タイプ
レポート
日付
2008/1/31

シンポジウムレポート「アフリカ平和構築への課題〜コンゴ民主共和国の事例から」

創立10周年記念シンポジウム「グローバル化時代の価値再構築」
<テーマ> 第2回「アフリカ平和構築への課題〜コンゴ民主共和国の事例から」
<開催日時> 2008年1月25日
<パネリスト> リゴベール・ミナニ・ビフゾ(Sylff賞受賞者。Groupe Jeremie創設者・代表者)
  石 弘之(北海道大学公共政策大学院 特任教授)
<モデレーター> 片岡 貞治(早稲田大学国際戦略研究所 所長)

片岡:アフリカ中部の大国、コンゴ民主共和国におけるコンゴ紛争は1998年に始まり、これまでに540万もの人命が奪われています。これはアフリカ史上最大の紛争で、「アフリカ大戦」とも呼ばれています。そして、この紛争には二つの特徴があります。一つは周辺諸国の介入で、コンゴ国内の諸勢力が相争うだけでなく、周辺各国がコンゴに軍隊を派遣しています。もう一つは資源です。紛争は国内諸勢力ならびに周辺各国の対立という形をとっていますが、その背景には鉱物資源、土地などの奪い合いがあるとみられています。 コンゴ民主共和国では、1965年にモブツ大統領が政権を掌握し、独裁的な権力を振るいました。この政権が1997年に倒され、翌年の1998年からコンゴ紛争が始まりました。そして、2006年に民主的な大統領選挙が行われ、選ばれたジョゼフ・カビラ大統領が現在、政権を担当しています。カビラ政権にとり最大の課題は紛争の終結ですが、コンゴは植民地支配やモブツ大統領の独裁政治から受け継いだ負の遺産を抱えています。また、周辺各国が介入しているため、コンゴ一国で解決できる問題ではありません。このため、コンゴにおける平和構築には、コンゴ国民の内発的努力とならんで、国際社会の協力など多様な主体による多様な活動が求められています。

豊富な資源をめぐる争いがアフリカ各地で発生

石:アフリカでは近年、紛争が多発しています。2006年のデータをみますと、世界で43件の紛争が発生し、そのうち12件がアフリカでした。また、国連の制裁を受けた国は世界で8カ国で、そのうち7カ国がアフリカでした。アフリカには石油、ダイヤモンド、銅など豊富な鉱物資源が埋蔵されています。このため資源をめぐる紛争が多く、2006年の12件の紛争のうち10件に資源が関連していました。
資源をめぐる紛争の一例として西アフリカのシエラレオネについてお話しします。シエラレオネは最貧国の一つですが、良質のダイヤモンドで知られています。このダイヤの利権をめぐって1991年に反政府軍が蜂起しました。この反政府軍を隣国のリベリアが支援し、反政府軍はダイヤを密輸出した収入で武器や弾薬を調達しました。こうして内戦が続き、2002年にようやく停戦が実現しました。しかし、ダイヤの利権は今も軍部、政府関係者など特権階級の手に握られ、多くの国民は貧しい生活を送っています。
もう一つ、鉱物資源の乏しいルワンダで起きた紛争についてお話しします。ルワンダはコンゴ民主共和国の東側に位置する国で、農耕民で多数派のフツ族と牧畜民で少数派のツチ族が緊張をはらみながらも共存していました。しかし、20世紀後半にルワンダ全体の人口が急増し、増えた人口を養うために土地を新たに獲得する必要が生じました。そして、土地をめぐる紛争が部族間の衝突に発展し、フツ族の過激派がツチ族とフツ族の穏健派を虐殺する「ルワンダ大虐殺」が1994年に発生しました。虐殺による死者は当時の全人口のおよそ7分の1にあたる100万人に達したとみられ、140万人が国外に避難しました。このように、アフリカでは鉱物資源や土地をめぐる紛争が多発し、それが貧困からの脱出をさらに困難にする悪循環が続いています。

