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【書評】「PKOの史的検証」軍事史学会編

March 21, 2008

評者: 中島信吾 (防衛省防衛研究所教官)


1. はじめに

昨年1月、防衛庁は省へ移行し、PKOを含む国際平和協力活動が自衛隊の本来任務と位置づけられたが、それから約半年後に刊行された本書はまさに時宜にかなったものであり、PKOの来し方行く末を考える上で多くの材料を提供している。

本書は、軍事史学会の学会誌である季刊『軍事史学』の特集号として刊行されたもので、学術論文と実務者が寄稿した証言によって構成され、PKO活動等に関する多角的分析がなされている。巻頭言に続いて、グールディング元国連事務次長の特別寄稿、そして4篇から成る本編―「国際政治とPKO」、「日本とPKO」、「理論と法」、「現在から未来へ」―という非常に多岐にわたる内容となっており、評者はそれらのすべての分野に精通しているわけではないが、まずは内容を概略的に紹介した上で若干のコメントを付けたいと思う。

2. 構成と内容

第一篇 国際政治とPKO
臼杵英一「PKOの起源:國際聯盟レティシア委員会(一九三三~三四年)」
小川浩之「イギリス・コモンウェルス関係とPKOの成立と変容―パレスティナ・カシミールからコソボ・東ティモールまで―」
三須拓也「コンゴ国連軍の影―ハマーショルドの死因についての一仮説―」
〈PKO経験者の証言1〉須田道夫「現代国連PKOの設立・運営をめぐる政治力学―ハイチPKO(MINUSTAH)を一例に―」

第一篇は国際関係史の観点からPKOを分析した3本の論文と、国連PKO局に軍事計画将校として勤務した経験を持つ自衛官の回想から成っている。臼杵論文は国際連盟時代におけるPKOの原型を分析したもので、主に、これまでの研究では重視されてこなかった、コロンビア=ペルー間の紛争において派遣され、1933年に設置されたレティシア委員会にPKOの原型を見いだしうると指摘している。小川論文は、PKOの成立と発展過程におけるイギリス・コモンウェルス諸国の政策とその変化を、冷戦期から冷戦後にかけての長い期間を対象として検討している。1961年に謎の墜落死をしたといわれるダグ・ハマーショルド国連事務総長だが、三須論文は、その事故の背景についてコンゴ危機とコンゴ国連軍を中心に分析を試みている。そして、現役の自衛官である須田の回想は、自身が2002年から2005年に勤務した、国連本部・平和維持活動局軍事部軍事計画課における経験とそれに基づく分析を行ったもので、主としてハイチPKOの設立と運営が対象となっている。「ブラヒミ・レポート」以後における現代PKOの実相を、当事者ならではの視点で具体的に活写した非常に貴重なものといえよう。

第二篇 日本とPKO
入江寿大「池田・佐藤政権期の『国際的平和維持活動』参加問題―コンゴー動乱・マレイシア紛争と自衛隊派遣の検討―」
村上友章「カンボジアPKOと日本―『平和の定着』政策の原型―」
〈PKO経験者の証言2〉渡邊隆「現場の誇り―UNTAC派遣自衛隊指揮官の回想―」
〈PKO経験者の証言3〉太田清彦「カンボジアPKOと広報活動」
〈PKO経験者の証言4〉小嶋信義「防衛駐在官からみた中東と自衛隊」

第二篇は、日本のPKO参加に関する論文と当事者の回想から構成されている。入江論文は、池田・佐藤政権期における日本のPKO参加問題について、内外の一次史料を基に論じたもので、特に、1960年代半ばのマレーシア紛争への対応として自衛隊の派遣が検討されたことを、情報公開請求によって開示された外務省関係文書を中心に用いて分析している。当時の外務官僚が、自衛隊の海外派遣を対外構想の中にどのように位置づけていたのか、必ずしも絵空事ではなく、現実的な課題としてとらえられていたことがうかがえる内容である。村上論文は日本のカンボジアへの自衛隊派遣をそれのみで論ずるのではなく、カンボジア和平プロセス全体への関与という文脈の中に位置づけて検討している。その中で、UNTACにおける自衛隊の活動と、そこで明らかになった課題についても指摘しており興味深い。まだ時代的に一次史料の入手が困難なことから、情報公開請求や既存のオーラル・ヒストリー、回想録等を積極的に活用し、さらに自身も聞き取りを行って資料面の不足を補おうと試みている。入江、村上論文ともにこの分野に関する先駆的な研究のひとつとして位置づけられよう。そして自衛隊にとって初めてのPKO参加となったカンボジアPKOについて、当時、派遣隊長だった渡邊と広報班長の太田が回想を寄せている。また小嶋の証言は、イラク、クウェートにおける最近の航空自衛隊の活動を知る上で貴重である。

第三篇 理論と法
青井千由紀「平和の維持から支援へ―ドクトリンから見た平和支援活動の生成と制度化―」
〈PKO経験者の証言5〉児島健介「海上自衛隊が参加した国際平和協力の法解釈」
幡新大実「平和維持軍と国際刑事法―連合王国陸軍軍法会議の事例を踏まえた比較法的考察―」
山田哲也「PKOの任務拡大と正統性確保―領域管理を題材とした問題提起―」

