タイプ
その他
日付
2008/5/21

第15弾「フナ寿司」(2/5)


2.どこに残っているのか


高価な貴重品として珍重されるフナ寿司ではあるが、これは人間の食べ物であるだけでなく、そもそもは、農耕の民が神に捧げる供え物でもあった。その風習は、現代においても守られ、守山市の下新川神社では毎年5月5日に「すし切り祭」と呼ばれる祭が行われて、拝殿の前に作られた神事場にフナ寿司が捧げられる。同様に、草津市下寺町の天神社と天満宮でも「フナすし切り」の神事はあり、こちらはどちらも毎年1月9日にとり行われるという。

田の守り神であるとされたフナを、神からの恵みによる米に漬け込む。魚と米とが結びついたフナ寿司は神饌には最適のものとされ、その初物は、まずもって神に捧げられていたのだろう。

さて、琵琶湖をぐるりと一周してみると、その生産地は、県南部の大津市、守山市、湖東の彦根市、湖北の長浜市、湖西の高島市など、各エリアに点在しており、それぞれ微妙に異なる製造法でさまざまな個性の違いを見せている。

原料のニゴロフナの塩漬けは、産卵期である春に行われるが、その「春」の内容も大きな琵琶湖の南と北とでは、およそ1ヶ月以上の差がある。

年ごとに異なる気候にもよろうが、南部の大津市、守山市では、3月中旬にはフナ漁が始められ、4月下旬ともなれば塩漬けが終えられる場合が多い。

それに対し、湖北の長浜では、4月中旬では「まだフナは小さい」という理由で漁は始められておらず、4月末から5月上旬にかけてようやく漁が始まるといった具合である。

春に獲れた魚を醗酵させて、貯蔵し味わう。このような、なれ寿司の文化は琵琶湖周辺だけでなく、全国各地にも残っている。フナ寿司には、琵琶湖の淡水魚が原料として用いられるが、福井県にほど近い朽木地方は、海の塩が伝播された「塩の道」とサバが運ばれてきた「サバ街道」とが共に交わる土地であり、ここでは、サバのなれ寿司が伝統的に作られている。

ほかにも、全国各地には海の魚を用いたサンマのなれ寿司、さばのなれ寿司、川の魚を用いた鮎のなれ寿司など、さまざまな個性の多彩ななれ寿司が存在する。

甘い辛い、といった単純な味わいだけでなく、醗酵の経緯を経て、複雑に絡み合う旨み、酸味や臭み。醗酵食品同士としての酒との相性の良さ。より豊かになる栄養。

魚が貴重であった山間部のみならず、比較的、漁業が容易であり、新鮮な魚が入手できる沿岸部においても、このようななれ寿司の食文化が残っているということは、なれ寿司の「保存性」だけでなく、その風味そのものが好まれ、大切にされてきたことの証であるように思われる。