保護者が「親の介護を理由に長年働いていた仕事場を離れなけばならなくなる」という話が母親に寄せられ始めたという。さらに、「核家族化の進展で、周りに子供達が高齢者と触れ合う時間がなくなっている、または同居する家族が少なくなっており、高齢者と子供達が関わるような場所を作りたい」「自分が年を取った時に、のんびりお茶を飲める縁側が欲しかった」という思いもあったらしく、「母親が保育事業を関わって行く中、それらが合わさった形で(介護施設の設置を)考えた。他の施設・法人は高齢者(サービス)から入っているが、少し毛色の変わった入り方かもしれない」と語った。

実際、介護を理由に離職する女性が増えているといい、今さんは「何とか離職しないで済むように、(施設の職員だけでなく)保護者も働き続けられるようにする。今は0歳児、1歳児のような形で入園できず、その次は学童保育(=放課後に子供を預かるサービス)が厳しい。それが一段落した頃、今度は丁度、親の介護が問題として浮上して来る割合はかなり多く目にする」と語り、介護事業に進出した意義を説明した。

その後、話題は保育・介護が融合する意味合いに移った。今さんによると、高齢者、乳幼児の双方に良い影響を与えるという。今さんは具体的な事例として、「0~1歳の子供の場合、80~90歳(の利用者)はおばあちゃんと言うよりも、ひいおばあちゃんの世代と会う(感覚)。シワとか含めて変わっている存在に見えるので最初は泣くが、3カ月すれば大体普通になる。そこから先は私達ではどうしようもないぐらいに生き生きした姿であり、スーッと自然に一緒に溶け込んで遊んでいる風景を見ることが出来る。(その自然さに)介護職員や保育士が悔しがる」と述べた。

さらに、「運動会や生活発表会の本番は保護者がズラッと見に来るけど、練習の時は高齢者が観客。普段から(高齢者の前で)リハーサルをやって、観客役もやってくれた。練習が手を抜けず、毎日が本番のような緊張感を持ったり、または励まして貰ったりする。双方向の行き来があって刺激を与え合う。同じ世代ではなく、世代が離れているところだからパワーが増幅する」と語った。

実際、今さんが体験学習で訪問した地元の中学生に対し、「一緒に住んでいる人はいます?」と聞くと殆どいないとのこと。今さんは「保育園の時に環境を作っていかないと、なかなか高齢者に身近に接する機会は少ない」と述べた。

一方、高齢者にとってもメリットは大きいらしく、今さんは「子供を好きな人、特に認知症(患者)は生き生きとした姿だったり、落ち着いたりして子供の顔を見ると和む」と説明。例えば、「私達が『今はチョット…』と思っても、スーッと入って、子供達も意外と抵抗感なく受け入れる」「(認知症の高齢者が)辻褄の合わない話や同じ話を繰り返しても、意外と自然に聞き入れている。年長さん、2~3年在園している子供は外遊びでも『おばあちゃん達、何やっているの?』と覗きに来る」と話しつつ、「子供達を素材と捉えて、高齢者と関わってもらう。保育所も高齢者を一つの素材にして、一つの手段、武器として使う時があるとメリットを強調した。先に触れた中高生の体験学習に関しても、母校の中学校が3日間体験で訪ねて来たことや、受け入れ先に苦労した高校から依頼が来たことなどを引き合いに、「(体験学習の訪問を)高齢者は喜ぶ」と紹介した。

このほかにもメリットもあるとのこと。今さんは「下世話な話かもしれないが、子育てが終わる頃に介護の問題が来る。お付き合いしている保護者が介護の課題に直面した時、『頼んだらどうなろう』と頭に思い浮かべてくれる。送り迎え、行事の度に、(施設の存在が)目に見える仕掛けになっているので、『困りごとがあったら聞いてみよう』と頭に浮かぶというメリット。利用者の確保では有効な手」と指摘した。

さらに、職員の確保でも利点があるという。看護師は「慢性的な採用難」と言われているが、子供が生まれた後に夜勤できないなどの事情により、資格を持っているのに看護師として就業していない人が多く、厚生労働省の調査によると約55万人と推計されている。今さんは「『今までの病院の勤務が難しくなった』という相談を受けるが、『今の病院で働くのは厳しい、日勤で働きたい』という希望があった時、『良かったらうちでやらないか』(と言える)」と話した。実際、現在の看護師は4人中3人が保育園に在園しているか、卒業した人が働いているらしく、「スカウティングのメリットは非常にある」と話した。

