貧困のない社会を目指して―インドでの挑戦―(岡本聡子)

2009-2010東京財団AFFPフェロー岡本聡子さんは、ニューヨークでのリーダーシップ研修を経て、インドのバンガロールにおいて現地研修を行いました。そこでは現地NGOとの連携を通じ、1200名の貧困層に対する健康診断プロジェクトを実現させました。世界中から集まった10名のフェローたちの中でも存在感を発揮し、日本からの視点をこのプログラムに加えています。
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「可能性は如何なる人にも存在する。世界を変えていけるという自分の可能性を、いつ自覚するのか。」 1年間、アキュメン・ファンドのフェローとして、自問する日々が続いた。プログラムを終了した現在でさえ、自身の可能性に対する自信を掴んだと思えば、それはつかの間の瞬間で、確信はすぐに疑心となる。今後、如何に、さらなる課題を自己に課していけるか、その経験を自信につなげていけるか、そして、それを社会に還元していけるか、不安は多い。そんな心境ではあるが、東京財団からAFFPに派遣されたこの1年を振り返ってみる。

貧困を、チャリティーだけでも市場原理だけでもなく、両方の利点を生かせる、チャリティー資本の投資を通じて解決していこうとする、アキュメン・ファンド。設立4年目にできたフェローズプログラムの主要目的は、貧困をはじめとする様々な問題が混在する国際社会において、より良い社会像を認識し、それを創造することができる人材を育てることだ。ただ単に、チャリティー資本の投資を通じた貧困解決という新パラダイムを学ばせることだけを目的としているのではない。次世代を担う10人の若者に、1年を通じて、道徳的な想像力、リーダーシップ、卓抜した運営能力といった、3要素の向上を目指してもらうのだ。

ニューヨークのアキュメン・ファンド本部において、2009年9月下旬に始まった事前研修の2カ月は、時間が瞬く間に過ぎていく。研修内容は、1)道徳観を養うための課題図書を通じての議論、2)多様なリーダシップスタイルを認識させるための、ほぼ毎日にわたる様々なセクターのリーダーとの対話、3)事業運営能力を高めるための、アキュメンスタッフおよびビジネススクールの教授から集中講義、4)社会メディアを駆使するための特訓、など多様だ。特に、2週間の別荘での合宿では、他のフェローと共同生活を送ることにより、フェロー間のコミュニティー形成が大いに図られた。結果として、フェロー間での同志意識が大変高まり、フィールド研修に移ってからも、「私の後ろには、応援してくれている、9人の同志がいる。」と思うことができ、孤独の中でも、元気に働くことができた。

インドでのフィールド研修


フィールド研修は、2009年11月末から始まった。私が派遣されたのは、アキュメンの投資先である民間企業、アーユルバイドホスピタルズ(AyurVAID Hospitals)である。カルナータカ州のバンガロールとケララ州を中心に、インド伝統医学のアーユルヴェーダ医院(現在6医院)を経営する。そのうち4医院は、AyurVAID 医院と呼ばれ、閑静な住宅街に看板を掲げて、中産階級および外国からの患者を顧客層として運営されている。残りの2医院はAyurSEVA医院と呼ばれ、低所得および労働者階級の住む地域の近くおよびその中心に位置している。AyurSEVA医院では、経費をAyurVAID医院より低くすることにより、患者の治療費および入院費を下げている。また、貧困層の患者に対しては、医院間の相互助成(cross subsidy)のシステムをとり、料金を更に下げている。 

6医院とも大変衛生的な病院で、医師の質も問題ない。しかしながら、来院患者、特に入院患者が、当初予定していたよりも少ない。病院経営を軌道に乗せるためには、より積極的な顧客開拓が必要である。以前私は、途上国でマイクロファイナンスおよびマイクロ健康保険のプロジェクトにかかわったことがあった。 その経験を顧客開拓に生かせないかないかということで、当医院に派遣されたのだ。

AyurVAID病院事務所は、バンガロールのITパーク外れに位置するAyurVAID医院の3階にある。経営陣は、社長、業務長とそのアシスタント、パートタイムの広報担当者、財務チーム(3人)だけ。各病院には、2人ほどの常勤医師と、治療を実際におこなう看護師が3―6人常駐する。出勤初日に、社長から、日本人を対象に顧客開拓をする気はないかと、言われた。笑顔で対応するが、「私が本当にやりたいのは貧困層の顧客増大」とひそかに心に期するものがあった。貧困層だけを対象とする医院ではないので、富裕層に目が行ってしまうのは、いたしかたないこと。派遣先がチャリティーだけにより成り立つ病院ではないことを自覚した。

