タイプ
レポート
プロジェクト
日付
2008/5/29

マルチ外交と人材

東京財団主任研究員(東京大学教授・前国連大使)
北岡伸一


さる3月の末から4月にはじめにかけて、ウィーンとジュネーヴの国連関係機関を視察する機会を得た。ジュネーヴは、言うまでもなくニューヨークに次ぐ国連の第二の中心であるし、ウィーンにおける国連の活動も重要だ。今回は、日本が国連で果たすべき、また果たしうる役割ということを念頭に置いて、今回の旅行で感じたことを書いてみたい。

まずウィーンでは、3月28日(金)、IAEA(国際原子力エネルギー機構)を訪問し、ヴィルモス・チェルヴニー局長(対外関係および政治調整)と会って、IAEAの現在の大きな課題であるイランおよび北朝鮮の問題について、現状と展望について聴取し、意見を交換した。氏はイラン問題について、アメリカがもう少し柔軟であり、EUのイランに対する態度がもう少し対等な態度であったなら、うまくいった可能性を指摘していた。したがって、今後はアメリカ次第で進展が期待できるという意見である。他方で北朝鮮については、核開発についてあいまいさが残る態度では日本は妥協できないと私から主張し、先方もこれを理解していた。現体制が現状で続く限り、解決は困難だと考えているように思われた。

続いて、CTBTO(包括的核実験禁止条約機構準備ミッション)のジェリー・カーター氏(国際データ・センター、クオリティ・コントロールおよびトレイニング・セクション主任)と会い、世界の核実験をいかに発見しているか、説明を受けた。大気中の関連物質の増減や震動をいかに把握するか、いかにして核実験を地震と区別するかなど、大変興味深かった。地上と地下の区別は困難だが、世界中の大きな振動は、かなりの確率で分かるという。また、収集したデータは、政治的意味を持ちうるので、その使い方は厳しく限定されているが、2004年12月のインドネシアの津波以来、ここのデータを利用しようという方向になっているらしい。テクノロジーの発展は、国際協力を支えることが出来るのである。

続いて、日本政府ウィーン代表部の角茂樹大使と会い、さらに在ウィーン国連機関(IAEA,UNIDO,UNODC)の日本人のトップ三氏に合流してもらい、ランチを一緒にしながら、議論をした。

角大使は、彼が国社部参事官時代に何度もNYに来られて、旧知である。これまで、ニューヨークとジュネーヴとウィーンの三代表部に勤務したが、ウィーンにおける日本の地位が一番高いという印象を述べていた。IAEAでは常任(全部で13カ国)の一員だし、UNIDOはアメリカが入っていないので最大の貢献国であり、UNODCでも相当の活躍をして一目置かれているからだという。

ランチに参加してくれたのはIAEAの谷口トモヒロ氏(Deputy Director General, Head of the Department of Nuclear Safety and Security)、UNIDO(United Nations Industrial Development Organization)の浦元ヨシテル氏(Deputy to the Director-General and Managing Director, Programme Coordination and Field Operations Division)、UNIDC(UN Office on Drug and Crime)の尾崎久仁子氏(Director, Division for Treaty Affairs)だった。

三人ともよい仕事をしておられるが、三つの機関で一番日本が貢献できそうなのはUNODCではないかと思った。UNODCの活動内容は法整備であり、麻薬と犯罪から、汚職の禁止などに活動を広げている。グッド・ガヴァナンスは国際化の時代、大きな課題である。独自の伝統の中に西洋法体系を受け入れた経験を持つ日本は、途上国の法制度に重要な貢献が出来る。そしていったん法制度整備において日本のアイディアを注入すれば、それは長くその地に根を下ろすことになる。東大法学部の私の同僚にも、カンボジアの法制度整備などに貢献している人がいる。こういう分野では、英米仏がある程度リードすることはあっても、非西洋の声は無視できず、そこで知的貢献が出来るのはまず日本だろう。問題は人材の供給で、大学の先生も忙しく、外務省、法務省も必ずしも熱心ではなさそうだ。これなど、大いに宣伝してみたいものだと思う。

それに比べると、IAEAにおいては、日本は提供すべき優秀な科学者が不足している。強い反核感情のもとで、核技術の専門家は多くない。平和のためには軍事技術の研究が不可欠なのだが、そうなっていないのが現状らしい。UNIDOについては、私は国連が途上国の産業化を主導するということ自体に、いささか疑問を感じている。産業発展の主たる担い手は民間資金で、国連の役割は最貧国などにおいて、より有効だと思うからだ。

翌29日は土曜日だったが、天野之弥大使の公邸に招かれて、日本の活動の可能性について長時間話し込んだ。日本が唯一の被爆国であることを強調するなら、もっと積極的に平和貢献国家となるべきだという点で一致する。そして、松浦晃一郎ユネスコ事務局長が引退すると、日本に主要国際機関のトップがいなくなるので、IAEAは是非とりたいという点でも一致した。それにしても、こうしたマルチの活動に対して、日本全体、日本政府全体はもとより、外務省もそれほど積極的ではないように見られた。国際貢献に対する熱意が下がって、ODAが減っている上に、顔の見える援助という観点から、国際機関への拠出金が減らされる傾向があることが、これに拍車をかけている。何とかしなければならない。