その上で、こうした保育・介護の融合について、今さんは「民家を活用した託児所、宅老所など小規模なものもあれば、保育所や老人ホームの合築をやっている例もある。少しずつ増えているが、(役所の)管轄が違って来ると、施設整備や申請・指定の取り方が違う」と話した上で、「(ニーズは)間違いなくある。意外ともっと増えても良いのでは」との感想を述べた。


提供する食事も工夫

しかし、施設を隣り合わせにしていることによるスケールメリットは余り期待できないようだ。元々、保育園は33年前から建っているため、渡り廊下があるとはいえ事務所は別。このため、今さんは「最初から(一緒に)整備すればハード面のメリットはあるが、建て増しになってしまったのでメリットを感じにくい」と語った。

さらに、今さんは意図的に厨房も別にしていることも明らかにした。今さんによると、法人内部でも「献立を統一したらどうか」という話があるものの、「デイサービスは毎日来る人が違うけど、保育園は毎日同じ子供もが来る。(保育と介護では)献立の作り方、パターンが違う」と指摘。一方、厨房を共同にした場合、園児や高齢者向けメニューが同じになる可能性があるため、今さんは量や大きさ、味付けを変える必要性を指摘しつつ、「今は(メニューを)分けている。保育園はアレルギーを持っている子供がいるし、高齢者は年齢によって対応する食事の種類も変わって来る。メニューを一緒に出来るし、分けて行くことも可能。

保育事業に対するニーズも話題となった。今さんは「両親が働く、または正社員でなくてパートであっても時間・業種にバラツキがあるので、夕方に帰れる仕事ばかりではない。夕方または夜に近い段階のニーズがどんどん増えている」「学童保育の待機もいるらしい。職員の子供でも学童保育や保育所を利用する時に勤務証明を書くので、『お願いだから入ってね』と思っているところ。それがないと、続けられない」と発言。

さらに、自主事業で展開している学童保育に関しても、オヤツ代などを徴収するだけの市町村事業とは違うため、現在は有料で児童を受け入れているが、今さんは「うちの自治体(=あきる野市)だと18時まで学童保育の対象。(しかし)東京都内の保育所は概ね延長保育は19時まで実施しており、小学校に上がると1時間短くなる。学童保育を自主事業の形で受けており、下の子供が保育所に入っている場合、18時半、19時まであれば兄弟揃って迎えに来て貰える」と語った。

このほか、保育所で夕方に提供する食事として、「(自宅に帰る前の)夕方に『補食』を出す。夕食に換わるまでもののは出していない。2度目のオヤツという感覚。少なからず夕食を準備できるまで腹を空かさずに済むように、それなりのボリュームはあるので、家でガッツリ食べるまで必要ないが、それだけで夕食が済むレベルのものは出していない」と紹介してくれた。

その上で、「夜の(保育)ニーズは大事な部分。子供の発達の上で何処が必要かというと、家族で夕食を囲めるような環境が出来るのであれば、わざわざ保育所に長くいる必要はない。積極的に夜までという考え方はないけど、一方でキレイ事だけでは済まない部分があるので、時間が少し長いものに応えられるようにするのは十分検討しなければならない」と強調した。認可外保育所の実態としては、「東京都は『認証保育所』という独自制度があり、多少なりとも(予算が)出ているが、認可保育所は運営費で賄うだけの十分なお金が来る。認可外は一気に補助額は下がって来る。事業主の持ち出しか、利用者の払う金が高くなるか、どちらかになってしまう」と話した。

しかし、あきる野市の場合、核家族化や都市化が都心部ほど進展しておらず、今さんは「両親とも通勤に1時間掛かる人が意外に多くない。最初、職住が離れている印象を持っていたが、両親のどちらかは10~30分以内に戻って来られる人が割と多い。多摩川を挟んで福生市に様態が少し変わるようなのだが、核家族と言いながら近隣に祖父母や兄弟関係がいる家庭はまだまだ多い」と指摘。一方で、「新しい住宅がドンドンと立っているので、環境は5年ぐらいで一変していく可能性はあると思っている」話した。


自立を促す予防事業

話題は予防介護事業に移った。予防介護は介護給付費を抑制する観点から、2006年度の制度改正で導入された。今さんの事業所は通常のデイサービスと介護予防通所介護を一体的に運営しており、「実際には要支援1~2、要介護1の境界はアバウト。はっきりしていない部分がある」とした上で、「予防対象者を専門的にやるところも出て来ていると聞いているが、私達は一緒。『予防の人だからこれをしましょう』と気張ったことを考えていない」と話した。

