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活動範囲を拡大するインド海軍:日本にとっての意味

October 7, 2015

長尾 賢 研究員

2015年9月、日米印3カ国による初の外相会談が行われた。10月には日米印海上合同演習も実施される予定だ。日本とインドの関係は着実に進展しつつある。同時に、インドの動きは他方面でも活発だ。中央アジア政策では上海協力機構に加盟し、南太平洋では、南太平洋14カ国の首脳を集めた会議も主催した。

その中でも特に、インド海軍の動きは非常に活発といえる。2014年8月から約1年だけをみても、インド海軍の艦艇は、西はアメリカのハワイから東はイギリスまで、日本を含む40カ国を訪問している。2016年2月には60カ国から100隻の艦艇を集めた国際観艦式も主催する。

インドは何を狙っているのだろうか。それは日本の国益にとって何を意味するのだろうか。東京財団のプロジェクトでインドに行き、有識者と意見交換する機会にも恵まれたので、それを含め、本稿でまとめておこうと思う。

1.インド海軍の活動活発化の狙い

(1)プレゼンスを発揮してインド洋の盟主へ

インド海軍の狙いはどこか。なぜ活動範囲を拡大させているのか。まず考えられるのは、海軍艦艇を展開させることの戦略的な意味だ。海軍の艦艇を寄港させると、寄港した国との共同演習などが行われ、港では式典もあり政府高官も歓迎にくる。船の乗員が上陸して制服のまま買い物をしたりもする。こういった行為は、そこにインド海軍がきたことを示す大きな宣伝効果が期待できるものだ。インド海軍がその地域にプレゼンス(存在感)を発揮することができる。

2014年8月以降のインド海軍の寄港地をみてみると、まず目につくのは、インド洋の沿岸国である。東南アジア(シンガポール、マレーシア、インドネシア、ミャンマー)から、オセアニア(オーストラリア)、南アジア(バングラデシュ、スリランカ)、中東(オマーン、UAE、バーレーン、カタール、サウジアラビア)、アフリカ(ケニア、タンザニア、モザンビーク、南アフリカ、マダガスカル、セイシェル、モーリシャス)まで、インド洋沿岸国の大半をまわっている (注 1 。インド洋沿岸国には、インドのような大規模な海軍力を有する国がない。そのため、インドがインド洋の安全保障を担う国として各国から認められるように、存在感を示そうという狙いがあるものとみられる。いわば選挙のキャンペーンのようなもので、各地を回って候補者の印象付けを狙っているのだ。

(注1) この他に、ソマリア沖の海賊対策に艦艇を派遣しており、イエメンでも邦人救出を行った。

図:過去1年のインド艦艇訪問先

※橙色が訪問国。筆者作成

(2)広範囲で活動するための調査

インド海軍寄港のもう一つの狙いは、より軍事的なものだと推測される。インド海軍の展開能力向上を意図しているとみられるからだ。インド経済の成長に伴って、海外との貿易量も増え、エネルギー輸入量も増加傾向にある。多くは海を通じてインドに来るわけであるから、インドのシーレーン防衛はますます重要になっている。シーレーンを守るためには、より遠くの地域での軍事作戦が必要になることも予想され、インドはより遠洋への展開能力を向上させる必要性がある。

インドが今後、広いインド洋、そしてその外にまで海軍力を展開させるとすれば、最低でも二つのことが必要だ。乗員の訓練と、海や気象条件に関する詳細な情報の収集である。乗員の訓練の観点からみれば、艦艇を遠くまで派遣することは、練度の向上に最適な環境を生み出すだろう。

気象条件や海に関する情報の入手するためにも、実際に現地を航行し、調査することが有用だ。過去1年でインド海軍は、シンガポール、マレーシア、インドネシアだけでなく、カンボジア、タイ、フィリピンに寄港し、日本、ハワイへも寄港した。地中海からヨーロッパ方面でも、エジプト、イスラエル、トルコ、スペイン、フランス、イギリスに寄港している。活動範囲はインド洋の外へ確実に広がっている。

こうした軍事的な観点から、インド海軍艦艇が積極的に展開し海の情報を集めることは、インド海軍の能力そのものに大きく貢献することになろう。

(3)実績のある国際協力を前面にだし、平和的に台頭していることを強調

インドの活動の三つ目の狙いは、二つ目の狙いと関係がある。インドは中国と同じように脅威にみられることを警戒しているのだ。

インドと中国にはいくつかの点で共通点がある。人口や国土の大きさを加味すれば、大国としての潜在力があり、実際、ヨーロッパ諸国の植民地になる前までは、世界経済の中心地であった。しかも今、急速な経済成長を遂げつつあり、その経済力を背景に軍事力の近代化に取り組んでいる。そして、双方とも軍事力の近代化で海軍力を重視している。だからこれらの条件だけ見れば、中国脅威論だけでなく、インド脅威論も高まるはずである。インドはそのことを警戒している。

