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9・11米国同時多発テロ事件後の世界を振り返る

September 5, 2016

東京財団上席研究員
山口昇

「世界規模でのテロとの戦争」時代における3つの課題

2001年9月11日、4機の旅客機がほぼ同時にハイジャックされ、そのうち2機がニューヨークの世界貿易センターのツィンタワービルに激突する事件が発生した。他の2機もそれぞれ乗客・乗員を乗せたまま地上に激突した。その後、世界はアメリカ政府のいう「世界規模でのテロとの戦争(Global War on Terror)」という現実を目にすることになる。今日イスラム国が跋扈する中東をみればこの状態から脱する希望は近くない。9・11後の15年を振り返ると、われわれは少なくとも三つの重大な課題に直面している。

第一の課題は、これまで考えつきもしなかった手段が大量の破壊と殺戮に用いられる時代となったということだ。旅客機というきわめて日常的なものがテロ行為の手段として用いられたことは重大な課題を投げかけている。旅客機にせよ鉄道にせよ自動車にせよ、より高速で大量の輸送を実現する一方、そのエネルギーを殺戮に用いることは困難ではない。運輸のみならずわれわれが日常的に依存している社会インフラの多くは、使いようによっては危険なものと化しうる。2011年3月11日の東日本大震災では、地震、津波に加え、福島第一原発の炉心融解によって大量の放射線が放出するという前代未聞の事態に発展した。津波の被害によって原子炉を冷却するための電源が途絶し、制御できない状態の連鎖を生んだ。

原子炉の制御にコンピューターは欠かせない。悪意をもったグループがいわゆるサイバー空間を介して福島第一と同様の原発事故を人為的に作為することは不可能ではない。情報通信技術の飛躍的な発達で物のインターネット(IoT)や人工知能(AI)が手に届くところにある。これらの技術を悪用して、例えば空路・鉄道・道路のなどの交通、あるいは公共通信、電気供給、給水、医療といった公共インフラや、化学プラントや精油施設のような産業基盤を混乱させ、破壊や殺戮を招く事態を起こすことは可能であり、われわれはそれに備えなければならない。昨今サイバーセキュリティに関する話題が絶えないが、情報の漏えいや金融システムに対する犯罪だけでなく、サイバー空間を介したテロという問題を含めて考えるべきだ。コンピューターやネットワークに対する犯罪や妨害といったレベルを超え、サイバー空間を悪用して物理的な破壊をもたらすような攻撃、すなわちサイバーテロを予防し、その兆候を探知し、あるいは被害の局限を図るための施策は喫緊だ。

第二の課題は、国際的なテロ組織が活動のための資金を調達しテロ行為を計画・準備したうえで実行を指揮する手法が常に変化しており、これに対応する側の手法も常に変化が求められているということだ。9・11は綿密に計画され年月をかけて準備したうえで、実行犯たちが緊密に連絡をとりあいながらの事件だった。ビンラディンのころ、アルカイーダは、特定の地域に集中せず、世界中に分散した細胞が電子メールや携帯電話で連絡をとりつつテロ行為を計画し実行した。資金も同様、中東を中心とする各地にいる裕福な支援者から提供された。同時多発テロで、飛行機の操縦技能をもつほどに訓練を重ねた複数の実行犯がほぼ同時に4機の旅客機をハイジャックしたのは、綿密な計画準備とリアルタイムでのコミュニケーションあってのことだった。9・11後約10年でテロリスト同士がこのように緊密に連絡しあうのは極めて困難になる。米国などの情報機関が電話やメールの傍受を含む情報能力を格段に向上させたからだ。各地域に分散した細胞同士が情報や資金をやりとりすれば、直ちに足がつく。

アルカイーダの後継と目されるイスラム国は、シリアおよびイラクの北部を物理的に支配し、その支配地域内で原油を含む資源や資産の売買や税の徴収を通じて資金を調達しているといわれる。テロ行為の実行グループは支配地域内で計画や準備を大方整えてから実行する地域に展開している模様だ。だとすると、現在国際社会がイスラム国の支配地域を奪回すべく努力しているのは正しい。テロリストの根拠地と資金源を奪うことに通じるからだ。ここで大切なことは、イスラム国の支配地域を奪回したとしても決して終わりではないということだ。暗号技術が高度化し広く普及しつつあることなどから、分散した細胞同士が情報機関に探知されることなく連絡を保つことは不可能ではなくなっており、ビンラディンのころのような分散型の組織運営に移行することもありうるということにも意を用いなければならない。この場合の鍵は情報だ。世界各地に分散する細胞の動きを探知するためには、テロに関する国際的な情報ネットワークが中心的な役割を果たす。

