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復興の今こそ根本的な土地制度の見直しを

May 27, 2011

復興の今こそ根本的な土地制度の見直しを

~社会的法益を適える制度が必要~

平野秀樹 研究員、 国土資源保全プロジェクト リーダー
吉原祥子 研究員兼政策プロデューサー


震災復興の議論において、土地利用が論点のひとつになっている。政府の復興構想会議では、被災地の土地利用に係る規制緩和や制度見直しを求める意見が出され、五百旗真議長は5月10日の会見で「土地の権利調整のあり方について検討を深めたい」との意向を表明した *1 。また、原発事故問題では、東京電力による賠償問題に関連して、同社が尾瀬国立公園内に所有する土地を売却する可能性が一部で報道されている *2

「土地」とは国土であり、土地制度は国づくりの根幹である。土地は本来、公共財であり、たとえ私有地であっても、その売買・利用にあたっては、まず社会的法益や国家的法益が担保される必要がある。我々はかねてより、近年の外国資本による森林売買の増加を起点として、我が国の土地制度の不備について問題提起してきた。ここで改めてその課題を整理し、目先の必要や利益によって土地の長期的な公益性を損なうことのないよう、復興の今こそ根本的な土地制度の見直しを行う必要性を訴えたい。

境界未確定でも取引される土地

我が国の土地制度の特徴は、端的に言うと、

・地籍調査(国による土地の面積、所有者、境界等の確定調査)が未だ49%しか完了しておらず、
・港湾・空港・防衛施設周辺、水源地、国境離島など、安全保障上重要なエリアの土地売買・利用についても法整備が不十分である一方、
・土地所有権が実質的に収用権に対抗し得るほど強く、
・民法で土地の「時効取得」も保証されている *3

という点に集約できる。いずれも「土地は公のもの」という理解が社会の基底にある先進諸外国では類を見ないものである。

我が国では農地以外であれば、土地の売買規制はなく、利用規制も実態上緩い。売買の手軽さと権利の強さにおいて、日本の土地は「金融商品」に極めて近いと言えよう。本来、公共財であるはずの土地(国土)が、境界もあいまいなまま、売り手と買い手の合意だけで転売、開発されていく可能性と常に隣り合わせの状況にある。経済活動が地域の顔の見える範囲で完結していた時代であればまだしも、グローバル経済の拡大と地域社会の縮小(過疎化、高齢化)が同時進行する中、土地の公益性を十分に担保できる制度であるとは言い難い。

東電所有の尾瀬は売却すべきでない

現在、東京電力福島第一原発の事故に伴う賠償問題等に関連して、賠償金捻出のための東電の資産売却が検討されている。その一環として、同社が尾瀬国立公園内に所有する土地の売却可能性が一部で報じられた *4 。群馬、福島、新潟、栃木の4県にまたがる尾瀬国立公園(総面積約3万7,200ヘクタール)のうち、東電は約43%にあたる約1万6,000ヘクタールを所有する。尾瀬は国立公園として全域に自然公園法に基づく利用・開発規制が一応あり、全く自由にリゾート開発や施設建設を行うことはできない。そのため、仮に東電が売却しようとしても民間が買い取る可能性は低いとの見方もある。

だが、たとえ開発や施設建設を行わずとも、年間30万人以上の観光客が訪れる尾瀬には経済的な価値は十分にあるとの見方もできる。長引く林業低迷により日本の林地価格は20年連続で下落しており、山林の実勢価格は1ヘクタール当たり20万円程度と大手住宅メーカーははじく。この単価で試算すると、東電の尾瀬の保有地は約32億円。尾瀬の豊かな天然資源や観光資源を考えれば、決して高い値段ではない。現在、尾瀬の入山は無料だが、仮に入山料を1人500円と設定すれば年間1億5,000万円の収入も見込める。自然公園法や森林法には地下水の取水を規制する条項はなく、やり方によっては地下水や水源地の利用も不可能ではない。

東電が尾瀬の保有地を売却するとなれば、新興国のファンドも含め、国内外の様々な資本が関心を持つ可能性は十分あるだろう。もし資産売却によって尾瀬が新たな所有者にわたった場合、将来、さらに細分化して転売される可能性もあるだろう。現在、東電はCSRの一環として年間約2億円を投じて尾瀬の環境保護を行っているが、所在もばらばらな多様な所有者によって管理されるようになった場合、利根川の水源地でもある尾瀬の自然は、長期的な国土保全の面で十分に守られるだろうか。

本来、こうした水源地としても重要な森林地域や国境離島など、国や地域の安心・安全にとって不可欠な土地は、金融商品のように簡単に売買できるものとして扱うべきではなく、無秩序な売買・開発を規制する最低限のルール整備を行っておくべきである。だが、現行の土地法制下では、仮に尾瀬が売却され、万一、予想外の売買や利用が行われたとしても、それを迅速に是正できるだけの法的根拠は乏しい。起こりえる最悪の事態を想定すれば、目先の経済合理性だけで土地を売り急ぐことには極めて慎重でなければならないだろう。

社会的法益を適える土地制度を

町民の水道水のほとんどを地下水でまかなっている北海道ニセコ町は、近年の外国資本による森林買収の増加を受け、町内の水道水源地のうち民間所有であった5ヶ所(うち2か所はマレーシア企業が所有 *5 )の公有地化を決め、昨年秋から買い取り交渉を開始した。同町はさらに、地下水の大量採取を事前許可制とする地下水保全条例と、水源地周辺の開発を規制する水道水源保護条例を今年4月に新たに制定し、観光業など海外からの投資促進策と並行して、資源保護のための独自の制度整備を進めている。土地売買・利用に関する国の統一的なルールがないため、自治体が個別に事後対応に追われているとも言える。

