タイプ
論考
日付
2009/2/26

論考「世襲議員と政策形成のあり方について ―「政治主導」時代へのインプリケーション―」 (3)

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世襲議員と政策形成のあり方について
―「政治主導」時代へのインプリケーション― (3)


東京財団研究員
加藤創太


 それでは、近年の世襲議員の突出に対してどのような制度的対応を行うべきか。あるいは行うべきでないのか。政策形成能力という視点に立ちながら、その方向性について簡単に見ていこう。

1.基本的な視点


 政治主導の時代の議員には非常に高い能力と見識が求められるということはすでに繰り返し述べてきた。「政治主導」の名の下に、いくら官に対する政治のコントロール権を強めたとしても、政治の側の人材の質を高めていかなければ、真の政治主導は産まれない。政策形成の中心を霞ヶ関から官邸に移すためには、単に法制度などハード面ばかりをいじるのではなく、永田町を中心にソフト面での受け皿を作らなければ、「政策の空白」が生まれてしまう。

 そういう意味で、政治における人材の問題は、政治主導の実現にとって極めて重要な意味を持っている。その際には、内閣や与党の中枢を突出した割合で占める世襲議員の問題は避けては通れない。

 求められる人材の確保のためにはやはり、幅広いプールの中から参入した多くの人々が競争していくことが最も有効となろう。議員の子弟、という小さな世界だけでは多くは確保できない。これは世襲経営者についての経済学者の実証分析が示唆する結果でもある。

 また、政治主導の理念を支えるのは民主主義的正統性であることも述べた。民主主義過程を通じた多元的な価値観の吸収も重要である。二大政党制の下で、真の民主主義的正統性を確保するためには、政党内プロセスに対しても目を向けていかなければならない。

 以下では、人材間の競争の活発化、民主主的正統性、多元性の確保、既得権益との関係、といった基本的な視点から改革の方向性を探っていく。ただその前に、世襲議員の問題について必ず語られる憲法問題について言及しておきたい。

2.世襲議員規制と憲法問題


 世襲議員を何らかの形で規制しようという動きに対し、「それは憲法改正につながるから無理だ」という議論が、主に現役議員によってよくなされる。よって本稿でも、この点に触れないわけにはいかないだろう。そもそも憲法改正の可能性があるというだけで議論を封じ込めこめようとするのは悪しき風習だが、ここでは、憲法改正の問題になる可能性が極めて低いことを指摘しておく。

 世襲候補の立候補などに何らかの規制をかけることは、憲法22条の職業選択の自由、憲法14条の法の下の平等、あとは参政権などとの関係で議論されることが多い。しかし、職業選択の自由のようないわゆる経済的自由権に対する規制に対しては、司法の違憲審査権の行使は抑制的であるべきだ、というのが憲法学者の間での通説的見解である。また、法の下の平等との関係でも、形式的平等(機会の均等)を回復するための措置として位置づけることが可能である。

 他方、日本で違憲審査権を持つのは最高裁であるが、その最高裁の基本的な立場は、世襲議員問題など政治の基本にかかわる判断は立法府の裁量に委ねるというものである。また、合憲性に多少の疑義がある場合でも、法文を合憲的に限定解釈するという手法も用いることがある。

 そもそも議員の子弟が議員になることを制限することが職業選択の自由などを制約し違憲なのであれば、民間企業などで職員の子弟の採用を禁じている内規も違憲性を帯びることになるはずである。はたしてそうだろうか?

