タイプ
その他
日付
2008/9/10

第22弾「昆布」(5/5)


6.人物ファイル


成田省一さん


成田省一さんは、昭和25年(1950年)大船町生まれ。実家は酒屋だった。平成3年(1991年)、地元を昆布加工の浜に育てようと法人化。平成5年(2003年)には、大川岩男さんら、尾札部の漁師たち15人と手を組んで『道南伝統食品加工組合』を立ち上げる。現在、理事の一人。日本大学商学部に学んだ後、故郷に戻り地元を昆布加工の浜として盛り上げようと、昭和57年(1982年)、現在の「南かやべ町昆布加工センター」の立ち上げにも尽力した。

現在、組合では、天然のだし昆布、養殖だし昆布、根昆布、きざみ昆布、松前漬けのもと、化学調味料を一切、使わないとろろ昆布、ふりかけや昆布茶などが人気。また、成田さんは、毎年、サハリンの沿岸部のネベリスク、ホルムスク、コルサコフの三ヶ所に半年ほど滞在し、昆布養殖と加工の指導に当たっている。ロシアに通う理由は、10年に水温が0.6度上昇し、将来、昆布に最適な水域は北上するかもしれないという懸念。さらに北海道でホタテなどが豊富なのは、長大なロシアのアムール川の汽水の恩恵であること。また、ロシアでチェルノブイリ事故以後、ヨードを含む昆布が健康食として注目されていることなどがある。

 この数年、中国沿岸部の汚染(工場や生活排水などが原因の赤潮の発生、養殖の餌による汚泥化)が問題化する中、ロシア昆布に注目が集まっている。北へ行くほど塩分濃度が高く、その分、グルタミン酸がやや少なくなるという。
 理事の長い不在の間、大船町の加工場を支える若き3人組。長男の成田昌大さん。工場長の村上幸男さん。かつて東京で営業をしていたという原田靖さん。



(原田靖さん、成田昌大さん、村上幸男さん)



大川岩男さん


昭和19年(1944年)、尾札部生まれ。かつて松前藩が幕府や朝廷にも献上したという尾札部浜で、周囲の強い反対にあいながらも養殖を成功させた浜の功労者。与えられた場所が潮の流れがあるところだっただけに、最初はアンカーを重石にしたが、ロープごと沖に流されたこともあった。その時は、青森県に視察に行き、ブロックで固定することで解決。何年もホタテの養殖と同時に進めようとしたが、適する深度が違い、結局断念した。

 平成19年(2007年)と昨年、この地域でも北海道全体でも昆布はひどい不漁だった。大阪には倒産した昆布屋も出たが、その分来年は豊作が予測されている。しかし、今の日本の消費者のだし昆布離れを考えると、来年が怖いという大川さん。

 日本一とも言われる、甘みのある、だし昆布の産地でも、60歳以上がほとんどで、後継者問題は深刻だという。実際、大川家でも2人の息子たちは、今のところ漁師を継いではいない。養殖のために設備を整え、投資をしてきただけに、これから継ぐのは幸運だと大川さんは言う。そして「毎日のように船に乗ってても、今でも船酔いするよ」というのだった。




取材・文:島村菜津
撮影:菊地和男