震災復興にあたっては、被災地に積極的に投資を呼び込むことが必要であり、今後、投資促進のための様々な規制緩和が予想される。だが、現行のように土地所有者の強い所有権のもとでは、公益や国益のためであっても所有者の合意なしに公共側が土地を取得することは極めて困難だ *6 。目先の必要性による資産売却や拙速な土地売買が、グローバル経済の中、結果的になし崩し的な「国土の切り売り」に繋がる可能性も十分にあり得る。そうした万一の事態に自治体が個別に苦慮することのないよう、国・地域の安全保障の問題と経済合理性とを冷静に峻別し、自治体への権限委譲を進めつつも、土地に関連する規制緩和は、長期的な土地の公益性を担保する国の法整備とセットで進められるべきである。

「土地持ちは常識外のことはしないだろう」といった予定調和を期待し法整備を怠った結果、自国の土地を喪失してしまう「想定外」の事態とならないよう、国として「守るべきところ」(売買規制)と「守るべきこと」(利用規制)について根本的な議論が不可欠である。

今回の地震で甚大な被害を受けた港湾、漁港を始め、離島、空港・自衛隊施設の周辺地、さらに私有林、農地などの土地所有権の帰属は、公の秩序、公衆の安全、経済の円滑な運営、国の安全といった公益・国益に密接にかかわる問題である。容易ではないが、こうした重要国土について、合理性・相当性の観点から財産権保護の観点も秤にかけつつ、土地規制全般を再考する必要があろう。

外資による森林買収については、野党から2本の関連法案が提出され、このうち森林法については、内閣提出の改正案にほぼ丸ごと追加で盛り込まれ、2011年4月、震災関連法案としてスピード可決、公布された。改正点は、「新たに森林の土地の所有者となった者による届出義務化 *7 」「自治体における森林所有者情報の共有化」「森林への立入調査主体の拡充」「所有者不明森林における土地使用権の設定手続きの改善」「公有林化に係る財政支援措置」等だ。行政内部における所有者情報共有や森林の公益性担保のための私権制限などに踏み込んだ点で、土地制度の改善に繋がる新しい一歩といえよう。

被災地の復興のみならず、今後の地域再生や農林業の再生において、新しい時代の再飛躍を可能にする基盤は土であり、水であり、森である。これらは我々が拠って立つべき最も基幹的な素地であり、私たちが後世の公益のために引き継ぐべき何物にも変え難い国土資源である。原発による計画的避難地域や津波の災害危険区域など、予期せぬ居住禁止区域を生みだしてしまった不幸を超えていくためにも、また疲弊する経済環境の下、潜在的に売り急ぐ不動産物件が少なくないことから、これ以上、目先の利益にとらわれたまま将来の公益や安全保障につながる事前の備えを先送りしてはならない。

特定の主体を脅威として短絡的に問題視するばかりでなく、また一方的な規制緩和論に偏らない、未来につながる法益をもたらす土地制度議論を、今こそ行うべきである。


参考:政策提言 『グローバル化時代にふさわしい土地制度の改革を~日本の水源林の危機 III~」 (2011年1月)


≪補足≫
東電所有の尾瀬の土地については、その後、東電の担当者が群馬県庁内の尾瀬保全推進室を訪ね、「大切な事業用資産であり、現時点では売却を考えていない」との意向を伝えたことが明らかになった。(日経新聞5月28日付朝刊等)


<注>
*1 日経新聞(5月15日付朝刊)
*2 読売新聞(4月30日付夕刊)、毎日新聞(5月12日付朝刊地方版)、日経新聞(5月24日付夕刊、5月26日付朝刊)、等
*3 民法第162条は、20年間、所有の意思をもって平穏かつ公然に他人の物を占有することによって(占有を始めた時に善意・無過失であった場合は10年で)、所有権を時効により取得したと主張できると定めている。鎌倉時代の御成敗式目以来、事実上、その土地を長期にわたって実効支配した場合、その支配権を正統性を問わず認めるという考え方による。仮に地籍調査が未了の場所をある者が一方的に囲い込み、時効により所有権を主張した場合、隣接地の所有者は法的根拠がないため明確な異議を唱えられない。このルールを使い、立ち入り禁止の柵を設置していくこともあり得よう。今回の被災地を含め、今後、人口減少に伴い人が住まない土地や使われない土地の割合が高まっていくことは避けられず、境界が確定していない地域では、土地所有権をめぐる係争が新たに始まる可能性がある。
*4 サンデー毎日(5月8日・15日合併号)
*5 この土地はもともと旧コクド系の企業が所有していたが、バブル破綻後、アメリカ企業に売却され、その後、マレーシアの大手観光企業に転売されていた。
*6 成田空港の滑走路や首都圏の外環道をはじめ、国や自治体が必要と認める事業であっても、数名の地権者の合意が得られないために完成できない事例は珍しくない。
*7 土地売買の届出義務を定めている国土利用計画法では、1ヘクタール未満の土地売買については届出義務を課していない。改正森林法はこの下限を撤廃し、新たに森林所有者になったすべての者に対して事後届出を義務付けることとした。

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