タイプ
その他
プロジェクト
日付
2009/5/21

【書評】『台湾の政治 ― 中華民国台湾化の戦後史』 若林正丈著

評者:松田康博(東京大学東洋文化研究所准教授)


1.はじめに

本書の著者である若林正丈氏は、日本を代表する台湾政治研究者であり、本書は著者の本格的な研究書として3冊目である。これ以前の2冊とは、日本時代の抗日運動史の先駆的研究である若林[1983]と、台湾型権威主義体制とその解体・民主化に焦点を当てた若林[1992]である。本書の位置づけは、構成から見て通史的な特徴が強いが、著書が「学術的に厳密な意味で歴史書であると言うのには無理がある」(ii頁)という通り、歴史研究の基礎の上に様々な政治理論を援用して展開された「現代台湾政治論」という方がよいかもしれない。

著者が本書を縦貫して用いているキーワードは、「中華民国の台湾化」(政権エリート、政治権力の正統性、国民統合イデオロギー、国家体制の4領域における台湾化を意味する)である。このキーワードは著者の造語であり、若林[1992]でも提起され、台湾でも一般的に使用されるようになった。ただしそこではあくまでも権威主義体制の「民主化」が主たるテーマであったが、本書では、民主化後にも続いた「台湾化」が主たるテーマとなっている。

著者は、「外部の影響を過剰に読み込む見方、曰く、台湾がどうなるかは米中関係しだい、日台関係は日中関係の関数、台湾はいずれ中国に呑み込まれる、など」が適切でないこと、「外部要因と台湾社会の動向との連関をバランスよく、かつ構造的に把握することが求められる」こと、「いくらアメリカと中国という巨大なパワーの狭間に置かれた存在であるからといって、そこに主体性を見ない見方はやはり偏っている」(iv-v頁)ことを指摘し、台湾政治の主体性を強調する立場にある。本書は、台湾をめぐる国際関係のみならず、台湾の政治社会に内在するアイデンティティ・ポリティクスのダイナミクスを明らかにすることに主眼をおいた地域研究の成果なのである。

本書の構成は以下の通りである。

― 目次 ―

まえがき
序 章 現代台湾政治への視座
 第?部 前提・初期条件・起動 1945-1987年
第1章 多重族群社会としての台湾――歴史的前提
第2章 戦後台湾国家と多重族群社会の再編――初期条件
第3章 不条理の亢進と体制手直し――起動過程
 第?部 中華民国の台湾化の展開 1988-2008年
第4章 民主体制の設置――「憲政改革」の第一段階
第5書 主権国家への指向と民主体制の苦悩――「憲政改革」の第二段階
第6章 ナショナリズム政党制の形成と展開
第7章 多文化主義の浮上
第8章 七二年体制の軋み
終 章 中華民国台湾化と台湾海峡の平和
あとがき


2.内容の紹介

本書の第1章は、中華民国の台湾化に関する「歴史的前提」の部分を構成している。台湾は、3つの異なる性格の帝国、すなわち古典的世界帝国としての清帝国、近代植民帝国としての日本、戦後アメリカの「インフォーマルな帝国」の周縁に位置している。優勢な帝国が出現すれば、台湾はその支配下・影響下に入り、そのたびに人の流れが変わった。台湾では、波状的に繰り返された移民とエスニック紛争により、先住民族、福佬人、客家人(以上、本省人)、外省人という4つの主要族群(エスニック・グループ)が生み出された。特に二・二八事件(1947年)と中国共産党の浸透による政権転覆を防止するため政治的異見者に対して行った激しい摘発(「白色テロ」)は、多数者である本省人の族群化を促進し、中国人としての国民統合を失敗させてしまったのである。

第2章は、中華民国台湾化の「初期条件」の部分である。国共内戦は、冷戦の拡大により台湾海峡を挟んで固定化された。この「封じ込められた内戦」の故に、1949年以降「台湾大」の国家(戦後台湾国家)が形成された。著者は、台湾戦後国家の性格として、(1)国際社会における位置づけ(東西冷戦の前哨基地)、(2)中華人民共和国に対抗するもう一つの正統中国、(3)台湾社会に対する遷占者国家を指摘している。台湾の多重族群社会は、戦後に台湾人の減少、日本人の引揚、外省人の大量流入によって再編された。外省人は、人口面では少数派に過ぎないものの、蔣介石をいわば「大家長」として、党国体制の「核心」に位置して枢要な領域・ポジションを確保し、本省人が優勢である「抹消」を支配する統治体制を支えたのである。

