タイプ
その他
プロジェクト
日付
2009/8/17

【書評】『ウェストファリア条約 その実像と神話』明石欽司著

評者:君塚直隆(神奈川県立外語短期大学教授)


2010年代へと突入しようとしている昨今の国際政治は、米ソ冷戦の終結から20年の時を経ようとしているが、相変わらず混沌とした状況が続いている。その国際政治の枠組や、現代の世界に見られる主権国家間の関係が始まった出発点とされる出来事、それが17世紀前半にヨーロッパの中央部で繰り広げられた三十年戦争(1618~48年)であり、その講和のためのウェストファリア条約であった。この条約を契機に、それまで皇帝の権限が強かった神聖ローマ帝国内の各領邦の君主たちに近代的な意味での「主権」の基盤が与えられ、これ以後、ヨーロッパには各々に領域的な最高性を帯びた「主権国家」が誕生するとともに、それら対等な国同士の「国際関係」も築かれていったとされてきた。

しかし、これは真実なのであろうか? 本書は、国際法学者としての視点からこの問題に取り組んだ、著者の四半世紀にわたる研究の集大成である。結論を先取りして述べてしまえば、1648年に大小150に及ぶ領邦や共同体から派遣された代表者によって締結されたウェストファリア条約は、新たな制度や慣習を築いた出発点ではなく、それまでの制度や体制を整理・条文化したものにすぎなかった。本書の内容は以下のとおりである。

【本書の構成と概要】

序 論
第一部 ウェストファリア条約の全体像
 第一章 ウェストファリア講和会議及び条約の概要と「当事者」
 第二章 ウェストファリア条約における皇帝及び帝国の「対外的」関係
 第三章 ウェストファリア条約における帝国等族の法的地位
 第四章 ウェストファリア条約における「都市」関連規定を巡る諸問題
 第五章 ウェストファリア条約における宗教問題の解決
第二部 ウェストファリア条約以後の帝国と欧州国際関係、そして「神話」
 第一章 ウェストファリア条約の批准及び実施について
 第二章 ウェストファリア条約締結以降の帝国
 第三章 一六四八年以降の諸条約におけるウェストファリア条約
 第四章 国際法学説における「ウェストファリア神話」の形成
結 論


本書は大きく二部構成からなる。第一部では、ウェストファリア条約の内容を、原典のラテン語やドイツ語に基づいて読み解き、これが近代的な国家形成の始まりではなかったことが明らかにされる。そして第二部では、それではなぜそのような現実とは乖離した、ウェストファリアを近代の出発点とする概念が生まれたのかが、主にはヨーロッパ国際法理論の系譜をたどることから明らかにされる。

まず序論では、近代国際法・近代主権国家間関係が、ウェストファリア条約から始まったとされる「ウェストファリア神話」を批判的に検討するという目的が示されている。

第一部の第一章では、1644~48年にオスナブリュック(帝国とスウェーデンの講和)とミュンスター(帝国とフランスの講和)で開催された会議の出席者や交渉の形態、締結された条約の概要が紹介される。第二章では、スウェーデン、フランスの双方と結ばれた条約の違い(スウェーデン女王には帝国等族の地位が認められたが、フランス国王には認められなかった等)が指摘されるとともに、この条約で正式に認められたとされるスイスとオランダの「独立」の違いについても強調される。オランダの独立は「最高性」という近代的主権観念に近い要素が含まれていたのに対して、スイスのそれは帝国との紐帯を維持したうえでの自由や免除であり、近代国際法理論でいう「独立」観念とは異なるとする。

第三章では、のちに「ウェストファリア神話」の根幹となった、帝国等族に付与された、同盟権(同盟条約を締結する権利)、同意権(皇帝は帝国議会での同意を得てから政策を遂行する)、領域権(自己の領邦内での最高性)について詳細な再検討が試みられている。著者によれば、これら三つの権限はウェストファリア条約以前からすでに帝国等族に付与されていたものであり、領域権にしてもあくまで帝国の国制に基づく権限であった。また、この条約で神聖ローマ帝国が形骸化したと考えるのも精確ではなく、その証拠に16世紀初頭から帝国を効率的に防衛していくシステムとして導入された帝国クライス制度(帝国を複数の地域<クライス>)に分割し、当該地域の帝国等族により構成される協同組織に一定の帝国事務執行の権能を委ねる制度)は条約以後も効果的に存続したのである。

第四章では、本条約により帝国議会での議決権を認められた自由帝国都市の存在と中世以来の都市同盟「ハンザ」が条約に名を連ねていることからも、この当時は国際的な活動主体が国家に一元化されず、多様な活動主体間での「非対称な関係」のなかで条約が結ばれるという状態が続いたことが明らかとされる。そして、第五章では、「最後の宗教戦争」とも呼ばれる三十年戦争の帰結として、本条約では限定的な信仰の自由を認めつつも、領邦内の公式宗教は様々な制約の下で領主に決定権を帰属させるという妥協的な解決方法が確立されたことが指摘される。特に条約当事者は自領内の宗教的少数派を迫害しないとの同意のおかげで、領域権の絶対性を放棄したことを意味していたとの指摘は興味深い。

