タイプ
論考
日付
2008/5/19

私のグローバル化論「赤十字の人道支援活動-中立性が基盤」

ヤコブ・ケレンベルガー
赤十字国際委員会(ICRC)総裁
(本稿は、2008年2月に開催された連続シンポジウム「グローバル化時代の価値再構築」第4回「紛争下における人道支援と平和構築−普遍的価値の実践をめぐる考察」でのスピーチ原稿の再録である。) (原文は英語。)

日本と赤十字国際委員会(ICRC)は諸々の価値や原則を共有し、古くから緊密な協力関係を保ってきた。日本赤十字は1877年(明治10年)に創設され、日本政府が1886年(明治19年)に国際赤十字組織の根拠法であるジュネーブ条約に加入することにより国際赤十字組織の正式な一員となった。また、第二次世界大戦の終結時にICRCの日本支部の代表を務めていたマルセル・ジュノー博士は1945年9月、原爆投下から間もない広島に外国人医師として初めて足を踏み入れ、原爆の惨禍を後世に伝えるとともに、生存者の治療に当たった。

ICRCは武力紛争などの暴力的原因による被災者の保護と支援を使命とし、被災者には負傷兵、国内避難民、捕虜、抑留者、家族と離別した子供たち、生活基盤を失った一般市民などが含まれる。活動内容は、医療支援、飲料水の供給にはじまり、被災者の救援に必要なあらゆる活動に及んでいる。すなわち、ICRCの活動は保護と支援の双方から構成され、武力紛争による被災者が安全で人間的な生活を送れるように「人間の安全保障(human security)」を提供することを目的としている。

ICRCの活動を数字でみると、ICRCは世界80カ国以上で活動し、2007年の暫定的な統計によると400万以上の国内避難民を支援した。また、水の供給、衛生管理、建設工事の諸事業で1400万以上の人々を支援し、約250万人に食料、400万近い人々に基本的な家財道具を提供した。医療面では、ICRCの支援する病院で10万以上の外科治療が行われた。ICRCはまた、2007年に50万人以上の抑留者と面接し、そのうち約3万7000人を保護した。さらに、武力紛争のため離別した家族間の連絡を促進するため50万通近い「赤十字メッセージ」を発送した。

日本との関係では、アフリカに関する「東京イニシアチブ」が採択され、今年7月に開かれる北海道洞爺湖サミットでアフリカ開発が主要議題の一つとされるなど、日本の関係者はアフリカの問題に高い関心を寄せている。そして、ICRCもまた、2008年予算の43%をアフリカ関連の活動に充てるなど、アフリカに重点を置いている。

ICRCの活動は現場へのアクセスから始まる。我々は現場主義を基本としており、現場の状況把握から、被災者のニーズの把握、支援の提供に至る全ての段階において、ICRCのスタッフは現場で活動する。そして、被災者と直接コンタクトを取り、彼らの実情を理解するように努めている。一例をあげると、スーダンはICRCがアフリカにおいて最大規模の活動を行っている地域である。我々はスーダン西部のダルフール地域において、北のクツームから南のゲレイダに至る数多くの町や村に活動拠点を置き、ICRCの140人のスタッフが1800人のスーダン人スタッフとともに活動している。また、現地に活動拠点を置くことにより、我々は首都ハルツームの政府軍のみならず、ダルフール地域の諸々の武装勢力とコンタクトを取ることが可能となる。そして、このようなコンタクトがあるからこそ、武装勢力は我々の存在と活動を容認し、その結果、我々のスタッフの安全が確保され、我々の活動が円滑に進行する。しかしながら、ソマリアで見られるように紛争が混迷の度を深めたり、ダルフールにおけるように武装勢力が数多くの小集団に分裂すると、武装勢力とのコンタクトが困難になる。そして、このような状況下では、武装勢力の指揮命令系統が流動的になるため、影響力を保持している勢力を見極めることが非常に難しくなる。さらに、紛争の激化に伴って略奪などの犯罪行為が増加することから、我々の活動は一段と困難になる。

