タイプ
その他
日付
2008/8/19

第21弾「海塩」(2/5)


2.どのように作られているのか


■粟国の塩
 チェックイン時の体重測定によって座席が決められる9人乗りの小型飛行機が、粟国空港に降り立った。沖縄本島から北西へ約60?。フェリーを使えば那覇からのんびり2時間の船旅、琉球エアコミューターなら25分の空の旅だ。
 美しい海に囲まれた島の面積は、わずか7.63k?。この小さな島の名を全国区にしたのは、ここで生産される塩「粟国の塩」だ。1本道を抜けた島の北側の海辺に、その塩をつくる沖縄海塩研究所がある。
 研究所のキャッチフレーズは「いのちは海から」。粟国島周辺の清らかな海水を原料に、化学製品を使わないミネラルバランスに優れた自然塩「粟国の塩」を生産している。自然塩復活を目指した所長の小渡幸信(おど・こうしん)さんの長年の研究が、ここで結晶した。

 


 塩づくりのきっかけとなったのは、自然塩復活運動の中心人物であり、原子物理学者だった故谷克彦さんとの出会いだ。
 昭和46年(1971)塩田全廃・自然塩の消滅とともにイオン交換塩による健康被害が指摘され、谷さんら学者によって塩の実験・研究が始められた。沖縄の塩復活運動もそのひとつだ。アメリカの統治下にあったため専売制が適用されず、300余年の歴史を紡いできた沖縄の製塩業も、昭和47年(1972)の日本への復帰とともに消滅しつつあった。自然食を学び塩の大切さを実感していた小渡さんは、沖縄県・読谷村で谷さんと出会い、塩の研究に没頭していく。谷さんが沖縄から引き揚げた後も、小渡さんは読谷村で塩づくりの研究を続けた。

 実は、小渡さんは、数々の賞を受賞してきたタイル職人だ。当初はタイル業のかたわら塩の研究を進めていたが、平成6年(1994)にはタイル業を廃業し、粟国島に移り住む。
「塩は栄養素ではないけれど、3つの重要な働きがあります。ひとつは味の引き立て役、もうひとつは栄養を吸収する役目、そして排泄です。脇役ではあるけれど、代わるものがない。代わるものがないのに、おろそかになっていると感じていました。」
海水には、約90種のミネラルがバランスよく溶け込んでいる。このミネラルを海水と同じバランスでいかに塩に残すか。体によく美味しい塩を追究した結果、「粟国の塩」が誕生した。

 平成6年(1994)には、粟国島に塩工場を開設。翌年には塩の生産を開始し、専売法のもとで許可を受けて賛助会員を募り、会員配布という形をとった。平成10年(1998)には「沖縄海塩研究所」を設立し、現在では年間約130tの塩を生産している。

 

 研究所の敷地内に、ひときわ目を引く灰色の建物がある。小渡さんが発案した採かん装置「立体式塩田タワー」だ。穴あきブロックを四方に積み上げた高さ10mのタワーの内部には、細かい枝がついた1万2000~1万5000本もの竹が逆さに吊り下げられている。ポンプでくみ上げた海水をタワー上部から流して竹伝いに落下させ、穴から吹きぬける潮風によって水分を蒸発させる。これを何度も循環させることにより、約1週間で塩分濃度が6~7倍に濃縮したかん水ができる。海水に含まれる塩分は約3.5%。この時点で、海水は20%前後に濃縮されている。

「粟国の塩」には平釜炊き塩と天日塩の2種類があり、ここから工程はふたつに分かれる。
 平釜炊き塩は、かん水を平釜に移し、30時間程度かけてゆっくりと煮詰めてつくられる。燃料には流木や廃材などを利用した薪を使用。遠赤外線効果を活用するのだという。釜は常にかき混ぜる必要があり、作業は24時間交代制。攪拌することにより、塩の焦げつきを防ぐだけでなく、ミネラルをしっかりと馴染ませるのだ。釜が設置された室内の温度は、昼間には50~60度に達する。その場に立つだけで大変さを実感するが、昔ながらの手作業こそ小渡さんのこだわりだ。

塩ができ上がると脱水層へと移し、余分な水分をゆっくり落として取り除く。これが、ミネラルの量を決める最終段階。「遠心分離機を使うと、マグネシウムなど抜けやすいミネラルがある」というのが小渡さんの考え。ミネラルバランスをそのままに保つために機械を使わず、6~18日かけて自然乾燥させるとようやく塩の完成だ。
 一方、天日塩は、かん水をガラス張りの温室に設置した浅い槽に入れ、天日だけで自然結晶させる。夏場なら3週間、冬には2カ月以上かかることもあるだけに量産は不可。平釜炊き塩に比べて結晶が大きく風味も微妙に異なるため、天日塩にこだわるファンも多いという。

 こうしてつくられた「粟国の塩」は、マグネシウムやカルシウム、カリウムなどミネラルが豊富に含まれ、まろやかで柔らかい。真っ白でサラサラした塩ではなく、やや黄味がかってしっとりしているのは、ミネラルが多く含まれている証拠だ。「粟国の塩」は、平釜炊き塩で約25%、天日塩で約15%のミネラルが含まれているという。

