タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/1/18

地下水規制をはじめた自治体

国と自治体の役割分担を考える


東京財団研究員兼政策プロデューサー
吉原 祥子


水源地を独自調査

「地下水水源1割『無防備』」「『所有者不明』も17ヵ所」「取水・開発から守る規制なし」―― 年明け早々の今年1月4日、信濃毎日新聞の一面トップに衝撃的な見出しが躍った*1

長野県内の水道水源地について同紙が独自に行った調査結果を報じるもので、この調査により、全水源地1,188ヵ所の約8割を占める地下水水源914ヵ所のうち、218ヵ所が私有地、17ヵ所は「所有者不明」、1割強に当たる102ヵ所には取水や開発規制がないことが判明した。県内すべての水道水源地の所有や規制状況が明らかになったのは、今回初めてという。

生活の基盤である「水」の源が、法律や条例だけでは守りきれておらず、開発・転売・放置の可能性と隣り合わせの状況にある。その事実を同紙は数値をもって問いかけた。

地下水規制に動き始めた自治体

近年、外国資本による森林買収の動きが各地で見られるようになったことをきっかけに、地下水やその水源地を保全するための動きが都道府県や市町村で活発化している。

山梨県富士吉田市(2010年9月)はじめ、北海道ニセコ町(2011年5月)、宮崎県小林市(6月)、山形県尾花沢市(9月)、山梨県忍野村(10月)、鳥取県日南町(12月)などで新たに地下水保全条例が成立した。長野県の安曇野市、佐久地域、上伊那地域も条例制定に向け検討を進めている。

これまでに私有林43ヵ所924ヘクタールが外国資本に買収されていることが判明した北海道では*2、年度内の成立を目指して「水資源保全条例」の策定が進んでいる。「水資源保全地域」に指定された地域内の土地を売買する場合は、土地所有者(売り手)が契約締結の3ヶ月前までに知事宛に届出を行うことを義務付けるもので*3、国の法律でカバーできない土地売買と利用について道が条例で対策に乗り出そうとしている。埼玉県も同様の条例の検討を開始した*4

こうした動きは、地域主導の先駆的取組みであると評価できる一方で、国の法整備が不十分なために、自治体が個別に対応に追われているという見方もできる。

土地所有の正確な実態把握ができない

東京財団は2008年から外国資本による森林買収に着目し、その根底にある我が国の土地制度の課題について問題提起を行ってきた*5

我が国では農地以外であれば、土地の売買規制はなく、利用規制も実態上緩い。国土管理の基本である地籍調査(国による土地の面積、所有者、境界等の確定調査)は未だ49%しか完了していない。国土利用計画法に基づく土地売買届出は、2000年の地方分権一括法の施行以降、各都道府県に委譲されており、国は本制度の捕捉率(届出件数/届出すべき件数)を把握しておらず、各自治体も無届出の状況について十分なチェックを行えていないと見られる。不動産登記簿も特に山林は相続時の名義変更漏れなどが多く、全体として国土の所有・利用実態を行政が正確に把握できる仕組みになっていない。

その一方で、土地所有者には、行政の意向に十分対抗し得る極めて強い所有権が認められている。民法は「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」(207条)と定めており、地下水も基本的に土地所有者に権利が帰属すると考えられている。地下水の取水に関する法律は、地盤沈下防止の観点から指定地域内の井戸(工業用、建築物用)による揚水を規制する「工業用水法」(1956年)および「ビル用水法(建築物地下水の採取の規制に関する法律)」(1962年)があるのみで、それ以外の分野では実態上ほぼ「無法状態」にある。

このような状況は、経済活動が地域の顔の見える範囲で完結していた時代であればまだしも、グローバルな資源争奪戦と地域社会の縮小(過疎化、高齢化)が同時進行する現在においては、土地や資源の公益性を十分に担保できるものであるとは言い難い。

未然にルールを備えることは地域の活性化にもなる

自然環境は一旦失えば回復には数十年、百年単位の時間が必要となる。したがって、土地や資源の保全にあたっては、想像力を働かせ、問題が顕在化する前に、未然にルール整備を図ることが肝要である。

現行制度下では、一度土地を手放せば、(地権者の合意なしには)たとえ行政による公益目的のものであっても買い取りは容易ではなく、困難な交渉に多大なエネルギーと時間とコストを要することになる*6。また、ひとたび、土地や資源の利害をめぐって係争が起これば、もはやその土地は使えない“退蔵資源”になってしまう。問題が顕在化した後では、新たなルールが、特定の主体(企業、国等)を対象とするような形にもなりかねない。対外的に誤ったメッセージを発信することにならないよう、さらに慎重な対応が必要になる。

長野県佐久地域における水資源保全条例制定のリーダーシップをとる佐久市の柳田清二市長は「『今、水が足りなくなっているわけではないのに規制をかけていいのか』という意見もある」とした上で、「利害が衝突する前にルールをつくることが必要だ」と指摘する。*7土地の利用規制については、企業誘致や地域の産業活性の面でマイナスになることを懸念する声も多い。だが、住民合意に基づく適切な規制は共存共栄のための土台であり、必ずしもその地域への投資意欲をそぐことには繋がらない。北海道ニセコ町の片山健也町長は次のように言う*8

「開発規制を含めて規制が強いと土地の流動化を阻んだり、開発の事業者の行為自体を歪めるとか意欲をなくすということは全く思っていないんですよね。逆だと実は思っておりまして。企業にしても、個人にしても、その規制が厳しいからこそ、そこに投資すると将来安定して景観が守られる、環境が守られるというインセンティブが働いている。しかも住民の納得のプロセスがあるという仕組みをこれから各自治体もいかに作っていくかということだと思っています。こういうもの(=規制)をつくってやることによって、逆に優良企業を呼び込むのではないかというイメージです」*9

