タイプ
その他
日付
2008/9/10

第22弾「昆布」(1/5)



「食のたからもの取材レポート」第22弾は、昆布を取り上げます。太古の昔から栄養源として食べられてきた海草の中でも、昆布は日本料理の基本である「だし文化」を支えています。天然昆布については昨年の大不漁から、生産地では気候変動や担い手不足についての危機感が募り、安定的生産のために養殖昆布の生産が増えています。島村菜津研究員が、北海道函館市南茅部で現状を調査しました。


――――――――――― <目次> ――――――――――――
1.なぜ、たからものなのか
2.どのように作られているのか
3.どこに残っているのか
4.地図情報/5.どこで味わい買うことができるのか

6.人物ファイル
――――――――――――――――――――――――――――

■English Version→  Konbu (Kelp)


1.なぜ、たからものなのか


 日本人は、太古の昔から海草を食べることで、体に必要な塩分、カルシウム、カリウムなどのミネラル、ヨードなどを補給してきた。中でも昆布は、日本が世界に誇るうまみのもと、グルタミンの宝庫で、鰹節とともに日本料理の基本となるだし文化を支えている。安井邦彦氏の『昆布考』という論文によれば、中国の文献には、すでに3世紀、コンブという言葉が登場したとされている。その語源は、おそらくアイヌ語で「水中の石に生えるもの」を指すコンプ。この地域との交易を通じ、中国語に取り込まれたのではないかという。また、昆布は、その幅の広さから日本で「ひろめ」とも呼ばれ、それがお披露目という言葉の語源でもある。
 最初は、塩分補給のために、
形が崩れるまで煮込んで食されていた昆布だが、これでだしをとるという文化が生まれたのは10世紀頃ではないかとされている。
ところが、この昆布でだしをとるという千年続いてきた食文化が、その土台から揺らごうとしている。国内生産の9割を支えてきた北海道では、10年前、2万6千トンの水揚げを誇っていた。その後も、何とか2万トン前後を保ってきたが、平成19年(2007年)突如、1万3千トンの大不漁となった。要因としては、前年の三陸沖地震の影響で、岩場に種が付着しなかったこと、深刻化する漁師の高齢化などが考えられるが、現場が二重にショックを受けたのは、消費者の無反応だった。

「半減しながら、大騒ぎするでもない。だし昆布が売れなくなっているのではないか。」そう危機感を募らせるのは、函館市の大船町で、昆布の加工を手がける成田省一さんである。この年、この地域では、例年の1割にも満たなかった。

 「ミネラルや塩分だけでなく、酸性土の多い火山国で、体を中和させてくれる貴重なアルカリ食品でもある。それに、海の浄化にも一役買っているんです。石油タンカーの沈没事故などもありましたが、ああした深刻な事故も、昆布は、7年くらいかけて浄化してしまう。その上、海の森林としてみれば、CO2削減にも大いに貢献する。南のマングローブに匹敵するのが、北の昆布や若芽なんです。」

 成田さんは2003年から、南かやべ漁協の尾札部支部の漁師たちと手を組み、『道南伝統食品協同組合』の理事をしている。尾札部は、かつて松前藩が朝廷や将軍に献上した質の高い真昆布の産地として知られる浜だ。真昆布は、学名をlaminaria japonica areshougといい、幅30から40?、長さは2mから時には10mにもなる昆布。

 ところが天然昆布は、収穫までに最低2年かかり、資源も少しずつ枯渇してきている。その上、豊作と不作を繰り返すことから、どうしても安定しない。そこで、同浜の漁師、大川岩男さんたちは、一年で育つ養殖昆布に取り組んできた。折しも、昭和41年(1966年)、お隣の川汲浜では、水槽の中で、昆布の胞子を種苗として使える大きさに育てることに成功した北海道区水産研究所の長谷川由雄氏(当時)の協力のもと、吉村捨良さんら青年部の養殖への取り組みが始まっていた。

 しかし、尾札部では「天然昆布に影響がある」との強い反対の声もあり、「ロープ一本張るのにも、3年の年月を要した」という。また、試験所から成長した種苗を入手することもできず、海に浮遊している天然の種を採取して育てることから挑戦しなければならなかった。

 「苦労の連続だった」と、その頃の綿密な記録ノートを見せてくれた。当時の賛同者は30人ほどだったが、今では、尾札部浜330人の漁師のうち、140人ほどが養殖を頼りにしている。今では「もし、養殖を始めていなければ、この浜の漁は存続していなかっただろう」と言われている。5年前、尾札部、川汲、大船、臼尻、安浦、木直の漁協は合併し、北海道で2番目に大きな1200人の組合員を抱える南かやべ漁協となった。この地域だけで、全国の2割近くの昆布を担っているのは、養殖昆布に負うところが大きい。天然ものは減少傾向にあり、護岸工事や海洋汚染だけでなく、ブナ林の伐採などが要因として考えられる。そのため、北海道では漁連の女性たちが中心となって、各地で大がかりな植林活動を続けている。

 また、お隣の中国でも、日本人から学んだ養殖技術をいかし、海の浄化にもつながることから、60年代に比べて約4倍、日本の約20倍の昆布を生産している。
 大川さんの仲間、佐藤幸光さんの船で、初夏の若々しく、つややかな養殖昆布を見せてもらった。人間の丈の何倍もある。養殖と言っても餌を与えるでもなく、化学肥料をまくわけでもない。恐るべきその生育力は、そのまま、海と太陽の生物を育てる力を体現している。ある時、成田さんが爪楊枝をさして調べてみたところ、たった1日で10センチ成長した日もあったという。

 「これを食料にした日本人の感性はすごいと思うんです。それに、昆布の森があれば魚だって寄ってくるんです。」
 昆布は、人間が採り過ぎなければ、永遠にその恵みを与えてくれるありがたい食べ物。南かやべ漁協でも、漁師の平均年齢は60歳以上、石油の値上がりも頭が痛い。
 今こそ、昆布でだしをとる習慣を取り戻し、世界が注目し始めているうまみのもとを支える人々の現状を知り、とりまく問題に向き合う時がきているのではないか、と思う。



(左:佐藤幸光さんが、船にロープで引き上げている姿。右:その瑞々しい昆布。)





(左:浜に昆布を広げて乾燥させる。右:昆布が乾燥のために、ぶらさげてられている。)