第二期第5回研究会【給付付税額控除研究会】 

6月8日、権丈英子・亜細亜大学経済学部准教授より「オランダにおけるフレキシキュリティとワークライフバランス」についての報告を受け、その後メンバーで議論を行った。
権丈氏の報告の概要は以下のとおり。

1.フレキシキュリティ(flexicurity)とは

フレキシキュリティとは,労働市場における柔軟性(flexibility)と労働者の生活保障(security)を組み合わせた造語で,両者を考慮した政策が重要であるという考え方である。デンマークのフレキシキュリティ(黄金の三角形)が有名であるが,これは(1)解雇のしやすい柔軟な労働市場を,(2)寛大な社会保障制度(失業給付等)で支えるとともに,(3)積極的労働市場政策(職業訓練・職業紹介等)によって失業・非労働から就業への移行をサポートするものである。フレキシキュリティは,デンマーク・モデル(黄金の三角形)だけを指すのでなく,EUでは,2007年11月にフレキシキュリティに関する共通原則を採用し,各国がその国の労働市場の実態に応じて、フレキシキュリティに取り組むこととなった。

2.オランダのフレキシキュリティ

フレキシキュリティの用語が最初に使われた国とみられているオランダでは,1999年に「柔軟性と保障法(フレキシキュリティ法)」が成立した。ここにいたる労働市場改革の起源は1982年のワッセナー合意に求めることができる。これは,当時の構造不況打開のため,労働時間の短縮,賃上げ抑制,社会保障改革などを政労使で合意したものである。その後,パートタイム労働(主に正規労働)・フレックス労働(いわゆる非正規労働)など就業形態の多様化が進み,男性が仕事、女性が家事といった性別役割分業が顕著な社会から,男女がともに仕事と仕事以外の活動をする社会へと転換した。失業率は大きく改善し,女性の労働力率も急上昇する一方,合計特殊出生率(TFR)も上昇し,TFRは1990年に日本を逆転し,2000年以降1.7を維持している。

3.就業形態の多様性

オランダの労働市場では,正規労働者の解雇は容易でない。パートタイム労働や派遣労働などを活用して,労働市場の柔軟性を確保している。

パートタイム労働者の割合は,70年代初期には1割に満たなかったが,現在では3割を越え,先進国中最も高くなっている。この背景には,サービス経済化の進行や女性の高学歴化もあるが,80年代以降,パートタイム労働者の待遇改善に労使が取り組み始め,90年代に入ってから,法的にも整備されたことが大きい。具体的には,1996年に労働法で労働時間による差別が禁止され(フルタイム労働とパートタイム労働の均等待遇),2000年には労働時間調整法により、労働時間の延長・短縮を要請する権利が労働者に認められるようになった。

派遣労働については80年代以降増加しており,他のEU諸国と比べてもその割合は高い。政府は90年代後半に派遣労働者の待遇改善に乗り出し,現在では,特に,新しく就職する若者や既婚女性の再就職の手段として派遣等が活用されるようになっている(非正規労働者の3分の2は,3年以内に正規雇用へと移行)。

労働市場の柔軟性(主に非典型労働の活用による)を,充実した積極的労働市場政策,しっかりした最低生活保障,そして典型労働と非典型労働の均等待遇の原則で支えることで,労働者がライフステージの変化に応じて就業形態を選び,労働時間を選択する自由度が高いのがオランダの特徴といえる。

4.質疑応答

Q: パートタイム労働とフルタイム労働の均等待遇というお話で,時間当たりの賃金はほぼ同一になっているというが,当然収入は異なっているはず。パートタイム労働に伴う貧困のような問題はあるか。

A: 確かに労働時間が短いと収入が少なくなるのは事実。だが,オランダのパートタイム労働者には,非自発的パート(フルタイムの仕事がないからという理由で非自発的にパートタイムで働いている者)は非常に少ない。パートタイム労働者は一般に労働時間の短い正規労働者(いわゆる短時間正社員)のことであり,貧困問題があるとすれば,それは非正規労働に伴う問題である。ただし,労働者のキャリア形成という点では,長期にわたってパートタイムで働くと,仕事の経験が少なくなってしまうので,そうしたパートタイム労働者がフルタイム労働者と同じキャリアパスをたどることはやはり難しい。そして長期にわたってパートタイムで働く者には女性が多いので,男女平等という観点から問題とみなされている。

Q: 「非正規労働者の3分の2は,3年以内に正規雇用へと移行」とのお話だが,これはかなりうまく行っている状況と思われる。どうしてこういう状況が成立するのか。

A: 1998年の労働者派遣法および1999年のフレキシキュリティ法で,派遣労働などについても(労働者側からみて)均等待遇が原則とされている。このため,ユーザー企業にとっては派遣会社への支払いがある分,コスト高になる。このため,ユーザー企業は,派遣労働を,恒常的な低賃金労働として雇うのではなく,人材のスクリーニングや短期的な仕事に従事させるために活用する。

Q: 均等待遇にした場合,賃金水準への影響をどのように考えるか。

A: パートタイム労働者の賃金を,フルタイム労働者の賃金と等しくしなければならなくなったので,フルタイム労働者の賃金を下げました,という話は聞かない。ただ,労働市場が柔軟になり,労働供給の制約が緩和されたので,賃上げ圧力は低下したと考えられる。また,賃上げが抑制基調だったので,核所得者の賃金の伸びが鈍化し、それを埋め合わせるために,以前に比べて,女性が結婚・出産後も働くようになったということはある。

Q: 均等待遇は,賃金以外の部分にも及ぶのか。

A: 1996年に,パートタイム労働者については,賃金,手当,福利厚生,職場訓練,企業年金など,労働条件のすべてにわたって, フルタイム労働者と同等の権利が保障されるようになった。

Q: 近年,55-64歳の労働者の就業率が上昇しているとのことだが。

A: 80年代から90年代にかけて欧州大陸諸国では,失業を減らし若者の雇用を確保するために早期退職を促進しており,55-64歳労働者の就業率は大きく低下した。90年代後半くらいから,社会保障給付削減の要請等から,55-64歳労働者の就業率を高める方向に政策転換している。オランダでは,この10年間に彼らの就業率が急上昇しているが,パートタイムでの就業も多い。

報告中にも、参加者からは多くの質問が出され、活発な議論が展開された。

文責:中本淳 プロジェクトメンバー