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2008年度第1回国連研究プロジェクト研究会(議事録概要)

May 29, 2008

「安保理決議に基づく経済制裁―国際法の観点から」

(エグゼクティブ・サマリー)

中谷・東大教授より、主に国際法の観点から、経済制裁の定義、安保理決議に基づく経済制裁の類型および諸問題、日本の対応、経済制裁の実行性等について報告。

続いて、出席者全員で、ミャンマーに対する経済制裁、経済制裁実施にあたっての政策上の関心、国際上の「脅威」認定における恣意性など、経済制裁に関する諸問題について幅広く議論。


1.出席者:
岩沢雄司(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、小澤俊朗(内閣府国際平和協力本部事務局長)、北岡伸一(主任研究員)、城山英明(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、滝崎成樹(外務省国連政策課長)、鶴岡公二(外務省地球規模課題審議官)、中谷和弘(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、蓮生郁代(大阪大学准教授)、片山正一(東京財団研究員)、相原清(東京財団研究員)、関山健(東京財団研究員)、都築正泰(東京大学大学院法学政治学研究科)

2.日時・場所 : 4月23日18:30~21:00、東京財団A会議室

3.報告者 :中谷和弘(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

4.配布資料
「安保理決議に基づく経済制裁―国際法の観点から」(レジメ)、「安保理決議に基づく経済制裁 近年の特徴と法的課題」(『国際問題』No.570(2008年4月)32-44頁)

5.中谷教授による報告

(1) 経済制裁の構造

・経済制裁とは、「国際法違反、あるいは、国際的に望ましくない行動をした国家に対して、ほかの国家が経済的に害悪を与える措置」。民事法的に言えば、「間接履行強制」に該当。つまり国際法違反、あるいは国際上問題行為を行う政府に対して経済的手段をもって政策変更を促すということ。また、経済を孤立化させる「現代版兵糧攻め」と言ってよい。

・国際法違反あるいは国際的に望ましくない行為に対して、経済制裁は主要な政策対応。他の手段としては、武力行使や外交上の抗議があるが、前者は使い勝手がよくなく、また後者は経済制裁より弱い態度しか示すことができない。

・Negative sanctionとPositive sanctionについては、単なる言葉遣いの違い。前者は、貿易を止める、投資をとめる、資産を凍結する、航空機乗入を停止する、ODAをとめるということであり、後者は、逆に、国際法違反をやめたり良いことを行えば援助などの便益ががあるということ。

(2) 安保理決議に基づかない経済制裁、安保理決議に基づく経済制裁

・経済制裁としては、安保理決議に基づく場合とそれに基づかない場合がある。国際法の観点からみて、合法か違法かの判定が困難となるのは後者。これに対して、前者の場合、その措置の一部が「加盟国にとって拘束的」であるということで、貿易や投資の停止、資産凍結など安保理決議にある措置を履行しなければ国際法違反。

・安保理決議に基づかない場合、非軍事的復仇措置(reprisal)あるいは対抗措置と呼ばれるが、制裁国と被制裁国の双方がGATT・WTOに加盟している場合、輸出入禁止などの措置がここで規定されている最恵国待遇とか数量制限など貿易自由化のルールに違反する可能性がある。しかし、均衡性の要件その他の要件を満たせばその違法性は阻却される。なお、軍事的復仇措置は現在では国際法上違法とされている。また、国際法上、報復(retortion)と復仇は区分されている。その他に安保理決議に基づかない措置としては、総会決議に基づく経済制裁があるが、これ自体は法的拘束力ない。しかし合法性の推定は働いていて、他の加盟国が異議を唱えることができなくなるという意味での対抗性が与えられているといえる。

(3) 近年の安保理決議に基づく経済決制裁

・1980年代までは安保理決議に基づく経済制裁は主要なものは2件のみであったが、1990年代以降大幅に増大。

・注目するべき点は、(1)平和に対する脅威として認定される原因行為の多様化と(2)制裁措置の多様化。これまで安保理が憲章39条に基づいて平和の破壊や平和に対する脅威として認定するのは侵略行為や自決権侵害などの重大な国際法違反が典型的であったが、近年は必ずしも国際法違反とはいえないようなケースについても脅威として認定されている。また、措置の多様化については、政府高官をはじめとする有責者の個人資産の凍結、送金の停止、またその家族を含めて旅行禁止の措置もとられるという新しい傾向がみられる。