3月30日にジュネーヴに行き、日曜にもかかわらず、旧友の高瀬寧公使(ニューヨーク代表で社会部の公使だった)と話し込んだ。

ジュネーヴ代表部(外務省では寿府代という魅力的な名前で呼んでいる)の仕事は、WTOがほぼ活動の半分を占める。WTOについてはここでは触れないが、日本がWTO交渉をリードしたという話はあまり聞いたことがない。個別利害の擁護に成功したか、押し切られたかという報道だけが目に付く。そして残りが国連関係の仕事だが、国内の関心の高さから、圧倒的に北朝鮮関係が注目を浴びるが、その他の案件はほとんど関心を呼ばない。これはあまり健全な状態とはいえないだろう。

ジュネーヴには、2006年に設立された人権理事会がある。私もその創立の議論に参加したので気になっているのだが、必ずしもうまくいっていない。日本が重視している北朝鮮決議は、国別決議(人権に問題のある国を特定して批判するもの)の一つなのだが、国別決議それ自体に反対する国が依然として多い。その中で、北朝鮮決議は昨年より多い支持を得て成立した。韓国の態度が、政権交代によって変わったのが大きかった。しかし、他の国の支持を取り付けるのは簡単ではなかったらしい。

人権理事会は、現在の困難にもかかわらず、長期的には意味のあることだと思っている。ただ、新しい機関を作れば、理事国を地域に公平に割り振らざるを得ず、前に存在した人権委員会と比べれば、その後アジアやアフリカの国が増えているので、人権に熱心な地域の議席が相対的に減少する。しかも現在はアメリカの対応が冷淡で、かつアメリカ自身もアブグレイブやグアンタナモなど、問題を抱えているので、難しい時期なのである。長期的に人権にコミットする国を一つ一つ増やしていくしかない。

最初にも述べたとおり、ジュネーヴはニューヨークと並ぶマルチ外交の中心である。マルチ外交経験者はまたマルチ外交を担当することが多いので、ニューヨーク時代の友人が何人もいる。高瀬公使もその一人だが、そのほかに、シンガポールのタン・ヨク・チョー氏とスロヴェニアのエヴァ・トミッチ女史がいて、4人でランチを取りながら議論した。タン・ヨク・チョー氏はかつてシンガポールの国連代表部次席代表で、同じアジアの友好国なので、親しくしていた。帰国して局長職を務めたあと、ジュネーヴのシンガポール政府代表部の国連担当大使(他にWTO担当大使もいる)を勤めている。これは相当の抜擢だし、本人も自信をつけて一段と成長したように思われた。まだたぶん40代で、これからもいろんな舞台で活躍するだろう。

それから、エヴァ・トミッチ女史は、ニューヨークのスロヴェニアの国連代表部の次席代表だった。2005年の安保理改革運動のとき、東欧は私の担当だったので、頻繁に会った人である。ジュネーヴでも次席代表だが、1月からスロヴェニアはEUの議長を務めていて、多忙を極めたらしい。25カ国の意見を取りまとめ、その声を代表して発言するので、人口200万人、独立して16年の国にとっては大変な仕事だったろう。ニューヨークにいたころは、まだお嬢さんという感じの残る女性だったが、こうした経験ですっかり成長したように思われた。

なおスロヴァニアは国連外交に熱心な国である。国際法学者で、40歳代で同国の国連代表部常駐代表を務めていたダニロ・トゥルク氏は、その後、国連政務局の事務次長補となり、2005年に帰国して大学教授に戻っていたが、今やスロヴェニアの大統領である。大統領を辞めたら、事務総長に名乗りを上げるかも知れない。このように、逸材を抜擢して国際社会の声を国内に取り入れ、また国際社会における発言力を伸ばしているのである。

また感心したのは、韓国のカン・キュン・ワ女史である。カン女史は、韓国の国連代表部で人権問題を担当していたころ、何度か会い、私の公邸にも招いたことがある。帰国子女で、外務省の外から起用された人材で、通常は大使級が司会する会議を切り回し、高く評価されていた。その後、ソウルに戻って国連局長のようなポストにつき、今はジュネーヴの人権高等弁務官組織の次席である。国連では、一番上が事務総長だが、次に事務次長(Under Secretary General)のポストがいくつもあり、その下が事務次長補(Assistant Secretary General)であるが、その事務次長補である。チベット問題などを話したが、かつての攻撃的なところが影を潜め、余裕と貫禄(体格ではない)が出てきた。まだ53歳なので、国連などで、さらに上の地位を目指して活躍するだろう。

ウィーン、ジュネーヴの視察でもっとも印象に残ったのは、このように各国が優秀な人材をマルチ外交に抜擢し、しばしば国際機関に送り込んで活躍させていることである。有能な人材の起用は、それ自体国際社会への貢献だが、同時に、自国の影響力を確保する有効な方法である。そのために、各国は戦略的に人材を登用することが少なくない。

それが日本外交で物足りないところである。40歳代半ばまで盛んに活躍していた外交官で、働き場所を得られずにくすぶっている人が少なくない。その理由の第一は、国会対策その他の国内での調整に膨大なエネルギーをとられることである。第二は、過度の年次重視で、抜擢人事がほとんどないということである。

とくにマルチ外交には問題が多い。日本はこれまで圧倒的にバイの外交が中心であった。バイの外交はある意味で簡単である。彼我の二つの利害の調整だけだし、相手が発言したあとは、こちらの番で、こちらが言うまで向こうは待っていてくれる。しかしマルチでは、全体のシステムをどうすべきか、瞬時に判断してアイディアを出さなければならない。受身で物静かな日本の外交官には苦手な部分である。しかし、地球がどんどん小さくなる今、マルチ外交はこれからさらに重要になるだろう。抜擢人事をテコに、マルチ外交に力を入れる時代がとっくにやってきていると痛感している。