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【書評】『冷戦史の再検討―変容する秩序と冷戦の終焉』菅英輝編著(法政大学出版局、2010年)

March 1, 2010

評者:水本義彦(二松学舎大学専任講師)

冷戦終結から20年が経過し、近年の冷戦史研究の中心は、1960年代から70年代にかけての、国際政治の多様化・緊張緩和(デタント)期へと移行してきている。本書も上記期間の冷戦の変容に着目する論考を中心に編集されており、いずれも関係各国の政府史料を丹念に渉猟した国際的水準の実証研究である。

本書の構成は以下の通りである。

序章 変容する秩序と冷戦の終焉(菅英輝)
■第1部 アメリカの戦争と「自由主義的」秩序の変質
第1章 安全保障か自由か?(ロバート・マクマン)
第2章 ヴェトナムにおける国家建設の試み(松岡完)
■第2部 デタントと同盟関係の変容
第3章 ヨーロッパの冷戦と「二重の封じ込め」(倉科一希)
第4章 ヴェトナム戦争と英米関係(森聡)
第5章 1970年代のデタントとイギリス外交(橋口豊)
第6章 米韓合同軍司令部の設置(我部政明)
■第3部 東アジアにおける冷戦と冷戦秩序の変容
第7章 アメリカと中国内戦(松村史紀)
第8章 深まる中ソ対立と世界秩序(チャン・ツアイ)
第9章 中ソ対立とその米中関係への影響(イリヤ・ガイドゥク)
第10章 米中和解と日米関係(菅英輝)

ソ連・東欧共産圏ブロックの解体を目撃したわれわれは、とかく冷戦期における共産主義イデオロギーの変容と終焉に目を奪われがちである。ところが、共産主義世界との対峙において、戦後アメリカの自由主義的価値や秩序も大きく変質を遂げていた、という点に第1部所収の二本の論文は注意を喚起する。第1章は、朝鮮戦争を一大転換点に、アメリカ社会が軍事的安全保障を国内の政治的・経済的自由に優先させる「安全保障国家」へと変容する過程を描く。第2章も、ケネディ政権の対南ヴェトナム政策を事例に、一般人民の支持を得ない独裁政権を下支えすることで、アメリカが自由民主主義国家としての威信を自ら切り崩していく様を描き出している。冷戦期アメリカの政策決定者は、リベラルな諸原則が安全保障上の要請と抵触するとき、「つねにリベラルな諸原則に対する支持を弱め」るか、それを「完全に放棄」したと、マクマンは結論付ける。こうした視点は、戦後アメリカの第三世界への介入や、アメリカとその非民主的政体の同盟国との関係を分析するときに幅広く適用できるものである。

続く第2部は、主にデタント期におけるアメリカと西側同盟諸国(西ドイツ、イギリス、韓国)との同盟内政治の展開を論じる。各論文を個別に紹介する余裕はないが、評者には、次の二点が第2部の論点として興味深かった。第一に、いずれの論文も、アメリカの外交政策決定過程に及ぼした同盟諸国の影響力を重視している。ここで描きだされる西側同盟関係のイメージは、アメリカによる一方的な支配ではなく、同盟国の要求・説得・異議申し立てなどを比較的柔軟にとりこむ、弾力のあるアメリカの覇権秩序である。第四章で指摘されているように、軍事大国アメリカといえども、西側の結束のためには、「同盟国の働きかけを無視できるほどの政治的自律性」を保持していなかったのである。

第二に、デタントとの関連で言えば、西側同盟諸国はデタントの「推進」と「抑制」の両面の機能を果たしていたという点である。第4章がヴェトナム和平に向けてのウィルソン英政権の調停努力を描いているのに対し、第3章は、自らにとって不都合な形式で第二次ベルリン危機の外交的解決を図ろうとするアイゼンハワー米政権に対するアデナウアー西独政権の反発を描き、また第5章は、ヒース英政権がデタントを米ソの「覇権システム」と理解し、その「排他性」に警戒心を抱いていたことを指摘している。結局、これらのことは、アメリカの同盟諸国にとって、米ソ関係が緊密すぎるのも、対立して緊張が高まるのも、どちらにも都合の悪い側面があったことを意味している。

第3部は、中国内戦におけるアメリカの調停工作の過程を考察した第6章に続き、中ソ対立と米中和解、またその影響としての日米関係の再編を描いた、相互に関連する三本の論文で構成されている。これらの論文が強調するのは、アジア冷戦の変容における中ソ対立の決定的なインパクトである。ヨーロッパのデタントは、フランスや西ドイツの共産主義諸国への接近による蓄積された外交努力の産物という側面があるのに対し、アジアにおける米中和解は、東西両陣営からの積極的アプローチというよりも、共産圏内部の対立によって開かれた機会を戦術的に利用したという側面が強い。また、第10章が指摘するように、中ソ対立の意義は、それによって米中和解が可能になっただけでなく、「体制選択」問題としての冷戦対立の特徴を希薄化させたという意味においても、きわめて重要な世界史的意味を持つものであった。

本書を手にした読者は、おそらく評者と同じく、本研究の続編の刊行を期待するだろう。個人的に評者は、米ソデタント・米中和解・中ソ対立などの「大国間ゲーム」の及ぼした第三世界(南アジア、中東、アフリカなど)への影響と、これら冷戦の「周辺部」からの大国政治への反作用などに関する研究を是非とも読んでみたくなった。大国主導の冷戦の変容とともに、第三世界での革命、内戦、地域紛争などに由来する冷戦の変質も今後の大きな研究テーマとなるだろう。

本書は、序章で編者が問いかける日本における冷戦史研究のさらなる発展に対し多大な貢献を行ったものであり、戦後国際政治の動向に関心を持つ者であれば誰しも知的刺激と示唆を得られる研究である。

    • 二松学舎大学専任講師
    • 水本 義彦
    • 水本 義彦

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