タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/7/26

TPPでメキシコとカナダに先を越された日本


東京財団研究員兼政策プロデューサー
浅野 貴昭


メキシコ、カナダのTPP交渉参加が決定

2012年6月、メキシコのロスカボスにてG20(主要20カ国・地域)首脳会合が開催され、その折に現地ではアジア太平洋地域の経済秩序をめぐる重要な発表が行われた。メキシコ、カナダ両国がTPP(環太平洋パートナーシップ)交渉に新たに加わることを交渉参加9カ国*1 から認められたのだ。

このニュースは、社会保障・税一体改革法案をめぐる与野党修正協議や民主党内の主導権争いといった話題と重なってしまい、国内では必ずしも十分な関心を引かなかった。

遡ること約8カ月、昨年11月11日に野田佳彦首相は米ホノルルで開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議への出席を前に、記者会見を開催。日本政府は「TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入る」ことを明らかにした。当時、これは日本による実質的なTPP交渉参加表明として国際社会からは受け止められ、ホノルルAPEC(アジア太平洋経済協力)では、日本に続いて、メキシコ、カナダもTPP交渉参加に向けて関係諸国との協議に入ることを希望した。ホノルルでのTPPをめぐる一連の展開は、日本の決断には他国の意志決定に影響を及ぼすだけの重みがまだあるのだ、という解説付きで報道された。

それであるにも関わらず、蓋を開けてみれば、TPP交渉プロセスへの参加が認められたのはメキシコとカナダであった。彼らを巻き込んだはずの日本が、むしろ置いてきぼりを食った形となってしまった。

米国との交渉を着実に進める海外勢

では、メキシコ、カナダ両国と日本の命運を分けた要素は何だったのか。今のところ、「決断できない日本政治」という文脈で解説されることが多い。つまり、日本では消費税増税を柱とする社会保障・税一体改革論議が優先されたこともあり、国内調整を進められず、ついにTPP交渉への正式参加を表明する機会を失ってしまった、という説明だ。

しかし、外交は万事、相手があることであって、これでは現実の半分しか説明できていない。まず昨年から今年にかけての動きを簡単に追っておきたい。

2011年11月のホノルルAPECの後、日本、メキシコ、カナダはそれぞれ、TPP協定交渉を進めている9カ国との事前協議を始めた。9カ国すべてからの同意を取り付けなくては、交渉への新規参加は叶わない。日本は2012年1月のブルネイとの事前交渉を皮切りに、各国と協議を重ね、米国、オーストラリア、ニュージーランドを除く6カ国からは日本の交渉参加に対する承認を実質的に得たとされる。

一連の事前交渉において、日本、メキシコ、カナダのいずれもが重視したのは、TPP締結交渉を主導する米国の意向だ。そもそも、アジア太平洋地域の4つの国々の間で結ばれた自由貿易協定に過ぎなかったものに、世界一の経済規模を誇る米国が加わると明言したその時から、この自由貿易協定の意味合いが大きく変わったという経緯がある。

USTR(米国通商代表部)高官は、TPP協定が志向する高水準の自由化に新規参加国がコミットする準備があるかどうかによって、最終的に交渉参加の可否が決まると発言。メキシコに対しては「信頼醸成措置」と称して、ACTA(偽造品の取引の防止に関する協定)への署名やマドリッド協定議定書の批准など、具体的な項目を挙げて、知的財産権保護の強化につながる措置を講じるよう要求した。TPP交渉先発9カ国の「信頼」を勝ち得るために、市場自由化を推し進める覚悟があることを自ら証明せよ、というわけである。

カナダについては、著作権法のあり方や、酪農・養鶏産業における供給管理制度がTPP協定交渉に加わる上での障害だといわれてきた。カナダは2010年10月に、TPP協定交渉への参加を一度、拒まれている。その際も自国の酪農・養鶏市場を保護しようとしたカナダの姿勢が、交渉参加国、特に米国、オーストラリア、ニュージーランドの理解を得られなかったことが不承認の大きな原因であると伝えられた。

その後、メキシコは米国との事前交渉を踏まえて、知財保護強化に向けた対議会調整を早々に進めた。メキシコのフェラーリ経済大臣は、TPP交渉参加9カ国は速やかにメキシコの参加を認めるべきで、日本やカナダの巻き添えを食って、結論を先延ばしされることは迷惑だと強気の姿勢を見せた。商標登録に関わるマドリッド協定議定書の批准や、製薬産業の知財保護強化といったステップを着実にこなし*2、米議会へのロビー活動を積極的に進めるなどして、今年6月、ついに交渉参加を勝ち得た。

また、カナダのハーパー首相は、TPP交渉参加が実現した暁には国益促進の観点から交渉に臨むが、個々の国内産業の利益擁護も忘れない、と発言し、カナダの酪農・養鶏産業に対する外圧を牽制した。しかし、その一方で、TPP交渉に参加すればすべての案件を俎上に載せることを言明*3。今年6月、カナダはかねてより懸案の1つであった著作権法の改正も実現し、メキシコより1日遅れの6月19日にTPP交渉参加が承認されたことが発表された。

メキシコ、カナダが先行した真因は?