第三の課題は、テロを根絶するためには間接的で息の長い努力を続けねばならないということだ。イスラム国の支配地域を奪回したとしても、その地域の住民とテロ集団とを引き離さなければ彼らの復活は時間の問題となる。住民がテロリストを受け入れず、彼らの活動を支援せず、むしろ彼らについての情報をもたらしてくるような状況を作り上げなければならない。このためには治安が前提とはなるが、それだけではなく、電気、水道、交通といった社会インフラの回復によって住民の生活に安定をもたらすことが鍵となる。また、復興事業や地域産業の回復によって職をもたらすことも重要だ。この過程で、治安と経済的回復が密接に関係していることに注目しなければならない。2003年以降自衛隊はイラクの復興支援活動に携わった。自衛隊の支援活動は、イラク南部のサマーワに展開した当初から、給水支援や周辺の病院や道路の補修を通じて社会インフラを回復し、人々の生活の安定を図ることを狙いとした。同時に、さまざまな復興事業に際して現地に雇用を創出することに腐心した。いったん職を得れば人々はそこから得られる収入を守ろうとする。そのためには最低限日本が行う復興支援活動が可能な程度の安全が必要となり、自衛隊宿営地周辺の住民は安全を損なうような勢力が地域に入りこんでくるのを排除するようになる。住民の協力を得てより安全な状態を創出することができれば、例えば政府開発援助(ODA)予算を用いたより大型の支援事業を進めることが可能になる。2006年に陸上自衛隊の部隊がサマーワから撤収した時期には、火力発電所の建設という大型事業が発足し、大規模な雇用が創出されていた。いわば安全と豊かさがプラスの連鎖となった好例だ。

逆に負の連鎖は、真っ当な産業を起こせず、正業で豊かさをもたらせない場合、より深刻になる。アフガニスタンの情勢がなかなか改善しない背景には、アヘンの原料となる芥子の栽培を制御できないことがある。アヘンの製造や密売を生業とするグループにとって、統治が行き届き、法が適切に執行されている社会は不都合で、一種の無法地帯が望ましい。アヘンの密売で得られた資金がテロ行為に用いられていることは多くが指摘するところだ。現政権に不満をもつグループは政治的な目的でテロ行為を行うが、単に治安を悪化させることだけでも彼らには意味がある。そもそもアヘンの密売を資金源とするグループにとって治安の回復は決して望ましいことではないからだ。芥子を栽培する農民に悪意はないのかもしれないが、それ以外に生活の糧とする手段がないのであれば選択肢はない。芥子に代わる産品を見出すことは治安回復の前提となる。この点、アフガニスタンにとって名産品であるザクロの加工や芥子と同等の価格を見込むことができるハーブ、例えばサフランの栽培が試行されてきたことには注目すべきだ。これらの産品が国際市場で流通する仕組みを整えることができれば、安全と豊かさの連鎖が視野に入ってくる。

日本はテロ行為とは無縁ではない

最後にこのような世界が日本にとってどのような意味をもつのかを考えてみる。現在の日本はテロリストを育てる温床となるような状態からはほど遠いように見受けられるし、イスラム国とは地理的にも離れており、宗教的にも対立しているわけではない。ではあるが、日本とってテロ行為とは無縁ではないということを認識することが重要だ。

まず、日本がかつてテロ行為の輸出国だったことを思い起こさねばなるまい。1972年、日本赤軍を名乗るグループがイスラエルのテルアビブ空港で自動小銃を乱射するなどにより26名の死者と73名の負傷者を出した。そもそも生還の見込みのないこの攻撃は、その後イスラム過激派が自爆テロをジハード(聖戦)であると解釈することに影響を与えたという説もある。当時、日本国内でも極左グループによる無差別の殺戮と破壊が行われた。1974年、東京大手町の三菱重工ビルが時限爆弾で爆破され、8名の死者と376名の負傷者を出したのは、1960年代から1970年代にかけて極左勢力の活動が極度に暴力的になった一例にすぎない。このような混乱を克服して今日の安全な社会を築いてきた日本の経験、特に、治安機関を中心とする国際的な情報ネットワークを駆使して赤軍派を追い込んできた過程や経済発展にともない社会が成熟し政治的にも穏健になってきた経緯は、国際社会にとっても有益な教訓を多く含んでいる。

また、イスラム国によるテロ行為も人ごとではなくなってきた。今年7月1日にバングラデシュの首都ダッカで起きた襲撃事件では日本人7人が犠牲となった。犯人の一人は最近まで日本に住んでいたという。このようなテロを排除し国際社会の平和をもたらすために働くということは、テロ集団や彼らを支持する側からみれば敵対行為となる。国際社会が敢然としてテロに立ち向かっている現在、国際社会とテロ集団の間で日本が中立を保つことはありえない。旗幟を鮮明にし、テロを許さず、テロリストとの間でいかなる意味においても妥協しないという姿勢を貫くことが求められている。

    • 元東京財団研究員
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