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アジアの信頼醸成の舞台で求められる日本の魅力

June 15, 2011

2011年シャングリラダイアローグ

東京財団上席研究員
渡部恒雄

南シナ海における中国と東南アジア諸国の領土問題が重要テーマ

2011年6月3~5日に英国ロンドンに本拠地を持つシンクタンクIISS(国際戦略研究所)がシンガポールで主催するアジア安全保障会議(シャングリラダイアローグ)に出席してきた。今年10年目となる米国とアジア太平洋地域の国防大臣と外交・安全保障担当者が出席するこの会議は、地域の信頼醸成のための対話の場所として定着してきたようだ。中国は当初、このような多国間の会議を好まず参加をしなかったが、近年はその重要性を認識するようになり、昨年は馬暁天副参謀総長が参加したが、今年は初めて大臣級の梁光烈国防部長が参加してスピーチを行った。

今年のシャングリラダイアローグでの焦点も、南シナ海をめぐる中国と東南アジア諸国の領土問題であった。それは中国の軍拡とその意図を見極めようとする東南アジアや日米韓との対話の場といっていいかもしれない。南シナ海の南沙諸島は天然ガスや石油資源の潜在的な埋蔵量が豊富とされており、各国が探査を行っているが、今年3月にはフィリピンの探査船が中国の艦船に活動を妨害されるという事件がおこっている。梁光烈国防部長は5月23日にフィリピンを訪問して、アキノ大統領と会談し、中国とフィリピンを含む東南アジア諸国連合(ASEAN)各国が領有権を主張する南シナ海の問題で、両国が協力して平和的に問題解決することを確認している。この件を確認する作業が今回の会議の一つともいえた。

梁国防部長のスピーチはこの点を踏まえ、南シナ海は「概して安定している」と指摘して、領有権を争う中国と周辺国の石油探査活動の活発化と領有権をめぐる緊張というような見方を否定した。しかしこれに対して、中国の国防部長の講演の直後に行われた「海洋安全保障への新たなる脅威」というパネルでは、フィリピンとベトナムの国防相が「周辺海域と地域の安全に深刻な懸念が生じている」として中国をけん制した。

ベトナムのタイン国防大臣は、5月26日に南シナ海で同国の探査船がベトナム沿岸から120海里の地点で中国の監視船に妨害された事件について「忍耐強く対処しているが、再発は決して望まない」とし、「中国はいつも平和的解決の重要性を口にするが、実行が伴わない」と指摘した。この件については、ホーチミンの中国大使館に対する数百人のベトナム市民の抗議デモがなされている。フィリピンのガズミン国防大臣も、南沙諸島周辺で中国による建造物を発見したことなどに触れ「わが国が管轄する海域の健全な環境を破壊する」と中国を批判した。

このように中国と東南アジアの周辺国との緊張関係がテーマの一つであったが、中国に対する東南アジア諸国の批判のトーンは概して穏やかで、長期的かつ理性的にこれらの問題に向き合い、かつ会議の聴衆を味方にひきいれようとする東南アジアの態度がみてとれる。

これら、東南アジア諸国の理性的な姿勢を代表するのが、初日のオープニング・ディナーにおけるマレーシアのラザク首相の講演だった。現在の世界の強国は失うものがあまりにも大きいために、戦争という手段に訴えることは意味がないという認識を示した。そして、中国が30年後に世界最大の経済大国になる可能性にも触れるが、同時に米国の軍事上の優位性が継続するであろうことも指摘し、中国の台頭が必ずしも地域での対立につながらないことを、経済相互依存の合理性から示唆する内容だった。これは、アジアにおける米国の軍事力のプレゼンスを期待し、中国の一方的な行動をけん制するというと同時に、米国と一緒になって反中国陣営を作って地域での対立構造を作ることは避けたいと考える東南アジア諸国の戦略的位置づけを明確に示唆していると思われる。

米国のゲーツ国防長官は、中国と東南アジア諸国のこのような立場を十分に意識して、米国は国内における予算圧力削減などの厳しい情勢はあるが、アジア太平洋地域での最有力なパワーを維持することという強いコミットメントの意志を再確認し、米国のアジアへのパワー維持を疑う見方については、近視眼的で悲観論者と批判した。具体的には、軍の不必要なプログラムは予算削減の対象となるが、米海軍によるA2AD(アクセス拒否能力)能力や新しいコンセプトであるエアー・シーバトル構想など、東アジアのプレゼンスを維持していくことを確認した。

中国に対しては、中国の副参謀総長との非難の応酬となった昨年と比較すると、中国との軍事交流再開などを評価する、比較的穏やかなトーンが目立ち、2010年に悪化した米中関係を立て直そうという意図が感じられるスピーチとなった。中国の梁国防部長も、キッシンジャー元国務長官の見方を引用し、中国の軍事力は米国よりも20年遅れているということを強調し、中国の軍事近代化は経済の成長と近代化に伴って行われていることだとして、中国は地域覇権を追求せず軍事的な膨張も求めないとも発言した。これは、米国への挑戦を否定すると同時に、自国の軍事力の近代化への努力を正当化するコメントといえる。