国は自治体の後押しとなる法整備を

こうした先駆的な自治体の取組みを支え、後押しするために、国はどのような取り組みが必要であろうか。

外国資本による森林買収の問題を契機に、2010年以降、これまでに全国の60を超える自治体等から国に対して土地売買等に関する法整備を求める意見書が提出されている。2011年4月には、すべての森林所有権の移転について事後届出を義務付ける改正森林法が成立し、一定の前進はあった。だが、問題を「未然に防ぐ」という意味での法整備はこれからである*10

自治体の取り組みを後押しするために国がすべきことの一つには、資源保全における条例制定の土台となるガイドラインの策定があろう。予算や人員も限られる中で、各自治体が条例で個別にルールや基準をゼロから制定していくことには多くの困難がある。

先に挙げた北海道の水資源保全条例では、市町村長からの提案に基づき道知事が「水資源保全地域」を指定することになっており、住民が納得できる地域指定ができるかが条例の実効性を左右する大きなポイントとなる。条例案では、保全地域の指定方法は別途定める「基本指針」で示す方向で、現時点では詳細な考え方は明らかにされていないが、広範囲で不規則な形状の個々の水源域を科学的根拠も踏まえながら住民の納得が得られる形で地域指定していくことは、コスト的・技術的にも容易ではないだろう。(我が国では所有権が極めて強く、かつ北海道では山林所有者の半分以上が不在地主、農地は2割が不在であることを勘案すれば、なおさらである)

そうした地域における合意形成が少しでも円滑に進むよう、国は重要な水源地域について「ゾーニング(地区区分)」を行うためのガイドラインを示すべきである。科学的・技術的根拠に基づくガイドラインを国が定めることで自治体の負担を軽減し、住民の理解と協力のもとで条例づくりを進める大きな後押しとなるはずである。

全体設計に基づく国・自治体の役割分担の議論を

土地、森林、水といった国土資源の保全には、「このルール一つで全部安心」という方法はない。また、本来、国土資源の保全・管理は国が責任をもって行うべきものであり、国家安全保障の観点や条約との兼ね合いも勘案した制度の組み合わせが不可欠である。地方分権は進めつつも、国として制度整備すべきことと、各自治体が地域の特性に応じて行うことについて、全体設計をした上での役割分担が重要である。

現在、資源保全に向けた自治体レベルの動きが活発化してきてはいるものの、その中心は水資源保全条例の制定であり、水源として直接該当しないような土地についての議論はほとんど進んでいない。今後、各地で高齢化や人口減少が進み、行政や住民の目の行き届かない土地が急増していくと考えられる*11。土地所有者の不明化・匿名化は地域における大きな問題になっていくであろう。水源か否かに関わらず、「土地そのものの公益性をどう担保していくか」という観点からの対策も急務である。

土地の所有や利用に関わる規制については、所有権と私権制限の観点から消極的になる自治体も少なくない。だが、資源保全と土地制度の問題は不可分である。この点については特に自治体条例の根拠となる国の法整備が必須であり、さらに踏み込んだ議論を行う必要がある。

冒頭で取り上げた信濃毎日新聞による実態調査は、本来、そうした政策立案の土台として行政が行うべきものである。なぜこのような調査が実施されないのか。

まずは各自治体が、地域の土地、森林、水資源について、所有状況と利用状況の両面から実態調査を進めること。今後の国土資源保全におけるルール整備と国・自治体の役割分担のあり方の議論を深めるためには、それが堅実な第一歩となろう。


政策提言「失われる国土 ~グローバル時代にふさわしい『土地・水・森』の制度改革を~」(PDF:728KB)はこちら



*1 『信濃毎日新聞』(2012年1月4日)http://www.shinmai.co.jp/news/20120104/KT111229FTI090012000.html
*2 2011年8月時点。
*3 知事は届出内容について、必要があると認めるときは、その土地の利用方法その他の事項に関し助言できることとする。
*4 埼玉県の上田清司知事は2011年9月の定例議会で次のように答弁している。「外国資本のみを対象とした規制そのものは困難ですが、水資源確保のため、どのような措置が効果的であるか、水源地の市町村とも協力して、しっかり取り組んでまいります。この問題は、全国共通の課題でもありますので、全国知事会においても問題を提起する必要があるかと思いますので、私の立場からも問題を提起させていただきたいと思います。」
*5 国土資源保全プロジェクト http://www.tkfd.or.jp/research/project/project.php?id=63
*6 北海道のある自治体は、町内の水道水源地のうち外国企業が所有する土地2ヵ所について、2010年秋から買い取り交渉を開始し、現在継続中である。
*7 2011年10月に、井戸を新設し、地下水を飲料水などとして販売することを事実上不可能とする「村地下水資源保全条例」を制定した山梨県忍野村(人口約9,000人)では、地下水採取権を巡って企業が村を相手に訴訟を起こし、甲府地裁で審議が行われている。
*8 日本経済新聞(2011年11月16日付、地方版)
*9 「第2回北海道水資源の保全に関する条例(仮称)検討懇話会」(2011年5月25日)議事録。
*10 民主党の「水政策プロジェクトチーム」は昨年から超党派で「水循環基本法案」を検討しており、今通常国会への提出を目指している。
*11 国土交通省によると、現在、国土の約5割に人が居住しているが、2050年までにそれが約4割にまで減少する。(国土審議会政策部会長期展望委員会『「国土の長期展望」中間とりまとめ』2011年2月)