タイプ
その他
日付
2008/6/18

第17弾「短角牛」(1/5)


「食のたからもの取材レポート」第17弾は、短角牛をお届けします。
グルメの間でも人気のある短角牛は、荷物運送用として飼われていた南部牛をルーツにもち、地域の風土に合うよう品種改良を重ねて、昭和32年に日本固有の肉専用種として認定されました。しかし、牛肉輸入自由化によって生産が減少し、今では日本の肉用牛総頭数の1%にさえ満たない状況です。茂木和人氏(スローフード岩手事務局長)が岩手県岩泉町で現地調査を行いました。








――――――――――― <目次> ――――――――――――
1.なぜ、たからものなのか
2.どのように作られているのか
3.どこに残っているのか
4.どこで味わい、買うことができるのか / 5.マップ

6.人物ファイル / 7.食のたからもの参考文献

――――――――――――――――――――――――――――

■English Version→  Japanese Shorthorn Cattle

1.なぜ、たからものなのか


地域の風土が生んだ牛~食糧不足時代へ対応する放牧牛



グローバル化の進んだ社会は、世界の大きな流れに左右されやすい危うい社会でもある。その弊害はエネルギー・食糧の多くを海外に依存する今日の日本において、石油価格の高騰や食料品の相次ぐ値上げとなって現れている。日本の食糧自給率はカロリーベースで先進国中でも最低水準の39%しかないが、畜産において状況はより深刻である。

そもそも畜産の理念は、「人間の食糧と競合しない草資源から、人間の食糧となるタンパク質を得る」ことにある。しかし今日の畜産、こと肉牛生産においては、本来人間の食糧となる穀物を大量に与えており、しかもその大半を輸入穀物(主にトウモロコシ)に依存している。

日本にいる肉用牛の総頭数は約280万頭で、このうち肉用種肉用牛が174万頭、乳用種肉用牛が106万頭である(平成19年)。乳用種肉用牛とは、スーパーなどの店頭で見かける「国産牛」のことで、つまりホルスタイン種の牡牛や、ホルスタインとの交雑種(F1牛)のこと。これに対して肉用種肉用牛とは主に「和牛」を指す。和牛には、黒毛和種・褐毛和種・日本短角種・無角和種の4種類がある。

松阪牛、前沢牛、米沢牛、神戸牛、…これら全国に名を馳せるブランド牛はみな黒毛和種だ。黒毛和種の特徴は、口の中でとろけるように柔らかい“霜降り肉”にある。世界的に見ると、「霜降り肉信仰」は日本独自のもので、牛肉の流通過程においても霜降り(いわゆる“サシ”)具合によって格付け(取引価格)が評価されているほどである。より多くの“サシ”を入れるためには、高カロリーな穀物飼料を効率よく食べさせ、牛舎の中で運動を制限して育てることが必要で、ブランド牛肉は生産者や研究機関等の永年の努力の結晶でもある。そして現在飼養されている肉用種肉用牛の実に96%(167万頭)が黒毛和牛である。





一方、日本短角種(短角牛)は、肉用牛全体に占める割合が1%にも満たない希少な和牛だ。

短角牛のルーツは藩政時代に旧南部藩(今の岩手県、青森県、秋田県の一部)で飼われていた南部牛にある。南部牛は主に三陸沿岸の海産物や塩、鉄などを内陸に運び、内陸から米や酒、生活用品を運ぶ荷役牛だった。荷役用には、牛よりも敏捷な馬があるが、北上山地の急峻な山を越えるには、蹄が一つしかない馬では難しく、蹄が2つに割れている(偶蹄目)の南部牛が使われていた。

当時南部牛一頭が運ぶ荷駄は30貫(約113kg)が標準だったという。棟梁を先頭に7頭で一群(ひとたづな)が編成され、「塩の道」と呼ばれた小本街道では、3~4日の行程で三陸海岸から盛岡へ荷物が運ばれた。

「田舎なれども サーハーエ  南部の国はヨー  西も東も金の山 コラサンサエー」
と唄われる「南部牛追い唄」は山越えの道中唄い継がれてきた民謡である。

時は流れて、明治4年6月に岩手県岩泉町にアメリカからショートホーン種(短角種)が導入されると、南部牛との交配が行われるようになる。明治から昭和初期にかけては産業構造の変化や交通網の発達などから荷役牛の役割は減少し、南部牛は改良を重ねながら肉用牛へと変化していく。岩手県では昭和20年に「褐毛東北種」として登録されたが、昭和29年に東北地区で「日本短角種」と呼称を統一し、昭和32年に日本短角種登録協会が設立され、以来改良を重ねながら現在の「日本短角種」となっている。

日本短角種(短角牛)は、寒さに強く、放牧に適し、子育て上手が特徴である。黒毛和牛が脂肪分の多い“霜降り肉”になるのに対し、短角牛は低脂肪で滋味深い赤身肉になる。これは短角牛の遺伝的特徴と「夏山冬里方式」と呼ばれる飼養方法によるところが大きい。黒毛和牛と比較すると、穀物飼料への依存度が低く、牛の生態にあった飼養が可能で、これは北東北の厳しい自然条件と社会条件に適用するように、地域の人々によって長い年月をかけて作り上げられてきたものである。

平成3年の牛肉輸入自由化以降、日本短角種の生産は低迷を続けており、主産地岩手県でも肉用に出荷されるのは年間1,000頭を下回るほどに減少している。上記のように、日本短角種は地域固有の歴史や暮らしと深く結びついた食材であり、その低迷が地域社会に及ぼす影響は計り知れない。

牛は本来草食動物である。今後世界的な食糧不足の時代が予想される中で、人間の食糧となるべき穀物飼料への依存度が低く、草をたくさん食べて育つ日本短角種こそ、未来に伝えるべき食材であり、地域の財産であろう。