第3章は、中華民国台湾化の「起動過程」である。米中接近により、戦後台湾国家の国際社会における位置づけが激変し、「72年体制」が形成された。「台湾しか統治していないのに『中国大』の統治機構と統治イデオロギーを堅持する不条理、それ故に外省人エリートに政治権力が集中されたままとなる不条理を際だたせ、やがては、それを問いただす声を抑えるのは困難」(109頁)となっていった。国際政治上の激変を吸収するため、蔣経国主導で限定的民主化と台湾化が開始され、「党外」勢力が各種選挙を経て実質的な野党へと成長するにいたった。このプロセスにおいて、「中国国家体制」に挑戦する台湾ナショナリズムが野党勢力の主要な理念的支柱へと転換していったのである。

第4から8章は、中華民国台湾化の「展開過程」が詳述されている。第4章は、李登輝時代の「憲政改革」による中華民国台湾化の前半部分が分析されている。このうち、起動段階(1988-1990)では、蔣経国の急死を受けて突然総統職を継承した李登輝が、与野党を含めた台湾政界における「バランサー」としての地位を獲得した。李は当初「丸腰」と表現されたように、党内に味方がほとんどいない状態であったにもかかわらず、急進改革を望む民主進歩党や世論の影響力および党内保守派の分裂状態を利用して、1990年に総統として6年間の任期を獲得することに成功した。そこから始まった「憲政改革」の第一段階(1990-1996)において、李登輝は「国是会議」を召集して世論をリードし、憲法にのっとって国民大会による「一機関二段階」の改憲(第1-3次改憲)を主導し、国会の全面改選、地方自治の完全実施、総統の直接選挙を実現した。6年間の任期、総統・主席ポストおよび世論の支持を獲得した李登輝は「小ストロングマン」へと成長を遂げ、台湾において、「最小綱領的民主体制」の設置を主導した。こうして「政治権力の正統性」および「政権エリート」の台湾化が進行していったのである。

第5章は、「憲政改革」の第二段階(1996-2008)では、直接民選総統(李登輝、陳水扁)時期の改憲(第4-7次改憲)で、台湾省の凍結、国民大会の形骸化から廃止、憲法修正批准のための公民投票が進められたことが詳述されている。これは、単なる民主化ではなく、その必然的結果として台湾の国家性(stateness)増大を促進する「国家体制の台湾化」が進行したことを意味する。ただし、1999年に李登輝が提起した「二国論」(両岸関係が特殊な国と国の関係であるとの主張)を基にした改憲は、中国と米国の牽制により夭逝した。続く陳水扁政権の公民投票(レファレンダム)も同様に米中両国から牽制を受け、最小綱領を越えた台湾ナショナリズムの主張が、米中双方から不興を買うという事態が繰り返されてしまったのである。選挙制度も改革され、台湾型半大統領制、小選挙区比例代表並立制が成立した。また、国政レベルの選挙では民主体制の国家性(stateness)と統治能力(governability)の問題が争われるようになり、小選挙区制導入も与って衝撃的な大差で二度目の政権交代が発生し、中国国民党(国民党)の馬英九政権が発足したのである。

第6章では、民主化時期におけるナショナリズム政党制の形成と展開が分析されている。それは「民主化期の政党システムが、台湾ナショナリズム台頭の衝撃をうけて、台湾ナショナリズム対中国ナショナリズム(反台湾ナショナリズム)をイデオロギー的対抗軸とする『ナショナリズム政党制』として成立した」(269頁)ことを指す。与野党による政治動員は「エスノ・ナショナルな文脈」で進行し、1990年代に政治文化的にはパワフルな外省人を中心に展開し、国民党の分裂と統合をもたらした。自分の所属するグループが不当な扱いを受けていると感じる人々は族群化し、同じ族群出身の有望政治家に希望を託したことで、熱狂的な「○○現象」が波状的に発生した。

