タイプ
レポート
日付
2012/2/2

第40回「介護現場の声を聴く!」

第40回のインタビューでは、東京都内でデイサービス、訪問入浴事業などを展開している「株式会社ケアサービス」取締役事業統括本部事業企画部長の小林航太郎さん、事業統括本部事業企画部グループマネージャーの菅谷俊彦さんに対し、2012年度に実施される介護報酬改定の影響予測や、介護保険制度外のサービスとして同社が実施している「湯灌サービス」の今後などを聴いた。


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インタビューの概要
<インタビュイー>
<画面左から>
菅谷俊彦さん=「株式会社 ケアサービス」事業統括本部事業企画部グループマネージャー
小林航太郎さん=「株式会社 ケアサービス」取締役事業統括本部事業企画部長
<インタビュアー>
石川和男(東京財団上席研究員)
※このインタビューは2012年1月10日に収録されたものです。


要 旨


改定はデイサービス事業に影響
第40回のインタビューは4月に控えた介護報酬改定の話題が出た。

介護報酬は3年に1回改訂されており、診療報酬と同時改定となった今回の介護報酬は全体で1・2%の増額。在宅分野への予算配分を促した行政刷新会議の「政策提言型仕分け」の結果などを反映し、内訳は在宅は1・0%、施設0・2%となった。

同社は東京23区を中心にデイサービス、訪問介護などの事業を展開しており、小林さんは「店舗が多いので、(報酬上の)数単位の計算が莫大な金額になる。一単位、数単位の違いをどういう風にカバーするか考えないといけない」と強調。

さらに、デイサーサービスの収支差率(利益率)が11・6%と高かったため、デイサービス事業所にとっては全般的に厳しい改定。具体的には、「6~8時間」の報酬を適用している場合の報酬単価は「5~7時間」に移行すれば下がる一方、「7~9時間」を適用すれば上がるが、小林さんは「(残業の発生など)社内的な業務フローを関係する所とあらかじめ想定しとかないと(いけない)」と語った。

さらに、小林さんは「国として(サービス付き高齢者向け)住宅を増やしたいという思い。物凄く目が向いている」との認識を披露した上で、「デイサービスが伸びているのは、それだけニーズがある、(利用者は)選ばれるから使うし、色んな意味で便利。家の人からすれば(施設に)行っている間は自分の手が開く」と指摘。同時に、「訪問入浴を呼ぶと1回1万円掛かるが、デイサービスで風呂に入ると500円ぐらい。トータル的な便利さで言えばデイサービスは一番メリットがある」と力説した。

その上で、「今回みたいに縛りが出てくると、『無駄なことを削って必要最低限のことをやろうか』ということになりかねない」「都内で言うと、デイサービスを建てるにしても借金が掛かるし、トレンドとして選ばれる店舗作りを考えると建設コストが掛かる」と訴えた。

今後の課題として、小林さんが挙げたのがエンゼルケア。エンゼルケアとは「介護の到達点」として死を捉え、生前準備を支援したり、感動的な他界を演出したりする考え方で、前回も話題となった。
→第39回の内容はこちら

同社は現在、葬儀社の下請けとして遺体を洗髪・洗体する「湯灌サービス」などを展開しているほか、小林さんによると、現在は独居高齢者だけでなく、事件や自殺といった死に対してもケアしているらしく、小林さんは「遺体の処理をエンゼルケアでやっている。(事件や自殺の場合)部屋まで踏み込んで血糊の付いた畳を回収し、捨ててしまう処理に入る」「独居の場合、何処も身寄りが無いと、警察、役所など全ての窓口から依頼があって対応し、行政から(経費を)頂く。重さや量によって費用が変わって来るので、双方で見積もりを出させて頂いた上での相談」「酷い場合は電車に飛び込んで、(生前に写真を基に)遺体を(元のように)直す」と紹介してくれた。

こうしたサービスについて、菅谷さんは「(今までは死を)タブーと感じていたため、亡くなった後に葬儀社が案内していた」と話す。しかし、現在はエンゼルケアを「介護の到達点」と考えるようになっており、介護保険外の自費サービスとして提供することを重視しており、菅谷さんは「残された遺族にお別れして頂く。遺体に面して旅立って頂く。そこ(=他界する際のケア)まで含めて介護と考えている」と説明した。

実際、一昨年ぐらいからデイサービス事業所をオープンする際、オープン前のイベントとして湯灌のデモンストレーションを実施すると、多くの地域住民が集まったとのこと。菅谷さんは「手探りだったが、案外好評。『喪主をどういうことをすれば良いのか?』など様々な質問が上がって来る。(葬儀の方法は)知られていない」と話した上で、「介護施設で湯灌のデモをやること自体に抵抗があったが、感動して泣いてしまう人もいた。やってみると自信を得た」と話した。

さらに、菅谷さんは葬儀を経験した人から「もっとこういう式にしたかった」「相続で争うことになった」といった声が出ていたとして、「いざという時のために準備していなかった。生前準備を提案して行きたい。(生前準備の方法を)勉強しながらサポート体制を整えている」と述べた。

小林さんは「死んだことと生きていることを分けて考えたいので、介護が死んだ後までやっているよと言うと、『エッ』と見られることが多い」と発言。しかし、「そういう風に(=介護の到達点として)説明させて頂くと、納得される人が多い。徐々に(説明の)機会を増やして、(介護から死が)繋がっていること、我々は最後まで介護として担当していることを進めている最中」「いずれ死んでしまうので、そこでどうできるかがドンドン提案して行く。色んなことがニーズとしてあるのは分かっているので、如何に具現化するかが使命」と語った。

