【書評】「Japan Rising: The Resurgence of Japanese Power and Purpose」 (『台頭する日本―日本のパワーと目的の復活』)Kenneth B. Pyle(ケネス・B・パイル)著、「Securing Japan:Tokyo's Grand Strategy and the Future of East Asia」(『日本の安全―グランド・ストラテジーと東アジアの将来』)Richard J. Samuels(リチャード・J・サミュエルズ)著 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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【書評】「Japan Rising: The Resurgence of Japanese Power and Purpose」 (『台頭する日本―日本のパワーと目的の復活』)Kenneth B. Pyle(ケネス・B・パイル)著、「Securing Japan:Tokyo's Grand Strategy and the Future of East Asia」(『日本の安全―グランド・ストラテジーと東アジアの将来』)Richard J. Samuels(リチャード・J・サミュエルズ)著

June 13, 2008

評者: 昇 亜美子(政策研究大学院大学客員研究員・日本学術振興会特別研究員)


去年(2007年)アメリカの著名な日本研究者による重要な著書が相次いで出版され話題となった。日本で55年体制が崩壊して国際安全保障への関与が拡大し始めた1990年代にもいくつかの興味深い研究書が海外の日本研究者から出されている。その後2000年代に入って日本の外交・安全保障の行方ははっきり見えてきたのだろうか。そのような問いを考える上での指針ともなるこの2冊の内容を簡単に紹介したい。

まず、ワシントン大学教授であり、米国の日本研究者の長老といってよい歴史家ケネス・パイルのJapan Risingは、19世紀半ばの西洋の衝撃から冷戦後の今日に至るまでの約150年の日本の外交政策について描いている。パイル氏は「吉田ドクトリン」という言葉の生みの親(の1人)とされているが、本書でも歴史の叙述にのみ力点が置かれるのではなく、ときに国際政治理論を適用しながら、日本外交史の特徴を概念化することに努力が払われており興味い。本書で一貫して強調されるのは、近現代を通して日本のグランド・ストラテジーは国内政治の動機からではなく、国際構造の変化への対応の中でつくられてきたという主張である。

したがって、冷戦の崩壊という国際構造の変化に伴って現在日本で起こっている変化は周辺的な調整ではなく、日本システムの包括的な修正であるとして、かつては日本の永遠の戦略と思われた吉田ドクトリンはいまや過去の話(dead letter)であると論じる。日本はいまや米国の世界戦略の囚われとならないように対米同盟において最大限の自主性を求め、アジア地域における多国間制度構築に大きな関心を持っているのである。そして小泉外交に見られるように、国際社会でアイデンティティを主張する方向に日本外交が変化しており、これは平成世代(1960年代から70年代生まれの世代)によって完遂されるであろうと述べている。

このように冷戦構造の解体が「吉田ドクトリン」の解体をもたらしたと議論するJapan Risingに対して、冷戦終焉がただちに日本の外交安保政策の断絶をもたらすわけではないとよりニュアンスを持った議論を展開するのがマサチューセッツ工科大学教授で国際政治学者のリチャード・サミュエルズの Securing Japanである。サミュエルズ氏は、パイル氏とは異なり、日本外交の国際構造の変化への適応という側面だけでなく、国内政治闘争、社会的変動、制度的変更などの重要性に着目している。本書は、日本の外交政策にはグランド・ストラテジーがなかったとする日本国内の多くの知識人・外交・メディアの評価に疑問を呈し、近代以降の日本の安全保障戦略をめぐる言説と合意について論じたうえで、冷戦後から現在至る安全保障政策をめぐる言説を議論している。

サミュエルズ氏によれば、これまで日本で見られた安全保障戦略の合意は、19世紀の富国強兵、20世紀初頭の帝国日本の大東亜共栄圏、冷戦期の「吉田ドクトリン」である。こうした歴史的文脈も考慮しながら、今後の戦略について現在展開されている言説を、「自主・自立(autonomy)」と「威信(prestige)」に着目しながら、「吉田ドクトリン」を構成する二つの軸―米国との距離と武力行使の是非―によって以下の4つに類型化した。力によって自立を獲得しようとする新自立主義、力によって威信を獲得しようとする普通の国論、繁栄によって自立を獲得しようとする平和主義、繁栄によって威信を獲得しようとするミドル・パワー国際主義である。

日本軽武装論者であるサミュエルズ氏は本書で、国内政治や冷戦後の脅威認識の変化により、イラクへの自衛隊派遣やミサイル防衛計画など日本の防衛政策にきわめて重要な変化が起きていることを強調し、そこには警鐘を鳴らすトーンがみられる。だが結論部分では、制度的硬直性、国内的競争、プラグマティズム、将来の米国のパワーへの懸念、地域的勢力均衡の変化などから、日本がすぐに強硬路線をとるということはなく、その戦略は穏健なものになるであろうと議論している。「吉田ドクトリン」の後に来るのは「ゴルディロクスの合意」、すなわち米国と中国に近すぎず遠すぎずの関係を維持し、日本はこれまでよりは強いが脅威にはならないという安全保障戦略の合意である。

Japan RisingもSecuring Japanも、冷戦中の日本の安全保障政策であった「吉田ドクトリン」が冷戦後重要な変化を遂げつつあるという論点を提示している。だが、その変化が「吉田ドクトリン」に完全に取って代わる新戦略なのか、それとも「吉田ドクトリン」の更新なのかについてのニュアンスは異なる。パイル氏は「吉田ドクトリン」の終焉という点をより強調しているが、それに代わる新戦略の内容は必ずしも明確ではない。サミュエルズ氏も「吉田ドクトリン」の大きな変化を主張するが、「ゴルディロクスの合意」の内実は「吉田ドクトリン」の継承とも解釈できる。

本書に限らず内外の論者の間で「吉田ドクトリン」終焉をめぐる議論が分かれているのは、現在日本で起きている変化自体の分かりにくさに加えて、「吉田ドクトリン」の定義の違いにもよるだろう。その核心を憲法9条の維持と非軍事分野での貢献と捉えるか、日米安保体制の下で武力行使への大きな制限を維持することと捉えるかによって評価は大きく分かれるはずである。さらに、冷戦終結は日本にとって、明治維新や第二次世界大戦終結と比較しうる国際構造の転換なのかについても議論の余地があるだろう。第二次世界大戦後の秩序であるサンフランシスコ体制そのものが転換したとはいえないからである。

「吉田ドクトリン」の後にくるグランド・ストラテジーについて、Japan Risingは日本が対米自主性を強めていると議論するが、冷戦後むしろ日米同盟が強化されている点からは疑問が残る。ここではSecuring Japanで提示された言説のうち新自立主義と普通の国論の声にのみ注意が払われているようである。そして実際政策面を見れば、冷戦後日米同盟における日本の自主性は小さくなっていると議論できるのである。Securing Japanでは日米同盟を強化しつつ東アジアの経済的な共同体も構築することにより、中国の軍事力や他の地域安全保障脅威に対抗する一方で、台頭する中国との経済的機会を獲得して米国の経済的略奪に抵抗することができるという「二重のヘッジング」戦略が提示されている。これは説得力のある議論であるが、米国がアジア太平洋地域に関与し続けること、米中関係が一定程度安定していることが前提条件になるだろう。

Japan RisingもSecuring Japanも近代以降の日本外交・安全保障政策を学ぶ上で極めて良質なテキストであると同時に、今後の日本のとるべき戦略を議論するうえで重要な指針を与えてくれる貴重な研究書である。

    • 政治外交検証研究会メンバー/政策研究大学院大学 安全保障・国際問題プログラム 研究助手 博士(法学)
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