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第40回東京財団フォーラム・レポート「番号制度からみた税・社会保障改革」

October 13, 2011

第40回東京財団フォーラム・レポート


導入に向けて準備が進められている「社会保障・税番号」。今年6月、政府は「社会保障・税番号大綱」を決定し、2015年をめどに国民一人ひとりに生涯変わらない番号が割り振られ、年金、医療、税務などの分野に活用されることが予定されています。

しかし、大綱では、システム設計など「ハード面」は定められているものの、どう活用するのかといった「ソフト面」での検討はまだまだ不十分です。

9月30日に開催した第40回東京財団フォーラムでは、少子高齢化や格差拡大、財政赤字などの問題を抱える日本において、公平・公正で効率的な税制や社会保障制度につながるような番号制度の活用について考えました。また、番号制度導入に伴い不安視されるプライバシーの問題についてもどのように考えるべきか議論を行いました。

「番号制度の概要と今後の課題―国民利便の観点から」

森信茂樹 (東京財団上席研究員)

なぜ今番号制度の議論なのか-番号の活用方法についてはこれから議論が本格化

番号制度の導入はこれまで3つの場で議論をされてきた。1つは税制調査会、もうひとつは「消えた年金記録問題」を契機として社会保障番号の導入が議論された内閣府と厚生労働省。また内閣官房でも、IT戦略会議で番号の議論が行われてきた。

民主党政権になり、「社会保障・税番号」として今年6月に法案の大綱が決定した。早ければ臨時国会、あるいは通常国会に法案を提出する予定で準備が進められている。

番号制度は、所得を正確に把握するとともに、正確な所得に応じた確実な給付を実現するため、社会保障・税の一体改革を実現するための欠かせない仕組みとして検討されている。

しかしながら、大綱を見た限りでは、番号制度の具体的な姿はわからない。というのも番号という「ハード面」については記載されているが、番号をどのように税・社会保障に使うのかという「ソフト面」の部分が十分書き込まれていないからだ。つまり番号をどのように活用し、どう私たちの生活に影響を及ぼすかは、これから議論が行われることになる。

「社会保障・税番号」は所得を正確に把握し、正確な所得に応じた確実な給付を行うためのインフラ

社会保障・税番号は、国民と法人に配られる新しい番号である。2015年をめどに利用が開始される予定で、年金、医療、介護、福祉、労働保険、税務の分野の手続きなどで使われる。この番号を利用して情報を結びつけることで、納税や年金、医療などに関する手続きの簡素化、効率化による行政コストの削減なども期待されている。その結果、国民の正確な所得が把握され、その所得に応じた確実な給付が実現される。

また番号と番号に関わる個人情報を、誰がどう使っているかを自分で確認できる専用のウェブサイト「マイ・ポータル」が設けられる。このウェブサイトに税務署や年金機構など行政機関から様々な情報が送られてくる。

ほとんどの先進国で導入されている番号制度

先進国では大部分の国が番号制度を導入している。しかし、その番号をどう使うかは国によって大きく異なる。

例えば、番号制度が国民生活の中に入り込んでいるのがスウェーデン。スウェーデンは番号の管理を国税庁が行っているが、もともと教会が管理をしていた。子どもが生まれた瞬間に親が出生を届けると、必要な部局に情報が送られ、子ども手当ての要件を満たすと自動的に親の口座に振り込まれる。申請し忘れると非常に苦労をする日本とは大きく異なる。

スウェーデンの対極にあるのがドイツ。ドイツはナチスドイツがユダヤ人に番号をつけて管理をしていた歴史があるため、番号に対する嫌悪感は強い。しかし、分権国家のドイツは、州がかわると税の面での連携が悪く、そこだけは何とかしたいと長年の議論の末、税務に限って納税者番号を2009年に導入した。社会保障などには使えない番号のシステムである。

スウェーデンとドイツの中間に位置するのが、オランダとオーストリア。私が参考になると考えているのはオランダ。オランダはまずドイツのように納税に使用する番号として導入した。そして10年かけ国民的な議論をして今度は社会保障にも使おう、今度はこういう用途に使おうと活用の範囲を拡大してきた。

各国ともそれぞれの歴史的背景やニーズに応じて番号制度を導入している。日本も日本に合った形や利用方法について議論を経て導入していく必要がある。

番号制度の導入で実現すること

番号制度で実現ができることについては、内閣官房のホームページにも掲載されている。例えば、高額医療・高額介護合算制度では、いまは立替払いをした後で精算しているが、番号を導入することで、事前に保険者と医療・介護サービス提供者間の情報連携により、自己負担の上限に達したという情報が事前にわかるので立て替え払いの必要がなくなる。また、給付可能サービスについても行政から通知されるので、申請が基本となるこれまでの仕組みより便利になる。そのほかにも税務では源泉徴収票などの添付が不要になることから確定申告手続きが簡略化される。