(4) スマート・サンクション

・1990年代のイラクへの制裁が教訓となって、被制裁国の無辜の人民に対する打撃が過大なものにならないようにしつつ、また他方で問題ある行為に責任を有する政府高官などのエリート層に対する打撃を極大化する制裁措置(スマート・サンクション)を考案しようという考え方が出てきた。食糧や医療品を制裁品目から除外することや、また武器禁輸措置のほか、新たな傾向として、有責者の個人資産の凍結、旅行の禁止、また北朝鮮の事案にみられる奢侈品の輸出禁止などがある。

・個人資産の凍結の対象となる有責者について、制裁事案ごとに安保理の補助機関として設置される制裁委員会においてリストが作成される。誤ってリストに名前が記載されてしまうということもあり、実際にリストから削除された人もいる。

・今後の課題としては、個人資産の凍結についてはTax haven間の協力・ディスクロージャーあるいは情報の提供の必要性、また凍結された金融資産の利子発生の有無、旅行制裁については単なる通過の禁止の是非など。

・スマート・サンクションは、それ自体が何か実効的効果を持っているのではなく、有責者を国際的に孤立させるという象徴的・心理的効果にとどまっている。

(5) 武器禁輸と食糧禁輸の例外

・武器禁輸は最も主要な経済制裁手段であるが、武力禁輸が一方の側に徹底されないことから生じるボスニアの悲劇に鑑みると、これが常に望ましいのかが問われる。場合によっては、バランス・オブ・パワーの視点が必要。また、食糧禁輸は経済制裁からは除外されるが、唯一の例外は、ソ連のアフガニスタン侵略に対してアメリカが対ソ穀物禁輸を行った事例。

(6) 無辜の第三国への補償問題―国連憲章第50条

・憲章50条は、経済制裁によって特別の経済問題に自国が直面したと認める国に、安保理と協議する権利を認めているが、安保理としては制裁によってダメージを受けた第三国に対して各国が支援するよう要請するのみで終わってしまう。

(7) 経済制裁措置の解釈

・拘束力の有無は、解釈されるべき既決議の文言、決議に至る討論、援用される憲章の条項、安保理決議の法的帰結を認定するのに役立つあらゆる事情に照らして判断されるべき。

・例えば、例外はあるが、shall, decideという言葉があれば、これは拘束力のある例の典型であろう。逆に、call uponとかrecommendという動詞の場合、またshallではなくshouldとかwould, willであった場合、拘束力はないと判断可能。

(8) 船舶検査

・これまでに6回の船舶検査。それぞれの決議によって文言が異なるが、経済制裁を補完するための必要最小限の警察的な力の行使ということ。

(9) 私法上の問題

・制裁の対象となる原因行為を創出した国家および私人の側には請求権がないことが安保理決議において確認されることがある。

(10) 安保理決議に基づく経済制裁措置の国内的履行

・従来わが国では、安保理決議に基づく経済制裁措置の国内的履行において、外為法を中心として航空法や船舶法等のいわゆる「業法」によるパッチワーク的」対応がなされてきた。

・2004年までの外為法改正によって、輸出入禁止、支払禁止、資本取引禁止、役務取引禁止という諸措置に関しては、安保理決議に基づく場合もそうでない場合も基本的に対応ができるようになったが、現行の外為法だけでは、安保理決議の決定事項を完全に履行することが困難になるかもしれない。

・現在導入を検討するべき政策対応は、米国、英国、シンガポールの国連(参加)法において採られているような「包括的アプローチ」である。この利点は、どのような経済制裁措置が安保理決議よって義務付けられても、同法を根拠にして履行が可能になることである。

(11) 経済制裁の「実効性」

・経済制裁の実効性を検討する場合、多くの人々が考えることは現在継続中の国際法違反の停止であると思うが、それが唯一の目的ではない。何らかの国際上好ましくない行為に直面した際に、武力行使や外交上の抗議でなく、各国がとることができる「便利なオプション」が経済制裁。実際に経済制裁の効果というのは、潜在的な国際法違反国に対する予防効果、あるいは威嚇効果にある。

6.議論

(1) ミャンマーへの経済制裁

(関山)例えば、自国が何らかの不利益を直接被っていなくとも、ミャンマー国内の
僧侶の人権が侵害された場合、安保理決議によらない国家単独の決定に基づく経済制裁をミャンマーに対して行うことは、非軍事的復仇として国際法上許容されるのか。