経営陣は、私が到着してからの数ヶ月間は、新たな投資機関からのデューデリジェンスに対応するため極めて多忙だった。新たな投資機関のスタッフと病院経営陣とのタフな交渉が事務所で繰り返される中、私は、自分の居場所を必死で探そうとしていた。私としては、低所得者向け医院の顧客増大に貢献したいのだが、貧困層の顧客増大は、売り上げになかなかつながらないので、優先事項にはならない。業務長は日々の業務に追われていて、新しいアイデアには聞く耳を持たない。何度も彼のオフィスを訪ね話し合おうとしたが、生半可な返事しか返ってこない日々が続いた。
 
そんな環境の中でひとつ学んだことは、自分でアイデアを試してみることの意義であった。スタートアップの民間企業では、新しい従業員は何か新しいビジネスを持ってくるのが通例だ。アキュメンから派遣された私は、現地での経験も浅く、即売り上げにつながるビジネスディールがない。そこで、NGOやマイクロファイナンスのパートナーシップの契約を持ってくることができないかと、一念発起した。 インターネットおよび聞き取り調査によって、医院のビジネスパートナーになりうる団体を探し出す。 瞬く間に、彼ら彼女らとのメールや電話のやり取りや、訪問に明け暮れる日々となった。電話で話すと相手は、私のアメリカ訛りの英語も手伝って、新しい援助団体と思うのか、親切に対応してくれる。 しかしながら、実際訪問して、近所の新しい医院が、パートナーシッププロジェクトを探しているというと、丁寧に追い返されるのが常であった。帰社して、訪問結果を報告しても、同僚からは建設的な意見を聞くことができない。自分で何とか契約にこぎつけるまでは、聞く耳を持ってもらえないのかと考える毎日であった。 

このような渉外活動を繰り返していくうち、いくつかの団体から、共同プロジェクトを考えてもいいという返事が返ってくるようになった。年があけ、2月に入ってからのことだ。 
4月に入り、バンガロールの某NGO団体とのプロジェクト案が着実に進んできた。私も、パートナー候補の団体との交渉だけに傾倒することなく、健康保険など他のプロジェクトにも時間を費やすようになった。 5月に入り、共同プロジェクトの実行が確実となった。このNGOは、インドおよび海外のNGOから助成金を受け、バンガロールの組織化されていない労働者に対して様々なサービスを提供している。 対象者は、年間3ドルほど払えば、様々なサービスが受けられる。サービスの内容は、1)新規銀行口座を預金ゼロで開設、2)事故保険加入、3)様々な能力開発トレーニングへの参加、4)雇用先斡旋などだ。 ちなみに、このNGOは、チャリティー機関として長年登録していたが、最近、民間企業としての登録を済ませ、助成金に依存するNGOから卒業しようとしている勢いのある団体だ。 このNGOとの共同プロジェクトの内容は、彼らが低所得者住宅街で路上登録キャンペーンを行う際に、ヘルスチェックアップキャンプを開設し、登録者およびその家族にAyurVAID医院の医師の診断を受けてもらうこと。費用は、医師の給料も含め、すべてNGOが持ってくれる。1か月に平均800人を登録するこのパートナーシップは、AyurSEVA医院を広く労働者層に知ってもらう良い機会だ。 

5月中旬に予定された第1日目キャンプに向け、準備に奔走した。ヘルスカードおよび診断書作り、NGOスタッフのトレーニング、さらにデータベースの用意など、走り回りながらも、久々に大きな期待と充実感が私の心に漲った。社長も、同僚も、毎日のようにプロジェクトの進行を尋ね、応援してくれている。

5月中旬から8月末までの約3ヵ月で35回のキャンプを行い、1200人の労働者を診断した。私は、ほとんどのキャンプに出向き、現場で、電気コードを探し、ラップトップで仕事をし続けた。朝6時に、バスで、低所得者街に向かい、牛や野良犬に囲まれ、ゴミが散乱する中で、黙々と作業するNGO職員とともに、1日を過ごす。ヒンディー語も、カルナータ州のカナダ語も、タミル語も、ウルドゥー語も話せない私は、AyurSEVA医院のチラシを片手に持ち、片言の英語が話せる顧客と、なんとかコミュニケーションをとろうとする。 


人々は、元気そうで、絶え間なく幸せそうな笑みがこぼれおちる。しかし数日後に診断書を整理すると、その笑顔は表面的であったことがすぐわかる。食生活は驚くほど質素で、ほとんどの人が栄養不足。 あるコミュニティーで診断したときは、白米と薄いスープが毎食の人がほとんどだった。 女性は貧血気味の人が圧倒的。肉体労働者はやせすぎの人が目立つ。上品な笑顔で応対してくれた女性は、数回も流産していた。糖尿病の女性は、薬を続けることができず、娘が学校から持ち帰る給食で、何とか生きつないでいる。心臓手術が必要な男性が、某病院からの見積書を持ってくるが、我々にはどうすることもできない。厳しい生活の中でも、人々はたくましい。労働者階級の人は、やせた体からみなぎるエネルギーと、重い荷物を持つための筋肉が見え隠れする。 