 憲法は、企業と社員など私人間の活動に対しても適用される、というのが判例上も学説上も確立した法理である。たとえば日産自動車がかつて定めていた男女別定年制に対して、最高裁は憲法14条(法の下の平等)を間接的に適用して無効だと判示したことがある。もし職員子弟の採用を制限している企業の内規が違憲性を帯びるのであれば、すでに最高裁によって無効とされていてもおかしくない。しかしそのような判断は今までなされていないし、「親の会社に入りたいのに内規で門前払いされた。これは憲法違反だ」と裁判所に泣きついても、その言い分が認められる可能性は非常に小さいと私は考える。

 このように、世襲議員を何らかの形で規制する法律が成立したとしても、それが最高裁によって違憲と判断される可能性は非常に低い。そうしたわずかな可能性に脅えて議論自体を抑制するのは適切ではないし、議員定数(公職選挙法)について最高裁から複数回違憲判決を受けている立法府が今さら萎縮すべきことでもない。さらに、万が一違憲判決を受けた場合でも、憲法改正がリアリティを持たないのであれば、法律を廃棄すれば良いだけの話である。

3.改革の方向性


(1) 政党内部への民主主義プロセスの埋め込み
 前回も述べたように、政治主導の理念だけではなく、世襲議員にとっても、民主主義的正統性はその存在を正当化する最大のバックボーンとなっている。民主主義国家において、政治家は国民の姿の投影と言われるが、世襲議員を選んだのも国民なのである。

 ただ、国民が自ら本当に(世襲議員を)選んだ、と言えるようにするためには、多くの選択肢が与えられていなければならない。しかし、政治学の「デゥベルジェの法則」を持ち出すまでもなく、小選挙区制では現実的に当選する可能性があるのは2人の候補者――日本の場合はたいていは自民党と民主党の公認候補――しかいない。その2人のうちの1人が世襲候補であれば、有権者が世襲議員に批判的であっても、世襲議員が当選する可能性は大いにある。選挙の争点が無数にあり、有権者の価値観も多様化している割に当選可能性がある候補者が2人しかいないとなると、自分の投票行動を「世襲議員か否か」という争点で決める有権者は少ないからである。

 実際、世襲議員への賛否を問う世論調査では過半の者が否定的に答えているが9、選挙結果はそうはなっていない。

 そうなると、特に小選挙区制の下では、政党内で公認候補が選ばれるプロセスが非常に重要となってくる。政党内で世襲候補が優遇され、親の(当選可能性の高い)選挙区を引き継ぎ楽に公認を受けているとすれば、世襲議員の民主主義的正統性はにわかに怪しくなってくるからだ。もし親のおかげで「最後の2人(二大政党の候補者)」まで苦もなく達して、その「最後の2人」の候補者間での選挙で勝ったからといって、はたして「有権者に選ばれたのだから世襲議員批判は一切あたらない」と言い切れるだろうか。また、人材間の競争という意味でも、多元性の確保という意味でも、政党内のプロセスは重要な意味を持つ。

 「政党」という用語は憲法にも規定されておらず、法律に現れたのもごく最近である。しかし、自民党を見ればわかるように、その存在は極めて大きな影響力を持つ。税金による多額の助成も受けている。そういう意味では、特に二大政党については、今後は公器として扱っていかなければならない。

 民主主義的正統性の確保のためにも、政治に多くの人材を惹きつけ競争を活発化させるためにも、多元性を吸収するためにも、政党内でのプロセスをより民主化することが望ましい。最低限、内部プロセスが外部から見えるように透明化し、有権者がそれを見て選択をできるようにすることが必要である。

 会社には会社法が存在し、内部の意思決定プロセスなどについて、さまざまな規制が加えられている。特に公開会社は公器として扱われ、会社法以外にも、証券取引所などの様々な規制を受け、情報の開示が求められる。今後は、政治資金の透明化なども含め、政党にも政党法のようなものが必要となるのではないか。その際には、民主主義的正統性の重要性にかんがみ、より民主的なプロセスを埋め込んでいくべきである。

(2) 選挙制度改革
 この点については多くの議論があるのでごく簡単に触れる。小選挙区制が世襲議員に有利に働くか否かについては政治学者も含め様々な議論があり、コンセンサスは生まれていない。ただ、選挙制度の問題は、世襲議員について考える際には避けて通れない問題である。

 私は、大選挙区制の方が、有権者の世襲議員の可否についての判断権の行使を可能にすると考えている。ただ、その結果がどちらに転ぶかは予想できない。また、イデオロギー対立の時代が終わり、価値観が多様化する中での小選挙区制の導入には、いまだに賛同できない10