(中谷)重大な国際法違反(侵略、集団虐殺など)があった場合、その法益侵害は国際社会全体に及ぶことから、一定の措置(貿易制裁、航空機乗入禁止、資産凍結など)であれば、直接の被害国でない第三国であったとしても許容される。ただし、ミャンマーの場合はなかなか判断が難しい。

(関山)WTO加盟国のミャンマーに対して、安保理決議に基づかず輸出入制限の制裁措置をとった場合、ミャンマーがWTOに訴えれば、パネルや上級委員会は排除勧告を出す可能性があるか。

(中谷)パネルや上級委員会ではWTO協定のみをみて一般国際法は見ないので、GATT違反と判断する可能性がある。しかし、たとえWTOのルール違反でも、一般国際法上違法性が阻却され経済制裁が正当化される余地はある。

(岩沢)ミャンマーで問われているのは人権侵害。ジェノサイドなど生命に対する権利や身体の安全が相当侵害されている場合は、経済制裁が正当化される余地があると思う。ミャンマーへの経済制裁は一般国際法上許される可能性がないとはいえない。

(2)経済制裁の実行性と外為法

(小澤)行政側が経済制裁を実施する際に考えることは、その影響とどうすれば解除できるかである。鍵となるのはやはり実効性。スマート・サンクションについても、無辜の人民に対する打撃最小化の観点もあるが、むしろ実効性を高めることの方が関心があるのではないか。旅行禁止や木材・武器などの品目特定についても常に実効性が問題。金融措置は相当実効性がある。なお、日本の法制について言及があったが、少なくとも外務省では常にこの問題を重視してきている。

(鶴岡)外為法の改正は、結果として2段階で行われ、第1段階では、国際の平和と安全の維持のために貿易制裁措置を発動できる根拠を作った。国際の平和と安全を判断するのは外務大臣であるが、外為法は大蔵(現財務)大臣・通産(現経産)大臣が主務大臣のため、「外務大臣が主務大臣に意見を述べることができる」と規定した。事実上は各省の担当課同士で共同作業する。

(3)「脅威」の認定における恣意性

(北岡)ハイチはなぜ制裁の対象となる脅威と認定されたのか。

(中谷)ハイチが問題となったのは、「地域の平和に対する脅威」という概念であった。軍政から民政に移行するという国内合意を反故にしたことを主たる原因行為として、国連安保理が「地域の平和に対する脅威」という概念を出し、経済制裁措置をとった。

(北岡)それはこじつけではないか。地域の協定を無視していること自体が国際の平和に対する脅威になるのだろうか。

(滝崎)そもそもどの事例を安保理が取り上げるかは、安保理自身の判断。ハイチの事例も、安保理が取り上げる事例が拡大していることを示す古い事例。ミャンマーの事例でも、安保理の中で米、英、仏が「当然取り上げても問題ない」と主張する一方、ロシアや中国は「国際の平和と安全の維持」に関係がないと主張していた。

(鶴岡)ハイチのケースで問題なのは、難民という人権侵害を起こす行為を行っていること。欧米的な究極の論理では、人権侵害それ自体が国際の平和と安全に対する脅威。日本は、こうした論理に乗れるか判断していないことが問題。ただ、欧米自身も、北アイルランドのIRAなど苦しい点がある。

(小澤)その点については、オトゥーヌというアフリカ人の児童保護担当の事務総長特別代表が、武力紛争下の児童の権利に関する安保理の報告書にIRAを取り上げたことがあり、チェチェンの児童についても言及していた。しかし、この報告書は、その後一切議論なく、まずIRA部分が削除された修正版が出され、その後もチェチェン部分も削除された。これがP5の力である。

(4) 歴史認識の問題

(北岡)歴史認識について、「ヨーロッパ諸国に比べ、日本は遅れている」と言われる。しかし、アフリカやインカ帝国など、ヨーロッパによって歴史認識の問題を提起する声すら潰されてしまった文明がある。

(滝崎)歴史認識の話は、どこが外交大国かという話と似ているかもしれない。例えばイギリスやフランスが常に外交大国であるかのように言われ、紛争の解決等国際社会に貢献していると言われるが、彼らが取り組んでいることは、植民地経営等により正に彼ら自身が昔作り上げた問題に過ぎない。