そのため、インドは自らが中国とは違うことを強調しておきたい側面がある。インドの台頭は中国よりもより平和的であると示しておきたいのだ。その武器になっているのが国際協力である。

インドは長年、毎年1万人近い要員を派遣して国連平和維持活動へ積極的に参加し、周辺国の軍隊から多くの留学生を受け入れるなどしてきた国だ。英語を話す人口も多く、英米などとのつながりも深い。しかも民主主義国で、自らの意見をはっきり述べることができる特徴がある。例えば英BBCの調査に対し、インドでは1%の人しか自国の政治家を信用しないと答えている (注2) 。この数字は一見すると、インドの政治家のレベルの低さを示しているように見えるが、インド人が自らの政治家を自由に批判できていることの証でもある。そのため、中国よりも「開かれた国」というイメージを示すことができる。

そこでインド海軍を展開させる際にも、多くの国に寄港し、インドの台頭は脅威ではない、というメッセージを送りたいのである (注3) 。インドは他にも、バングラデシュとの海上国境紛争の解決を国際的枠組みである常設仲裁裁判所にゆだね、バングラデシュ有利な判決を受け入れるなどしている。国際機関による仲裁を受け入れない中国のフィリピンに対する対応よりも、公正で平和的であることを示す態度といえる。

(注2)“Pakistanis 'put religion first'”, ( BBC , 15 September 2005)

Web Source : http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4246054.stm

(注3)筆者はインドが脅威になるかどうかについて、過去28の軍事行動を分析・検証し、脅威にはなり難い国との結論に至った( 『検証 インドの軍事戦略―緊迫する周辺国とのパワーバランス―』 (ミネルヴァ書房、2015年))。

2.日印協力の可能性

さて、こういったインド海軍の動向は、日本にとってどのような意味を持つだろうか。日本にとってシーレーン防衛は重要である。例えば原油であれば、日本は、ほぼ9割近い原油を中東からインド洋を通って輸入している。その防衛は重要で、昨今の中国海軍の潜水艦のインド洋進出は心配事である。インドが日本の友好国となって、インド洋の安全保障を担ってくれるのは安心材料になる。

また、インド海軍の活動範囲が広がり、インド洋の外へ出る場合についても、例えばインドが南シナ海問題へ関与しつつあることなどは、日本にとって歓迎すべき状況である。南シナ海周辺では中国の「力を背景とした現状変更」の試みが続き、ミリタリーバランスが中国側に傾き過ぎない工夫が必要である。だからこそ、日本はフィリピンやベトナムなど中国との対立しつつある国の国防を支援し、哨戒艇の輸出等に取り組んでいるのだ。インドもベトナム海軍の潜水艦乗員を訓練している。日本の方針と合致しており、協力できる状況にある。

さらに、インドが国際協力を前面にだして「開かれた」発展をしていくことは、日本にとって歓迎すべきものだ。インドの人口や国土のサイズを考えれば、経済発展し始めたら、世界レベルの強国になるのは自然なことである。力を持った時、それをどう使うのか。より平和的に台頭しようとするインドの姿勢は、日本として評価できるものである。

だから日本は、インドのこのような海外展開を積極的に支援すべき立場である。インドと友好国になり、お互いに協力し合う関係になれば、それは日本の国益になろう。では具体的にどうするべきか。政策協議、陸海空の共同演習などは候補になるが、それだけでなく防衛装備品の取引が有用だ。一度装備を購入すると、最新で精密なのに乱暴に扱う防衛装備品は、修理し続けて使うことになる。修理部品の供給体制が重要で、結果として、防衛装備品の輸出入は、輸出先と供給元の国の関係を長期的に近づける効果がある。だからこそ積極的に推進すべきだ。今回インド訪問で有識者に問いかけてみた。特に興味深かったのは、日本との防衛協力、特にどのような海軍用装備購入が必要か、について言及があったことだ。インドは日本から救難飛行艇だけでなく、潜水艦、掃海艇、造船能力、潜水艦探知や沿岸警備のためのセンサー類等を欲している。この他にも海上配備型ミサイル防衛の日米印共同開発なども候補になりえるだろう。日本の国益という観点から言えば、将来インドがより大きな力を持つことも念頭において、今から積極的かつ戦略的に対応することが望まれる。

    • 元東京財団研究員
    • 長尾 賢
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