タイプ
その他
日付
2008/2/5

「第8弾」在来大豆(1/5)


「食のたからもの取材レポート」第8弾は「在来大豆」のレポートをお届けします。日本食の根幹ともいえる醤油や味噌の原料である大豆。実はその自給率はいまやカロリーベースで約5%しかありません。そうした中、日本各地にわずかに残る在来大豆を使って、自分の食べる大豆を自給しようという取り組みが、生産と加工の現場をつないで広がりを見せています。プロジェクト・リーダーの島村菜津氏が、千葉県の大豆農園、そして東京都の豆問屋と豆腐店に取材しました。


――――― <目次> ――――――
1.どうしてたからものなのか
2.若い活気を求める農村と、農的暮らしを求める都市の若者
3.大豆作りを始めた町の豆腐屋さん
4.人物紹介

5.都市住民と畑をつなく大豆トラストなど/6.地大豆を守る運動マップ
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■English Version→  Soybeans


1.どうしてたからものなのか



在来大豆がつなぐ都市と農村 大豆トラストの動き


近頃、日本食が、ふたたび世界に注目されようとしている。それは、日本人の長寿の秘密であり、健康的というのである。しかし、一方で、豆腐や煮豆、納豆、和の調味料の代表格としての醤油や味噌の原料でもある大豆を、カロリーベースで約5パーセントしか自給率に達していないという事実。これは私たちの日本食の形骸化であり、胸をはってメイド・イン・ジャパンと言えない現状を物語っている。

大豆が、中国から日本に伝わった時期は定かでないが、どんなに遅くとも1300年前には、栽培が始まっていたという。『古事記』(712年)に出てくる五穀とは、米、麦、小豆、粟、そして大豆だった。今も岩手県や岐阜県などでは味噌玉を作る文化が残っているが、戦前には日本中の農家の多くが、自ら育てた大豆で味噌を作っていた。単一品種だけを効率的に育てる農業に切り替わる60年代くらいまで、大豆を畦に植えるのは、窒素を固定する豆類によって連作障害を避ける農家の知恵でもあった。ところが、現在のように大豆の自給率が低落したのには、戦後、アメリカからの配給大豆が、当時の食生活を支えたという事情がある。戦後、全国に5万軒あったという豆腐屋を、この配給大豆が大いに支え、それが引き揚げ者の就職口にもなった。

しかし、輸入大豆は、そもそも油脂用の大豆で、食味がよくないという難点があった。近頃は、中国だけでなく、アメリカでもある程度、味のいい大豆が栽培されるようになったが、近年、また大きな負の要因がうまれた。GMO(Genetically Modified Organism遺伝子組み換え)大豆である。1994年、アメリカで最初の遺伝子組み換え大豆が認可されて以来、その生産量は恐るべき速さで増えている。もともと黒船のペリーが、日本から持ち帰ったという大豆は、今や、そのアメリカが世界最大の生産国となり、世界の生産量の4割以上を占め、そのうちGMO大豆は、国内作付面積の8割を超えたという。そして、その最大の輸入国が日本である。

しかもGMO大豆の安全性は、長期に渡る研究で証明されているわけでもなく、生態系への大きな負荷、人体への悪影響まで懸念されている。88年には、日系企業による遺伝子組み換えの健康食品、トリプトファン事件が発生、アメリカで30人以上が命を落としているが、これはその企業の作った遺伝子組み換えの健康食品の影響ではないかと疑われた。また2005年、ロシア化学アカデミーの研究者イリーナ・エルマコヴァのラットを使った実験によれば、ラウンドアップという農薬に耐性のある大豆を餌にしたラットの母親から生れた子どもに、高い死亡率と体重増加率の低下が見られたという報告もある。

にもかかわらず、日本では、国会でさえ一度も審議されたことがなく、混合率が5パーセント以下の食品に『遺伝子組み換えでない』という表示が許可されている。
こうした事情に危機感を抱いた市民の側からは、『遺伝子組み換え食品はいらない』などさまざまな運動組織が生れた。そして、また、まずは、おいしくて、本当に安心できる大豆の自給率を上げることが先決だというので、各地に大豆農家を応援する、あるいは自ら大豆を作ってみるという大豆トラスト運動が、今も広がりを見せている。
そんな中のひとつ、首都圏の若者たちに大豆を自分で育てようと説きながら、彼らと、近郊の大豆農家をつなぐ運動『大豆レボリューション』を紹介しよう。NPO法人『トージバ』が4年前から手がけた活動のひとつである。