番号は所得把握精度を向上させる

番号制度が、税務の面で活用されると、所得の把握精度が上がる。これは、取引の相手先を通じて財務当局に集まる法定調書、情報を名寄せ突合する際、これまで住所の変更や外字などで効率的に行えなかったものが、番号を活用することで名寄せ、突合の作業がより正確に行うことができるためである。

ただ、所得については、さらに踏み込んだ議論も必要だ。番号を使ってどのような法定調書を集める必要があるのか、法定調書の範囲をどこまで拡大するかが焦点となる。現在、法定調書は、証券、投資信託の分配金や配当、年金の源泉徴収票、給与所得の源泉徴収票などがある。しかし日本では銀行の預金利子が源泉分離課税となっており、個人の利子所得には支払調書はない。諸外国は個人の利子所得にも支払調書を求めている。今後消費税の導入などで一定の所得以下の人に給付をしようとした場合、年金は少なくても莫大な金融所得がある人をどうするのかを議論することが必要になる。そこで、利子所得の情報も番号をつけて集めておくことが求められる。このような議論が今秋の政府税制調査会で始まる。

ただし金融資産残高の情報を把握している国は先進国ではどこもない。これは、そこまでの税務国家になってほしくないという国民の意思のあらわれだろう。また事業所得の情報を把握している先進国もない。つまり番号制度が導入されても給与所得者(サラリーマン)と個人事業主(自営業者、農家)との所得把握の不均衡を表す「クロヨン」(所得把握率が給与所得者9割、自営業者6割、農家が4割と不均衡であることを表した言葉)が完全になくなるわけではない。

番号を活用した国民受益の政策とは

1.給付付税額控除

東京財団では、番号制度を導入するのであれば、納税者の立場から以下のような行政サービスをすべきだということを提言してきた。最も重要なもののひとつが給付付税額控除である。とりわけ今後、消費税を引き上げる議論が本格化すれば、低所得者対策が必要との声も挙がるだろう。低所得者対策としてヨーロッパ諸国では、「基礎的食料品」に対する軽減税率を実施している国もあるが、標準税率が適用されるものとの間での消費の選択をゆがめたり、軽減税率が課されるものの範囲に曖昧さと恣意性が残り、結果として執行コストが高くなったりしている。かわって最近カナダなどで導入されているのが、低所得者に食料品や日常必需品の購入にかかる消費税分を還付するという効率的な仕組みである。これは所得を正確に捕捉する番号制度が整っているからこそ実施できる政策である。

このような消費税増税に対する対策については、民主党のマニフェストにも書いてあり、この点において、税・社会保障一体改革、さらには消費税の引き上げと番号制度の活用は事実上リンクしている。番号制度の導入は2015年を目途としているが、これは2010年代半ばまでに10%まで消費税を引き上げるということと符号している。

また消費税増税の低所得者対策だけでなく、勤労税額控除というワーキングプアの人々への給付制度にも活用できる。勤労すればそれを条件に政府が減税や社会保障給付を行うという政策で、日本以外の先進国では標準的な制度になっている。人々の勤労意欲を発揮させるメカニズムを埋め込み、自助・自律の精神を中核にすえた社会保障制度である。

2.金融所得一体課税

投資の時代にふさわしい税制として、株式譲渡所得・配当所得・利子所得を一体化することが政府の方針になっている。現在は、証券会社に口座を設けると、証券会社の中で損益通算を配当と株式譲渡損失で行っているが、それを銀行預金に生じる利子所得まで拡大しようというものである。これも番号制度が導入されなければ実施は難しい。

利子所得も含めて損益通算できればリスクをとりやすく、投資を促進させる税制となる。利子所得は銀行、株式譲渡損失は証券会社に情報があり、異なる金融機関にまたがっているため、番号制度によって情報を集めることで、利益と損失を相殺する仕組みが可能となる。

3.記入済み申告制度と実額控除

番号制度が導入されると、「マイ・ポータル」に給与所得や年金などさまざまな情報が入ってくる。それらの情報を納税者の申告書に記載し、納税者がその内容を確認することで申告を終了させる仕組みの導入は、納税者の申告書作成負担を緩和し、間違いや申告漏れを防ぐことにつながる。

また、この記入積み申告制度とe-TAX(申告などの国税に関する手続きについてインターネットを利用して電子的に手続きが行えるシステム)を組み合わせると自己申告制度が導入できる。自らの税額を申告により確定する自主申告制度を選択的に導入すれば、国民の納税者意識を高めることができるほか、年末調整にかかる事業者の事務負担をなくすことができる。

加えて、自主申告制度が導入できれば、サラリーマンであっても新聞代や書籍など経費として控除できるような税制改革や、イギリスやフランスにある働く女性のベビーシッター代を税額控除できるようなシステムも可能となる。

