タイプ
レポート
日付
2012/11/28

Medical Studio「コミュニティ医療デザイン研究会」を振り返って <Page2>


2、「より良い医師/医療」を考える

求められるのはdiseaseではなく、illnessに対する関心。病気以外の心配事(concern)と原因を引き出す能力が重要―。初日の研究会で出た印象に残る一言である。家庭医や総合診療医と呼ばれる医師は目先の疾病を治すだけでなく、患者の生活や家族の環境などを配慮して全体的にケアを提供する能力が求められるという意見だ。研究会に出席した若手医師によると、「2004年度に創設された新医師臨床研修制度で2年間の研修が義務化された結果、地域医療に触れる機会が増えたので、地域医療に対する若手医療者の関心が高まっている」という。しかし、こうした医師を体系的に育てる仕組みは現在、自治医科大学や地域医療振興協会、日本プライマリ・ケア連合学会など一部を除けば存在しないため、今後の育成方策に関して初日の研究会では以下のような意見が示された。

  • 法学や行政学、保険財政の仕組みなど実務的な教養を早い段階で身に付けるべき。
  • 「教わるスタンス」という受け身の姿勢を変えないと、学生の意識が変わらない。問題解決能力を高めることが重要。
  • 今の医学者教育は「見て覚えろ」が基本。「病」だけでなく「人」に対する関心を喚起すべき。
  • 住民と一緒に話し合う双方向の場を教育で提供することが必要。ヘルスケアのプロとして必要な意識を醸成できる上、住民との歩み寄りも期待できる。

その一方で、「コミュニティにとって良い医療/医師」の定義に話題が及ぶと、「観念の固定化に繋がる。基準が独り歩きして自己目的化する」との意見が示された。さらに、「対話の拒否などネガティブリストを示し、その後は個人の裁量に任せる方法が有り得るのではないか」「良い医療を考え続けることが大事。固定観念を持たず、多様なステークホルダーと対話しつつ、良い医療のイメージを模索し続けることが必要」「価値判断は医療者ではなく、患者に委ねることが重要」などと、周囲との対話を通じて「コミュニティにとって良い医療/医師」の姿を医師自らが考え続ける必要性を強調する意見が相次いだ。

同時に、コミュニティに貢献しようとする医師を支える枠組みとして、診療報酬・介護報酬体系の見直しが必要との意見も出た。現在の報酬体系は医療・介護の行為ごとに点数が決められている出来高払いを原則*8としており、退院支援や看取りなど国が重視している分野には加算措置が設けられている*9一方、地域の健康づくりに対する経済的なインセンティブが希薄。このため、研究会では「過剰検査・過剰診療をやれば儲ける医療は簡単。現行の出来高払いを前提とすると、コミュニティ医療は赤字にならないけど少し黒字になるだけ」「健康にするインセンティブが働かない。その証拠に医療費が増えると、国民健康保険料の上昇に跳ね返るため、国保の運営する病院は地域の健康づくりに関心を持っている」などの意見が出ていた。ただ、報酬体系を過剰に意識することが医療行為や患者中心の発想を制約する可能性を指摘する声もあった。限られた報酬の中でも患者や家族にとって必要な措置やケアを行うことで効率を上げられるほか、「必要なケアには最終的に報酬が付くよう改定されるものだ」とする意見もあった。

3、家庭医・総合診療医を育てる方法とは?

2日目の研究会は初日と違って医師が多数を占める構成となった。前日に続いて話題に上ったのはコミュニティに貢献する医師の育成方法。参加者からは「東大医学部を頂点に、医学部は現在、『国家試験の予備校』として位置付けられており、社会との接点が希薄」「医学教育は知識偏重型。社会に貢献する医師としての意識やチームで対応する重要性を教えるべきだ」との認識が多く示され、医師の養成課程で幅広い知識やコミュニケーション能力を身に付けさせる必要性で一致した。一方、地域医療の重要性を意識に植え付ける時期や方法に関しては、初日の議論と併せると意見が割れた。