このような米国の中国に対する比較的控え目な対応に対しては、中国と南シナ海で領土問題を抱える国々からすれば、不満が残るものだったようだ。ただ、米国にしても、特に軍同士での中国とのチャンネルが途絶えたままだと、不慮の事故や武力衝突等を招きかねず、中国とのコミュニケーション・チャンネルの確保は、極めて優先順位の高い課題であると考えていいだろう。

中国の魅力による先制攻勢と日本の魅力づくりに課題

サイバーセキュリティーも、重要なテーマの一つであったが、梁国防部長は「中国はしばしばサイバー攻撃にさらされる国であり、それらの攻撃主体が何なのかを知ることはできないため、国際ルールの確立を望む」という内容を発言した。事実関係の確認は難しいが、中国による活発なサイバー空間の軍事利用を認識している聴衆にとっては、ある意味鼻白む発言かもしれない。しかし、中国を巻き込んだサイバー攻撃についての国際ルールの確立は重要な課題でもある。中国による「地域の覇権を求めない」という点と、「サイバー関連の国際ルールの確立を求める」という発言について、シンガポールのストレイトタイムズ紙によれば、「魅力による先制攻勢」(Charm Offensive)と呼んでいるが、今回の中国の演説の特徴の一つといえるだろう。

もう一つの重要議題は、昨年11月に韓国の延坪島への軍事攻撃を行い、また兵器転用可能なウラン濃縮を継続している北朝鮮に対する中国の影響への不満であった。この点で、梁国防部長は、「率直にいって、我々が北朝鮮にあらゆるレベルで働きかけを行っており、これは皆さんの想像をはるかに超えるものである」と批判を一蹴した。しかし、北朝鮮への中国の影響力は益々強まっているのが実態であり、中国への期待と不満は益々高くなっていくだろう。

日本の北澤防衛大臣は、原発と地震対応の経緯を説明すると同時に、今後の国際的協力も視野にいれた対応の可能性を発言した。また新防衛大綱での動的防衛力の概念を説明し、これまでの基盤的防衛力における静的な抑止効果から、運用重視による抑止効果への転換を説明した。そして、今回の災害対応の10万人の統合任務部隊による動員は、新しい概念の方向性が正しかったことを証明していると説明した。そして、今後のアジア太平洋地域での多国籍対話と多層的な協力の必要性を述べ、航行の自由などの、ルールと価値観の重視を訴えた。

北澤大臣は全体の三分の二を震災対応に費やしたが、会場からは、もう少し新大綱における新しい軍事ドクトリンの話を聞きたかったという声も聞かれた。また、時間の制約がありすべての質問に答えられなかったが、中国とフィリピンの南シナ海でのトラブルについての質問には、中国を不必要に刺激する必要はないが、米国のゲーツ国防長官との足並みをそろえる形で、地域での平和的解決を求めるメッセージを送っても良かったと思う。それにより、尖閣や東シナ海でのガス田における日本の立場への指示を広く東南アジア各国から得られるからだ。

最後のセッションでロシアのセルゲイ・イワノフ副首相が、昨年に続き参加し、ロシアがアジア太平洋地域の安全保障対話に参加する姿勢を積極的に見せた。先のセッションで、ベトナムの国防相は、聴衆からの質問に答えて、ロシアからのキロ級潜水艦六隻の購入の事実を認めており、ロシアが少なくともベトナムにとっては、中国や米国との地域バランスの一角に位置していることを実感させるものだった。イワノフ副首相は、ドイツの経済学者E.F.シューマッハーの「スモール・イズ・ビューティフル」を挙げて、開催国シンガポールの貢献を称え、東南アジア諸国からの得点を稼ぐ一方、自身の北方領土訪問への日本からの批判は意外だったとして、アジア太平洋地域における北方領土のロシア領有の既成事実化を狙うような発言を行った。これに対して、会場から日本の川口順子元外務大臣による事実関係を確認するための質問が行われたが、司会のチップマンIISS所長に質問の一部を遮られる一幕もあった。この点は大いに気になった。

主催組織のIISSは英国の非営利組織であり、ロシアや中国の立場を援護する位置にはない。しかし同時に、会議を魅力的なものにしたい彼らにとっては、ロシア訛りがほとんどない流暢な英語で絶妙な演説をするイワノフ副首相や、通訳を介しながらも強烈な個性を示した梁国防部長などの魅力的な演者の確保も優先順位の高い重要事項である。日本は将来にわたり、アジア太平洋地域を舞台にした舌戦外交の中で、より魅力的なアクターを育成していく必要がある。北澤防衛大臣の演説は、温厚かつ実直で中身のあるものだったが、中国やロシアと比較すれば、会場を惹きつけるような「色気」のあるものではないのも事実だ。しかも北澤大臣は参加直前まで、国内の不信任案をめぐる政局に忙殺されていて、準備に割ける時間も限りがあったと想像される。もはやアジア太平洋の国際関係の中で無視できない影響力を持つシャングリラダイアローグにおいて、国際的に魅力的な大臣の育成を含め、日本にも、多角的で戦略的な対応が求められる時代となってきたことを痛感した。

    • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員
    • 渡部 恒雄
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