タイプ
その他
日付
2007/11/14

第2弾「札幌八行」(硬粒種とうもろこし)(3/5)


2.どうやって作られているのか(生産・種の状況)


 うかがった及川農園の経営の主軸は、肉牛30頭(黒毛和牛)の繁殖(子牛を産ませ、育てる)で、以前は肥育(肉質を整え、出荷する)まで行っていた。昭和54年に電力会社の技術職についていた及川さんは、「牛が大好きで、生まれ故郷も農業も大好きだから」と就農。20ヘクタールの土地を受け継ぎ、畑作として麦も作っていた。翌年には周りの山林約60ヘクタールを購入し、現在80ヘクタールの土地を所有している。

 現在、及川さんは5.5へクタールの土地に札幌八行を栽培し、種を自家採種している。農業者の経営作物としてとうもろこし「札幌八行」を導入し、これだけの面積を作付けしているのは及川農園だけと言っても過言ではないだろう。

 5.5ヘクタールの面積を及川さんひとりが管理できるのは、それらの土地を幾つかに区切り、時期をずらして栽培しているためで管理する期間は長くても一度に見る面積はそう大きくないことにある。また、収穫し終えた畑には飼っている牛たちを放ち、茎や葉を餌にして後片付けの手間を上手に省いているのだ。牛たちが出す糞尿も、藁や木屑を混ぜて完全に堆肥化し、それぞれの畑に惜しみなく投入する。そうして5年程経つと土となじんで、肥料を必要としない豊かな土壌が出来上がるのである。そこには素晴らしい循環サイクルも確立されていたのだ。

 「札幌八行」を作り始めたきっかけは、及川さんと奥さんが昔から大好きでずっと食べたかったという心情的な理由が一番大きいそうだが、もう一つの要因としては、肉牛繁殖を続けるための収入源を確保するためなのだという。種付け、繁殖期間の長さや出産時の事故など、肉牛の経営には様々なリスクが考えられるため、ある程度の運転資金が必要になる。及川さんは昭和54~62年までは冬場には山の木を切り出す造材の仕事をして200~300万ほどを稼ぎ、そのお金を当時肉牛100頭の繁殖と肥育の資金に回していたという。しかし山仕事は身体が辛いため、年々年を重ね、体力も落ちていくことを考えると、今後も変わらず続けていくことは困難だと判断した及川さんは別の仕事を模索。そして「誰も真似できないような作物を作ろう」と考え続け、平成に入ってから「札幌八行」を植え始めたのである。

 とはいえ、ここまでの道程は厳しく、一昨年までは生産量の約3~4割は熊や鹿などの餌と化していた。今年は電気牧柵を使うなどしてその被害は1割程度まで抑えられたが、春先の干ばつで一層発芽が揃わず一気に熟してしまったので、適期に収穫できなかったものは実に5,000本を超えたのだという。手間の割にはロスが多いが、試行錯誤しながら毎年収穫量を増やして生産している。


 また、及川さんの取り組みに触発され、「北海道の開拓時代から続く種を守りたい」「懐かしい味を楽しみたい」と、数人の農業者が栽培を始めたり、「地域に昔からある種を絶やさない」ということで、岩見沢の「ふれあいの郷」のメンバーが少量ずつではあるが栽培を続けて、市のイベントなどで販売している。