タイプ
その他
日付
2008/7/29

第20弾「国産小麦」(1/5)


「食のたからもの取材レポート」第20弾は、国産小麦を取り上げます讃岐うどんで知られる香川県では、1961年に生産のピークを迎えた後、オーストラリアなどの輸入小麦に依存し、現在ではうどんに使われる国産小麦の自給率は5%に満たない状況です。新品種「さぬき2000」を開発し、国産小麦の発展性を探る地元の人々の取り組みを取材した島村菜津研究員が、香川県高松市で調査しました。


――――――――――― <目次> ――――――――――――
1.なぜ、たからものなのか
2.どのように作られているのか
3.どこに残っているのか
4.地図情報/5.どこで味わい買うことができるのか

6.人物ファイル

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■English Version→  Domestic Flour

1.なぜ、たからものなのか


2007年春、オーストラリアの大旱魃が引き金となって、輸入小麦の値段が引き上げられた。石油の値上がりも相まって、加工食品が軒並み値上げした。讃岐うどんで知られる香川県内でも、20~50円の値上げに踏み切るうどん屋が続出。国産小麦の自給率は90年代までの11パーセントから2004には15パーセントに引き上げられたというが、讃岐うどんにおける国産小麦の自給率は、5パーセントに満たない。行列店と呼ばれるうどん屋の小麦のほとんどは、オーストラリアン・スタンダード・ウィード“ASW”の名で親しまれているオーストラリア産だ。

なぜ、これほどまでに、日本は輸入小麦に依存することになったのか。

日本では、古代から小麦を栽培しており、8世紀頃には、中国から冷麦のもとになる「麦縄」などと呼ばれる麺類が伝わったという。うどんという不思議な音も、「日本うどん学会」の山野明男氏によれば、小麦粉にあんを入れて煮た唐菓子を「混沌」と読んだのが、やがて変化したのではないかという説があるそうだ。また、讃岐では、この地域出身である空海が、留学した中国の寺々からうどん作りの技術を持ち帰ったと言い伝えられている。

鎌倉時代になると、聖一国師が、中国から水力の製粉機の図面を持ち帰り、博多から、これが広がったらしい。こうして、肥沃な西日本中心を中心に、水田の二毛作に小麦を育て、麺類に限らず、だこ汁、おきりこみ、ほうとうといった小麦を練った郷土料理が各地に広がっていき、うどんもまた、こと西日本で愛好され、そば屋が江戸の町を席捲した頃にも、上方ではうどん屋の数が多かった。その頃出版された『和漢三才図会』には、すでに良質の小麦の産地として讃岐が紹介されており、『金毘羅祭礼図』には、当時のうどん屋の様子が描かれている。

しかし戦後、アメリカの余剰小麦を押付けられ、70年代、減反対策として見直されるまで各地で小麦が作られなくなっていく中でも、讃岐では、1961年にピークを迎え、史上最高の5万3600トンを記録した。ところがその2年後、転機が訪れる。収穫時の長雨が、小麦に壊滅的な被害を与えた。その頃から高度経済成長期に突入、多くの若者が農村を後にした。これに追い討ちをかけるように、大手の製粉会社がオーストラリア産の小麦の輸入に力を入れ始め、小さな製粉所は各地で次々と潰れていった。

「吉原食糧株式会社」の吉原良一さんは、長年故郷を離れた後、久しぶりに帰郷した時の驚きを忘れられないという。
「18年間、都会でコンピューターのシステム・エンジニアとして働いて戻ってみたら、色黒の地元の小麦はすっかり姿を消して、オーストラリアの“白人”ばかりになっていたんです・・」。当時の小麦は、石臼で挽いていたこともあり、茶色がかっていたが、風味もコクもあった。「その後、小麦の値段も下がり始め、食べものの文化的価値が低くなっていくことに深い違和感を覚えた」という。

現在、日本のうどんの9割近くがオーストラリア産に依存している。それは、うどんも食べないオーストラリア側がテイスティングを繰り返し、すでに30年の歳月を費やし、日本人の食味に合うコシのある小麦を開発してきた努力の賜物だという。行列店と呼ばれる讃岐うどんの店でも、一様に「オーストラリア産の方が扱いやすいし、コシがある」と答えた。

だが、異常気象だけでなく、アジアの人口増大やバイオエタノール騒動などによる穀物の高騰を考えると、主食の米作りを死守することはもとより、国産小麦の自給率をもう少しあげられないものだろうか。

以前から危機感を抱いていた香川県の製麺所や製粉団体は、90年代に「県産小麦うどん開発研究会」を発足。県の農業試験場もオーストラリア産に負けないうどん粉の開発に着手し、こうして2000年に生まれたのが「さぬきの夢2000」という品種である。もちもちした食感があり、なめらかで、うまみも香りもいい。ただ、たんぱく質が少なく、グルテンを十分に生成しないため、練りが足りなかったり、水分量を間違ったりすると、切れやすくなり、オーストラリア産と違って、効率を重んじる行列店には向かない。

県では、この「さぬきの夢2000」にこだわるうどん屋9軒をリストアップし、公表した。約900軒のうどん屋が香川県にあることを思えば、まだわずかだが、輸入小麦の高騰もあって、今後はじわじわと増えるだろうと予想される。

地元の農家を応援する3つの製粉所「吉原食糧」「ホーコク」「木下製粉」も、消費が落ちているといううどんだけに固執せず、もっと柔軟にニーズにあった加工品を手がけようと、石臼挽きの粉を使ったスペイン菓子やパスタ用のブレンドなどに挑戦している。また、「さぬきの夢2000」を使ったパスタ専門店やクレープ店なども繁盛している。

長年のオーストラリアとのつき合いも大切にしたいが、地元の農村風景と調和してこそ本物の名物だろう。今後の奮闘に期待したい。