第一部における以上の考察を踏まえ、続く第二部では、?ウェストファリア条約はなぜ、どのようにして「神話」とされるほどの地位を得て、?近代国際法の理論に従って説明可能な近代国家及び近代国家系はいつ確立したのか、が検討される。とりわけ第三章では、1648年以降にヨーロッパで締結された条約の中で「ウェストファリア条約」はどのような位置づけを与えられていたのかを、18世紀初頭のユトレヒト条約(1713年)まで詳細に検討し、本条約は帝国の基本法ではあったかもしれないが、「欧州の平穏の基礎」でもなければ、「欧州の基本法」でもなく、欧州国家間関係を生みだす要素にもなっていなかったと結論づける。そして第四章では、そのような「神話」が形成されていった過程を、17~19世紀の国際法理論の系譜を紐解くことから検討し、18世紀末にコッホ(『講和条約略史』1796-97年)が欧州における「近代政治の淵源」、西欧国家間の諸条約にとっての「基本条約」としてウェストファリア条約を位置づけ、これに影響を受けて19世紀半ばにアメリカの法学者ホィートンの『欧州国際法史』(1841年)によって「欧州公法の基礎」として位置づけられ、それまで18世紀のあいだに醸成されていた知的土壌の上で、これが「神話」形成の決定的な契機となったとする。すなわち、「ウェストファリア神話」は、19世紀中葉のホィートン以降、急速かつ後半に受容されていったが、これは現在の観念を過去に投影し、それにより過去を理解しようとする、国際法による誤った歴史研究であったと結論づけられるのである。その意味でも、本書の最後の一文は極めて意味深長である。「ウェストファリア神話は誤謬である。そして、その『神話』は人間の知的怠惰を示す数多くの事例の一つでしかない。そのような怠惰に安住し、或いは抗いながらもそこから脱出できない。それが人間という存在なのであろうか。」

【本書の評価と今後の展望】

以上が、本書の大まかな概要である。本文と註だけで550頁にも及ぶ大著であるため、紹介できなかった部分も多いが、本書はウェストファリア条約とそれが近代主権国家形成の契機となったとする「神話」に国際法の手法を用いて正面から臨んだ大作であり、これまでの条約に対する理解や「神話」が誤りであったことを実証することにかなりの成功を収めた、この分野の著作の決定版と言っても過言ではないであろう。本書での考察からも明らかなとおり、この「神話」は19世紀半ばのイギリスで形成され、この国が大英帝国などと呼ばれるようになった時代に迎合するかたちで、その後の世界大での国際法研究、さらには20世紀半ばから英米の研究者を中心に本格的に築かれていった国際政治学研究のなかで定着していったのである。その研究者の多くが、ラテン語やドイツ語で書かれた条約の原典には当たらずに、条文の微妙な言い回しや17世紀半ば当時の神聖ローマ帝国の実態にもあまり気を遣わず、ウェストファリア条約により近代主権国家とその関係史が開始したと唱えるようになった。本書はこうした現状に一石を投じてくれただけではなく、本書の登場により、今後は国際政治学の世界においても「ウェストファリア体制」などという用語を軽々に使用することには慎重になる風潮が生みだされることを期待したい。

最後に、近現代のイギリスを中心としたヨーロッパ国際政治史を研究する評者の立場から、若干の提言を行っておきたい。

まずは、「ウェストファリア」が「神話」であったことは、本書の考察により明らかにされたものの、その「神話」の受容者・伝播者は誰だったのか。それは条約が締結された時代やそれ以後のヨーロッパに生きた王侯貴族や市井の人々ではなく、のちの時代に国際法や国際政治学を論ずる「研究者」に限られたことではなかったか。すなわちこの「神話」はあくまで机上の理論であって、この条約で改めてその存在意義が確認された神聖ローマ帝国の枠内外でこれに動揺を与えた、ルイ14世、フリードリヒ2世、そして帝国を崩壊に追いやったナポレオン1世は、「ウェストファリア」をどのように意識していたのであろうか。さらには、「長い18世紀(1688~1815年)」と昨今の西洋史学で定義づけられている、戦争の世紀としてのヨーロッパの18世紀が終わり、新たな平和の時代の構築をめざした、メッテルニヒやパーマストン、ビスマルクといった国際政治の「実践者」にとって、はたして「ウェストファリア」とは何だったのかを多角的に捉えていく必要があろう。さらに、「会議外交」という視点から見れば、1648年に幕を閉じたウェストファリア講和会議は、それまでのヨーロッパでは見られなかった長期の交渉期間と規模を有する会議であり、これ以降、王侯間の席次や外交慣行・儀礼が定着していった事実を鑑みれば、「ウェストファリア」に秘められていた要素にも、あながち現状の維持やそれまでの慣行の条文化だけでは済まされない、画期的な側面が見いだされるのではないか。

本書はその意味でも、17世紀半ば以降のヨーロッパ国際政治史、さらには19世紀後半からの世界規模での国際政治史を再検討するための、極めて重要な出発点になってくれていると思えるのである。


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