第7章では、「国民統合理念と多重族群社会の再編」が検討されている。中国ナショナリズムの位相が、遷占者優位の崩壊と台湾ナショナリズムの挑戦によって、公定中国ナショナリズムのヘゲモニーが崩壊し、台湾ナショナリズムに対抗するところの台湾政治の一要素へと転換した。新たな統合理念としては、排斥的な台湾ナショナリズムではなく、むしろ定着の歴史が異なる台湾社会の諸文化集団(族群)の文化は価値において平等であり、国家も族群相互間でもこの文化多元性を尊重しなければならないという「多文化主義的統合理念」が公式中国ナショナリズムに取って代わった。これは「国家統合イデオロギーの台湾化」であるが、かつての国民党政権の公定中国ナショナリズムの覇権下における不平等と行き過ぎた一元化の是正であったといった方がよい。むしろ、福建系本省人のエンパワメントの反作用として、外省人、客家人、先住民族の自己主張が強くなり、特に客家人と先住民族は尊重を受ける族群となった。台湾住民のナショナル・アイデンティティは「中国人」から次第に「台湾人」へと重心を移していき、台湾ナショナリズムはいわば準公式ナショナリズムへと昇格していった。

第8章では、「一つの中国」原則の後退と72年体制の軋みが明らかにされている。蔣経国の改革とは逆の方向性に動いた李登輝以降の「民主化+台湾化」の流れは、内部正統性の強化をもたらした。ところが、李登輝は内部正統性の強化を台湾国家の外部正統性の強化に連動しようとした。この傾向が陳水扁に継承され、強化されたことにより、台湾の自己主張は強まった。「一つの中国」の正統性は台湾内部で弱体化していき、台湾アイデンティティは増大の一途をたどった。しかし中国が台頭し、米国が現状維持に腐心する中で、自己主張する台湾の国際社会における立場は弱まる一方となった。最大綱領を目指すようになった陳水扁政権の独立派路線は、内外の反発を受けてしまい、馬英九政権の誕生を促す結果となったのである。

3.評価と課題

次に、本書の評価と課題を指摘したい。本書の第1の評価点は、台湾政治研究としてのスケールの大きさ、幅広さおよびバランスのよさである。本書のように水準の高い先行研究を丹念に渉猟し、多様なディシプリンを用いて、巨視的・構造観点から微視的観点に至るまで、緻密な論理展開を進めた研究成果は極めて希であり、現時点における現代台湾政治研究の決定版であると言うことができる。このように台湾政治を正面からとらえた重厚な研究成果は、あと10年はでないであろう。

第2点は、本書は458頁にも達する大著であるが、特に「展開過程」において「中華民国台湾化」という軸を中心に分析がなされ、一貫した視点が提示されていることである。政権エリートは本省人が主流となり、政治権力の正統性は中国における革命ではなく台湾における民主的選挙となり、国民統合イデオロギーは公式中国ナショナリズムから多文化主義へ転換し、国家体制は中国ではなく台湾を統治するそれへと転換した。従来の「台湾化」の議論では、こうした厳密な議論を欠くことが多く、本書の切り口は非常に明快かつ有用である。特に、国民統合イデオロギーが公式中国ナショナリズムから台湾ナショナリズムへと直線的に転換しなかったことが、数々のエスニック紛争にもかかわらず、台湾における政治過程が平和的であったことを保障してきたことが示唆されている。

第3は、同時代人としての現場観察者の視点が色濃く反映されていることである。著者は、1980年代以来、台湾における主要な選挙や政治現象を継続的に観察し、同時に政治家や運動家のみならず様々な領域の専門家との対話・交流を行ってきたほぼ唯一の日本人研究者である。1992年から台湾政治の観察を始めた評者から見れば、特に、日本統治時代の抗日運動からの連続性にも言及しつつ党外運動の成長をダイナミックに描いた第3章は、まさに白眉であると言える。

