税と社会保障 ― 親切・重税国家か、冷酷・軽税国家か

税と社会保障 ― 親切・重税国家か、冷酷・軽税国家か


東京財団上席研究員
森信茂樹


2つの選択軸
私は、わが国の少子高齢化社会を前提に、税と社会保障(年金、医療、介護)を一体的に再設計することによって、安心社会の建設を目指すことを研究テーマとしています。安定的で効率的な社会保障制度を構築することが、人々の安心につながり、財布のひもも緩んで消費拡大・経済活性化につながるという考え方です。また、我が国の危機的財政状況とその経済に与えるリスクを考えると、社会保障費を野放図に増加させていくことには反対で、2011年にプライマリーバランスを黒字化するという国際公約は守るべきだと考えています。

つまり、今以上の財政赤字の拡大を行わずに、税制改革と社会保障改革を一体的に行うことで、格差問題、少子化問題、高齢化社会に対応するような政策を考える、これが私の研究テーマです。

その際一番重要なことは、受益と負担のバランスをとることです。より大きな受益を求める人はより大きな負担に耐えるべきで、受益を賄えないような負担は、赤字の拡大をもたらすという、現実を見据えた政策でなければ長続きしないでしょう。

故人となられた京都大学の高坂正堯先生は、現実の世界には、「親切・重税国家」と「冷酷・軽税国家」の2つしかありえず、どちらを選ぶか、これが本当の選択だ、という趣旨のことをおっしゃっています。

困ったときには必ず政府が出てきて、手とり足とり助けてくれるが、個人が得た所得の7、8割は税金や社会保険料として納めなければならない。時にはむだなサービスもあるが、何かあった時は安心な社会、これが「親切・重税国家」です。

一方、政府の用意する年金は老後の生活保障には足りませんが、税・社会保険料を引いて手元に残る6、7割の所得を、自己責任で貯蓄し老後に備えることができる国家、これが、「冷酷・軽税国家」です。

現実は、自民・民主ともポピュリズム
このような立場から自民党、民主党両党の選挙公約をみると、受益に関しては、どちらもバラ色の夢が書いてあるのに、負担(財源問題)はあいまい(非現実的)で、とても「受益と負担のバランス」がとれたものではありません。双方ともが負担の議論はしない、ポピュリズム(大衆迎合主義)に陥っているようです。

現在概要が伝えられている民主党のマニフェストは、政策を3段階に分け次のような内容となっています。

初年度(09年度)実施のものとして、道路暫定税率の廃止、後期高齢者医療制度の廃止、2期(2010年から11年)実施のものとして、農業者個別所得補償制度、子供手当の創設、高速道路に無料化、さらに第3期(2012年度)のものとして、年金制度改革(基礎年金の税方式化)を挙げています。その財源である20.5兆円は、埋蔵金で6.5兆円、租税特別措置の見直し等の税負担増で4.8兆円、補助金の見直し・入札改革・人件費の削減等で9.2兆円となっています。

常識的に考えて、公的年金の基礎年金部分を全額税方式でといいながら、消費税の引き上げを否定している点の非現実性が目立ちます。また、ガソリン税等の暫定税率分の引き下げを主張しながら、地方の道路財源には影響がないとも言っており、これも非現実的です。さらには、子供手当、農業個別所得補償には、莫大な財源がかかりますが、その財源の3分の1は「埋蔵金」を当てるとしています。実はこの点は、自民党の財源ともオーバーラップしていて、その具体的な中身が問われるところです。

「埋蔵金」とは、特別会計に積み立てられている準備金・剰余金をさすようですが、ストックの概念である積立金の余剰は、ストックで積みあがっている国債の償還に向けることが経済学的にみて正しいこと、外為特会の剰余金等は、円ドルレートや為替レート次第で大きく変わるもので、恒常的にあてにできるものではなく、恒久財源にはなりえないという批判にどうこたえるのでしょうか。

自民党は与党なので、より厳しい評価をすべきでしょう。2011年のプライマリーバランス黒字化には16.5兆円の歳入ギャップを埋めなければならないとしていますが、経済情勢は悪化するばかりで、ギャップは拡大しています。経済対策として決まった定額減税や、基礎年金国庫負担引き上げの2.3兆円の財源もあいまいなままです。後期高齢者の見直しをして公費負担を増やすことになれば、追加的に兆単位の財源が必要になります。

以上のように、今回の選挙は双方ともばらまき政策のオンパレードで、何ら受益と負担のバランスをとるという発想はないものとなっています。

マニフェストは誰が検証するのか
このように、双方が現実離れした政策を主張する背景には、「歳出削減は善、増税は悪」という認識ができてしまったことが挙げられます。社会保障費を例にとって考えて見ると、毎年の社会保障費の削減額は自然増から2200兆円とされ、その具体的方法として、医療費の自己負担の引き上げや生活保護費の切り下げ、後期高齢者医療制度の創設が行われてきました。今後は、年金の支給開始年齢の引き上げや介護保険料の引き上げの話が出てくるでしょう。歳出削減は、自らの負担には関係ないと思っていたのに、医療費や介護保険料の自己負担分が上がっていくのです。歳出削減ならいくらでもやってくれ、と思っていたけど、どうも話が違うようだ・・・これが今日の国民の思いです。

このような状況の下では、有権者は、どちらの政党の言うことがより「正直」か、それだけをメルクマールにせざるを得なくなっています。その点から判断すると、民主党の改革の意欲は大いに買うものの、巨額な財源のかかる年金の税方式を歌いながら、消費税率の引き上げはない、という点がどうもひっかかります。少し負担は上がるが、その分社会保障はしっかりやる、安心していただきたい、とどうして言えないのでしょうか。「親切・重税国家」か、「冷酷・軽税国家」かという選択肢にならない現状にもどかしさとむなしさが残ります。

政党のマニフェストにどれだけの信ぴょう性があるか国民にはなかなか判断できません。オーストラリアでは総選挙にあたって与野党の選挙公約について、財務省と予算行政管理省がその費用計算を行い、結果を公表することを法律で義務付けています。受益と負担のバランスが明確になっているので、有権者は安心して投票のための判断材料として活用することができるのです。我が国でも、中立的な機関、たとえば衆議院・参議院の事務局が、その現実性を審査し公表するという方法を考える時期に来ているのではないでしょうか。こうすれば、現実離れしたバラ色の選挙公約は、すぐ国民の批判にさらされ、有権者の支持を失うことになるでしょう。