タイプ
その他
日付
2008/7/2

第18弾「釜炒り茶」(1/5)


「食のたからもの取材レポート」第18弾は、釜炒り茶をお届けします。蒸し製茶に比べ、香ばしい香りとさらりとした味が特徴の釜炒り茶ですが、製造は重労働で、大量生産ができないので、現在は零細な茶農家がその技を今に伝えるのみとなっています。プロジェクトメンバーの竹内周氏(らでぃっしゅぼーや生産者の会事務局)が、熊本県八千代郡泉村と宮崎県東臼杵郡椎葉村を訪れ、生産地の調査を行いました。



――――――――――― <目次> ――――――――――――
1.なぜ、たからものなのか
2.どのように作られているのか(1)
3.どのように作られているのか(2)
4.どこに残っているのか

5.どこで味わい、買うことができるのか
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■English Version→  Pan-Fired Tea

1.なぜ、たからものなのか


釜炒り茶とは何か



茶といえば静岡。川根、本山、両河内、牧之原、富士などの有名茶産地が集中するだけでなく、生産量約4万トンと名実共に日本一のお茶生産県だ。そこで生産されるお茶はそのほとんどが日本茶の代表、言わずもがなの煎茶。私たちが普段飲んでいるとすれば(最近はペットボトル以外のお茶はあまり飲まれなくなったが)、急須で煎れる煎茶だろう。他に玉露、番茶、ほうじ茶などあり、茎茶、粉茶、抹茶、玄米茶なども含めると、日本茶の世界も様々だ。

これらを製造方法をもとに整理するとこのようになる(茶の分類表を参考。要拡大)。


お茶は不発酵茶、半発酵茶、発酵茶に大別され、不発酵茶のほとんどが蒸し製(日本式)とあり、私たちが知っている日本茶のほぼすべてがこの範疇に入ってくる。そして不発酵茶のいちばん下に、釜炒り製(中国式)と控えめに掲載されているのが、今回のテーマたる釜炒り茶だ。
「鉄製の釜で茶葉を炒って仕上げた丸い形の茶。香りが特徴」と控えめに表現されるこのお茶が、私たちの知らない物語を、ふくいくたる香りと共に、ほんのわずか、かすれるように伝えてくれている。

現在日本のお茶は、主産地の静岡のみならず南の鹿児島まで、蒸し製のお茶がその大勢を占めるようになった。

蒸し製のお茶は、後で述べる様々な紆余曲折を経て、今では1時間に何百キロも生産できる、量産の利く方式として発展した。そのあまりにも画一的な発展が、日本各地に残る多様な“それぞれのお茶”を凌駕していく流れも生み出していった。2006年の統計資料(※1)では、茶の国内生産量約91,800tのうちなんと90,130tが蒸しのお茶ということになる。

蒸しのお茶と釜炒り茶



蒸し製のお茶は、たとえるなら真新しい畳の青々とした香りに通ずるような新鮮香、植物の青臭さが清々しく感じられるお茶であり、味わいを大切にするお茶だ。蒸し製の玉露やかぶせ茶は、栽培の段階から樹に覆いをして光合成をにぶらせることで、根が吸収する窒素成分を旨味に利用する。蒸す時間を普通蒸しの約30秒から、60秒~120秒まで長く蒸す流行りの“深蒸し”は、水色は濃く青く不透明で、茶葉を砕いてその細胞を味わうに近い。

深蒸しの製法は、まず生の茶葉を蒸す。蒸した茶葉を一旦冷却後、火力で乾燥しながら揉み、撚って、針のようなかたちにしたものが“荒茶”という状態。お茶は摘んですぐに熱を入れないと、自らの酵素の働きで酸化が始まってしまう。このためこの工程は生産農家か、産地近隣の協同製茶工場で行なわれるのが普通だ。

できあがった荒茶は長さを揃えるため裁断し、選別をして最終の火入れを行ない、仕上げ茶として製品になる。この時に茎茶や粉茶も生まれる。この蒸し製茶の青々しい、煎茶の新鮮香、旨味を含んだ味わいもよいが、この製法のせいか、近年は日本茶の香りが弱くなったとの声も聞かれるようになった。

釜炒り茶の製法は全く異なる。高温の鉄の釜で炒る釜炒り茶は、むしろ生葉の青臭さを飛ばす。と同時に、葉が潜在的に備え持つ隠された香りを良く引き出す。炒ることで葉の細胞をカリっと引き締めるからか、水色はあくまでも清らかで、若干の赤味を帯びた萌黄色の透明感をたたえる。味わいはあっさりとしてくどさがなく、何杯でも飲める。そして不思議なことに、その香りは一煎目よりニ煎目でより引き立ってくる。

釜炒り茶の歴史は古い。喫茶発祥の地・中国に連なる、茶の歴史そのものを今に伝える製法だ。その製法は1406年に栄林周瑞が霊厳寺(福岡県八女)に茶の種と共に伝授した(※3)とも1504年に紅令民が佐賀嬉野に南京釜を持ち込んだ(※4)とも伝えられる。明朝が支配していた当時の中国でも新しく、その特長である香りの妙味を活かし、中国はその後烏龍茶に象徴される様々な香りの文化を開花させていくことになる。

今の日本で主流となった蒸し製煎茶の始まりは、1738年、かの永谷園の創祖とされる永谷宗円によるとの説以降。それ以前は釜炒り茶、煮たり乾かしたりしてつくる普段使いのお茶が一般庶民の飲み物だったとされる(※2)。現在西日本にわずかに残る釜炒り茶は、当時と全く同じ原理で、香りの高いお茶として細々と生産されている。いわば庶民のお茶の原点ともいえる製法だ。

原理はシンプルで、摘んだ生葉を熱した鉄の釜で炒る。チリチリとはぜる音を聴きつつ焦がさぬよう茶葉自体の水分で蒸し炒りし、葉がしんなりしたら釜から降ろし広げて揉み、まとまってきたらまた釜で炒る。これを繰り返すうち、特徴のある勾玉状の茶葉として仕上がっていく。工程を連続して行なえる機械もあるにはあるが、近代化された蒸し製機械の処理能力には遠く及ばない。ほとんどが家内制手工業の域を出ず、現在は零細な茶農家がその技を今に伝えるのみとなっている。

(※1)『平成19年度茶関係資料』日本茶業中央会
(※2)『番茶と日本人』中村羊一郎
(※3)『福岡の八女茶』九州の茶業研究会
(※4)『緑茶の事典』日本茶業中央会