メキシコ、カナダの交渉参加決定を受けて、ニュージーランドのグローサー貿易相は、日本の参加について、日本政府が交渉参加に向けた準備を整えるのを待つ、とコメントした。基本的には、日本の決断待ち、というのが米国も含めた交渉参加9カ国の姿勢だ。

それでは、日本が改めてTPP交渉参加を言明すれば、メキシコ、カナダに後れを取ることなく、交渉参加が実現するだろうか。自由貿易協定はどの国の政治にとっても難しい政策課題だ。世界第1位の経済大国である米国にしても、表向きは先頭に立って世界の市場自由化を推進する立場にあるが、地元経済利益を抱える政治家の立場は様々であり、総論賛成・各論反対となりがちである。現に、昨年、米国で批准された対韓国・パナマ・コロンビアFTAが、署名されてから4~5年の間、店晒しにされていたのは、そうした国内政治上の都合からだ。

TPP協定交渉への日本参加については、米自動車業界が反対しており、今年11月に選挙を迎えるオバマ大統領としては全米自動車労組への配慮を欠くわけにはいかない。そうした労組の声を反映してか、この7月には民主党上院議員10人が、日本の自動車市場の閉鎖性を例に挙げ、現段階で日本をTPP交渉に招き入れることは反対であるとの書簡をオバマ大統領に送付している。

また、交渉を担うUSTRの組織的な動機としても、交渉の遅延を防ぎ、速やかに成果をあげることを志向しているのは間違いない。その点では、交渉国が次々と加わり、これ以上、交渉妥結が先延ばしになることは避けたいであろう。

その点、NAFTA(北米自由貿易協定)加盟国であるメキシコ、カナダの場合、政治的なハードルは相対的に低かった。米民主党の強力な支持団体の一つであるAFL-CIO(労働総同盟・産業別組合会議)は、かねてよりNAFTAの環境、労働条項に不満をいだいており、NAFTAに対して非常に批判的であった。オバマ大統領の選挙公約の1つは「NAFTA修正」であり、この度、メキシコ、カナダをTPP協定交渉に迎え入れることは、オバマ政権にとって、NAFTA批判勢力の要請に応え、NAFTAのアップグレードを図るとの自らの公約を果たすことになる、と米専門誌は解説している*4

こうした環境を考慮すれば、メキシコ、カナダによる先行参加を、野田政権の「不決断」のみに帰すことはあまりにも構図を単純化しすぎていることが分かる*5。むしろ、昨年11月の野田総理による会見での表現が、半ば意図的に曖昧なものにとどまっている点を逆手に取られ、日本を交渉プロセスに招き入れたくない勢力によって、日本は決心がついていないから、と都合よく自己正当化につかわれてしまっている側面もある。

この6月に交渉参加を認められたメキシコとカナダについては、実際にTPP協定締結交渉の場に加わるのは12月に開催される第15回交渉会合になる予定である。これは専ら米国の国内手続きによるものであって、交渉開始をUSTRが連邦議会に通告した90日後にようやくメキシコとカナダは正式に参加することを許される*6。議会通告は7月に入ってからなされたため、次回9月6日から始まる予定の第14回交渉会合には間に合わないことになる。

そこで、日本である。8月末までに正式に参加表明をすれば、メキシコ、カナダと同じタイミングで交渉に参加できるという解説もあれば、9月の国連総会出席のための訪米時が好機だという読みもある。夏休み明けから本格化する米国の「政治の季節」*7 を考慮すれば、通商上の課題について議会に判断を迫ることは得策ではないとも言われている。メキシコ、カナダと同じタイミングで交渉参加が決まらなかったことで、注目される度合いやタイミングという点で、事前交渉のハードルが日本にとっては高くなってしまったのではないか。

「日本抜き」は考えにくい

今回のメキシコ、カナダのTPP交渉先行参加という事態は日本側だけにその理由を帰すことはできないが、相手にも事情があることだから、とばかりに、静観をしていればよい、ということにはならない。日本の交渉参加のタイミングが先延ばしになるということは、交渉に関与できる余地が少しずつ狭まっているということでもある。

メキシコとカナダは、これまでの交渉会合で合意された内容については異議を唱えないことを条件としてのまされたとの報道もあるが、事実関係は明らかになっていない。USTR交渉担当官は、今後、交渉国が増えていくに際して、必要に応じて再交渉を行う余地はあるとの発言をしてはいるものの、その都度、交渉をゼロからやり直すわけにもいかないだろう。

