タイプ
その他
日付
2007/11/28

第3弾「焼畑のカブ」(2/5)


また、鹿児島県歴史資料センターの川野和昭氏によれば、熊本の五木村など九州には、竹の再生力を利用した焼畑が残っているが、その場合は十年くらいの周期だという。
いずれにせよ、日本に残るはわずかになった焼畑は、近年、森林破壊の原因として目の仇にされる、焼いて土力が落ちれば別の場所に移動する荒っぽい焼畑とは異質なもので、山を育てながら続けていく、気の長い農林業なのである。

その古来の焼畑のよさを、その価値が再発見されていなかった昭和50年代から説いてまわっていた京都短大の荻大陸氏は、96年、山北で開かれた「第一回焼畑シンポジウム」の席で「大分県の日田林業であれ、奈良の吉野林業であれ、千葉の山武林業であれですね、すべて焼畑から立ち上がってきている」と述べ、世界的にも、世界食糧機構FAOなどが、森を育てながら食糧を作るアグロ・フォレストリー(森林農業 あるいは農林生産複合)のひとつのあり方として脚光を浴びていると強調している。

では、なぜ、私たちの先祖は焼畑をしたのだろう。
それは、まず、火で雑菌や害虫を焼き殺すことができるからである。そのことで、農薬も除草剤も手間もいらずに作物が育つ。そして生まれた灰には、カリウムなどミネラルが豊富だから、肥料も、水さえも要らない。山焼きの作業は大変な力仕事だし、チームワークがよくなければ山火事の危険さえつきまとうが、それだけでなく、栄養価も高い。同じく荻さんによれば、ビタミンCは、カブで七倍も多いという結果もある(国立栄養研究所調べ)。焼畑では、そば、雑穀、カブ、葛など様々なものが栽培されるが、どれにも共通している点である。そして、何より途絶えずに守られてきた最大の理由は、そのおいしさである。山熊田のカブを作る人たちが口を揃えて言うには、「焼畑のカブは、色もようでるし、しゃきっと触感もよく、おいしい」のだ。

山熊田など各地の焼畑の残る地に何度も足を運び、福島県の実家では弟が焼畑を続けているという民俗学者の結城登美雄氏は、こう言う。「やれ、環境に悪いとか、でなければ、無農薬だからこれからの農法だとか、いろいろ言う人がいるけれど、この集落でわかっているだけでも300年くらいずっと続いてきたシステムだってことです。それが、持続可能ってことのなによりの証明じゃないかね。」
持続可能な暮らしのヒントを、遠い異国の例にばかり頼るのではなく、焼畑という足元に残る食文化の中に探ってみる方が、ずっと具体的ではないだろうか。