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2008 11.13 THU

食のリスク・コミュニケーションに関する有識者会議「イギリス食品基準庁初代長官を囲んで、日本の食の問題を問う」

東京財団では、去る9月13日、英国食品基準庁の初代長官であるジョン・クレブス英国上院議員を招き、食品安全委員会や厚生労働省などの行政関係者、マスコミ、消費者関係者、研究者、企業関係者を交えて有識者会議を開催した。

会議では、1990年代後半、BSE(牛海綿状脳症)の発生後パニックに陥った英国社会で、2000年に設立された食品基準庁が、どのようにBSEのリスクを国民に説明し、理解と信頼を得ていったかのコミュニケーション過程と日本のリスク・コミュニケーションの現状、また、遺伝子組換え(GM)食品、さらには、今後の日本のリスク・コミュニケーションのあるべき姿について議論した。

まず、BSEについては、2001年に日本で初めてBSE牛が発見されたことを契機に2003年には食品安全委員会が設置された。日本は、これまで全頭検査、飼料規制、危険部位の除去の三本柱からなる政策をとってきたが、厚生労働省は、生後20か月以下の牛については、感染リスクは増加しないとの見解に基づき、今年7月末をもってBSE検査に対する補助金をカットする方針を発表した。それに反発した自治体は独自予算で検査を継続することにしている。

日本の行政関係者は、「食品安全委員会では、これまで300回以上、国民との意見交換会を行い、そのうち半分以上がBSEに関するものだったが、毎回の出席者が固定化され、サイレント・マジョリティーにまで食品安全委員会の見解が届くことは、大変むずかしい。国民の理解はいまだに得られていない。」と話し、日本国民はBSEなどについてリスクゼロを求める傾向が強いとの見方を示した。

だが、それは日本の国民性という問題ではないだろう。政府広報、すなわち、国民との相互コミュニケーションの問題である。科学的根拠に基づくリスク評価だけではなく、国民にいかに食の安全性への理解を求めるかには、その説明の「あり方」が大きく作用してくる。

クレブス議員は、「自身は、メディアにも積極的に出た。メディア対策として、テレビやラジオでどのようにして質問に答えれば正しく伝わるのか、難しい質問にはどのように対応したらよいかのトレーニングを集中的に繰り返し行った。ビデオに撮って、自分の答え方がどう悪いのかなど細かくチェックした。」「新聞はタブロイド紙から一般紙まで多種多様である。彼らにとって販売数というのは、死活問題である。こうした記者の事情もよく理解した上で、意見が一辺倒で、交渉が難しい記者とも何度もやりあうことが必要だ。マスコミは重要なパイプ役であり、決して敵ではないという意識を持たなければならない」などと述べた。食品基準庁には、リスク・コミュニケーションの担当者が30人近くおり、元BBCなどマスコミ関係者も多く含まれているようだ。いかにして情報を発信していくのかという点において、英国では戦略的にその方法が構築されていると言えよう。

次に、遺伝子組換え食品については、日本でも、最近になって、表示の問題などが提起されるようになったが、世界における潮流はいかなるものか、欧米の専門家を交えて議論がなされた。

イギリスでは、93年に遺伝子組換え食品によって生産されたトマトペーストが販売された。GMとの表示もあり、他のモノより安くて甘いという理由で、売れゆきは良かった。しかし、98年以降、グリーンピースなどの環境団体によって、激しく反GMキャンペーンが行われた結果、国民は、受容から一気に拒絶へと動いた。当時、ウェブでGM反対か否かのアンケートをとった結果、3万7000人が反対の署名を行った。しかし、現在では、マスコミやウェブでは反GMを主張する声も少なくないが、一般国民に対する大学などが行うランダムな調査では、GMに肯定的な意見も見られるようになってきたという。

一方、アメリカでは、遺伝子組換えのコーンや大豆などすでに多くが生産・消費され、ヨーロッパのような問題はなかったが、安くて丈夫なGM食物の生産によって、農業を独占されるのではないかといった観点から、不意打ちのようにモンサント社が非難を一気に浴びることになった。

国によって遺伝子組換え食品の受容度に差はあるが、日本では、これまで何回か、遺伝子組換えのじゃがいもを使用して作ったスナック菓子で、メーカーが自主回収するなどの騒ぎがあったものの、遺伝子組換えの大豆や油などが流通している。日本では、英国やEUのように、試験栽培されている作物を破壊するなどの反GMキャンペーンは顕著に行われていない。しかし、一般国民は、科学的根拠をしっかり理解して受け入れているわけではないため、GM食品への反感がいつ高まるか分からない状況だ。

昨今、日本では、中国産ギョーザに始まり、汚染米、メラミン入り中国産牛乳・冷凍インゲン、伊藤ハム地下水汚染問題など食にかかる多くの問題が次から次へと起こっており、日本人は、食の安全に対し、非常に敏感になっている。次々と明るみにでる行政の対応の悪さに、国民は、どこのどんな情報を信じてよいのかわからない状況だ。また、マスコミの扇動的な報道も人々に過度の不安を植え付けている側面がある。行政・企業・マスコミの三者それぞれが、オープンな情報を適当な方法で、国民に提供していかねばならないが、一方的な情報提供に、国民は常に踊らされている。国民が求めているものは、信頼できる情報をいかにして知ることができるのか。またどのシステムが信頼できるのかというものである。

英国と日本では、政治状況も文化も異なる。しかし、英国でも食品基準庁が設立された当時は、多くのスタッフが、日本の企業や行政機関のように「疑わしきは公表せず」といった保守的な発想であったという。クレブス議員は、「疑わしきもすべてオープンに」といった思い切った政策転換により、国民の信頼を得ることができ、食品基準庁への信頼度は75%と非常に高い。広報戦略をトレーニングやマスコミ関係者を含めた方法論によって構築するのも、もちろん大切なことだが、「疑わしきもオープンに」といった抜本的な政策転換が日本のリスク・コミュニケーションにも求められている。

日本でも、今年から、「食品の安全に関する情報提供のあり方に関する懇談会」が開始されたという。今後、政府の食のリスク・コミュニケーションにかかる広報の在り方に注目が集まっている。

なお、この事業は味の素株式会社及びリテラ・ジャパンの共催事業として開催された。


文責:大沼瑞穂

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