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国家戦略会議「平和のフロンティア部会報告書」の持つ意味

August 10, 2012

東京財団上席研究員
渡部 恒雄

集団的自衛権の行使は目的ではなく安全保障協力への手段

政府の国家戦略会議は、日本が中長期的に目指すべき将来像を示すために、各分野の民間と政府の専門家を集め、フロンティア分科会を組織した。分科会は、叡智、繁栄、幸福、平和の4つの部会が組織され、それぞれが将来のビジョンと提言をまとめ、報告書を発表した。筆者は、 平和のフロンティア部会 に委員として参加していたこともあり、その提言の意義について私見を述べたい。この文章はあくまでも、筆者個人の考えであり、フロンティア分科会および平和のフロンティア部会を代表するものではないことを、あらかじめお断りしておく。

平和のフロンティア部会の 報告書 がメディアで大きく注目されたのは、これまでの政府の憲法解釈を変え、憲法9条における集団的自衛権の行使をできるように提言したからである。集団的自衛権を行使すべきだという議論は、安全保障の専門家にとっては、きわめて普通の議論ではあったが、いわゆる1955年体制とよばれる政治構造の中では、タブー視されてきたものだったため、政府が関わる政策提言としては、これまで避けられてきた。しかし、現状を冷静に考えれば、国際ルールの上からも、国内政治の観点からも、集団的自衛権行使という憲法解釈の変更が大きな問題になるとは思えない。現に国会において野党がこの問題を政府の責任として徹底追及するようなことは起こらなかった。新聞が憲法解釈反対のキャンペーンを張ることもなかった。これは、先に野田政権が武器輸出三原則を緩和した際に、政治的な問題にならなかったことと並んで、日本が旧弊から抜け出し前向きな一歩を踏み出した例となると期待している。

重要なことは、平和のフロンティア部会は、憲法解釈を変えるために議論をしたのではなく、将来をにらみ、日本を取り巻くアジア地域と世界の平和を維持していくために日本は何をすべきか、ということを真摯に考えたという事実である。そして、日本のこれまでの憲法解釈は、日本が地域の平和のために政策を遂行することに障害となっているということを指摘した。したがって、平和のフロンティア部会の報告書は、憲法解釈の変更の提唱という点だけを「つまみぐい」をして読んでもその意図を十分には理解できない。全体の構成を理解して読んでほしい。以下がその意図と構成を示す。

まず最初に、平和のフロンティア部会は、今後、新興国の急速な発展により、日本のこれまでの相対的優位が失われていく中で、地域と世界の平和に貢献するために、日本は「包括的な平和の創り手」を目指すべきだと結論づけた。そして、それを実現するために「能動的な平和主義」や「国力の総合的活用」などの4つの基本原則を示し、さらに、「適切な安全保障能力の保持のための体制」や「地域統合を通じた経済・技術力の発展と地域的協調の両立」などの5つの開拓すべきフロンティアを提示した。そして最後に、「適切な防衛・警備能力の保持と安全保障協力ネットワークの形成」や「適確な対外政策決定を行う国家体制の整備」など具体的に進めるべき7つの政策を提示した。

集団的自衛権の行使については、それ自体が政策提言の目的として示されているわけではなく、あくまでも政策提言の一番目の「適切な防衛・警備能力の保持と安全保障協力ネットワーク」の具体策の一つである。提言の趣旨は、不透明な日本周辺の戦略環境を安定させるために、日本は同盟国の米国をはじめ、韓国、中国、東南アジアなどの地域諸国と安全保障面での協力を拡大深化させていく必要があり、そのために積極的に安全保障協力ネットワークを形成していくべきだということだ。それを実現するためには、日本自身が他国にとって「価値ある協力相手」になる必要がある。だれもいざという時に、軍事的に協力してくれない国家のいうことなどは聞かない。湾岸戦争の時のように巨額の資金を拠出することができれば、憲法の制約は多少大目に見てもらえるかもしれないが、今の日本の財政面での制約は簡単には解決できない。したがって、今できる具体策は、武器使用原則や国連PKO五原則、集団的自衛権行使や海外での武力行使をめぐる憲法解釈など、全く異なる時代状況下で設けられた政治的・法的制約を見直すことで、日本のネットワーク力を高めるということである。このように、集団的自衛権行使は、あくまでも日本が地域の安全保障協力に主体的に取り組むという目的の一手段として提言されているのである。