と言うのも、その人にとって必要なサービスを提供するのが筋論であり、特に予防介護の対象者の場合、心身の不具合が軽度なため、自分の力でできる部分が多い。このため、今さんは「如何にやりたいこと、できることを引き出して、(実際に)やって貰うことと、周りの人を含めて役に立ったとか、成果が上がったとか、感謝やコミュニケーションが図ることを考えている」と発言。その上で、「私達が世話して高齢者が世話される立場というよりは、(高齢者自身も)何か出来ますよねと(いう考え方)。悪化を防ごうとか気張ったことを考えているわけではない」と述べた。

なお、予防介護事業を受ける契機は圧倒的に家族の希望という。今さんは「最初の3回ぐらい渋ってても、『行ってみると意外といいところだった』という人が多い。早目に環境を利用した方が良い。高齢者になって要介護度が増せば増すほど、適用力はドンドン弱まってくるので、新しい環境に適応できる能力・体力があるうちに知っておく。老い支度という意味もある」と指摘した。

3月11日に発生した東日本大震災の話題も出た。

震災当時、今さんは新宿区の東京都庁に向かうために電車に乗っており、電車はJR中央線西荻窪駅のホームに緊急停止。その後も電車が動かなかったため、帰宅難民として徒歩での帰宅を余儀なくされたという。

また、今さんは揺れている最中、事務所に確認の電話を掛けたというが、その時は職場のスタッフから「揺れています」という返事。答えのニュアンスに「かなり揺れているんだろうな…」と思った半面、「阿鼻叫喚の渦になるような揺れ方じゃないのかな…」と思ったため、「後は宜しく」と言って電話を切ったとのこと。

実際、当日の利用者に怪我はなく、独居高齢者を中心に家庭を確認したのだが、一人の利用者から「棚の物が倒れていた」という報告があった程度。当日の19時に連絡が付いた時点で、利用者を自宅に送り届けたことと、施設に特段の被害がないことを確認できたと話した。

さらに、ガソリン不足に関しても「『1週間あれば何とか騒ぎは止まるのかな』と思っていた。心配だったが、取引業者が優先枠を設けてくれたので、厳しかったけど何とかなった」と振り返った。

むしろ、心配だったのが計画停電。あきる野市では3月下旬に計4回止まったらしく、「最初の計画が発表された時点で、どの時間帯に停電になった時に何が困るのか、そのために準備できる(のかを考えた)」という。さらに、事業所によっては計画停電が予定されている時点で、サービスの時間を短縮したり、お休みしたりする事業所もあったが、「なるべく普通にやろう」と考えたらしく、「普通にやるために何処が障害になるかシミュレートした」とのこと。結局、自宅で電動リフトを使っているので玄関から出られなくなるので、早く送る人が1~2人いた程度に終わったという。

当時の判断について、今さんは「デイサービスは来て貰ってなんぼ。なるべく同じサービスを提供する。利用時間を短くするのは利用者や家族には不便な話」と指摘。さらに、厚生労働省から当時、送迎が難しい場合を含めて、訪問介護で適宜フォローするよう通知が出ていたことに言及しつつ、「訪問介護だって人手が急激に変わるわけじゃないので、今の利用者にいつもと同じようにサービスを提供するかに神経を使った」と語った。

このほか、福島県の原子力発電所の避難地域に指定されたため、あきる野市の親戚を頼って来た高齢者に約2カ月利用して貰った経験も紹介してくれた。

今さんは「地元の社協(=社会福祉協議会)同士の連絡から白羽の矢が立った」というが、現在は福島に戻ったらしく、今さんは「(避難地域内の)自宅に戻れなかったが、『なるべく近くに帰りたい』ということで圏内に戻った」と話した。

この後、社会福祉法人として施設運営の方針を聴いた。今さんが拘っているのは「利用者を選ばない」というスタンス。今さんは「利用希望の打診が来た時、こちらから条件を付けて『こういう条件だから利用できる』『こういう方はお断わり』と極力しない。先方の状況や希望を聞いて、その状況に私達が対応できるかどうか考えるスタンスを大事にする」「病気や認知症の程度で、他のセンターを打診しても難しいと言われる方も少なくない。全部が全部受けられるわけではないし、特に医療的なニーズが高い人の場合は難しいこともあるが、『こういう条件だったら受けられるかね』『主治医のアドバイスに、私達が対応できるか』(というコミュニケーションを)を大事にする」と力説した。

実際、開設20周年を祝う記念式典を開いた際、利用者や元利用者の家族を交えたシンポジウムを開いた所、「色んな施設や病院を回って色々言われて利用する気になれなかったが、あすなろを見学したら何となく大丈夫そうかなと思って申し込んだ」という話を聞くことができたという。

今さんは「そこは大事にしていかないと行けない。『みんなの家』を名乗ってしまっているので、『この人はダメです』とはプライドを懸けても言わないようにしよう。施設名にこだわっておこうと(思っている)と強調した。

【文責: 三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】
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