タイプ
その他
プロジェクト
日付
2007/8/8

【書評】「中国外交の新思考」王逸舟

評者:川島真(東京大学大学院総合文化研究科准教授)


胡錦濤政権下の中国外交を読み解く上での最適の参考書のひとつである。これを読むことで現在の中国の外交における自画像、国際社会において中国が自覚している役割などが把握できるであろう。新聞書評で、胡錦濤政権の外交内容と変わりないとの批判があったが、それは発想が逆で、むしろ胡錦濤政権の外交の解説書として有用だということだろう。

だが、新聞の書評子がこのような書き方をしたのは、「新思考」という語から何か今の中国外交との違い、新しさがあるのではないかと思ったからかもしれない。この「新思考」という語は、数年前に話題になった「対日新思考」を想起させるが、原著の題名は『グローバル政治と中国外交』で、訳書として日本語になるときに採用された語であることがわかる。著者自身、本書に示された中国外交に新思考があると思っているわけではないかもしれないが、この時代にはかつてにはない条件が中国外交に与えられていると考えているようだ。著者の言葉を借りれば、「新たな時代における中国の外交と国際政治的戦略がどのように形成されるのか、どのような役割を発揮すべきか」ということであろう。この新たな時代、という語には、中国外交が直面する新たなマクロ的国際環境と、中国自身の急速な発展という二つの「新しさ」がこめられている。実際、本書の構成を見れば、その二つの要素が強調されていることがうかがえる。

第一章 グローバル化の時代-アジア金融危機再考
第二章 グローバル化時代の安全保障観
第三章 現代国際政治と中国の国際戦略
第四章 市民社会と政府外交
第五章 周辺地域の安全保障環境の分析
第六章 外交ニーズと大国の風格

国際社会での責任ある大国としての振る舞い、新たな安全保障観の下での戦略などが強調されるとともに、第四章で中国自身の急速な発展に対応した外交が述べられ、社会からの視線、NGO、そして地方政府などといった新たなアクターの問題が取り上げられている。

本書を一読後、評者は著者の意識している「新しさ」とは異なった方法論的な新しさを感得することができた。それは、本書が中国外交研究の多様な方法論を取り入れているということである。たとえば、理想主義+現実主義、国内の論理決定論+国際環境決定論、一般理論+中国特有の国際関係理論など、異なる観点を組み合わせた説明がなされていた。現在の中国の外交政策を、多様な方法を用いて説明しているということであろう(ただし、日本でしばしば用いられる中華思想や、伝統的な中国政治文化論には懐疑的であり、また脅威論も否定的に捉えられる)。

では、本書が重点を置いている論点は何であろうか。既に述べたように、本書は基本的に胡錦濤体制下における中国の外交政策に関する理論的な裏づけを与えるものとなっているが、その論点は以下の数点にまとめられる(中国語の原著と訳書の間に章立てについて相当の異同がある。ここでは訳書を規準とする)。

第一に、グローバル化の現状を受け止める姿勢、グローバル化と密接に絡む中国像の定期である。中国がグローバル化を受け止めつつ、国際社会と協調しながら外交を展開する様が描かれ、パワーバランスの面では超大国アメリカと複数の大国(中国を含む)という枠組みが当分は続くとする。興味深いのは「主権」や「国家」の位置づけで、グローバル化が進んでも、国家主権の希薄化、境界の曖昧化などがあるとしても、国家以外に秩序形成を主に担いうる存在はないとする。だが、安全保障面において国家のみならず多様なアクターを想定している。この主権に関連する地域主義については、それを特に否定せず、むしろ一極化への危機感から、アジアの自立的な経済協力体制の構築も提唱している。こうした叙述からは、「グローバル化と中国外交」というテーマが、現実の外交政策を踏まえたうえでのバランスと緊張関係の下にあることがうかがえる。そうした意味では、論理的な一貫性よりも、現実主義的な傾向がうかがえる。

