タイプ
その他
日付
2008/6/18

第17弾「短角牛」(3/5)


3.どんなところに残っているのか


短角牛発祥の地・岩手県岩泉町釜津田地区


日本短角種は旧南部藩(今の岩手県・青森県・秋田県の一部)で飼われていた南部牛を先祖に持つ。その南部牛がどこから来たのかは定かではない(一説にはロシアともモンゴルとも言われている。)が、藩政時代には15,000頭の南部牛が飼われていたという。その中心は今の岩手県北東部に位置する閉伊郡で、中でも北上山地の山深い岩泉町釜津田地区(当時は釜津田村)の「釜津田牛」が有名だった。

明治4年にアメリカからショートホーン種が導入され、南部牛との交雑が開始されたが、明治10年に開催された第1回内国勧業博覧会には「陸中国釜津田村産牡牛」が出品されている。同時に出品されていた旧南部藩の陸奥國北郡産牡牛の解説には次のような文面があり、この頃には既に「夏山冬里方式」が行われていたことがわかる。

「飼料ハ蕎麦桿稗桿藁ノ類及ヒ味噌百目(一日ノ量)ヲ與ヘ五月下旬ヨリ十月下旬マテハ之ヲ野ニ放ツ」

釜津田地区では昔から改良意識が高く、積極的に外国産や外来種系の種親牛を導入し、優良牛の生産に努めてきた歴史がある。牛肉輸入自由化後に黒毛和種との交雑を進める地域もあったが、釜津田地区では先人が改良した日本短角種純粋種にこだわり、その思いは20代~30代の若き生産者達に受け継がれている。







地域の自然と調和した農業のモデル・岩手県岩泉町安家地区



一方、岩泉町北部に位置する安家(あっか)地区(旧安家村)も、明治時代から短角牛が飼養されていた。安家は1,000m級の深い山々に囲まれ、現在でも独自の食文化を保ち、山の暮らしが伝えられている地区である。その安家地区の北端にある安家森(1,239m)の麓の草原では、明治時代から短角牛の林間放牧が行われ、「カヌカ平」と呼ばれるノシバ(天然の芝)の美しい景観が作り出されていた。

100年近く続けられたカヌカ平の短角牛林間放牧であるが、牛肉輸入自由化が始まると、安家地区でも短角牛の飼養頭数は激減し、自然の摂理に合った非効率的な林間放牧を続けることができなくなり、平成4年以降放牧が中止された。その結果、ノシバには灌木やササが浸食し、林床に落ちたブナの実(ドングリ)も、日照を遮られて発育することができなくなってしまった。

しかし、平成12年、安家地区と、隣接する葛巻町の有志が「安家森の会」を立ち上げ、「安家森の素晴らしい景観をもう一度復活させよう」「短角牛とともにある山の暮らしを後世に伝えていきたい」とカヌカ平での林間放牧を復活した。経済性を考えれば容易ではない。しかし、この取り組みを多くの人に知ってもらいたい。その願いから生まれたのが「林間放牧サポーター制度」だ。当初はサポーターが集まるのか心配されたが、現在では全国160名以上のサポーターがおり、平成20年も6月1日に15頭の短角牛が17haのカヌカ平に放たれている。

安家森の会を支援してきた東北農業研究センターの調査によると、短角牛放牧の再開により、絶滅危惧種I類に指定されている蝶類や、短角牛の糞を分解しノシバの肥料としてくれる糞虫(フンコロガシ)類が多数確認されるようになったという。地域の自然・環境と調和した農業のモデルとして、今後の継続が期待される。

安家森の会事務局 岩泉町役場安家地域振興室内
〒027-0611 岩手県下閉伊郡岩泉町安家日蔭50-3
Tel 0194-24-2111 Fax0194-24-2275
年会費8,000円、3年間継続が入会条件で、会員になると年に一度短角牛肉・安家地大根等の特産品が届くほか、安家地区の近況を知らせる会報が届く。







国産飼料で日本一の短角牛産地・岩手県久慈市山形町



日本一の短角牛肥育頭数を誇る山形町(旧山形村・平成18年に久慈市と合併)は、昭和57年から有機農産物宅配組織「大地を守る会」との産直提携を行っている。平成8年からいち早く国産穀物のみの給与による「That’s国産」短角牛肉の生産に取り組んでいるほか、首都圏消費者との交流事業など、首都圏消費地と生産現場をつなぐ活動を積極的に行っている。

また、山形町は闘牛の素牛産地としても全国的に有名で、闘牛は地元の平庭高原でも年に数回開催され賑わっている。