第三篇は、PKOを理論的、法的観点から検討している。青井論文は伝統的PKO(第一世代型PKO)にかわって、冷戦後に需要が増えて発展した平和支援活動(あるいは平和活動)の生成過程を、各国の軍事ドクトリンに着目しながら明らかにしているが、英米や北欧において、国際平和協力に関する軍事ドクトリンがどのように変化してきたのかについて、理論研究を専門としない者にとっても興味深い内容になっている。児島は法的、実務的観点から、海上自衛隊が参加した国際平和協力活動等の事例を法的に説明している。幡新論文は、PKOへの参加に際して、国際刑事法上要請される法整備について考察し、日本法についても提言を行っている。山田論文は、国家全体、あるいはその一部の領域を直接に管理(統治)し、国家機能の再建を担うようになった第二世代型PKOについて、そうした活動が行われ、また許容される理由を、国際法、国際組織法の観点から検討し、問題提起を行っている。

第四篇 現在から未来へ
斎藤直樹「冷戦後における国連平和維持活動の変容とその改革問題」
〈PKO経験者の証言6〉佐藤正久「ゴラン高原からイラクへ―一自衛隊指揮官の中東経験―」
〈PKO経験者の証言7〉川又弘道「東ティモールにおける自衛隊の活動」
井上実佳「ソマリア紛争における国連の紛争対応の『教訓』」

第四篇は2本の論文と2つの証言からなる。斎藤論文は冷戦後のPKOの変容について、ブトロス・ガリの「平和への課題」や、「ブラヒミ・レポート」等を題材に、コンパクトに検討したものである。イラク人道復興支援の先遣隊長・復興業務支援隊長、「ひげの隊長」として知られた佐藤だが、1996年にUNDOFゴラン高原派遣輸送隊の第一次隊長としても派遣されている。自らの経験に基づき、二つの異なった枠組みの下でのミッションを比較しながら論じている佐藤論文からは多くの示唆を得ることが可能だろう。川又は2003年10月から2004年6月まで、国連東ティモール支援団に派遣された、第4次東ティモール派遣施設群群長であり、撤収時も含めてその活動を回顧しているが、ミッションの「出口戦略」のあり方などを考える上で有益な内容となっている。そして井上論文は、国連の紛争対応が進化する過程の中で、ソマリアにおける教訓がいかなる影響を及ぼしたのか、「ブラヒミ・レポート」などを事例に検討している。

3. 評価

これまで紹介したように、本書に収録されている論文の内容は多岐にわたり、個々の論文にも興味深いものが見られるが、評者が本書全体の特徴としてあげたい点は、巻頭言、特別寄稿を含め、PKOの実務に携わってきた当事者の回想が充実していることにある。湾岸戦争後の掃海艇派遣、カンボジアPKOにはじまり、1990年代以降、日本は自衛隊の国際平和協力活動等への参加実績を蓄積させてきた。これまで、こうした経験について、少なくとも対外的に利用可能な回想録やオーラル・ヒストリーを残しているのは主に外務官僚であったことから考えると(もちろんこれらも重要なのだが)、本書に収録されている証言は自衛官、それも現場に派遣された自衛官が中心という点で特徴的である。たとえば、カンボジアPKOについていえば、派遣隊長だった渡邊や広報班長の太田の回想が本書に収録されているが、本書村上論文にもあるように、外務省関係者についても、現地レベル、本省の幹部レベルと多くの証言が入手可能である。また、自衛官を対象とした数少ないオーラル・ヒストリーとして、当時統幕議長だった佐久間一のものもあり、こうした複数の証言を併せ読むことにより、カンボジアPKOの政策過程を従来よりも立体的にとらえることが可能となろう。本書の狙いとされている、理論と実務のギャップを埋めたいというメッセージは、本書に証言を寄せたライン・ナップから良く伝わってくる。

他方、4つのパートから多角的にPKOを検証するという構成も本書の特徴である。約60年の歴史の経過の中で、その姿を大きく変化、拡大させてきたPKOだが、日本のPKO経験はまだ15年である。PKO発展過程全体の大きな流れの中に日本とPKOとの関わりを位置づけ、検証する作業は有益であろう。ただ反面、収録された論文と証言の約半数が歴史以外の内容であることからすると、本書のタイトル『PKOの史的検証』と内容の方向性が若干乖離しているとの印象は否めないし、タイトル通りの内容を期待する読者にとっては少々物足りなさが残るかもしれない。

また欲を言えば、収録された証言の構成についても議論の余地があるかもしれない。すなわち、ここにおける証言はほとんどが現役の自衛官のものであり、そのことが一面では本書の価値を高めているともいえるのだが、反面、証言者を現役で固める必要はあったのかという疑問もある。つまり、本書に収録された証言は当時現場に派遣された自衛官のもので、「送り出す側」だった中央の幕勤務だった幹部―たとえば防衛部長等―の証言が欠落しているのである。年齢を考えれば、彼らはすでにOBとなっており(巻頭言を寄せた西元は佐久間の後任の統幕議長)、歴史的な証言が期待できるところであろう。また、自衛隊派遣に関わる政策過程を把握する上で不可欠と思われる、防衛庁内部部局の官僚についても、彼らのPKOについての証言がほとんどないだけに、収録されていれば一層貴重なものとなったと思われる。

とはいえ、これらのことによって本書の価値が減ぜられるわけではない。二人の元国連事務次長、元統幕議長を含め、PKOに関してこれだけの執筆陣をそろえた論文集は類があるまい。PKOに関心を寄せる研究者、実務家双方にとって、本書から受ける知的刺激は極めて大きいだろう。また論文集とはいえ、編者註が多数織り込まれるなど、一冊の書籍としての整合性、統一性を持たせようとした跡が随所に見て取れ、編者の丁寧な編集姿勢についても教えられるところが多い。

    • 防衛省防衛研究所主任研究官
    • 中島 信吾
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