ことほど左様に、国際交渉や協議の場に後発組として参加することには困難を伴う。日本は戦後、国連をはじめとする国際組織や国際協議の場に復帰するために多大な労力を払ってきた。通商でいえば、日本のGATT(関税及び貿易に関する一般協定)加入が1955年に実現するまでには、米国の強力な支援とともに、日本異質論に基づく英仏などからの執拗なまでの反発があった点を想起されたい。

外交とは「2レベル・ゲーム」*8 だと言われる。それは、国内と国際と、レベルの異なる二正面交渉を同時に進めなくてはいけない、ということだ。それは、国内の事情がそのまま対外交渉を規定する、あるいは逆に、国際交渉の結果が国内政策を一方的に制約する、というのではなく、国内・国際の二正面交渉が相互に影響を与え、結果として新しい政策や選択肢の組み合わせを可能にする、というダイナミックなプロセスをとらえようとしたモデルである。

そういった構図を参考にしつつ、日本が置かれた状況を考えてみると、日本は交渉先発9カ国から「審査」される立場にありながらも、相応の配慮をされていることが分かる。例えば、2月に行われた日米協議では、公的医療保険制度の廃止や単純労働者の移動受け入れを米国が要求しているという事実はない、と米国政府は日本に告げ、不用意な疑念を払拭しようと努めている*9。メキシコに対して行ったような交渉参加の「前提条件」などを突きつけてしまえば、日本国内の議論を進める上でマイナスに作用しかねないという米側の判断が当初はあったとも報じられている*10

その背景には、先進経済国である日本をTPPという枠組みに引き込むことなくして、真に意義ある自由貿易ネットワークをアジア太平洋地域に構築することはできないという現実的な認識があるはずだ。現在の交渉参加9カ国の経済規模が世界に占める割合は3割にも満たないが、カナダ、メキシコ、さらに日本が加われば、世界経済の4割を担う国々が自由貿易協定を締結することになる。経済大国日本への配慮を活用して、日本としては勝ち取るべきものを交渉していくことができる。

一方で、そうした交渉を支えるのは、自由貿易協定をめぐる日本の基本的な立ち位置である。国内では、政府による情報提供の不足を挙げて批判する声も多いが、今、求められているのは、TPPに関する情報、データではなく、「判断」である。それは、単なる参加・不参加についてではなく、何を意図してTPPという道具を使うのか、という解説である。それによって初めて、一手段に過ぎないTPP協定を、より大きな文脈の下に位置づけることができ、国際交渉を進める上でも、より柔軟かつ機動的な対応が可能になるのではないか。

その点では、不正確な情報に基づく通商政策論議や、「TPPに参加すればあれもこれも出来る」式のTPP万能論が用を成さないことは明白だ。これを機に、確固とした構想力に裏打ちされた通商貿易政策を創り上げていくことが求められている。



*1 米国、チリ、ペルー、オーストラリア、ニュージーランド、ブルネイ、マレーシア、シンガポール、ベトナムの9カ国。
*2  メキシコのTPP交渉参加が認められた後、2012年7月22日にメキシコ政府はさらにACTA署名も実現した。
*3 野田総理がホノルルAPECから帰国した後に、全ての物品・サービスを自由化交渉の対象にすると米国に確約したのではないかと国内で問題視されたのとは対照的である。
*4 “USTR: Canada and Mexico Joining TPP Allows Obama to Fulfill Promise,” Inside U.S. Trade, June 22, 2012.
*5 日本の準備不足をもって、今次のメキシコ・カナダ先行参加の「敗因」とする向きもあるようだが、メキシコもカナダも事前交渉を通じて突きつけられた諸条件をすべて事前にクリアしたわけではない。米国が対日関心事項としてあげる、牛肉・保険・自動車の問題にしても、その一部はすでに緩和・解決に向けた一歩を踏み出している。そもそも、二国間の経済懸案を、多国間交渉参加のための実質的な前提条件とし提示することの是非については日米双方で議論がある。
*6 もっとも、実際はその根拠となる貿易促進権限法は失効しているため、オバマ政権はあくまで、自主的に失効した法の規定に則った行為をとっているに過ぎない。今後、TPP協定交渉が妥結し、署名、批准となった場合、USTRは貿易促進権限の付与を議会から受けることは不可欠であると見ているため、先を見越して、議会との協議を進めているが、情報公開のあり方などについて議会との摩擦も明らかになってきている。
*7 「TPP、政治の季節が影」日本経済新聞(2012年7月22日)
*8 Putnam, Robert. “Diplomacy and Domestic Politics: The Logic of Two-Level Games Diplomacy,” International Organization, Vol.42, No.3 (Summer, 1988), pp. 427-460.
*9 外務省資料「TPP 交渉参加に向けた関係国との協議の結果(米国)2012年2月7日)http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/pdfs/tpp01_11.pdf(2012年7月23日アクセス)
*10 その後、牛肉・保険・自動車といった分野を関心事項として挙げるようになった背景には、議会側の対日姿勢の硬化があるのではないか。




この原稿は「日経ビジネスデジタル」にも掲載されています。