ICRCの活動は世界的に受け入れられているが、これにはいくつかの要因がある。第一に、我々は支援を必要としている人々に、彼らの期待に沿った支援を提供している。我々はまた、迅速な展開と実効ある活動を常に心がけている。我々はさらに、地理的に偏りのない首尾一貫した支援を提供するように努めている。これらに加え、我々は人道支援に徹するという大原則を守ることにより、独立した中立的な地位を保っている。そして、この大原則を守っているがゆえに、ICRCは人道支援の枠を超える取り組みには参加しておらず、このような取り組みには、スーダンにおけるアフリカ連合のミッション、コンゴ民主共和国における国連のミッション、チャドと中央アフリカに展開している欧州連合軍などがある。これらの取り組みは人道支援組織の安全確保にも一定の役割を果たしている。しかし、国連の平和維持軍などの部隊は本来、一般市民の保護を目的としており、人道支援組織の活動とは明確に区別されるべきである。このため、治安状況の悪化により人道支援の提供が困難となったとしても、我々は人道支援を目的とする派兵のみを受け入れることを原則としている。以上の諸原則に基づき、我々は治安状況が許す限り現地にとどまり、被災者に人道支援を提供している。そして、中立性、公平性、独立性の諸原則は支援活動の促進のみを目的としている。したがって、政治的、軍事的な取り組みは人道支援活動と明確に区別されるべきであり、これらを混同すると、人道支援活動が滞り、人道支援のスタッフが危険にさらされる事態を招きかねない。

ICRCの独立性は、被災者へのアクセスを容易にするとともに、我々が中立的な仲介者として人道問題に貢献することを可能とする。アクセスの面では、我々は他の国際機関がアクセスし難い地域で活動することが可能であり、その例としては、ダルフールの農村地域、スーダンと国境を接するチャドの諸地域などがある。また、治安の悪化により他の国際組織が退去を余儀なくされた地域にICRCのスタッフが派遣されることもあり、ダルフール南部ゲレイダの難民キャンプはこの一例である。中立的な仲介者としては、ICRCは拘禁中の一般市民や兵士の解放、犠牲者の遺体の送還などを促進し、アフガニスタン、エチオピア、スーダン、ニジェール、コロンビアで成果を上げている。ICRCはまた一般市民と戦争犯罪人の本国送還を支援しており、エチオピアとエリトリア相互、アゼルバイジャンとアルメニア相互の本国送還がその例である。さらに、ゴラン高原に存在するイスラエルとシリアの緩衝地帯では、花嫁の安全な通行を確保することにより両国間の通婚を数十年にわたり促進している。

各国赤十字とのコラボレーション

ICRCは150年前、国際赤十字ならびに赤新月運動の母体として設立され、赤十字は今日、世界最大の人道支援ネットワークとなっている。赤十字はICRC、世界各国の赤十字・赤新月社、これら結社の連合体である国際赤十字・赤新月社連盟から構成され、ICRCは活動現場において各国赤十字と緊密に連携している。ICRCは武力紛争地域における支援活動を指揮・調整する立場にあり、最近紛争の発生したケニアにおいてはICRCとケニア赤十字社が協調して、毛布、調理用品、蚊帳、非常用食料などの必需品を被災者に配布した。ICRCはまた、二つの病院に負傷者治療のための医療用品を提供するとともに、外科医療チームを空路派遣し、このチームはケニア西部の複数の病院で矢やナタで負傷した人々や重いやけどを負った人々の治療に当たった。さらに、ICRCとケニア赤十字社のスタッフは難民キャンプへの用水の提供、衛生施設の設置においても力を合わせている。