(鶴岡)この点に関連して、結局われわれは欧州の作った枠の中で泳いでいるのかどうかという話はなかなか面白い議論で一度取り上げてみてはどうか。これは国連の正当性や拠って立つ基盤を議論することである。

(5) グローバリゼーションの進展と経済制裁の有効性

(鶴岡)グローバリゼーションが進展するなかでの経済制裁の有効性と今後の方向について聞きたい。

(中谷)経済分野では国境の垣根が低くなっているなかで、無理やり何かを止めようということ自体に無理が生じてきている面がある。また、今後の可能性として、ターゲットにしやすい個人制裁の継続や、民衆の富を簒奪する独裁者の資産を凍結・没収して民衆に返す手法がありうる。

(北岡)もう一つ、ネーム・アンド・シェーム(国際的な批判)という制裁の可能性もあるのではないか。

(6)call uponの解釈

(岩沢)安保理決議の文言としてcall uponが使われる場合、拘束力があると解するべきか。decideは一番強く、またrecommendは弱い。その間にもrequestとかurgeなどもある。それらと比べてcall uponは強い。call uponでも拘束力があるといっていえる場合があるのではないか。

(滝崎)実務の現場では、call uponは「要請する」であり義務を課するものではないと整理する。decide・・・shallを何とかして弱めていこうとするときに出て来るのがcall upon。

(鶴岡)それほど自動的に決まるわけでなく、いろいろな要素から総合的に判断することが必要。その文言だけで判断するわけにはいかないので、安保理メンバーに聞いて回るしかない。

(北岡)安保理常任理事国は経験の厚みを持っている。英仏では30代の担当官が年間で10本程度の決議を担当し、原案作成や文案調整を経験している。この経験がある人とない人では結果においてまったく異なる。

(鶴岡)イギリスは、絶対にマニュアルを持っているはず。P5で迷ったときはイギリスに聞くと想像する。もともと英語が母国語であって、法的な考え方についても論理が一貫している。

(7) 決議と機能別レジームの補完性

(城山)安保理決議は、北朝鮮のIAEA脱退を「脅威」と認定するなど、機能別レジームの履行確保を強化する機能を持っているが、どのレジームに対して安保理が横から介入するのかについては、時代や状況によって変化する恣意性がある。

(中谷)安保理は国際の平和と安全の維持に対して主要な責任を負う機関であるから、国際安全保障の観点から個々の条約レジームに安保理が入り込む可能性は本来的には排除されない。

(8) 経済制裁のコスト

(城山)経済制裁が公共的機能を持つとして、誰がコストを支払うのかという問題がある。無辜の第三国への補償問題や金融制裁による金融セクターの負担もコストの問題。

(中谷)一般的に、経済制裁によって悪影響を受けた国内の企業や個人に対して、制裁国が補償を支払うことはない。しかし、唯一の例外は、カーター政権が対ソ穀物禁輸の際に農業団体の求めに応じてアメリカ政府が補償したことがある。また、日本の場合でも、対北朝鮮制裁の際、相談窓口の設置や中小企業庁の融資などを行った。しかし、基本的に補償の実質的なメカニズムがあるわけでなく、結局日本を含む先進国にコスト負担が期待される。

(9)リスト作成の政治力学

(城山)制裁委員会のリスト作成においてはどのようなポリティックスがあるのだろうか。そこにはP5を中心に各国の利害が反映されるのではないか。

(北岡)なぜこんな品目を制裁するのかと疑問に思うものは数々ある。また、P5は定期的かつ頻繁に会っており、その中で暗黙の合意がつくられている。死亡者や行方不明者がリストに上がることもある。

(小澤)リストは何となく出てくる。初耳の人ばかりで別段異論も出ない。

(滝崎)これは本国に皆報告されて、入管のリストに記載される。

(岩沢)間違えて制裁リストに載せられたと、国を国際裁判所に訴える事例が現れている。

(小澤)リストからの削除は、実はアメリカ財務省次第だが、秘密情報を盾に削除できないと主張する。

(滝崎)因みに、制裁委員会のメンバーは安保理のメンバーと同じであるから、日本が安保理のメンバーになっていない時は、どういう品目どういう人をその制裁の対象にするかという議論にも加われない。

(北岡)結局、経済制裁というのは、非常にシンボリックではあるけれども、権限付与や抑止効果というのは不十分で、実効性も甚だ疑問である。

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