タイプ
その他
日付
2008/1/8

第6弾「ゆうこう」(1/5)


「食のたからもの取材レポート」第6弾は、「ゆうこう」のレポートをお届けします。日本では、ユズやその近縁と考えられる香酸カンキツ(レモンのように主に調理用に利用されるカンキツ)の在来種が、屋敷の庭木の1つなどとして古くから各地で自給的に栽培され、酢の物や香り付け、薬味などとして食文化に彩を加えてきました。「ゆうこう」は、近年、長崎市土井首地区と外海地区などに伝わる独自の在来種であることが確認された品種で、日本の香酸カンキツが元来持っている様々な特徴を受け継いでいます。自給的な食材の大切さや現代の暮らしを見直す上で私たちに多くの示唆を与える「ゆうこう」とその再生の取り組みについて、料理研究家の黒川陽子氏が取材しました。


――――― <目次> ――――――
1.なぜ、たからものなのか
2.どうやって作られているのか
3.どんなところで作られているのか?
4.どこで味わい、買うことができるのか

5.「香酸カンキツ」文化マップ/「食のたからもの」人物ファイル

――――――――――――――――

■English Version→  The Yuko, a Native Japanese Citrus

1.なぜ、たからものなのか



歴史的背景




香酸カンキツとは、レモンやライムのように、カンキツ類の中で酸含有量が多く優れた香気を有し、主に調理用に利用されるものを指す。日本において、最も代表的なのはユズである。原産地は中国とされるが、かなり古くから日本に渡来し、奈良・平安時代には既に植えられていたという。日本には、ユズの他、ユズの近縁と考えられる地域独自の品種が多く発生し、世界的にみても独特の香酸カンキツが発達している。徳島県のスダチ、大分県のカボスなど地域在来の香酸カンキツが西日本を中心に古くから栽培され、酢の物や香り付け、薬味などに利用されてきた(*1)。「ゆうこう」は、最近になって「再発見」された在来香酸カンキツの一つである。

「ゆうこう」の外見は、ユズやカボスに似ており、熟すと外皮も果肉もレモンのような鮮やかな黄色になる。丸みのある酸味と水分、種が多く、日向夏と同じように果皮の白い部分も食べられ、成熟果の果皮にはザボンまたはユズに似た甘い香りがする(*2)。

来歴はいまだに不詳で、一説にはユズやザボンなどの自然交配で偶発したものと言われている。実生で無性繁殖する多胚性という特性のため、樹齢100年を超える「ゆうこう」の実生樹が複数本現存しており、江戸後期から明治初期には、すでにあったのではないかと考えられている(*3)。

「ゆうこう」は、長崎県長崎市の土井首(どいのくび)地区と外海(そとめ)地区などで実生している。2つの地域は、江戸時代、同じ佐賀領だったという共通点があるが、20km近く離れていて、それぞれ独自に発展してきたとされている。その他土井首の周辺地区でも「ゆうこう」の存在が確認されている。また、同じ佐賀領で、現在、佐賀県唐津市馬渡島(まだらじま)にも、野生化した「ゆうこう」が確認されている。土井首地区のうち深堀の南部の大籠地区や小ケ倉の大山という、山奥に隠れキリシタンの集落があり、ここは、外海地区から逃れて住み着いたもので、馬渡島も外海地区の隠れキリシタンが移住した地区だが、外海地区の隠れキリシタンが多く住みついた五島にゆうこうの生息は確認できていないので、決定的な因果関係は確認できない。土井首地区と外海地区のどちらが原木なのかもまだ、未確認である。

土井首地区では、ざぼんや夏みかんなどの他のカンキツ類と一緒に屋敷の敷地や畑に植えられ、自給的に利用されていたが、その他、道端などあちらこちらに「ゆうこう」がみられるのは、鳥が種を運ぶなどして実生していったと地元では考えられている。

外海地区でも、やはり自給的に使われていた。また、キリスト教徒が多く住むこの地区では、隠れキリシタンを含むキリスト教との関連が深いことが推測されており、村人たちの貧困を見かねて、その暮らしの向上に尽くしたフランス人宣教師ド・ロ神父(1840年~1914年)が広めたと考えている人もいる。  