ICRCはまた、日本政府ならびに日本赤十字との協力関係も強化している。いくつか例をあげると、第一に日本の複数の国際機関と日本赤十字はICRCがスーダンのジュバ教育病院から撤退する際に重要な役割を演じ、同病院はその後、訓練された現地の医療スタッフにより運営されている。日本赤十字はまた、2005年10月に大地震が南アジアを襲った際、カシミールにいち早く緊急対応ユニットを派遣し、同ユニットの医療チームは数多くの人命を救った。また、日本の高村外務大臣は今年1月に東京で開かれた平和構築セミナーにおいて「平和の存在しない地域において平和を構築しようとする者は、現地に赴き、現地の関係者と力を合わせるように努めるべきだ」と述べている。我々はまた、人道支援に献身しようとする日本の若者たちの熱意に感銘を受けており、実際、先週も日本赤十字の二人のスタッフが空路ナイロビに移動し、先に述べたケニアの外科医療チームに加わっている。

国際人道法を推進

ICRCと国際人道法はその根本思想を共有し、ある意味で共通の起源をもっている。また、両者の目的はともに武力紛争による苦難の軽減である。国際人道法の課題は紛争地域における国際人道法の遵守の確保であり、武力紛争の当事者がこの法体系に従わない限り、この課題は達成されない。しかしながら今日、世界各地の紛争地域において戦争犯罪者を免責する慣行が蔓延しており、国際人道法を定めたジュネーブ諸条約の加盟諸国が戦争犯罪者を公正に裁くことを申し合わせているにもかかわらず、この慣行は是正されていない。これに関連し、日本政府は昨年7月、国際刑事裁判所の根拠法となっているローマ規程を批准したが、我々はこの決定を大いに歓迎する。

国際人道法に違反する行為を発見すると、ICRCはまず違反行為の当事者を取り締まる立場にある関係当局に秘密裏に接触する。なぜなら、国際人道法は第一に紛争の関係者によって遵守されるべきものだからである。しかし、この接触が望ましい結果を生まない場合、我々は関係諸国に協力を求める。この協力要請はジュネーブ諸条約の第1条に基づくものであり、この条項は加盟各国に国際人道法の遵守を確保するように求めている。

テロリズムとの闘いが世界的な関心を引いているが、これに関連して、本来戦時に適用されるべき国際人道法をテロ行為に適用することに疑問を投げかける意見がある。これについて私は、国際人道法の諸原則は時代を超えたものであり、テロを含む今日のさまざまな紛争に適用できると確信している。しかし、ICRCは同時に、国際人道法がテロとの闘いに適用しうる唯一の法体系であるとは考えていない。なぜなら、テロは一般的な武力紛争とは異なるため、国際人道法以外の法体系や政治的、経済的、刑事的な諸手段による対応が必要となるからである。

国際人道法は本来戦時に適用されるものであり、また「テロリズム」を定義していない。しかし、国際人道法は諸々の加害行為を禁止しており、これらの行為が平時に行われるなら、それはテロとみなされるであろう。したがって、これらの行為は戦争犯罪を構成し、それゆえ、テロ行為を禁止するために新たな法規を作ることが妥当かどうかは議論の余地がある。

私はまた、テロ行為を含め、戦争犯罪の容疑者は全て訴追されるべきであり、同時に彼らは、推定無罪、公正で独立した法廷で裁かれる権利、弁護を受ける権利、拷問などの残酷で非人道的、屈辱的な処遇によって得られた証拠の排除などを保証されるべきである。私は、テロリズムとの闘いとこれらの基本的諸原則の遵守は両立しうると確信し、また国際人権法の遵守は当事者の安全確保に資すると確信している。

