ナイジェリアレポート(1)-小早川鈴加

2013−2014東京財団AGFPフェロー小早川鈴加さんは、2013年11月より、ナイジェリアでの現地研修を受けました。レポート第一弾をお届けします。


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東京財団アキュメン・グローバルフェローズプログラム(AGFP)

遠い国ナイジェリア

『君にはナイジェリアの投資先企業へ行ってもらうことになったから』という電話をアキュメンから受けたのは、2013年の5月だった。インドで最終面接を受けてから3か月後、ニューヨーク研修に向かう4か月前のことである。

「ナイジェリア」という言葉を聞いてまず思い浮かべたのは、国際的に悪名高い419詐欺、別名「ナイジェリアからの手紙」詐欺だった。夫の莫大な遺産を相続したけれど地元の銀行は悪い弁護士と結託していて使えないので一時的に口座を使わせてほしいとか、ついてはお金を振り込むので送金手数料を入金してほしいといった怪しさ満点のメールを先進国に向けて何百万と送りつける詐欺事件が2001年ごろから流行ったが、その発信元の多くがナイジェリアからだった、というものである。アフリカ諸国の中では比較的教育水準もITリテラシーも高いにも関わらず、就職率が非常に低いこと、賄賂さえ払えば罪を犯しても裁かれないことなどから、その頭脳を詐欺に使ってお金を稼ごうと考えた輩がかの国には多くいたらしい。

その他にも、ナイジェリアという国は「アフリカ3大危険都市のひとつ」「汚職まみれ」「ボコ・ハラム(西洋の教育は悪、という名前の武装闘争集団)の台頭」「暑くて湿度が高いマラリア発生地帯」「石油利権をめぐる武力グループや海賊組織の抗争地域」「石油メジャーと地元グループの確執」「外国人は誘拐の対象」など、聞けば聞くほど散々な言われようだった。そんな国にある、ネットやモバイルを通じた電子マネーにかかわるサービスをしているという投資先ベンチャー企業で私は働くことになるのだ。はたしてやっていけるのだろうかという不安が胸をよぎった。

不安から期待へ

心配しても仕方がない。英語が公用語なので言葉は通じるし、安全性の確保については事前の情報収集と観察、自分の行動がどのように受け取られるかについて気を配ること、そしてそこに住む人の協力があれば十分に担保できる。そんな事態に陥る可能性のある場所に近づくつもりは全くないが、誘拐対策や武装グループとの交渉の仕方といった実地訓練も前職のおかげで一通り受けている。そう自分に言い聞かせて気持ちを切り替えた。

不安だったナイジェリア赴任を楽しみに変えてくれるようなきっかけもいくつかあった。一つは、投資先企業のCEO(最高経営責任者)が送ってくれたビジネスプラン書である。文章というのは、書き手の性格や考え方が如実に出るものだ。読んでいるだけでわくわくするようなビジネスプランで、これを書いた人たちと一緒に働けるなんてとても恵まれていると感じさせられる内容だった。わかりやすくまとめられていて、顧客のニーズに対するアプローチも良く練られていて、戦略的で、具体的で、ポジティブな希望が感じられる筆致だった。

もう一つは、ジャクリーンに『あなたはナイジェリアで最も素晴らしい人たちと一緒に働くことになるのよ』と言われたことだった。私にとって、「誰と一緒に」仕事をするのかは「何の仕事をするのか」よりもずっと大事なことである。仕事の内容は自分でつくっていける。それよりも、人だ。素晴らしい人材を適所に配置することができれば、その時点でプロジェクトの7-8割はすでに成功だと言い切ってしまうくらい、私は「人」に傾倒している。「ナイジェリアで最も素晴らしい人たち」という言葉を信頼している人から得たことで、実際にそこで働くことがとても楽しみに感じられるようになった。

最後の一つは、私のナイジェリア行きのビザ発行が遅れたことだった。ニューヨーク研修が終わり、一人、また一人と赴任地に旅立っていくのを見送る中で、私は予定された期日に出立することができなかった。リアル・ワールド・ハウスの契約期限はとっくに切れ、一人別の場所に引っ越し、同期フェローたちの赴任報告を聞きながら、雪のちらつくニューヨークでビザ発行を待った。11月の後半に入ってようやくビジネスビザが下りた時には、早く行きたいという気持ちが盛り上がり、最初の不安は何処へやら、「やっとナイジェリアに行ける」という気持ちになっていた。

ナイジェリア・パガテックへ

ナイジェリアに実際に行ってみて受けた印象は「メディアで言われているナイジェリアとは良い意味で随分印象が違う」というものだった。成長している国独特の熱気と賑やかさがあり、スパイシーなナイジェリア料理は美味しく、大多数の人が暖かく親切だった。貧富の格差に圧倒されることはあったが、たとえ貧しくても将来はきっと良くなるとポジティブにとらえている人が多いように感じられた。