第二に、台湾問題への強い苛立ちである。中国が今後とも国際社会と調和的であるとの説明をするとき、その理由として挙げられるのは、本書で言えば「発展のニーズ」(218頁)である。これは内政延長論と結びついた議論で、現政権の正当性は豊かさにより維持されており、それを維持するには安定した国際環境が必要であるのだから、そのためには周囲と問題を起こすことはありえない、というのである。また、中国が「大国」になったとしても/すでにそうであるとしても、本書の「大国のニーズ」(234頁)が示すように、責任ある大国として秩序を構築する側に立つことはあっても、破壊することはない、と説明される。しかし、本書の「主権のニーズ」(224頁)は、いささか趣を異にする。周辺諸国との紛争には抑制的であるものの、「台湾問題は現在、中国の主権問題の焦点」だとして、武力行使も辞さない、というほど強硬に映る。中国外交の、動かせない一線ということであろう。だが、台湾問題を単純な国内問題などと著者は述べず、問題の複雑性を理解しているということを強調した上で、「主権の新しい実現方式」(228頁)を提唱する。つまり、主権の概念を柔軟に解釈することによって、台湾問題を解決しようとしている。だが、「人権と主権にたやすく優劣をつけてはならない」と、台湾住民の意思を「人権」という観念で捉え直すことには反対している。この問題は、「はじめに結論有りき」的な外交でありながら、その結論に至る手段については柔軟さがあることを強調している。

第三に、新安全保障観の重視がある。ここで「新」というのは、単純な軍事力だけでなく、金融・情報・生態系など多様な要素から成る安全保障イメージである。また、対外的な安全保障だけでなく、国家の内部体制、民族問題などの対内的な問題も重要な要素とされる。ここでは、「自国の人々にも満足してもらい、外部世界に尊敬してもらえればこそ、初めて国家の主権が保障できる」とされる。そして、具体的には、中国の安全保障環境における七つのポイントとして、        台湾問題/朝鮮半島の分断状況/日米安保条約の問題/緊迫したインド・パキスタン問題/中央アジアの潜在的トラブル/南シナ海の争議/中ロ善隣関係、などが挙げられ、それぞれに説明が加えられている。

第四に、国際環境の変化とともに、外交政策に影響を与える要因として国内状況の変化を重視している点が挙げられる。特に、市民意識、地方政府、NGO、圧力団体などが中国の外交政策に影響を与えるものとして論じられている。この点は、情報メディアの問題とも深く関わっている。

以上のように、本書は「新しい」環境の下にある中国外交について、多様な観点から説明と解釈を加えたものである。当然、ここでは「協調」が強調されているものの、「主権」で強調された部分が果たしてどの程度、その「協調」と折り合うのかが問題となろう。また、昨今は中国人研究者による中国外交に関する著作が多く出版されているが、それらと比べた場合、本書にはどのような特長があるのだろうか。たとえば、趙全勝(真水康樹・黒田俊郎訳)『中国外交政策の研究-毛沢東、?小平から胡錦濤へ-』(法政大学出版局、二〇〇七年)と比較した場合どうであろうか。趙の著作は、英文の原著は九〇年代に刊行されたが、日本語版刊行にあわせて、第九章 中国新政権の直面する東アジアの国際環境、および第十章 ポスト冷戦時代の権力シフトと胡錦濤政権の外交政策が加筆されている。本書は、二一世紀初頭の国際政治における権力シフトとして、米国と中国の上昇、日本とロシアの下降という認識を示し、王の「一超多極」とは異なる認識となっている。しかし、「胡錦濤政権の外交政策は、マクロ的に存在しているさまざまな国際的・国内的な現実を認識したものになるであろうし、それに規定されざるを得ない」とし、「実際の政策決定は、現実をいっそうリアルに認識するところから始まる」と結論付け、さらには社会の多様化への配慮が必要とする点は王の著作と類似する。このような、国際環境と国内状況の双方への配慮と複合的分析は昨今の著作の共通点となっている。また、このほかにも?小平に対する高い評価(ナショナリズム外交、江沢民路線への批判?)もまた、類似点として指摘できる点であろう。


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