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台頭する中印両国の軍事態勢

August 17, 2015

東京財団上席研究員 山口 昇

はじめに

今世紀前半の国際社会における政治・経済、安全保障を巡る情勢を考える際、中国の台頭という現象は最も重要な要素のひとつである。インドもまた、経済発展の目覚ましい台頭勢力として中国に匹敵する人口を持つ大規模な国家が急速に発展することの含意は大きい。国境問題を巡る対立を背景に相互に強い警戒感を持ちつつも、協調を目指す努力を絶やさない中で、この両国が台頭していくダイナミズムを観察することは、我が国の安全保障問題を考える上でも重要である。

中印両国は軍事的には既に大国である。中国は1964年以降数十回にわたり、インドは1974年及び1998年に二度の核実験を行っているほか、ともに核兵器保有国である。また、ともに百万人以上の兵力からなる大規模な陸軍を擁しており、海空軍の規模や近代化の速度もめざましい。特に海軍に関しては、中国が2012年にワリャーグ型空母「遼寧」を就役させたことはよく知られている。一方のインド海軍も長年にわたって空母を保有し、運用してきた数少ない海軍の一つである。

中印両国の軍事態勢

中印両国は、他に類をみない人口規模をもつだけでなく、古来、自らの影響力の及ぶ排他的な地理的広がりの中央に位置し続けた歴史を背景として、それぞれ独特の世界観を持っている。中原(黄河中流域の平原地帯)を中心とした同心円状に広がる地域では、いわゆる中華思想が支配するひとつの世界観が形成されている。一方、インド亜大陸も他の地域から影響を受けることが稀であり、小宇宙に近い空間である。このことは、中印両国の軍事的な影響力が相互に及ぶことを妨げるひとつの要素となっている。

また、中印国境地帯は標高5000m級のヒマラヤ山系であり、中印両国がこの高地帯を越えて相手側に進出し、大規模な兵力を維持することは極めて困難である。実際両国は1962年に国境問題を巡って戦火を交えているが、結局双方とも相手側に大きく進出できずに終わっている。10月19日、中国は東部のアルナーチャル・ブラデーシュ地区、西部のラダック地区の二正面から実行支配線を越して攻撃開始、インド側の兵力不足・準備不足もあって、戦闘は中国側の圧勝という結果に終わる。にもかかわらず、中国は11月21日一方的に停戦を宣言し、インド側に侵入していた部隊を実行支配線にまで撤退させた。この背景には、米国が空母機動部隊をベンガル湾に派遣するなどして圧力をかけたこともあるが、それだけではなく、冬季厳寒のヒマラヤ山脈を超えて大部隊に対する補給線を維持することが困難だったという事情もある。インド・パキスタン両国の国境配備部隊は、毎年冬季になると、高標高地に配備している国境警備部隊を撤退させる習いとなっているが、このことからも冬季ヒマラヤ越しでの作戦がいかに困難であるか想像できる。ヒマラヤ山脈という地理的障害が両国の陸上戦力に対して進出限界を課しているということである。

海洋に関しても同様の進出限界がある。近年インド海軍は我が国や中国、東南アジア諸国に艦隊を寄港させるなど、西太平洋においても活動しているが、中国の影響力を強く受ける南シナ海を越して西太平洋に海上プレゼンスを維持することはきわめて困難である。一方、中国海軍にとってもインド洋で海上プレゼンスを維持することは容易ではない。米国防省の中国軍事態勢に関する年次報告(2014年版)は,特に中国海軍がインド洋において行動する能力に関して「兵站及び情報面における支援能力が障害となっている」と指摘している。これに対してインド海軍は、自国海岸線から比較的近い海域で行動するため、本土からの支援、特に陸上に基地を置く航空戦力の支援を受けやすい。インド洋に突き出す形のインド亜大陸の海岸地域とベンガル湾とマラッカ海峡の間に位置するアンダマン・ニコバル諸島にインドが航空戦力を展開させれば、インド洋北部はその影響力を受けることになり、インド海軍の行動は容易であり、中国に対して優位になる。

中国は「一帯一路」政策の中で海上のシルクロード構想を挙げており、その一環としていわゆる南シナ海からホルムズ海峡にいたる地域に「真珠の首飾り」といわれる海洋活動のための拠点群を整備してきた。中国は、モルディブのマラオ、パキスタンのグワダール、バングラディシュのチッタゴン、ミャンマーのシットウェなどにおける港湾や空港の建設に際して、積極的に投資し、また、工事を請負ってきた。これらの拠点が将来軍事的な目的で使用される可能性は排除できない。しかしながら、これらの拠点群はインドの空軍機の行動範囲内、また、アグニ?、?中距離ミサイルの射程内にあり、インドと敵対的な関係にある場合には、きわめて脆弱性の高いものとなる。

結び

ここまで、主としてインドと中国が対峙する構図の中で議論を進めてきた。冒頭で指摘した通り、近年の中印関係は、相互に強い警戒感を持ちつつも、協調をめざすという複雑な関係にある。もちろん将来中印関係がより緊密になり、一種の結託状態へと変化する可能性は排除できないが、その蓋然性については、機会を改めて議論する必要があろう。なお、本小論は、田所昌幸『台頭するインド・中国』(千倉書房、2015年)の第三章「印中戦略関係の観察」を山口が執筆するにあたって研究した内容が基礎となっている。個々のデータなどの詳細に関しては同書(59頁~88頁)を参照していただくようお願い申し上げる。

    • 元東京財団研究員
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