次に本書の抱える課題について述べたい。第1は、(著者自身の作品を含む)既存の先行研究への依存が強く、実証の相当部分がそれらの調査研究結果を応用していることである。これは台湾政治を巨視的に論じようとすればある程度避けられず、第1の評価点との裏表の関係にあるといってもよい。個別の調査結果と分析評価のオリジナリティが、先行研究に帰するものが多いという傾向は、実証主義的な歴史研究の成果であった若林[1983]よりも後の研究成果におおむね共通している。これらの先行研究を統合して、オリジナルな立論をした点の評価は前述したとおりであるが、その細部が先行研究に依存しているとなると、後進の研究者が本書の細部を再検証する場合、個々の先行研究に対して行わなければならないことになるであろう。

第2点は、「憲政改革」を展開過程の軸としたことが、議論の一貫性を一部損なっていることである。これも第2の評価点と裏表の関係にある。たとえば、「初期条件」で諸要素の中で、細かく数値が言及されている政治エリートの構成(87-95頁)が、「展開」部分でどのように変わったのかがはっきりしない。国民党員である軍人や退役軍人が憲政改革のプロセスにおいて、どのような変化を起こしたのか(たとえば党員構成がどう変化したのか)というような点、すなわち党国体制の根幹部分がどのように解体されていったかなどは、選挙と改憲の過程を軸とした「展開過程」を見ても判然としない部分が残る。理想を言えば、「初期条件」で提示された様々な要因がどのような因果関係を構成していったかを、「展開過程」においても追跡すべきであった。

第3点は、本書の提示したアイデンティティ・ポリティクスという枠組みの有効性・持続性である。たとえば、かつて1990年代にそうであったように、今後中国が台湾に対して武力による威嚇を強化し、米国が台湾支援を強めるという局面が出現すれば、台湾のアイデンティティ・ポリティクスは再度盛り上がりを見せる可能性が高まる。しかし、中国が穏健な対台湾政策を続け、中台関係が改善・安定化した状態が長期化し、米国の対台湾関与が後退し、関心を失った場合何が起こるだろうか。かつて戦後日本政治では、長期にわたって左右の不毛なイデオロギー対立が続いたが、冷戦の終結、グローバリゼーション、世代交代などの要因により、それは決定的な役割を果たさない程度まで小さくなった。台湾では、台湾アイデンティティが普遍化することで、一度は族群化した人々がかえって「脱族群化」し、アイデンティティ・ポリティクスが相対的な重要性を失う可能性はないであろうか。あるいは中国が強大化するが故に、そして選挙という競争システムが存続する限り、台湾のアイデンティティ・ポリティクスは最重要な現象であり続けるのであろうか。もとより、こうした問題関心は本書の扱う範囲を超えるかもしれないが、著者の見解を知りたいと思うのは評者だけではないであろう。

4.おわりに

本書は、台湾政治研究を志す際の必読書であると同時に、東アジアの比較政治研究、国際関係研究においても極めて重要な参考書である。日本や米国では本書の水準に達する台湾政治論は他に存在しない。中国では台湾問題に関する政治的制約が強すぎるし、台湾では、SSCI(Social Science Citation Index)やTSSCI(Taiwan Social Science Citation Index)に登録されている学術誌に論文を掲載することが研究者の採用や昇進の基準となっており、長編の研究書が刊行されにくい環境にある(松田[2009]3)。したがって、前述したように本書のように重厚な研究成果は、しばらく出ないはずである。

日本では、政治外交史の伝統が他国よりも強いため、公開された史料に基づく実証的な、言い換えるなら狭い範囲の研究が増えてきている。著者はそのことを必ずしも非とはしていないものの、「しっかりとした柱を立て、しかも、日本の植民地統治の崩壊からそれ以後の権威主義体制下で台湾の人々がどのような空間をどのように生きてきたのかを常に思いめぐらす、柔軟でオープンな想像力が求められる」(457頁)と指摘している。これは、ともすれば、細かい実証研究に埋没しがちな中堅・若手研究者に向けた著者からの激励のメッセージであろう。

【参考文献】
若林正丈[1983]『台湾抗日運動史研究』研文出版(増補版は2001年)
若林正丈[1992]『台湾―分裂国家と民主化―』東京大学出版会
松田康博[2009]「台湾政治研究はどこから来て、どこへ向かうか?―これまでの10年、これからの10年―」『日本台湾学会報』(第11号、2009年5月)



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