このように、いわゆるBOP顧客ともどかしいコミュニケーションを繰り返しながら、日々集まってくるデータをどのように生かせるか、キャンプ専属の医師と話し合い続けた。来院患者をどうやって増やすことができるか、新しいサービスを提供することができるか、ともに頭をひねった。医院の経営陣に対しては、ヘルスキャンプサービスを、法人および政府機関に向けてどのように商品化していけるかアイデアを提案し続けた。 新しいパートナー探しにも、時間を費やした。日々が瞬く間に過ぎていく。 

このころには、すでに私の任期も終盤に入っており、自分の役割を、9月以降から、如何に後任者に分割していくか考え出さなければならなかった。社長は7月に入り、4人の経営陣を新たに加えて、AyurVAID医院の顧客開拓戦略会議に専念していた。そのため、今後のAyurSEVAキャンプ・プロジェクトの流れを話し合う機会も、見送り続けられる形となった。結局、ニューヨークに帰る日まで、事務所に出かけ、その日にやっと指名された後任者に、データの管理だけを、手早く教え、 その他の役割はずっと一緒に働いてきた医師に任せた。ダブルボトムライン(富裕層と貧困層を対象にしたボトムライン)を実現することは容易ではないことを改めて実感した。

出発の数時間前に歓送会を開いてもらい、笑顔で見送ってもらう。思いがけないプレゼントももらった。自分がここで残したインパクトは何だったのか。それを自分に問いながら飛行機に乗りこんでインドを後にした。

研修を終えて始まる新たな日々


ニューヨークは思いがけなく静かだった。車には警笛の機能が付いていないのか。人は吐きたい唾をのみこんでいるのか。牛は牧場に帰ってしまったのか。とたんに、インドが懐かしくなった。しかし、懐かしさを温める時間もなく、帰国第1日目から、時差ぼけの頭でアキュメンの事務所に向かう。チェルシータウンの1角に位置する事務所のドアを開けると、懐かしい顔が次々に現れる。皆変わっていないが、何人かのフェローの顔には極度の疲労が見てとれる。白髪が増えたフェローもいる。

新しいフェローが来るまでの2週間、私たちは毎日のように、現地でのそれぞれの経験を消化しようとした。それは、朗読を通じた自己表現であり、コラージュを用いたパフォーマンスであり、アキュメンスタッフに対する報告会を通じてであった。我々フェローはそれぞれ劇的に異なった経験をしたが、その経験を消化し、自己開発のために浄化するという目的は共通している。他のフェローのサクセスストーリーと苦労話を聞いて、私の経験も悪くはなかったと、振り返る。 

アキュメンフェローズプログラムを通じて学んだことは多い。貧困問題の複雑さ、新しい貧困解決法として注目を浴びる投資を通じた援助モデルを現実にすることの困難さ、一般に途上国といわれる国々の膨大な可能性、社会を変えていける人々の多様性と必要性、階級を問わず存在する人々の情熱と誠意、そして、世界はつながっているということ。ジャクリーンは、新しい社会を築いていくことの重要性を、明日に希望を持つことの必然性を、その透き通った目で、常に語りかける。様々な騒音が氾濫する中で、確固としたビジョンを持ち続け、世の中の人々を説得していく彼女の力には圧倒された。

そして、さらにインドを知れた。各州によって言語、風習、食習慣が異なるインドは1国として存在しうるのか、1度旅をしたことがある人であればすぐに認識するであろう。BRICs市場の中でも、インド市場は、最も混沌としていて、先が見えにくいともいわれる。ひとつに、昨今の高度成長も、ITとBPO (Business Process Outsourcing)を基盤にした、日和見的なものであるに過ぎないともいわれることもある。更に、外資の参入にはまだまだ規制がある。しかし、この国の勢いと魅力はすさまじい。 現在でも11億人を超える人口を抱えるが、何10年後かには、中国を抜き、世界で最も人口が多い国として君臨するであろう。希望に満ちたインドの魅力にとらわれるには、時間はかからなかった。

バンガロール、ボンベイの活気づいたスラムに医院を構えるAyurVAID Hospitalsと働く機会を与えられたこと、そして、この素晴らしいフェローズプログラムに参加する機会を与えられたことに心から感謝する。志を同じくする各国からの若者と、切磋琢磨し、お互いを支えあいながら、働くことができる機会、さらに、その活動に対して、全面的にサポートが受けられる機会は、極めて稀であろう。 この貴重な経験をもとに、明日の良い社会構築のために、さらなる活動を続けていきたい。

東京財団アキュメン・ファンド・フェローズ・プログラム説明会における岡本さんの報告(動画)はこちら
岡本さんが研修中に綴ったブログ「アキュメンフェロー奮闘記」はこちら