ビフゾ:コンゴ民主共和国の紛争の歴史は1997年のモブツ政権崩壊の時期までさかのぼります。モブツ政権が倒された後、コンゴ国内は二つの勢力に分かれました。そして、両勢力のいずれかを支援するという名目で周辺各国がコンゴに軍隊を派遣し、これらの軍隊がコンゴで相争うようになりました。したがって、コンゴ紛争は内戦というよりも、コンゴを舞台とした中部アフリカ諸国による地域戦争の色彩が強く、これまでに9カ国がコンゴに派兵しています。また、これらの軍隊はコンゴ諸勢力の支援よりもむしろ軍事的覇権や経済的利権を目的とし、虐殺や鉱物資源の略奪を繰り返してきました。国際社会の対応も紛争を長引かせました。隣国ウガンダの紛争では国連が迅速に行動しましたが、コンゴにおける国連の動きは鈍いものでした。しかし、やがて国際社会も支援に乗り出し、2006年に民主的な大統領選挙が行われました。選ばれたジョゼフ・カビラ大統領は、国内諸勢力のリーダーを集めて和平への同意を強く求めるなど、指導力を発揮しました。その結果、今年1月23日に政府軍と20以上の反政府組織の間で和平協定が結ばれ、コンゴの情勢はひとまず安定しました。しかし、まだ予断は許されません。今は国内諸勢力の間に力の均衡が成り立っていますが、この均衡が破れると、再び紛争が激化します。このため、力の均衡に頼らない、法律による統治システムを構築する必要があります。この事業をコンゴ一国で成し遂げることは難しく、他のアフリカ諸国や国際社会の協力が不可欠となっています。
人為的国境線の変更は問題解決につながらない
会場からの質問:アフリカ以外の地域における報道をみますと、アフリカの暗い面ばかり強調されているように思います。

石:確かにその傾向は否定できません。私はまた、アフリカ以外の国々もアフリカの紛争に責任があると思います。たとえば、国連の常任理事国を務める主要5カ国がアフリカで使われる武器の8割を供給しています。また、先進国の企業がアフリカにおける資源の取引ルールを犯す事例もみられます。

会場からの質問:アフリカの紛争の多くは内紛の形をとっていますが、これは植民地時代に国境が人為的に設定されたためだと思います。したがって、紛争の解決にあたって、現在の国境線を変更することも選択肢の一つではないでしょうか。また、地域機構を強化して、アフリカ全体のアイデンティティーを確立することも紛争の緩和につながると思います。

ビフゾ:国境線の変更については、アフリカのどの国のリーダーも国民も望んでいないと思います。なぜなら、国境線の引き直しは新たな土地の奪い合いを引き起こし、緊張を高めるだけだからです。私はルワンダとブルンジで交渉に携わりましたが、その交渉に参加した外部の学者があちこちの土地を入れ替えて新たな境界線を引こうと提案しました。しかし、この提案は受け入れられませんでした。このように国境線の変更は問題の解決につながりません。 地域機構の強化は効果があると思います。たとえば、アナン前国連事務総長がコンゴにおける今回の和平協定締結に大きな役割を演じました。アナン氏のようにアフリカ全体を視野に収めながら行動できる人物が紛争解決の仲介役として活躍することを期待しています。

会場からの質問:コンゴ民主共和国で2003年に成立した暫定政権では争っていた諸勢力が合同して政府を組織するパワーシェアリングが行われました。これに対し、2006年の大統領選挙後の政府ではパワーシェアリングが行われていません。これについてどう思われますか。

ビフゾ:暫定政権のような形のパワーシェアリングは行われていませんが、コンゴの政界では与党が野党から人材を引き抜くなど、人材の流動性が保たれています。こういう形で一定のパワーシェアリングは行われています。

片岡:まとめさせていただきます。本日はコンゴを中心にアフリカにおける平和構築について意見を交換しました。このような議論を今後も続けることにより、アフリカの人々と日本人の精神的、心理的な距離を少しでも縮めていきたいと思います。