パガテックを実際に訪問してからも、良い刺激が沢山あった。私が出社したちょうどその日の夜にサービスユーザー数が100万人を超え、その後会社全体がお祝いムードに包まれた。それをきっかけにパガテックは色々なメディアに取り上げられ、その後CEOがBBCラジオに取材される場面にも立ち会わせてもらった。また、商品管理、マーケティング、セールス、ファイナンス、顧客サポートチームの全ての部門長が女性で、男女かかわりなく優秀な人材が多く活躍していたのも、私にとってとても魅力的だった。活き活きと仕事について語る社員たちの言葉の端々からは、彼らの熱意が感じられた。(写真:BBCに取材されるCEO)

パガテックはナイジェリアでは「パガ」と呼ばれており、サービス開始から数年しかたっていない若いベンチャー企業である。携帯さえあれば誰でもお金の送金や支払い・貯蓄といったサービスを受けられる仕組みをつくりあげ、それによって人々の生活をより良く変え、将来はアフリカを牽引する企業になることを目指している。ちなみに、携帯を使ったモバイル・マネー市場が最も開拓されているのはアフリカ大陸で、日本よりもずっと先進的なサービスを提供している。その昔コピーすることを「ゼロックスする」と企業名で表現したように、送金したりお金を受け取ることを”Paga it” (パガする)と言われるようになることを目指してサービスの普及に尽力しているが、近い将来それが実現するかもしれないと思わせる勢いが会社からは感じられた。CEOと共同設立者は共にスタンフォード大学のMBAを卒業し、シスコやマイクロソフトでの経験を経た後に母国で起業した、優秀さと志を兼ね備えたナイジェリア人である。

社会企業としてのパガ

ナイジェリアでは、銀行口座が開けるほど貯蓄がなかったり、貧しい女性だったりするために銀行に相手にされず、そのせいで様々な機会を失っている「銀行サービスを受けられない層」が人口の6割存在すると言われている。そういった人達でも、携帯電話さえあればパガを通じて、小口からの貯金や送受金ができる。こういったサービスは、子供の教育のために貯金をしたり、田舎に住む親が都市部で働く家族から安全にお金を送金してもらったり、小規模ビジネスの資金をためたりと、様々な用途で役立てられている。将来的にマイクロファイナンスなどの機能を追加することで、ユーザーのビジネス拡大をサポートしていくということも視野に入れている。また、契約の上でパガのサービスを行う「エージェント」と呼ばれるお店を開拓してトレーニングを提供し、エージェントの顧客を増やし、スムーズで安全なお金の流れをサポートし、彼らのビジネスを拡大し、ナイジェリア経済の底上げと雇用拡大につなげたいという意図も持っている。(写真左:パガのサービスを宣伝するブランドアンバサダー達と)

また、パガは企業の社会的責任(CSR)にも積極的で、私が初めてパガに訪問した2週間後には、社員有志が集まって孤児院への寄付を行い、子供たちの食堂を整備し壁を明るい色に塗り替えていた。彼らと一緒にボランティアをするのは、気持ちまで明るくなるような経験だった。(写真右下:孤児院をペイントする社員たち。Tシャツの背中には"Just Paga it"とプリントされている)

私のナイジェリアに対するネガティブな先入観は、最初の2週間で消えていた。もちろん、全てが素晴らしいわけでは全くなく、賄賂を要求する警官も、私欲のために職権を乱用する政治家も、不正義も、北部に多い武力闘争も、治安の悪さも、依然として存在する。素晴らしい理念を持っている会社もその事業に多くの解決すべき課題を抱えている。それでも、実際に行って、その場で見てみること、現場にどっぷりと浸かってそこからの視点で物を見ることは、多くの示唆に富んだ発見と希望をもたらしてくれた。東京財団とアキュメンという橋渡し役が無ければ、私がナイジェリアまで行って、現場で実際に社会と事業を見て、その課題点を模索し、解決策を提案し、周りを巻き込みながら具体的な施策を進めていくという出来事は私の人生の中では起こらなかったと思う。また、ナイジェリアのベンチャー企業も、立ち上げ時期に日本人のサポートを得て事業を拡大するという経験をすることはなかったのではないかと思う。この得難い機会を頂いたことへの感謝、どこまでできるのだろうかという不安、この機会を最大限活かして事業に貢献していきたいという気持ちで身が引き締まる思いだった。

そして、綺麗ごとだけではいかない毎日が始まった。
https://www.youtube.com/watch?v=hS80zYWFrCs(パガのユーザーインタビュー。パガのサービスが誰にどのように使われているのかがナイジェリア英語で紹介されている)