これらの番号制度導入で実現できる国民利便の租税政策をあわせて打ち出す。すぐできることではなくても議論をする意味は大きい。

民間の番号の利用の可能性

番号を民間がどう活用すべきか、どう活用してよいのかという議論も必要となる。番号制度を運用するには金融機関などの民間から、所有している情報に番号をつけて行政に知らせるなどのさまざまな義務が発生する。これらのコスト負担に見合うメリットとしての民間利用について今後検討が必要になる。慎重に取り扱うべき問題だが、まず金融機関での本人確認には番号を使ってもいいのではないかと考えられる。

オランダのように国民的な議論を経ながら、番号の活用範囲を広げていくしかないのではないか。


■ 当日使用したパワーポイントは こちら

「番号制度と情報プライバシー」

鈴木正朝 (新潟大学大学院実務法学研究科・法学部教授)

番号制度は手段であり目的は社会保障と税の一体改革

番号制度は、目的ではなく手段である。そもそも目的は社会保障と税の一体改革であり、重要なのは生存権を保障するに足る安定的恒常的財源の確保であり財政再建である。よって番号制度の費用対効果は、手段である番号制度の必要性とともに、社会保障と税の一体改革の内容と改革の程度によるところが大きく、その意味では政治問題である。

今日、原発事故や大震災、財政状況の悪化、年金、医療制度など崩壊過程にあるという認識がある中で、憲法論としては、生存権をどう確保するか、社会保障制度をどう維持するかということを抜きには語れない。そのような状況では、番号制度とプライバシーの権利という狭い範囲での議論では番号制度への批判として説得力を持たなくなっている。

憲法から導かれるプライバシー権の確立を

プライバシーの権利が人権として憲法上保障されることは学説判例上承認されているがその内実については、今日でも議論が続いている。現行の個人情報保護法は、こうした難しい議論を回避し、個人情報という概念を使っている。しかし、特定個人を識別し得る情報という形式的判断基準では、情報の機微(センシティブ)性など情報の価値や重要性に着目した解釈ができず、法の適用における混乱を招いている。番号制度においては、国民のプライバシーの権利を具体的に保護し得るよう第三者機関を設置し、番号に係る個人情報を取り扱う制度、情報システム等について事前の情報影響評価を行うことが検討されている。プライバシーの権利を基礎とした情報の重要性に着目した判断は不可避的であるはずである。番号法は現行個人情報保護法の特別法として位置づけるのであれば、基本的な考え方において一般法である個人情報保護法と齟齬を来すことが明白であろう。

憲法13条を根拠とするプライバシーの権利の内容を半世紀以上も議論しているわけであるが、番号制度導入ということを契機に、そろそろ一つの結論を出すべき時期に来ているように思われる。国会は、プライバシーの権利の内容を法律で定めた「情報プライバシー保護法」に向けて個人情報保護法を発展的に改正すべきである。

生存権とプライバシーの権利のバランスをどうするかという議論を

もちろん番号制度は監視社会化をもたらすという批判も出る。マイナス面についても明らかにする必要はある。しかし少子高齢人口減少社会と財政の危機の中、情報技術を用いた効率的で強靱な電子政府を志向していくほかない状況にある。人海戦術による紙中心の手作業に戻ることはできない。ただし、監視社会への不安にも当然応えなければならない。どこまでは認められて、どこからは認められないのかをさらに踏み込んで考えると同時にルールが守られるよう担保するしくみも検討し実装していかなければならない。

プライバシーの権利も生存権も、憲法から原理的に導かれるところは限界がある。それを具体化するための検討事項の大半は国会(立法)の裁量に委ねられる。プライバシーの権利と生存権、両方の人権保障にはトレードオフになる関係も含まれる、どこでバランスをとるかの具体的判断は、政党中心に選択肢を示し、報道機関がそれを広くわかりやすく伝え、最終的に国民が選択していくべきことになるだろう。


■当日配布のレジュメは こちら

■当日使用したパワーポイントは こちら

■パワーポイントの続きは こちら



担当政策プロデューサー(坂野裕子)所感

東京財団では4年前から「給付付税額控除」を導入するための根拠として「番号制度」について研究を行ってきた。フォーラムでも触れられたように番号制度は、インフラ、または手段であり目的ではない。目的は、税と社会保障の一体改革であり、これからはまさに改革の具体的な中身が問われる。誰が負担をして誰が給付を受けるのかという、社会のあり方そのものについての議論である。

またプライバシーの問題に関しても、現行の個人情報保護法の限界を明らかにし、これを機会に現行の個人情報保護法の制度や運用のあり方を含めて抜本的に対応していく必要があるだろう。

今回のフォーラムの参加者からは、番号制度について具体的なイメージがわかないという意見を多くいただいた。おそらく番号制度導入後の税と社会保障の一体改革の姿がはっきりしていないからだろう。東京財団では、今後とも番号制度を含めたこれらの課題について積極的に発信をしていきたい。

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