「ゆうこう」は、どちらの地域でも、酢の物や鰯などの青魚の調味料、子供のおやつや飲み物代わり、お風呂に浮かべたり、風邪をひいたときなどの薬の代わりとして愛用されてきた。長崎では、香酸カンキツと言えば、ダイダイやユズが一般的だが(*4)、2つの地域では、風味が柔らかく食材の味を引き立たせる、「ゆうこう」が一番使いよいとされ、ダイダイの導入以前から「ゆうこう」があったと言われている。

しかし、1960年代に入り、第1に、温州みかんの導入・産地化に伴い、交雑が恐れられたこと、第2に、手軽に購入・利用できる酢などの調味料が普及したこと、第3に、野菜用の畑を増反するのに邪魔となったこと、第4に、樹勢が強く高木となり、実が採取しにくいことなどから、「ゆうこう」は急速に地域から姿を消していった。土井首地区では、都市化・宅地化の進展がその衰退に拍車をかけた。

こうして、「ゆうこう」が絶滅の危機に瀕する中で、2001年に当時長崎市役所土井首支所長兼地区公民館長であった川上正徳氏がその存在を知り、長崎県果樹試験場などと連携して調査が実施されたのをきっかけに、2つの地域を中心に「ゆうこう」を守り、再生する取り組みがはじまった。

現在、再生に取り組む人たちは、いずれも、「「ゆうこう」は、地域にあたり前に実生し、自給的に使われているものだったので、その大切さに気づかなかった。しかし、絶滅の危機に瀕してはじめて、地域の食文化や生活、歴史を特徴づけるものであり、なくてはならないものであることがわかった。」と語っている。

今日の日本において、地域の食文化や生活において大切ではあるが、自給的な性格が強いため、生産性や経済性が重視されるようになるにつれ、衰退、さらには、絶滅の危機に直面している食材は少なくない。特に、元来、屋敷の庭木などとして植えられ、調味料や薬味として自給的に利用されてきた香酸カンキツは、そうした傾向が強いといえるが、自給的な食材の大切さや現代の暮らしの中での見直しを考える上で、「ゆうこう」とその再生の取り組みは、私たちに多くの示唆を与えてくれる。


● 他の香酸カンキツとの比較ゆず・ユコウ・ゆうこうの栽培される香酸カンキツの果実形質比較
「ゆうこう」とよく比較されるものを選抜)


(上からユズ、ゆうこう、ユコウ)
                 
(提供:独立行政法人果樹研究所・根角博久氏)

「ゆうこう」という名前から、徳島県で栽培されているユズの近縁種で、果汁を食酢として利用する香酸カンキツ“ユコウ”と間違えられることがあるが、果実外観、果皮、果肉、種子の形質から、形態学的にも成分的にも異なることが、独立行政法人果樹研究所の根角博久氏らにより明らかにされた。(*5)これにより「ゆうこう」は、長崎の2地域ではじめて確認された「新種」として紹介された。


<参考文献>
(*1)独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構編『最新農業技術事典』農山漁村文化協会(2006)
(*2)根角博久、川上正徳、高見寿隆「長崎周辺の特定地域に分布する香酸カンキツ“ゆうこう”」『園芸学会雑誌』第73巻別冊2、p.293(2004)       
(*3)根角博久「ゆうこう探訪(2話)「ゆうこう」の古木分布の謎」長崎県果樹試験場『かつらぎ通信』No.3(2005)
(*4)日本の食生活全集編集委員会編『日本の食生活全集 42 長崎』(1985)
農山漁村文化協会および根角博久編著『聞き書長崎の食事』(2005)
ゆうこう探訪(1話)「「ゆうこう」は「ゆうこう」たい」長崎県果樹試験場『かつらぎ通信』No.2
川上正徳「長崎学と「ゆうこう」」『純心博物館だより』No.23、p.10(2005)
(*5)徳嶋知則、林田誠剛、小川一紀、根角博久「香酸カンキツ‘ゆうこう'の果皮および果汁中のフラボノイド」『園芸学会雑誌』第73巻別冊2、p.397(2004)