タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/1/16

TPPの経済効果についての試算を比較する(2)


2.農林水産省の影響試算の意味


農水省によれば、TPPに参加することによる農業および関連産業におけるGDPの減少額は実質GDPの1.6%、金額では7.9兆円の減少となるという。農業だけでの生産減は4兆1000億円である。これは主要農産品19品目(林野・水産を含まない)について全世界を対象に直ちに関税撤廃を行い、何らの対策も講じない場合であるという。

表2は、農林水産省のホームページにある主な農業生産の統計を整理したものである。この表でも、そもそも農業のGDPは2011年で4.7兆円しかない。他に、林業、水産業のGDPもあるが、貿易自由化に関連して林業、水産業が問題とされることはあまり聞かないので、これらの産業については説明しない。ここで農業のGDPが4.7兆円で、農業産出額の合計が8.2兆円であるのは、GDPが付加価値であるのに対して、産出額が売り上げであるからである。すなわち、農業のGDPでは肥料、農薬、農業機械などの投入物を除外しているが、農業産出額では含んでいるからである。



前述のように、4.7兆円の総生産しかない農業がTPPで影響を受けて、なぜ7.9兆円の減少を被ることができるのか。農水省の試算は大げさである。大げさになる理由は、農産物が影響を受けて、食品産業も農薬、肥料、農機具メーカーも影響を受けるからである。しかし、これらの企業は他に多様な生産をしており、農業部門で打撃を受けても、他の部門に進出することも可能である。TPPで関税を撤廃することになったとしても、ゼロになるまで10年以上かかるのであるから、その間に他の分野に移動することができる。食品産業においては、安価な輸入原料を使えるようになるのだから、むしろ発展すると考えるべきである。生産が7.9兆円も減少するなどということは起こりえない。

付加価値で考えるべきか生産額で考えるべきか
経済効果を考えるときに、付加価値で考えるべきか生産額で考えるべきかという問題がある。付加価値で考えるべきとは、付加価値が4.7兆円しかないのだから、4.7兆円以上はGDPが減りようがないと考えることである。しかし、これに対して、農産物の生産額は売り上げに等しく、価格が半分になれば売り上げを構成する付加価値も毀損されると考えることである。

いま、コメの価格が100、うち労賃(ほとんどは自営労働の対価であろう)・地代・金利が50、残りの50が肥料・農薬などの投入物と機械の減価償却費であると考える。価格が半分になれば、残り50の投入物と減価償却費も半分になると考えるべきだろうか。そもそも、日本には、農業だけでなく、農業投入物である工業製品の国際競争力もないのだろうか。そんなことはないだろう。また、もしないのであれば、他の工業に学んで競争力をつけるべきである。したがって、農業投入物の価格は国際価格と同じで、労働と機械の投入額が多いと考えるべきだろう。日本の賃金はアジアの中では高いが、アメリカ、カナダ、オーストラリアよりは低い。日本の農業が恐れているのは、アジアの農業ではなく、新大陸の農業である。したがって、労働生産性が低いことが問題になる。通常、労働生産性が低いのは資本の投入が少ないことによるのだが、農業の場合は機械という資本の投入が大きい。この理由は、狭い耕地に多くの機械を投入している結果である。

しかし、農産物価格が下落すれば、過大な機械を投入することはなくなるだろう。また、国費で支えるべきは農業部門で働く人々の暮らしであり、それに関連した投入物を作っている人々ではない。したがって、労働の価値が多くを占める付加価値を前提に農業保護のコストを考えることで十分であろう。

TPPの農業部門への影響が、GTAPモデルの試算にように4.8%しか減少しないということは過少推計である可能が高いが、農水省の主張するように7.9兆円のGDPが減少するというのはあり得ない推定である。妥当な推計値は、本欄「TPP議論の誤解を解く」(12/12/06)で示したように、1兆円程度とするのが妥当であろう。

3.経済産業省の影響試算の意味


経産省の試算によれば、日本がTPP、日EUEPA、日中EPAいずれも締結せず、 韓国が米韓FTA、中韓FTA、EU韓FTAを締結した場合、「自動車」「電気電子」「機械産業」の3業種について、2020年に日本産品が米国・EU・中国において市場シェアを失うことによる関連産業を含めた影響が10.5兆円である。

これはTPPの利益というより、貿易転換効果によって日本が失う輸出の減少である。ただし、このようなことが起これば、通常は韓国の為替レートが上昇し、日本のそれが下落すると考えられるので、これほど大きな損失にはならないだろう。

まとめ


これまで述べてきたことを繰り返す。府省によるTPP参加の経済効果の試算は大きく異なっているが、穏当な推計はGDPの増加は3兆円程度、農業部門の損失は1兆円程度ということであろう。3兆円は、徐々に利益が拡大して最終的に3兆円の利益が永久に続くという意味である。農業部門の損失は経済全体の損失ではなくて、消費者は安い農産物価格によって1兆円の利益を得られる。消費者の利益を農家に還元すれば、日本全体として3兆円の利益が得られるということである。