 いずれにせよ、大選挙区制においては選挙後の政党間の交渉によって多元的な価値の調整と多数派の形成が図られるのに対し、小選挙区制においては選挙前の政党内において多数派の形成が図られる。その意味でも、前述の政党内プロセスの透明化がますます重要性を持つことになる。

(3) 競争条件の均質化――「三バン」をどうするか
 人材間競争の活発化のためには、人材の競争条件をなるべく均質化することが望まれる。たとえば世襲候補というだけで優れた人材まで排除するのは適切ではないが、世襲議員が「三バン」の相続を通じて初めから優位な地位に立つのも適切ではない。優秀な世襲議員は少なくないが、そういう人材であれば、競争条件を均質化しても必ず競争を勝ち抜いてくるはずである。

 資金的な面(「三バン」のカバン)については、ジャーナリストの上杉隆氏などが、後援会の「世襲」が税制面で非常に優遇されていることを指摘している。競争条件の均質化のためには当然、是正が必要となろう。

 他方、資金以外の二バン――知名度と地盤――については、親と同一選挙区からの立候補を禁じるなどの規制策が提案されてきた。しかし、それでは競争条件の均質化には十分ではない。なぜなら、中選挙区制時代からの議員は周辺の選挙区に影響力を持っており、また、党県連の幹部として、同じ県の候補者選定などにも大きな力を持つ。後援会の「世襲」もたとえば親と隣の選挙区であれば比較的容易であろう。

 その意味では、今後の候補者については、自分の直系親族の選挙区と同じ都道府県の選挙区からの立候補を一定期間(最低で20年間)禁じるのが最も妥当性を持つのではないか。この規制の導入は重大な効果を伴うので、きちんとした実証分析が必要となるが、優秀な世襲候補の機会を一切奪わないことと、競争条件を均質化することとの、ちょうど妥当なバランスはこのあたりだと考えている11。もちろんこの規制を入れたとしても世襲候補(議員)は、親の党内でのネットワークを通じて非常に優位な位置に立つと予想される。ただ、競争条件の完全な均質化は不可能である以上、この点での規制はこの限度に留めておき、党内のプロセスの透明化を通じて外部のチェックがはいるようにすべきである。

(4) 政策形成における政官分担の再構成
 すでに述べたように、政治における世襲議員の突出は、「官主導」の政策形成と補完関係にあったと私は考えている。よって、より多くの人材が競争して政治家になるようなメカニズムを構築していくのであれば、官との役割分担も再定義しなくてはならない。また、その過渡期に、官に独占的に蓄えられた政策形成能力をどう移行させていくかについても考えなくてはならない。ただこの点については大きな論題なのでここでは省く。

4.結語


 「政治主導」時代の政策形成能力、という視点で、世襲議員の問題を見てきた。しかし究極のところ、政治家を選ぶのも、政治家になる権利を持つのも、有権者である。したがって改革の方向性も、有権者がよりよく政治家を選ぶことができ、政治を志す者がより対等な条件で世襲候補と競争できるためのものに過ぎない。今後はより具体化した提案もしたいと思っているが、その基本的方向性は変わらない。

 この論考が始まってから3週間経つが、その間、中川財務大臣の辞任により、世襲議員の問題は再び脚光を浴び始めた。次の選挙では一つの争点になることを期待したい。



9 毎日新聞が昨年行った世論調査では、世襲は避けるべきという回答が48%だったのに対し、有権者が自ら選ぶのだから問題はないという回答が44%と、意外に世襲議員に対する風当たりは強くない。しかし、冒頭で掲げたような状況が生じているため、今ではこの数字もだいぶ代わっている可能性がある。

10 Lijphart, A. 1999. Patterns of Democracy. Yale University Press. によれば、世界的な潮流はむしろ大選挙区制の方向性であることがわかる。

11 たとえば民主党の小沢代表が岩手県外から立候補すれば、鳩山由紀夫幹事長を含め、この規制にかからなくなる。