同時に、小林さんは「色んな地方から都内に出て来る(特別養護老人ホームを運営する)社会福祉法人も多い。東京以外はこれ以上、高齢者が増えない。今後爆発的に増える首都圏に企業が参入して来る」との認識を示しつつ、「介護からエンゼルケアに繋げる。山形や新潟にはエンゼルケア(の事業所)はあるけど、介護(関係の事業所)は無い地域がある。そういったところにデイサービスや住宅を出店し、(従来の介護事業とエンゼルケア事業)連携を図って行きたい」と強調。「(23区だけじゃない)エンゼルケアのある所に踏み込んでいくことを計画している」と意気込んだ。


100キロの利用者を運ぶ時も

その後、話題は介護業界に入った動機、きっかけに移った。

小林さんはスポーツの専門学校に通っていたため、最初はスポーツインストラクターを考えていたという。しかし、現場を見て違和感を持っており、「何か役に立つことはないか」と探していたところ、訪問入浴のオペレーターを募集する同社に巡り合ったとのこと。

当初、小林さんは車の運転だけかと思っていたらしいが、面接を受けて現場に行って見ると寝たきりの高齢者を抱えて風呂に持って行くのが主な仕事。これを見て、小林さんは「力があり余っていたので、『自分がやるしかないな』と思った」という。

小林さんは当時、約55キロ。現場に入った経験として、「寝たきりの人で、家族が熱心に美味しい物を食べさせていると、100キロを超える人もザラにいる」と振り返りつつ、「そういう人も抱き抱えていた。私は苦じゃなかった。コツみたいなものがある。知らないうちに体得した」と述べた。

一方、小林さんは「(コツを)分からないと腰痛(になる)。しかも1日2日で直らない重度な腰痛(になる)。膝を悪くする」と話しつつも、小林さん本人はコツを掴んだためか、腰痛に見舞われることはなかったと振り返った。

菅谷さんは「祖母の介護を母がやっているのを見たのが入口」と話した。

当時、一人暮らしだった祖母が腰痛で入院して自宅に戻ったものの、家族が在宅に不安を覚えて自宅に呼び寄せたという。しかし、菅谷さんによると認知症が重度化し、外出しても戻って来られない時もあったとのこと。その後、家族会議を開いた時、「もう1度自宅で一人暮らしさせて見よう」という結論になったため、菅谷さんの母が地域の介護サービスを勉強し、ケアマネージャーを通じてデイサービスや訪問介護サービスを利用すると、症状が改善したとのこと。

学生だった菅谷さんは祖母の変化を見て、「環境が変わるだけでこんなに変わるんだ」「こんなサービスが世の中にあるんだ」と認識し、「こんなに変わるのだったら(現場を)見ようと、資格を取って特養で働き始めた。

しかし、特養は寝たきりの高齢者が多く、集団生活で個別ケアも難しいため、菅谷さんは「個別ケアをやりたいのに集団生活の中でできない。ケアする環境を整えることで。入居している方に良いサービスを提供できる。もっと勉強したい」と考えて同社に転職したとのこと。

その半面、菅谷さんは腰痛に悩まされたようだ。菅谷さんは「自分の介護技術の足りなさに気付いた。介助の仕方によって自分の体を守ることが利用者の満足に繋がる。こちらにきつい事は相手にとってもきつい。自分の技術を磨く(必要がある)」と話した。

同時に、同社の研修体制として、菅谷さんは「トレーナーと呼ばれる先輩による直接指導。本社に集まって外部の人を招いて援助技術を学ぶ集合研修(を実施している)」と話すと、小林さんも「色んなサービスがあるので、訪問スタッフが一番腰痛になりやすい。重たい物を運んだり、部屋によっては狭い中で無理な動き。そういった人にずっと(現場で)やって頂くと、辞めてしまう方向になる。面談してどういったことをやって行きたいのか聞いて(デイサービスなど)違う職場に配置転換し、負担が少なくなるようにケアしながらやって行く」と述べた。

昨年3月に発生した東日本大震災の影響も話題となった。

小林さんによると、当日と次の日の土曜には少し影響が出たものの、次の週からほぼ通常通りに戻ったという。ガソリンやトイレットペーパーの不足についても、「エンゼルケアは山形から愛知まで店舗展開しているので、トイレットペーパーを運んで貰った。ガソリンは何とか都内で確保できた」と話した。

しかし、福島県いわき市のエンゼルケア事業所は影響を受けて、スタッフの家も流された。さらに、当日は電話が繋がらない状況に陥ったため、これらの対応策として、小林さんは「1~2週間ぐらい愛知、山形から貰った物資を全て福島に送った」「電話のやり取りはできなかった。社内のインターネットでメールを立ち上げてチャットみたいな形でやり取り。帰れなかったスタッフや職員の数とか、その対応の仕方をメールで指示した」と紹介してくれた。

菅谷さんも国の要請に応じて、さいたま市のサービス付き高齢者向け住宅で被災地の高齢者を受け入れることを想定していたが、実際に話はなかったと述べた。

【文責:三原岳 東京財団研究員兼政策プロデューサー】