  • プロフェッショナリズムは社会との接点が重要。歴史や民俗、宗教、地理など社会科学の教養が求められる。大学の一般教養課程など早い段階で植え付けるべきだ。
  • 教養課程で教えるならば、行政や法律はアカデミックな内容ではなく、実務的な知識を入れた方が有効。
  • 後期研修で在宅医療を経験させるべきだ。在宅はチームで働くしかないので、多職種連携を経験しないと、フラットな関係は無理。
  • 後期研修では遅い。「死は白旗で敗北」と考える教育を受けてしまうと、意識を変えるのは難しくなる。
  • 若手は地域医療に関心を持っている。専門分化する前に地域医療を経験させる。卒前など早い段階からコミュニティに出して行き、教育の機会を作るべきだ。
  • 医師が「何でもできる」と勘違いするのが5年目ぐらい。患者の行動が分からなくなる時、「心理学は重要」と改めて学んだ。
  • 最初に教え込んでもリアルな知識にならないので、必ずしも効果的じゃない。困った時や上手く行かなかった時などを何回も経験させることが重要。
  • 卒業後、15~20年ぐらい経つと「これで自分の仕事は良いのか?」と感じる。専門医を取得し終わった世代に働き掛けるべきだ。
  • 兵庫県は超早期に介入しており、入学前に但馬地区の現場を見せて“洗脳”している。年1回ぐらいのペースで、インパクト重視のレクリエーションやオリエンテーションを実施すべき。
  • 地域研修については、メンター役の先輩による解説が大事。解説がなければ面白さを感じず、「医師の少ない悲惨な地域」「高血圧と糖尿病の患者しか診ない」などと表面的な部分だけ見て逆効果になりかねない。研修生の問題意識と、コミュニティ医療の手法をマッチングさせることが重要。
  • 大学で働く医師に臨床実習が足りない。地域と大学を行ったり来たりする仕組みが必要なのでは。

さらに、参加者の大半が病院医だったため、地域医療と病院の関係が話題に及んだ。自由に病院を選べるフリーアクセスの日本では、プライマリ・ケアを提供する地域の病院と、専門・高度な医療を展開する大病院との間で機能が未分化となっている。さらに、医療・介護の連携を含めて多職種の意思疎通は十分とは言えず、特に小規模で小回りの利く地域の医療機関と比べると、規模の大きい病院は縦割りや専門志向が強くなる分、多職種連携が進んでいない。例えば、表1はケアマネジャーに対して、主治医との連携状況が捗らない理由を尋ねた調査結果だが、診療所の医師よりも病院の医師に対し、コミュニケーションに苦労している様子が伺える。研究会では「近年は報酬上の加算が付くため、医療機関とケアマネジャーの連携が増えている」との指摘もあった半面、以下のような意見が多く示された。

  • 地域が医療や介護、福祉のサービスを提供できる力を持っている場合、プライマリ・ケアで十分に支援が可能。病院の門をくぐらせないで欲しい。
  • 在宅でできることは意外と多い。病院で治療を受けなければならないケースは少ない。
  • 病院から地域資源は見えにくい。「病院に行かなくても良い」と患者に助言するのはケアマネジャーや看護師の役割だ。
  • 大学病院と診療所の機能分化が必要。例えば、大学病院は高度な医療や難病を担うべきであり、90~100歳の誤嚥性肺炎を診るべき存在ではない。プライマリ・ケアが防波堤になるべきだ。
  • 臓器別専門医と議論する中で、地域医療の視点を提供することが重要。
  • 市民が大病院に行った時、専門科の間でたらい回しにされるリスクは高い。このことを予測できる「賢い患者」になる必要がある。

介護保険の要介護認定を受ける際の前提となる主治医意見書についても、「臓器別専門医が書くべきではない。複数の病気で高齢者は要介護状態になっているのに、単独の病気が理由となってしまう」「主治医意見書を書こうと思うと、家に行って生活まで見て来ないと、本当のことを書けないのではないか」という意見も示された。


◇表1 ケアマネジャーが考える主治医との連携における課題 ≪拡大はこちら≫


(注)有効回答は1868人。複数回答可。回答の文章は意味を損ねない範囲で修正した。
(出所)三菱総合研究所『居宅介護支援事業所における介護支援専門員の業務および人材育成の実態に関する調査報告書』(2012年3月)105ページ「主治医との連携における課題」から引用・改変



4、医療・介護の「壁」を取り払うには?

多職種連携をどう進めるかに関しても課題が多く指摘された。既に長野県佐久地域、広島県尾道市など幾つかの地域で先行的な取り組みが進んでおり、医療・介護連携を促す仕組みとして、行政、医療、福祉関係者らが地域包括支援センターを中心に集まる「地域ケア会議」が2012年度から制度化されている。しかし、全般的に多職種連携は進んでおらず、地域ケア会議に関しても、研究会の参加者から「絵に描いた餅。医師に時間を合わせる必要があるので、全員が集まれない。小さな地域であれば可能だが、人口の多い地域では全員が集まるなんて無理」という手厳しい意見が出た。確かに顔の見える関係が形成されやすい地方と、人間関係が希薄な都市では方法論が変わってくるため、全国一律の方法が奏功するとは考えにくい。

