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レポート
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第20回「オバマ政権はどうアメリカを変革するか?」

日時
2009/1/28  16:00~18:00 [終了しました]
場所
日本財団ビル2階 第1~4会議室
担当
片山
オバマ大統領の就任式は、2009年1月20日、全世界が注目する中で全米各地から集まった200万人に上る熱狂的な群衆を前に行われた。“Change”や“Yes, we can”などこれまでのオバマ演説のトレードマークとも言えるフレーズを期待した聴衆は、その第一声からオバマの厳しい口調に意表を突かれたのは明らかだった。テレビを見ている私たちにも、その戸惑いは伝わってきた。明らかにこれまでのオバマとは異なる調子の演説だったのである。 

1月28日に行われた第20回東京財団フォーラムでは、就任式に参加しその一部始終を見てきた東京財団久保文明上席研究員(東京大学法学部教授)が、オバマ演説の特徴と政策への含意について解説した。また、「現代アメリカ研究プロジェクト」の中心メンバーである足立正彦氏(住友商事総合研究所シニアアナリスト)が、オバマ政権の主要な顔ぶれと新政権の政策について語った。

以下に久保教授と足立氏の報告の要旨を報告する。

米大統領にとって重要な演説が2つある。就任演説と一般教書演説である。もちろん就任演説は就任時のみだが、一般教書演説は毎年行う。前者がアメリカ国民ひいては国際社会に向けて発信するメッセージであるのに対し、後者はアメリカ議会に対して具体的な政策課題に関する大統領の見解を述べるものだ。ちなみに、一般教書演説は“State of the Union Address”と呼ばれ、文字通り合衆国統合の現状についての説明という意味である。

アメリカ合衆国大統領は、国家元首と行政府の長を兼ねた地位であるため、その就任式は、日本で言えば天皇の即位式と内閣総理大臣の就任式がいっしょになったようなものだ。ただし、アメリカの国家元首は選挙で選ばれるというのが特徴だ。

この歴史的瞬間を共有するため駆け付けた200万にも上る群衆は、もっと盛り上がりたかったのに盛り上がれず不完全燃焼に終わったという感じだった、と久保教授は語る。その理由の一つは会場が大きすぎて聴衆との間のコミュニケーションが取れなかったことだ。オバマにとって、語りかけるべき聴衆があまりに多すぎたのだ。もう一つの理由は、演説の内容が期待していたものではなかったという点だ。

オバマ大統領は、演説の冒頭で、アメリカが危機に直面していること、特に一部の人間の強欲や無責任のためにアメリカが未曽有の経済的困難に遭遇している現実を指摘し、それは困難な選択を避けた国民全体の責任でもあるとして、国民一人一人の自覚を促した。

そして、アメリカ建国の歴史を振り返り、現代のアメリカ国民が享受する自由と繁栄が、先人たちの血の滲むような努力と献身によって勝ち取られたものであることを強調した。特に、独立戦争、南北戦争、第二次大戦、ベトナム戦争に命を捧げた軍人たちに言及するなど、オバマの演説は愛国的なトーンに満ちていた。

オバマ大統領が訴えたかったのは、アメリカは元来危機にあっても徳と希望を失わない国であり、困難を解決する力を持っているということだ。先人たちの残した足跡を踏襲しながら、国民が一丸となって新たな時代を切り開くこと、すなわちアメリカを作り変えることをオバマ大統領は訴えたのである。

その主役は一人一人の国民であり、アメリカ社会が本来持っている自己犠牲、献身、貢献、サービスなどの伝統的価値を、国民一人一人が取り戻す必要があると説いた。こうして、アメリカの再定義を国民に示し、その実行を呼び掛けたのだ。

オバマ大統領が政府の役割について述べた部分も注目に値する。政府が大きいか小さいかが問題ではなく、機能するかどうかが重要であるとして、リベラル派と保守派のイデオロギー対立を超越するメッセージを発信したのである。

また、人種の坩堝と言われるアメリカ社会における宗教に言及した部分では、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教に加えて無宗教の人々まで含めた点が注目される。多様性はアメリカ社会の短所ではなく長所と見るのである。

さらに、イスラム教世界に対して、破壊行為や政治腐敗を厳しい口調で糾弾したが、アメリカ大統領が就任演説の中でイスラム世界に向けてメッセージを発するのは異例のことである。他方、世界の貧しい国々に対しては、豊かな国々が無関心でいることを諌め、支援の手を差し伸べることを要請した。

こうしてオバマ大統領は、アメリカ発展の原動力となった勤勉、正直、勇気、公正、寛容、忠誠心、愛国心などの伝統的価値をもって、現在直面する難局に当たれば、必ず乗り越えられることを強調した。そして、今は「新たな責任の時代」であるとして、国民一人一人に家族、国家、同胞、そして世界に対する責任を訴えた。

それではこの演説から、どのような政治的含意読み取れるか。

まず、緊急対策として未曾有の経済危機に対応するため、大型の景気刺激策を打ち出すにあたり、国民にも犠牲を求めた点である。大型の景気浮揚策は財政赤字を拡大させ、いずれ増税または歳出削減で埋め合わせが必要となる。

自動車産業の再生には経営者の責任が問われるだけでなく、自らの労働時間を他の労働者に譲るワークシェリングなどを通じて、労働者も雇用の確保に貢献することが求められる。また、年金と医療保険の改革に当たっては、給付水準の引き下げや負担の増大などが必要となる。

オバマ大統領は、これまでアメリカ国民がこのように困難な決断を先送りしてきたことを反省し、自己利益を追求するだけでなく、社会のために自己犠牲も厭わない価値の転換を国民に求めたのだ。