若い世代の議論が新しい提言を可能にした理由

今回集まったフロンティア分科会の委員は、野田首相の意向により、原則的に野田総理よりも年下、つまり、50代より年下の人間で組織されている。この方針こそが、これまでの同種の政策提言に比べて、その内容が新鮮となった大きな理由であり、二つの背景を指摘したい。一つは、若い世代ほど、将来の日本の姿に対し、より直接の責任と利害があり、より深く考えざるを得ないという事実である。二つ目は、若い世代ほど、現在の国際環境や日本の政治・経済の現実を、これまでの思い込みではなく、現実の皮膚感覚で理解することができるという点である。

第一の点だが、フロンティア分科会は、平和のフロンティアだけでなく、叡智、繁栄、幸福のすべての部会で、2050年、40年後の日本のあるべき姿をイメージして、そのための戦略を考えるという手法をとった。40年後とは、30代から50代の世代の子供が社会の中核を担い、かつ孫の世代が社会に出る頃である。自分たちの孫の世代が成人を迎える頃に、少なくとも我々が享受しているような平和、繁栄、幸福、叡智を引き続き伝えてあげることこそが、日本の戦略目標となる。その意味で若い世代ほど、より真摯に次世代と次々世代のことを考えることになる。自分の子供、そして孫の幸福が掛かっているからだ。こうすることで、ともすれば観念論や建前論に陥りがちな議論を、より現実的で真摯なものにする効果があったと思う。

第二の点では、若い世代は、集団的自衛権の行使を禁ずる憲法解釈に代表される過去の憲法論議から自由である。おそらく、30代から40代前半の世代は、政府の憲法解釈が絡んだ議論の場合、社会党を中心とする野党が政府と自民党に対して審議拒否のような極端な反発をし、主要メディアもそれが日本の軍国主義の復活を許さない行為として、好意的に報道したという、かつては日常的に行われた場面をリアルタイムで経験していない。おそらく、多くの若い世代は、なぜ集団的自衛権の行使が禁止されているかを理解できないはずだ。

当時は、日本の国内政治構造も、それを取り巻く国際環境も、現在とはまったく異なるものであった。50年前の日本の戦略はいわゆる「吉田ドクトリン」と評されたもので、日本の過去の侵略への反省と憲法9条の精神から、軽武装と経済成長を中心とするもので、米国との同盟と西側経済圏への参加という東西冷戦の国際環境に対応していた。いうまでもなく、この戦略は、日本の高度経済成長を可能にした成功したものであった。そして、日本は奇跡的ともいえる長期にわたる経済成長と、その恩恵を受けた自民党が恒常的に政権を運営する1955年体制という安定した政治構造の中、政府官僚と自民党との二人三脚で政策を遂行してそれに国民は支持を与えてきた。

問題は、冷戦が終結し国際的には北朝鮮の核開発や中国の台頭という新しい国産環境となり、国内ではバブル経済崩壊後に厳しい低成長の時代に入ったにも関わらず、政治の構造や政策の発想が変わらず、新しい環境に適応してこなかったことにあった。成否はともかく、2009年の民主党政権の誕生は1955年体制下の政治構造を変えたし、若い世代の専門家は、新しい国際状況に対応した政策を自明のものとして議論している。

国際関係でも日本の将来の「メダリスト」育成が急務

おりしも、今年のロンドンオリンピックでは、日本の若い世代が様々な分野で活躍し、ともすれば将来に悲観的になりがちな日本人に勇気を与えてくれている。いうまでもないが、彼らの日頃の努力と精進は並大抵のものではない。そして、彼らは北朝鮮を含む世界の選手たちとも競い闘って、ライバル心だけでなく、お互いを認め合う存在となっている。オリンピックと現在の国際関係との違いは、スポーツには国際的に合意されたルールがあり、参加者はそれを尊重してプレーしているのに対し、国際関係は共通のルール策定と遵守に関してまだまだ発展途上の段階である。たとえば、北朝鮮やイランの核兵器の開発問題によりNPT(核不拡散条約)というルールは崩壊寸前だし、中国とフィリピン、ベトナムなどが領海設定をめぐり対立し、紛争を防ぐための共通の行動規範(code of conduct)づくりが難航している南シナ海が、典型的な例だ。

平和のフロンティア部会で示された日本の政策目標を言い換えれば、日本は、政治、軍事、経済等の国際関係の分野においても、世界の国々が、オリンピックのように明確なルールのもとに公正に競い合い、恣意的な武力行使や威嚇によってルールが歪められたり無視されたりしないような国際社会を作ることであるといえる。さらに、平和のフロンティア部会の7つの提言の一つに「国際的に活躍できる人材の育成」がある。日本は、政治、経済、安全保障等の国家運営においても、世界に通用する「メダリスト」を育てていくことが急務だということでもある。

    • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員
    • 渡部 恒雄
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