そこで、参加者からは連携を進める上での工夫として、「メディアに取り上げられていないけど素晴らしい事例が幾つもある。成功事例の発掘と流通が重要だ」「入退院の時点ではなく、外来の時点から調整ナースを置いてケースワーカーと一緒に、在宅のチームに繋ぐ方法が求められる」「プライマリ・ケアの裁量権を看護師に渡し、主治看護師の方針に医師が従う仕組みを採るべきだ。患者の代理人機能を普通に果たせるのが看護師」「コミュニケーションを取れる人だったら、医療クラークや医療安全担当者の人も活用できる」「多職種連携は仲良しグループではないし、育ってきた環境も違うので問題が発生しかねない。トラブルを調整する際の方法を事前に計画することが大事」などの意見が示された。

5、今後に向けて

「10年後も同じ議論しているのではないか。それまで日本の財政も医療制度も持たない」―。今後の方向性について研究会の最後で、こんな意見が示された。確かに10~15年前に発刊された本にも「プライマリ・ケアの充実」「医療・福祉連携」「家庭医・総合医の育成」などの文言が散見*10され、先の指摘を杞憂とは片付けられない。しかも、この間に小泉純一郎政権による社会保障費圧縮路線、民主党政権による歳出抑制見直し路線と政策は二転三転した*11が、一部のステークホルダーの意向に基づいた議論か、目先の財政的な帳尻合わせの議論が続き、患者・利用者本位に立ったマクロの議論が展開されたとは言い難い。

しかし、超高齢化の到来や財政事情の悪化を考えると、残された時間は長くない。研究会の最後に「医師、看護師に少しずつ変わる兆しがある。何もやらなければ変わらない」「Medical Studioとして地域医療を志す医師の相談・助言を受け付けて、非公式な形でロールモデルを提供できる仕組みを作ったらどうか」といった発言が出ていた通り、最終的に求められるのは議論や愚痴、評論ではなく行動である。同時に、社会保障制度が国民の生活や財布に直結するテーマ*12であることを考えれば、業界関係者や政策立案者だけでなく、幅広い層の人々が当事者意識を持って議論に参加し、それぞれの立場で行動することが必要になる。医療界や社会を変える存在として、Medical Studioが一翼を担うことに期待するとともに、政策研究と提言の実現を目指す筆者としても政策立案者やメディア、医療職・福祉職など様々な人を繋ぎつつ、より良い医療・介護・福祉制度の実現に向けて微力ながら行動したいと考えている。




*8 一部の病院では、2003年度から「包括払い」(DPC)と呼ばれる仕組みが導入されている。出来高払いと異なり、包括払いでは入院1日当たりを支払い単位として検査代や薬代を含めており、過剰診療や不必要な長期入院の抑制という効果を期待できる。しかし、医療機関にとっては、どんなに費用がかかっても収入が変わらないため、必要な医療行為を止める「過少診療」などの弊害も起こり得る。なお、2006年度に創設された「在宅療養支援診療所」でも管理料スタイルの診療報酬が導入されているほか、介護報酬も一部で包括払いの仕組みが導入されており、例えば通所、宿泊、訪問介護・看護サービスを柔軟に提供する「複合型サービス」の基本報酬は1カ月の定額で設定されている。
*9 例えば、平均在院日数の減少による医療費抑制を目指して、早期退院に力を入れる病院に対して「退院調整加算」の制度が設けられている。介護報酬に関しても同様の仕組みが採られており、例えば介護老人保健施設での看取りを強化するため、受け入れ日が死亡日に近いほど加算額が増す「ターミナルケア加算」という措置が実施されている。
*10 例えば、水野肇『医療・保険・福祉改革のヒント』(1997年8月、中公新書)76~77ページでは「医療の原点は家庭医」との考え方が示されている。
*11 典型例が介護療養病床の廃止問題であろう。小泉政権期に決まった医療制度改革法は長期入院を減らすため、介護療養病床を2011年度に廃止することを明記していたが、民主党は2009年の衆院選マニフェスト(政権公約)で方針の撤回を掲げた。これを受けて、2011年成立の改正介護保険関連法で廃止年限の6年延期が決まった。
*12 言うまでもなく医療・介護制度は国民の共有財産であり、制度を上手く使わなければツケは国民に跳ね返って来る。例えば、不急不要の治療のため、タクシー代わりに救急車を使って救命救急に駆け込む「コンビニ受診」が横行すれば、医療現場の疲弊を通じて、救命救急医療の崩壊という事態に直面するかもしれない。さらに、国や自治体の支援についても、「国」「自治体」という財布が存在しない以上、医療・介護に関する費用が増加すれば、税金か保険料の上昇というルートを通じて国民生活を直撃するのは当然の帰結である。