久保教授は、1929年以来の経済危機という認識がアメリカ国民に共有されている事実は、オバマの大型景気刺激策にとって有利に働くと見る。なぜなら、国民はまず経済を立て直すことが最優先課題であることを理解し、財政赤字に対する懸念が後退するからだ。

緊急経済パッケージの約3分の1が減税で占められている点は、共和党を意識した内容である一方、財政支出は環境・インフラ・人材などへの「投資」中心であることを強調して、国民の理解を得やすい工夫を行っている。

久保教授によれば、オバマの経済パッケージは議会で可決されると予想されるが、共和党としては、民主党議員がこのパッケージにどの程度地元利益誘導型の公共事業を滑り込ませるかに注目している。

つまり、法案成立のカギを握るのは共和党ではなくむしろ民主党議員である。彼らが地元の利益を犠牲にしてまで、大局的見地から国家のために決断できるか。オバマ大統領にとっての最大のポイントは民主党議員を説得することであろう。

近年のアメリカ大統領選挙では、主張の内容そのものも重要であるが、それ以上に主張に一貫性があるか否か、あるいは信念があるかどうかによって勝敗が分かれる傾向が強い。例えば、2004年の選挙では、ケリーの主張がブレたのに対し、ブッシュは首尾一貫していたため勝利した。

ところが危機にあっては、一貫性より柔軟性が重要だと久保教授は言う。例えば、大恐慌時のフーバー対ローズベルトを比べてみると、フーバーが小さな政府という強い信念を持っていたのに対し、ローズベルトは選挙戦では均衡財政を主張しながら、政権を担当すると財政拡大に転換した。

危機にあってはドグマやイデオロギーよりプラグマティズムが重要であり、その意味でオバマは危機の指導者にふさわしい資質を持っていると指摘して、久保教授は報告を結んだ。

次に、足立氏がオバマ政権の構造と政策課題について現段階での分析を提供した。オバマ大統領は7名のマイノリティーを登用し、人種と性別に配慮した超党派の布陣を構えた。足立氏によれば、オバマ政権の特徴は継続性と革新性をミックスした点にある。

外交・安保・経済の各分野では、継続性、実績を重視して、ヒラリー・クリントン、ボブ・ゲイツ、ティム・ガイトナー、ラリー・サマーズなどの経験者を起用したのに対し、医療・環境・エネルギー分野では、トム・ダッシェル、リサ・ジャクソン、キャロル・ブラウナー、スティーブ・チューなど変革・改革を志向した人選を行った。

ホワイトハウスのスタッフでは、首席補佐官に任命されたラーム・エマニュエルはクリントン政権で上級顧問を務め、ホワイトハウスと議会に精通した人物。上級顧問のピート・ラウズは、オバマの上院議員時代の首席補佐官で、トム・ダッシェル元上院議員の首席補佐官も務め、ダッシェルの経験をオバマに承継させた人物である。

オバマ政権のバイデン副大統領は上院議員出身であり、外交委員会委員長を務めた。これまでに、クリントン政権のゴア副大統領は「情報ハイウエイ」を提唱し、ブッシュ政権のチェイニー副大統領はイラク戦争を主導した。オバマ政権でバイデン副大統領がどのような役割を演ずるか注目される。

政策課題では、何と言っても経済が最大の問題であるが、金融部門の危機から雇用情勢に至るまで、ますます悪化していく状況の中で、オバマ政権がどういう手を打つのか、非常に困難な政策運営が求められる。

外交では、イラクからの責任ある撤退とアフガニスタンへの増派が最重要課題である。この意味で、新たに任命されたジョージ・ミッチェル中東和平担当特使やアフガニスタン・パキスタン担当のリチャード・ホルブルック特別代表などによる特使外交が、重要な役割を担うと注目される。

また対アジア外交では、東アジア太平洋担当国務次官補だったクリス・ヒルが、北朝鮮問題をめぐる6者協議にほぼ全精力を注ぎバランスを欠く結果となったことを反省し、オバマ大統領は北朝鮮問題でも特使外交で対応する方針のようだ。

足立氏は、これまでの政権と比べて、オバマ政権では環境エネルギー政策の重要度が増すとみる。オバマ大統領が緊急経済対策の中で打ち出したグリーン・ニューディールは、新たな技術革新と産業の構造転換をもたらすだけでなく、新たな雇用を生み出すと期待するからだ。

通商政策では、オバマ政権になるとアメリカは保護主義に傾斜するのではないかとの懸念が日本では持たれている。足立氏はUSTRのロン・カーク代表など通商スタッフの顔ぶれを見れば、オバマ政権も基本的には自由貿易を堅持し、保護主義へ舵を切ることはないとの見方を示した。

続いて活発な質疑応答となったが、その中で興味深かったのは、久保教授の次のコメントである。

最近、アメリカ衰退論や世界の多極化・無極化の議論が内外の論壇を賑わしているが、皮肉にも、今回のアメリカ発の世界的金融危機は、そのような見方が当たっていないことを示した。

すなわち、ネガティブな方向ではあるが、アメリカの影響力の大きさが改めて証明されたことになる。このことは、久保教授が指摘するように、他の国が経済危機に陥った歴史を思い起こせば一目瞭然である。

例えば、失われた10年を経験した1990年代の日本経済は、アメリカはもちろん中国にも影響は与えることはなかった。

このように見ると、オバマ政権の景気刺激策が成功するか否かは、世界経済の行方を左右する決定的な鍵を握っているのであり、それゆえに世界中がその動向に注目しているのだ。

政策研究部 片山正一