タイプ
その他
日付
2008/1/22

第7弾「アサクサノリ」(1/5)




「食のたからもの取材レポート」第7弾は「アサクサ海苔」のレポートをお届けします。海苔と言えばすぐに「アサクサ海苔」と連想してしまうほど、知名度が高いにもかかわらず、現在流通している海苔のほとんどはスサビノリ。大量生産、価格競争の時代にあって、手摘み、手漉き、天日干しといった日本の伝統的技術は過去のものになりつつあります。今や幻の品種と言われるアサクサ海苔を求め、「食の学校」を主催する塩川恭子氏が、鹿児島県出水市の福江浜に取材しました。


――――― <目次> ――――――
1.なぜ、たからものなのか
2.どうやって作られているのか
3.どこに残っているのか
4.どこで味わい、買うことができるのか/5.人物ファイル
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■English Version→  Asakusa Nori



プロローグ

海苔の食文化を持つのは世界中で日本、韓国、中国の一部だけである。おむすび、巻き寿司、お茶漬け。もの心つくころから身近にあった食材だ。海苔を知らない欧米人はかつて、「日本人はブラックペーパー(黒い紙)を食べる!」と驚いたそうだが、今は海から生まれた健康食品として注目されている。アメリカのナチュラル系スーパーマーケットでは定番として棚に並ぶようになった。日本では家庭での手づくりからコンビニやスーパーの目玉商品として急伸したおむすびや巻き寿司。家庭での消費量が減る一方なのに海苔の生産量は年間100億枚を超えるといわれている。海苔といえば「アサクサ海苔」とすぐ連想されるように「アサクサ」は海苔の代名詞ともいえる知名度だ。だが、現在流通している海苔の品種はスサビノリという品種で、純粋のアサクサ種は皆無に等しいといっていい。
いつの頃からか、海苔がまずくなったと感じていた。色黒で艶はいいが香りがなく、口の中で何時までも残ってしまう。あぶると海の香りがし、ほの甘くサクッと口どけする昔の海苔。今や幻の品種といわれるアサクサノリを守る地域、人々を追った。

1.なぜ、たからものなのか


海苔の歴史、ルーツは




「海の雑草(キム)」韓国では海苔をそう呼ぶ。もともと海中の岩や小枝に胞子が着生して小さな植物に成長する。朝鮮植物誌(柴田書店)の著書、鄭大聲(チョン・デ・ソン)氏(朝鮮半島の食文化研究の第一人者)によると16世紀豊臣秀吉の「壬辰倭乱」のとき、日本へ持ち帰り、広島、やがて江戸へ渡った後、東京湾で養殖され有名になった。「浅草ノリ」のルーツは朝鮮半島ということになる。
日本における養殖技術は戦後画期的な進歩を遂げた。きっかけはイギリスの海藻学者ドリュー女史が昭和24年それまで不明とされていた海苔の生態を発見したことからだった。海苔の胞子が糸状体になって貝殻の中に入り込んで越夏するというこの発見、糸状体を培養していけば、地域、季節を問わず人工的にタネつけができるのだ。天然採苗に代わり、人工採苗技術が可能になり、海苔養殖が九州有明湾で爆発的に広がった。

 そして昭和40年、養殖網の冷凍保存技術の確立によって、さらなる収量拡大につながる。
海苔の収穫は「摘採」といって、お茶と同様に伸びた芽摘みである。新芽は柔らかいが、成長するにつれて硬くなる。自然に任せた成長では摘採時期が短く収量も少ない。

タネ付けして海中で3~4センチに成長した網を引き上げて冷凍保存しておく。この網を海中に戻すと仮死状態の芽が再び成長を始める。この冷凍保存技術開発によって摘採のタイミングが調整でき収穫期間が倍以上に延びたのである。


アサクサノリはなぜ消えたのか


 通常、海苔といえばアサクサノリに代表されるアマノリ類を指す。日本で摘れるアマノリは、とれたての生の藻体に甘い香りがあって柔らかく、噛むとかすかに甘味を感じるのでアマノリ(甘海苔)と呼ばれた。太平洋沿岸、瀬戸内、九州西北岸に分布している潮間帯の上層に生息する。特に河川水が流れ込む塩分の少ない河口部(汽水域)に繁茂していた。
 このアサクサ種は水温の変化や海水の汚染に非常に弱く、病気が発生しやすい。日本中に環境汚染が進むにつれて、アサクサノリは徐々に姿を消していったのである。
アサクサノリから海苔養殖の主役はスサビノリという品種に入れ替わった。原産は北海道西岸、東北沿岸。アサクサノリと較べるとやや硬く、味が少し落ちるが、色が黒く、ツヤもいい。多少の環境悪化でも漁期が長く、収穫量も多い。
現在日本で生産流通している海苔はほとんどスサビノリ。安く、早く、大量に、見かけが良くていい、固くて機械巻きでもくずれないという海苔の需要はコンビニエンスストアのおにぎり、弁当、回転寿司などの業務用が主である。かくて養殖現場は大型機械による大量生産、価格競争の時代に突入、味や質、手摘み、手漉き、天日干しといった日本の伝統的な技術は完全に過去のものになってしまった。,br>


海の農薬、酸処理とは



海苔は海の栄養分と太陽の恵みで育てられる。海苔漁場では、海岸の砂地に支柱を立て、生育に適した水位に網を張る。これを海苔ヒビといい、農地の畑でいうと、畦の役割を果たす。海苔養殖には干潮時に毎日数時間の干出(かんしゅつ)が必要になる。

この日光浴で栄養分が豊富で健康な海苔が育つ。海は時間で潮位が変わるので、毎日舟を出し、海苔ヒビの高さを調節しなければならない。この作業は生産者にとってかなりの手間だ。
また干出している間は成長が止まるので、生産量も上がらない。この手間を軽減し救ったのが、「酸処理」である。いわば海の農薬であるが、今やこれなくして海苔はできないとまで言われている。

この「酸処理」は偶然から始まった。ある人が飲みかけてこぼれたコカコーラが海苔網にかかった。するとそこだけ海苔養殖に厄介なアオサが消えたというのだ。酸は病原菌に強い。網を酸性の液に浸けることで、病気を防げる。また、手間のかかる干出の必要がなくなって、海水にずーっと浸けぱなしで生育が早くなる「浮き流し養殖法」も可能になった。
だが、この酸処理には問題があった。業界の申し合わせにより、使用する酸は有機酸に限る、使った酸は陸上に持ち帰り、中和させて処理をする、という約束事が守られなかったのだ。有機酸から安くて効き目の強い塩酸、硫酸、リン酸などの無機酸に替え、使用済みの酸液をそのまま海中に不法投棄する行為も続出した。その結果、海はどうなるのか――。

有明海沿岸で次々と導入されていった酸処理。福岡、熊本、佐賀も続いた。その中でスサビノリは酸処理にも強く、最後の摘採まで、黒くつやが残ったしっかりした海苔に育つ。アサクサノリは酸にも弱く、海の汚染に加えてスサビノリと酸処理の追い討ちがかかる。わずかに残ったアサクサノリもこうして消えつつある。