■手もみ天日塩 塩夢寿美

沖縄本島の名護市からさらに北へ。今帰仁村の運天港から出航したフェリーは、約80分で伊平屋村に到着する。村を構成するのは、面積20.99k?の伊平屋島と、野甫大橋でつながっている面積わずか1.18k?の野甫島。「手もみ天日塩 塩夢寿美」をつくる「倶楽部 野甫の塩」は、野甫島にある。野甫大橋を渡ると、ノホ・ブルーとでも命名したくなるような美しい海が広がる。塩づくりにこの地を選んだ理由がわかるような気がした。

 イオン交換式製塩法で精製された塩は、自然食品ではなく工業製品に近いものになっている。そう考える生産者の松宮賢さん・さゆりさん夫妻は、100%海水を原料とし、豊富な自然のミネラルを、バランスよく結晶化させた塩づくりを行っている。「70種類近くある海水のミネラルをどう残すかは、つくり手に関わっていますから」という松宮さんの塩にかける情熱には、脱帽せずにはいられない。塩づくりを始める以前から、世界の果てまでといっても過言ではないほど各地の製塩現場を見学してまわり、その成果は博物館が丸ごとひとつできてしまうほど。実際、世界の塩の資料館「ソルトクルーズ」をオープンさせ、運営している。その松宮さんがさまざまな実験を重ね、最後にたどり着いたのが、かん水を天日で結晶化させて手もみした「塩夢寿美」だった。

松宮さん夫妻が野甫島に移住し、塩づくりを始めたのは今から12年前。設計から建設まですべての製塩施設づくりをほぼふたりだけで手がけた。ポンプ小屋、貯水槽、結晶ハウス、高さ6mもある立体塩田……。独特な施設をぐるりと見渡すだけで、その労苦が偲ばれる。

塩づくりは、塩田の目の前に広がる澄み切った海からの取水に始まる。取水は夜間の満潮時に行われ、とくに大潮の日がいいという。納得がいく海水を使うため、フィルターを通した上で4つのタンクに貯水。ここで、雑味を取るための重要な作業、アク取りが行われる。

 この海水からかん水を得るための施設が、高さ6mの立体塩田だ。杉の木で組まれたやぐらの外部は撥水性の布で囲われ、内部には何層にもわたってじゃばら状に黒い布が張られている。布は親水性で環境ホルモンが出ないものを使用しているという。上から流された海水は布から布を伝って下へ。風力と太陽熱を使って水分を蒸発させ、これを繰り返し循環させる。雨が降らない夏場なら、15日程度で5~6倍に濃縮したかん水ができる。

 立体塩田の横に建つ建物は、ホタル石を特殊な製法で伸ばしたハイテク素材を使った結晶ハウスだ。内部に設置された結晶箱にかん水を移し、天日だけで自然結晶させる。実は、天日塩にたどり着く前には平釜炊きも試したという。しかし、火力を使用するとカルシウムが分離析出し、一部のミネラルが喪失するなどして、理想的なミネラルバランスが崩れてしまうという結論に達した。

 また、松宮さんがつくる天日塩は、海外でよく見かけるような、広大な塩田に海水をそのまま引き入れて結晶化させたものとは違う。海水を天日にさらして結晶化させるには、数カ月かかる。それぞれのミネラルは結晶化する時期が異なるため、そのように長時間かけて結晶化させると分離析出して層状に固まってしまう。これでは、ミネラルバランスが自然といえるかは疑問だ。

さて、かん水を天日だけで自然結晶させる、といってもすべてが自然任せというわけにはいかない。夏場は28日~1カ月半、冬場は2カ月程度とじっくり時間をかけて毎日手もみしながら結晶化させるが、重要なのはそれを収穫するタイミング。最後に結晶化する塩化マグネシウムは、塩にキレのある苦味をもたらすため、早く取り出しすぎると辛いだけの塩に、遅すぎると苦味が強すぎる塩になるだけでなく、塩化カリウムの持ち味である酸味が打ち消されてしまう。そのタイミングは、塩の味を決める重要な要素にもなる。

 取り時と見極められた塩は、とくに念入りに手でもみほぐすと同時に、にがりを膜状にコーティングする。朝夕合わせて7時間程度にも及ぶ手もみの作業は手がパンパンになるほどの重労働だが、プロセッサーを使うと結晶の輝きが失われる上、摩擦熱でヨードが分解してしまうのだそうだ。
 なめらかになった塩を麻袋に入れ、脱水機で適度ににがりを落とす。でき上がった塩は異なるロットをブレンドして、均一な品質を保つ。さらに除湿機を備えた乾燥室で、0.1%以下の水分になるまで乾燥させる。

 最後に重要な作業が、振るいにかけて細かいゴミがないか人間の目で厳しくチェックする「塩振り」。4年前に塩づくりに参加した地元のメンバー前田克江さんが、塩の番人を担当している。

 

 理想のミネラルバランスを保った塩は、人体のミネラルバランスを保ち、人間本来の生理的な機能を正常に保つのを助けるというのが松宮さんの信念だ。「海水にバランスよく含まれたさまざまな微量ミネラルを摂取して、それらを取捨選択するのは体。どのミネラルが必要かは体に任せるべきではないでしょうか」。こうしてつくられた「塩夢寿美」は、豊富なミネラル群によって塩辛味とほのかな甘味、そして丸みのある旨さを備えた味わいになる。