タイプ
その他
日付
2008/3/25

第11弾「寒天」(2/5)


2.どうやって作られるのか



今回、訪れたのは、山岡町の三浦伸久さんが経営する『丸三寒天』。

(1)まず、寒天となる天草は国内産が中心。浜の漁師が、天草を10日ほど天日に晒し、乾燥させたものだ。青森県の大間、兵庫の淡路島、大分の蒲江、徳島、高知、千葉、知多と全国にまたがるが、潜水による採集や曳き網漁などの小規模な漁に依存しているため量は限られる。質は高いが、値も高い。近年の寒天ブームの影響で、伊豆産の天草などは、25キロで18000円から倍に跳ね上がり、業界では問屋が潰れるなどの被害も出た。しかし、天草は世界各地に生息しており、質も良いものも少なくない。そこで今では韓国、中国、モロッコ、インドネシア、南ア、チリなど各地から問屋を通じて天草が入る。但し、値の安いものは、混合物も多く、のり分が少なく、歩留まりが悪い。
山岡では、昔から各地の浜からの売り込みがあったため、どの家でも3~5種は混合する習慣がある。ちなみに三浦さんは、20種もの各地の天草の質を見極め、10種ほどをブレンドするが、これは稀。何よりも天草の質とブレンドの妙が、寒天の質を左右する。





(2)天草を水に浸す。海草の塩分、貝殻や土砂などの不純物をとるために、何度か水を入れ換えながら48時間ほど浸す。この作業を水浸という。

(3)水で洗浄。以前は河川の水を使っていたが、生活廃水などで汚染が進み、今では、地下100mから地下水をポンプで汲みだて、洗浄している。ドラム型の洗浄機が主流だが、三浦家の回水式の洗浄槽は、韓国見学にヒントを得て特注したオリジナル。その後、ドラム型の揉捻機でもむ。





(4)これを2階の窯場に運び、鋳鉄製の釜の水を沸騰させ、約1時間、煮熟。この時、硫酸を少量加えれば、約1~2時間で抽出できるが、そうでなければ、12時間かかる。また純白の寒天が好まれるため、この時、漂白剤も添加する生産者もいるが、三浦家では使わない。





(5)ナイロン布または、麻布のろ袋に汲み出し、コンクリート(または鉄)の重石をのせ、ダイフネ(台舟)と呼ばれる大きな槽に搾り出す。ろ袋に残った天草は田んぼの肥料、絞り滓は次の釜でふたたび煮込む。

(6)ポンプで槽から小舟と呼ばれる木箱に移し、室温で一昼夜かけて凝固させる。





(7)固まったものを、マンガと呼ばれるカッターで切ると、羊羹状の生天となる。硬くべっこう色のところてんである。これを小舟ごと戸外の乾燥場に運ぶ。夏には、三浦さんが米を作っている田んぼで、冬の間は天場と呼ぶ。30年ほど前までは、60キロの小舟を肩に担いで運んだそうだが、今では台車や滑車を使う。この生天を、相方が一本づつ、取り出しては、天筒に放ると、もう一人が、これを葦簾の上に突き出す。さらにもう一人が、突き出したそばから、同じ厚みになるように伸ばす。厚さが均等でなければ、乾きムラや腐れの原因になる。

(8)氷点下0度になった瞬間、鉈で氷を削り、寒天にふりかけることで、氷結を促し、質の高い寒天になる。これを凍て取りといい、日によっては、真夜中まで待つこともあるなど、天候に左右される上、しばれる中で作業は大変だ。凍て取りは、全体がまんべんなく凍るまで10分置きに3~5回、行う。





(9)そのまま天候に応じて5日から2週間ほど、夜は凍結し、昼は乾燥を繰り返すことで、水分が蒸発し、白い寒天が完成する。色が白くなってきたら、カガミといって、葦簾を日光に傾けてやることで、乾燥を進める。同時にカイテン(回転)といって裏返してやる。乾燥しない生天に雪が降りかかれば、箒でそっと表面を掃いてやり、乾燥した後に雨が降れば、ビニールシートで覆ってやる。





(10)干しあがった寒天は、二人がかりで器用にたわし状に結び上げる。これを、あげ天を作ると呼ぶそうだ。乾いた天草は軽く、一人が肩に抱えて倉庫に運ぶ。その後、乾燥ぐあいなどを見ながら選別し、梱包して出荷。





山村にあって釜からは、天草を煮る磯の香り、天突きの場面では、まるで小舟で沖へ漕ぎ出すかのような調子のいい音と職人たちの動きが、冬の田んぼに展開する。生天の容器を小舟と呼ぶのも、何だか合点がいく。そして、天然のフリーズドライと言えば、放っておいてもできるようだが、これほど人の手のかかった食文化は稀である。こと、冬の空の下、人知れず行われる凍て取りの作業は、寒天づくりの難儀さがひしひしと伝わるものであり、同時に、人と自然が織りなす寒天の神秘を垣間見たような美しい場面でもあった。