国際人道法は進化しつつある法体系であり、日本は国際人道法の批准や推進に積極的に取り組んでいる。国際人道法の分野では今日、多数の子弾を広範囲にわたって散布するクラスター弾への対応が焦点となっている。クラスター弾はラオス、イラク、コソボ、レバノンなどで実戦に用いられ、数万人の死者や負傷者をもたらしたほか、各地の農地を数十年にわたり耕作不能とし、さらに一般市民をも危険にさらしている。このためICRCは、クラスター弾を生産、使用、輸出している国々の多くがクラスター弾による人的被害の大きさを認識し、対応の必要性を認めていることを歓迎する。クラスター弾の問題は現在、二つの枠組みで話し合われ、一つは特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)、もう一つはいわゆるオスロ・プロセスである。ICRCはこれら二つの枠組みに最大限の協力を提供しており、クラスター弾の使用を禁止する法的措置が早急に講じられるべきだと考えている。ICRCはまた、一般市民をクラスター弾から守る措置の構築に協力している。私は昨年10月、クラスター弾に関する国際条約の早期実現を各国に求めたが、年内にもこの条約が締結されることを期待している。

平和構築への努力

日本の関係者は世界的な平和構築に高い関心を寄せ、平和は経済発展の前提であることを十分に認識している。そして、この基本姿勢のもと、国連の平和構築委員会(PBC)で現在議長国を務め、外務省が平和構築に携わる要員の養成を強化するなど、日本政府は平和構築に力を尽くしている。

一方、ICRCも、ニューヨークに代表団を送り、シエラレオネとブルンジに要員を派遣するなど、PBCに積極的に貢献している。そしてICRCは、PBCの活動領域において中立的で独立した人道支援が重要な役割を演じるべきだと考えている。すなわち、我々は紛争後の過渡期において国際人道法が人道支援の指針となるべきだと考えている。紛争が鎮静化した後も、関係諸国は傷病者の手当て、拘禁中の人々に対する人道的処遇の確保などに取り組む必要があり、これらに加え、行方不明の人々の捜索なども新たな課題となる。そして、これらの人道的課題の解決に向けて努力することは同時に、紛争当事者間の和解の促進ならびに紛争の再発防止に一定の効果をもっている。したがって、ICRCが紛争後の過渡期に提供する各種の保護措置は、紛争後の諸問題の解決に貢献することになる。

保護措置の例をあげると、ICRCはリベリアとシエラレオネにおいて紛争終結後も離散家族の再会を支援している。我々はまた、紛争の終結したバルカン諸国やネパールのような国々、紛争中のイラクのような国々において、紛争によって行方不明となった人々の消息を明らかにするため、各国政府との対話を続けている。

さらに、救援活動は紛争終結後もしばしば必要とされ、緊急救援が求められる例もある。したがって、人道支援は紛争終結後も必要に応じて継続されるべきであり、人道支援と復興支援の間に発生する空白期を埋めるべきである。この観点から、ICRCは紛争終結後の過渡期に、義肢を装着した四肢切断患者などへの医療支援、紛争後も援助を必要とする難民などへの支援を継続している。我々はまた、この過渡期に現地社会を通じた間接的な支援も提供している。たとえば、ダルフールにおいてはICRCの移動医療チームが直接、負傷者の治療に当たっているが、リベリアにおいては、我々はリベリア厚生省に協力する形で医療支援を提供している。ICRCはまた、100名以上の助産婦の技能向上に協力し、水供給の分野では、井戸の構築や修理を直接支援しているほか、地域住民から構成される水供給や衛生施設の委員会を各地で設立している。

今年、4度目のアフリカ開発会議(TICAD)が東京で予定され、インフラ構築のための資金調達、保健衛生、教育、環境保全などが主要議題となる見込みである。そして、この会議はアフリカの発展にかける日本の熱意を内外に示すものとなり、ICRCにとっては、中立的で独立した人道支援活動の重要性を改めて強調し、武力紛争などの被災者の救援にかける我々の決意を示すものとなるであろう。


【略歴】チューリッヒ大学博士号。1974年、スイス外務省入省、マドリッド、ブラッセル(EC)、ロンドン勤務を経て、本省にて統合局長(公使)として欧州統合を担当。外務事務次官兼政治局長などを経て、2000年1月赤十字国際委員会(ICRC)総裁就任。